賢者会議第八回
――それからじゃな。
約三百年前。
賢者たちは、再びEVの中で昔の話をしていた。
「ムサシが消えた」
「……え?」
メアリーが顔を上げる。
「ムサシさんが?」
「ああ」
老賢者が頷く。
「ある日を境に、ムサシは我々の前から姿を消した」
「どこへ行ったんです?」
「それが分からんのじゃ」
「……」
メアリーは少し黙った。
「何か事件があったんですか?」
「それすら分からん」
別の賢者が首を振る。
「ただ、気がついた時には、もうおらんかった」
「黒環十騎士団の団長だったんですよね?」
「そうじゃ」
「そんな人が、何の前触れもなく?」
「だからこそ、我々にも理由が分からんのじゃよ」
メアリーは少し寂しそうな顔をした。
「……リゼット様は?」
「かなり堪えたようじゃ」
「やっぱり……」
「ああ」
老賢者は頷く。
「ムサシは、リゼットにとって特別な存在だったからの」
当時のムサシは、まだ五十歳ほど。
人間として考えれば、決して若くはない。
そして、ムサシ自身も分かっていた。
自分はこのまま歳を重ねれば、いずれリゼットより先に死ぬ。
リゼットは、すでに不老だった。
自分とは違う。
だからこそ――。
「ムサシは、最後までリゼットのそばにいることもできたんじゃろう」
老賢者が静かに言う。
「じゃが……」
「何か理由があったんですか?」
「今となっては、本人に聞かねば分からん」
賢者は少し考えてから続けた。
「ただ、あの男ならば……自分が死ぬところをリゼットに見せたくなかったのかもしれん」
「……」
メアリーが黙る。
「リゼットは、不老じゃ」
「はい」
「我々も、六十歳前後でレベル999に到達してからは、歳を取らなくなった」
老賢者が自分の顔を指差す。
「だから今でも、この見た目のままじゃ」
「五百年以上生きてるのに、見た目はそのくらいなんですね」
「そういうことじゃ」
メアリーが少し不思議そうに賢者たちを見る。
「じゃあ、ムサシさんだけは……」
「当時はまだ、そうではなかった」
「……なるほど」
「自分が歳を取り、最後には死ぬ」
「そして、それをリゼットが見届けることになる」
「それが、あの男には耐えられなかったのかもしれん」
だから、ムサシは消えた。
誰にも告げず。
リゼットにも何も言わず。
ただ、姿を消した。
「それからは……」
別の賢者が話を引き継ぐ。
「貴族も犯罪組織も、なりを潜めていった」
「前の一件が効いたんですね」
「そうじゃろうな」
「大きな敵といえば、モンスターくらいになった」
「国としては、かなり平和になったんですね」
「ああ」
だが――。
リゼットの疲れが消えることはなかった。
むしろ、少しずつ積み重なっていった。
「友を見送る」
「仕事をする」
「また仕事が来る」
「そして、また誰かを見送る」
リゼットは不老だった。
周囲の人間が老いていく中で、自分だけが変わらない。
それでも国に必要とされる限り、仕事を続けていた。
何か問題が起きれば、すぐリゼットを呼ぶ。
王都で問題があればリゼット。
魔法研究で問題があればリゼット。
国境で問題があればリゼット。
モンスターが出ればリゼット。
犯罪組織の動きがあればリゼット。
「……全部ですか?」
メアリーが目を丸くする。
「全部じゃ」
「そんなの、休めないじゃないですか」
「そうなんじゃよ」
老賢者が苦笑する。
「当時の王がな」
「王が?」
「何でもかんでもリゼットに押し付ける王だった」
「…………」
「何かあれば呼ぶ」
「またですか?」
「またじゃ」
「問題が解決すれば?」
「次の問題じゃ」
「……」
メアリーの顔が引きつる。
「それは……酷いですね」
「しかも、リゼットが解決できてしまうからの」
「……ああ」
「一度任せれば解決する」
「だから、また頼む」
「そしてまた解決する」
結果として――。
リゼットのところへ、仕事が集まり続けた。
「それじゃあ……」
メアリーが呟く。
「眠る時間もなくなりますよね」
「実際、ほとんど寝ておらんかった時期もあった」
「…………」
そんな日々が続いた。
そして、ある日のこと。
「もう……やめたい……」
「…………」
メアリーが目を見開く。
「リゼット様が?」
「ああ」
「泣いておった」
「……」
老賢者の声が少しだけ低くなる。
「ワシらの前でな」
「珍しいことだった」
「リゼットが泣くところなんて、ほとんど見たことがなかったからの」
別の賢者が静かに続ける。
「それだけ限界だったんじゃろう」
「何て言っていたんですか?」
「もう十分だ、と」
「……」
「友達がみんな先にいなくなる」
「……」
「自分だけが残って、いつまでも仕事をする」
「……」
「何かあれば呼ばれる」
「何をしても終わらない」
「そして、また次の日になる」
メアリーは俯いた。
「……辛いですね」
「ああ」
賢者たちはしばらく黙っていた。
やがて。
「だからの」
老賢者が口を開く。
「リゼットは、ワシらを頼った」
「私たちを?」
「そうじゃ」
「それまで、あまり頼ってこなかったんですか?」
「リゼットは、自分で何とかしてしまう癖があったからの」
「……」
「じゃが、その時ばかりは違った」
老賢者は少し笑った。
「『最後の仕事よ』と言ったんじゃ」
その日の賢者会議は、そこで終わった。
――そして今回も。
EVの記録は、まだ止まっていなかった。
賢者たちは知らない。
また一つ。
公開記録として残されていることを。




