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落内円は落ちている  作者: 七風


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賢者会議第六回




 ――約三百二十年前。


 怠惰の王国は、かなり荒れておった。


「前回の続きじゃな」


 EVの中で、老賢者の一人が口を開く。


「当時、国では領主同士の争いが増えておった」


「領主同士の争い、ですか?」


 メアリーが尋ねる。


「うむ」


「何をそんなに争っていたんですか?」


「それがのぉ……」


 賢者は少し困ったように眉を寄せる。


「当時は、まだ分からなかったのじゃよ」


「分からなかった?」


「ああ」


 別の賢者が続ける。


「最初は、本当に小さな揉め事だった」


「領地の境界」


「商売の権利」


「税の取り分」


「そういった話じゃと思っておった」


「でも、それがだんだん大きくなっていったんですね?」


「そうじゃ」


 メアリーが真剣に聞いている。


「領主同士の小競り合いが増え」


「やがて兵士同士がぶつかるようになった」


「最初は数十人程度の衝突じゃった」


「じゃが――」


 老賢者の表情が変わる。


「それが、いつしか大規模な戦闘になった」


「そんな……」


「しかも、悪いことはそれだけではなかった」


「?」


「戦場に、モンスターが現れたんじゃ」


 メアリーが目を見開く。


「モンスターが?」


「うむ」


「戦闘の音や血の匂いに引き寄せられたのか、それとも別の理由があったのか」


「当時は、そこも分からなかった」


「ただ――」


 賢者が低い声で続ける。


「モンスターが戦場へ乱入したことで、人間同士の戦いどころではなくなった」


「兵士たちは混乱した」


「領主たちも指揮を失った」


「そして、モンスターたちは人間を襲いながら、さらに周囲へ広がっていった」


「……それが」


 メアリーが呟く。


「スタンピード?」


「そうじゃ」


 賢者が頷いた。


「最初は一つの領地の問題だった」


「じゃが、モンスターは止まらなかった」


「一つの村が襲われ」


「次の村が襲われ」


「街道が封鎖され」


「別の領地へまで被害が広がった」


「そして――」


 老賢者がゆっくりと言う。


「荒れ狂ったモンスターたちは、怠惰の王国を飲み干すほどに暴れ回った」


「…………」


 メアリーが言葉を失う。


「国そのものが……?」


「そうじゃ」


「王都まで安全とは言えなかった」


「各地の軍も動いた」


「冒険者も動いた」


「じゃが、あまりにも広範囲すぎた」


「一か所を片付けている間に、別の場所で被害が出る」


「一つの街を守れば、隣の村が襲われる」


「それを繰り返しておった」


 メアリーが不安そうな顔になる。


「じゃあ……どうしたんですか?」


 賢者たちは顔を見合わせる。


「そこで役に立ったのが――」


「黒環十騎士団じゃ」


「……!」


 メアリーの表情が変わる。


「前回のお話の……」


「そうじゃ」


「十人の騎士団ですか?」


「うむ」


 老賢者が頷く。


「黒環十騎士団の強みは、単純な人数ではなかった」


「一人ひとりが、ある程度以上の戦力を持っておった」


「つまり――」


 別の賢者が続ける。


「十人全員を一か所に集める必要がなかったんじゃ」


「え?」


「普通の騎士団なら、大きな戦力を動かすためには部隊をまとめる必要がある」


「じゃが黒環十騎士団は違った」


「ムサシ一人でも、強力なモンスターと戦える」


「アーサー一人でも、戦場を突破できる」


「ジークフリート一人でも、正面から敵を押し返せる」


「ロビンなら、単独で偵察や遠距離支援ができる」


「セイメイなら、結界や術式で一帯を封じられる」


「コウメイなら、少人数の戦力を効率よく動かせる」


「ジャンヌは防御と支援」


「クー・フーリンは機動力」


「トモエは遠距離と騎馬戦」


「そして――」


「ギルガメッシュは……」


 賢者が少し黙る。


「まあ、単独で放っておいても勝手に敵を倒しておった」


「やっぱり……」


 メアリーが苦笑する。


「じゃからこそ」


 老賢者が続ける。


「十人を各地へ散らすことができた」


「一人を一つの村へ」


「一人を街道へ」


「一人を街へ」


「一人を別の領地へ」


「そうやって、広がったスタンピードへ対応したんじゃ」


「……十人で」


 メアリーが呟く。


「十人だけで、そんな広い場所を?」


「正確には、各地の軍や冒険者もおった」


「黒環十騎士団だけで全てを止めたわけではない」


「じゃが――」


 賢者は頷く。


「黒環十騎士団がおらんかったら、被害はもっと大きくなっておったじゃろう」


「それくらい、あの十人は異常じゃった」


「…………」


 メアリーは黙っている。


「そしてな」


 別の賢者が苦笑する。


「この時のリゼットも、当然のように動いておった」


「リゼット様も!?」


「うむ」


「各地から報告が飛んでくる」


「王都からも呼び出しが来る」


「軍の指揮官からも相談が来る」


「魔法研究者からも助けを求められる」


「その上、スタンピードの対応までじゃ」


「……」


 メアリーの顔が少し引きつる。


「それ……」


「うん?」


「リゼット様、ちゃんと休んでたんですか?」


「…………」


 賢者たちが沈黙する。


「……まあ」


「休んでいた、と言えば休んでいた」


「どのくらいですか?」


「短かったのぉ」


「やっぱり……」


 メアリーが遠い目をする。


 老賢者が苦笑した。


「じゃが、この時ばかりは文句を言っている暇もなかった」


「怠惰の王国そのものが危機に陥っておったからの」


「リゼットも黒環十騎士団も、各地を走り回った」


「そして――」


 賢者は静かに言った。


「ようやく、スタンピードを押し返し始めたんじゃ」


 メアリーが顔を上げる。


「終わったんですか?」


「いや」


「え?」


「まだじゃ」


 賢者たちは顔を見合わせる。


「スタンピードを止めることはできても――」


「その原因は、まだ何も分かっておらんかった」


「…………」


 メアリーが小さく呟く。


「じゃあ……」


「うむ」


「領主同士が争い始めた理由も」


「分からん」


「モンスターがあれほど大量に動いた理由も」


「分からん」


「そして――」


 老賢者が目を細める。


「この国が、なぜここまで荒れたのかも」


「まだ、誰にも分かっておらんかった」


 EVの中が静かになる。


 メアリーは、しばらく黙っていた。


 そして。


「……内乱って」


「はい?」


「まだ、始まったばかりだったんですね」


 賢者たちは頷いた。


「そういうことじゃ」


 怠惰の王国を襲ったスタンピード。


 黒環十騎士団による各地の防衛。


 そして、その裏で進んでいた領主同士の対立。


 この三つが重なり――


 怠惰の国は、さらに深い混乱へと進んでいくことになる。


 そして、その中心には――


 当時のリゼットがいた。


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