賢者会議第四回
「では、今回の会議を始めようかの」
EVの画面に、いつもの賢者たちが集まっている。
メアリーも、すでに自分の席を確保していた。
「今日は何のお話ですか?」
「前回、少し話に出たじゃろう」
「はい?」
「ムサシとリゼットの話じゃ」
「あっ!」
メアリーの顔が明るくなる。
「それです!」
「楽しみにしておったようじゃな」
「はい!」
メアリーは嬉しそうに頷いた。
「剣聖ムサシが、昔はリゼット様のパシリだったというお話です!」
「ほっほっ」
「まあ、そこだけ切り取ると少し違うんじゃがな」
「では、ちゃんと教えてください!」
「うむ」
一人の賢者が、懐かしそうに目を細めた。
「あの頃の怠惰はな」
「はい」
「今よりずっと、凶悪なモンスターが多かった」
「そんなにですか?」
「相当数おったぞ」
「村の半壊など、日常茶飯事じゃった」
「……」
メアリーの顔が引きつる。
「日常茶飯事……?」
「うむ」
「村が壊れるのが?」
「そうじゃ」
「それ、かなり危険な国では……?」
「今の怠惰しか知らぬ者からすれば、想像しにくいじゃろうな」
別の賢者が続ける。
「当時は強力な魔物が頻繁に出ておった」
「冒険者だけでは対応できんことも多かった」
「国軍が動くこともあった」
「じゃがな」
一人が苦笑する。
「リゼットは、人をあまり信用しておらんかった」
「……そうなんですか?」
「昔からじゃ」
「甘い汁を吸おうという輩が多かったからの」
「魔物が出れば英雄になろうとする」
「報酬が出れば集まる」
「じゃが、危険になれば逃げる」
「そういう人間を、リゼットは何人も見てきた」
メアリーは黙って聞いていた。
「そこでじゃ」
賢者が話を続ける。
「リゼット直属の特別騎士団を作った」
「騎士団?」
「そうじゃ」
「リゼット本人が認めた者だけで構成された、十人の精鋭じゃ」
「魔法師と騎士を合わせた部隊でな」
「その十人だけが、リゼットの許可によって動くことを許されていた」
「つまり……」
メアリーが考える。
「リゼット様専属の騎士団?」
「そういうことじゃ」
「名前は――」
一人が少し誇らしげに言う。
「**黒環十騎士団**」
「黒環十騎士団……!」
メアリーの目が輝く。
「かっこいい……!」
「じゃろ?」
「リゼットが名をつけた」
「やっぱり!」
「ただ、本人は『分かりやすい名前でいいでしょ』くらいの感じじゃったがな」
「…………」
メアリーは少しだけ複雑な顔をした。
「そして、その団長が――」
「ムサシ?」
「そうじゃ」
「剣聖ムサシじゃ」
メアリーの目がまた輝く。
「そんなに昔から強かったんですか?」
「強かったぞ」
「それはもう、恐ろしいほどにな」
「あの頃から、奴と同じほどの強さを持つ魔物がおった」
「ムサシは、それを――」
一人の賢者が手を振る。
「ばったばったと斬り伏せておった」
「…………」
メアリーが想像する。
「一人で?」
「基本的にはな」
「十騎士団の団長ですから」
「他の者も強かった」
「じゃが、ムサシは別格じゃった」
「なるほど……」
「そしてな」
賢者が笑う。
「リゼット自身も、ムサシと一緒に問題解決に当たっておった」
「リゼット様も?」
「うむ」
「魔法で魔物を吹き飛ばし、ムサシが斬る」
「逆にムサシが前で時間を稼いで、リゼットが大魔法を使うこともあった」
「二人とも、とんでもなかったぞ」
「……」
メアリーの顔がどんどん楽しそうになる。
「すごい……」
「そしてある時じゃ」
賢者が笑う。
「我々のところへリゼットから連絡が来た」
「何と?」
「『暇よね?』」
「…………」
「ほっほっほ」
「そんな理由で?」
「そんな理由じゃ」
「暇だから呼んだんですか?」
「実際には違ったんじゃろうがな」
「どういうことです?」
「リゼットは一人で抱え込む癖があった」
「だから我々にも仕事を振りたかったんじゃろう」
「それで、我々もリゼットの指示で怠惰の国を旅することになった」
「それ、楽しそうです!」
メアリーが身を乗り出す。
「うむ」
「実際、楽しかったぞ」
「いろいろな町へ行って」
「魔物を倒して」
「問題を解決して」
「夜になれば酒を飲んで」
「リゼットが用意した宿で休んで」
「まるで旅の一行じゃった」
「いいですね!」
「まあ――」
そこで、一人の賢者が苦笑する。
「仕事量が、とんでもなかったがな」
「……?」
「毎日のように別の指令が来る」
「え?」
「朝、魔物退治を終えたと思ったら」
「昼には別の村から救援要請」
「それが終われば、今度は街道の魔物」
「夜には王都から緊急の相談」
「翌朝にはまた別の仕事」
「…………」
メアリーが徐々に真顔になる。
「それ……」
「うむ」
「リゼット様が全部?」
「全部ではない」
「じゃが、我々に振っていた仕事だけでも相当じゃった」
「我々は強かった」
「それでも、リゼットの肩代わりをするので精いっぱいだった」
「肩代わり……?」
「そうじゃ」
一人の賢者が静かに言う。
「分かるかね?」
「……?」
「あの国はな」
「リゼットたちに頼り切りだったのだよ」
メアリーは黙った。
「リゼットがすぐに動けば、ある程度の問題は解決してしまう」
「だから何か起きれば、まずリゼットへ話が行く」
「リゼットが忙しければ、我々へ回ってくる」
「我々も忙しければ、別の者へ回す」
「それでも最後には、またリゼットへ戻ってくる」
「……」
「そんな状態じゃった」
「それは……」
メアリーが小さく呟く。
「大変ですね……」
「大変だったぞ」
「しかも本人はな」
別の賢者が苦笑する。
「時々、ぽつりと言うんじゃ」
「何て?」
「『なんで私ばっかりこんなことやってるんだろ』とな」
「…………」
メアリーの表情が曇る。
「リゼット様が……」
「うむ」
「そんなことを……」
「そりゃ言うじゃろ」
「自分だけが国中の問題を背負っておったようなものだからな」
「我々も助けてはおった」
「じゃが」
少し間を置く。
「我々も、リゼットの肩代わりをするので精いっぱいだった」
「だから結局」
「リゼットに頼る構造そのものは、変わらなかった」
「……」
メアリーはしばらく何も言わなかった。
そして。
「それでも……」
顔を上げる。
「リゼット様は、ずっと続けていたんですか?」
「そうじゃ」
「文句を言いながらな」
「それでもやる」
「だからこそ、あいつは凄かった」
メアリーは少し嬉しそうに頷いた。
「やっぱり、すごい人なんですね……」
「まあ、そこは間違いない」
「本当に凄かった」
「ただな」
また別の賢者が口を挟む。
「報酬も、たんまり貰っておったぞ」
「え?」
「国からの報酬じゃ」
「我々にも結構な額が出た」
「危険な仕事じゃったからの」
「そしてリゼットも、我々にかなり奢ってくれた」
「……」
「酒も食事も宿も」
「装備まで買ってくれたことがあったな」
「そんなに?」
「うむ」
メアリーが少し笑う。
「じゃあ、リゼット様はちゃんと報酬を使ってたんですね」
「いや」
「ん?」
「本人はほとんど使わん」
「……?」
「ある時、ワシが聞いたんじゃ」
「何て?」
「『そんなに金を貯めてどうするんじゃ?』とな」
「それで?」
「リゼットはこう言った」
賢者が少しだけ笑う。
「『使う暇ないのよね』」
「…………」
メアリーが固まる。
「…………」
賢者たちも黙る。
「……それ」
メアリーが小さく言った。
「笑えない話じゃありません?」
「うむ」
「今思えば、そうじゃな」
「当時は『またリゼットが言っておる』くらいに思っておったが」
「よく考えれば、かなり酷い」
「休みがなくて」
「仕事ばかりで」
「金を使う暇もなくて」
「我々が遊びに行けば、仕事を振ってくる」
「…………」
メアリーが頭を抱える。
「それ、同窓会の思い出話として大丈夫なんですか……?」
「昔の話じゃからの」
「しかし」
賢者の一人が笑った。
「そんなリゼットだからこそ、我々も付き合っておったんじゃろうな」
「そうじゃな」
「文句は多かったが」
「楽しかった」
「……」
メアリーは少しだけ笑った。
「じゃあ……」
「ん?」
「次は、もっと楽しかった話も聞きたいです」
「もちろんじゃ」
「まだまだあるぞ」
「リゼットとムサシの話もな」
「楽しみです!」
賢者たちは笑う。
そして今回も。
誰も気づいていなかった。
自分たちが語った、
リゼットとムサシの昔話も。
リゼットがどれだけ働かされていたのかという話も。
すべてEVのアーカイブに残っていることに。




