賢者会議第二回
再び、EVの中に賢者たちが集まっていた。
「では、第二回の賢者会議を始めようかの」
「はい」
メアリーが頷く。
前回と同じように、外部からのコメントは入ってこない。
賢者たちはすっかり、この会議室を気に入っていた。
「さて」
一人の賢者が話を切り出す。
「まずは各国の情勢から確認しておこう」
「うむ」
「最近、大きな戦争の兆候は?」
「今のところはない」
「魔族側の動きは?」
「こちらも特に大きな変化はないのう」
「新しい大規模魔法兵器の開発情報は?」
「いくつか妙な研究が進んでいるようだが、今すぐ危険になるようなものではない」
「ふむ……」
賢者たちは、それぞれの地域から得た情報を交換していく。
国同士の関係。
魔族の動向。
危険な魔法研究。
新しく発見されたダンジョン。
各地で発生している魔物の異常。
どれも魔法界にとっては重要な情報だった。
「しかし」
しばらくして、一人の賢者が首を傾げる。
「最近、何か明確な危険というものはないのぉ?」
「そうじゃな」
「妙に平和だ」
「ありがたいことではありますが」
メアリーが言う。
「賢者としては、平和なのはいいことじゃないですか?」
「もちろんじゃ」
「我々だって、毎日世界の危機に対処したいわけではない」
「むしろ、何も起きないほうが研究ができる」
「それはそうですね」
メアリーが笑う。
「では、今のところ大きな危険はなし、ということでよいでしょうか」
「うむ」
「そうしよう」
話が一段落したところで。
ふと、一人の賢者が思い出したように口を開いた。
「そういえば――」
「ん?」
「エキドナだったか?」
別の賢者が反応する。
「怠惰のリゼットが作った組織じゃな」
「そうじゃ」
「最近、随分と名前を聞くようになった」
「EVもあそこの商品じゃろ?」
「そうらしいの」
メアリーが頷く。
「はい。リゼット様の組織です」
「そして、そこにリゼットがおるのじゃろ?」
「そうみたいです」
「……久しぶりに、同窓会といきたいのぉ」
賢者の一人が、懐かしそうに笑った。
「同窓会……!」
メアリーの顔がぱっと明るくなる。
「リゼット様に会えるのですか!?」
「まあ、会えるじゃろうな」
「私も行きたいです!」
「ほっほっ」
老人の賢者が笑う。
「元気じゃのう」
「だって、リゼット様ですよ!?」
メアリーにとっては伝説の大賢者だ。
実際に会えるとなれば、当然楽しみだった。
だが。
「ただなぁ……」
一人が腕を組む。
「あいつの場合、我々のことを忘れておるかもしれんの」
「え?」
「長いからのぉ」
「確かに」
「ワシらも年老いた」
少しの沈黙。
「……確かに、もう若くはないな」
「ジジババじゃ」
「誰がジジババだ」
「三百年以上生きておる時点で十分ジジババじゃろ」
「お主もじゃろうが」
メアリーが少し困った顔で笑う。
「でも、リゼット様も同じくらい長く生きているんですよね?」
「そうじゃ」
「なら、きっと覚えていますよ」
「どうじゃろうなぁ」
一人の賢者が遠い目をする。
「リゼットは昔から忙しくてなぁ」
「そんなにですか?」
「城の相談役を引き受けてからは、ほぼ休みなしだったのではないか?」
「ほぼ休みなし……?」
メアリーの目が丸くなる。
「ええ」
別の賢者が頷く。
「国王から相談を受け、貴族からも相談を受け、魔法研究の助言までしておった」
「それだけじゃないぞ」
「魔物の討伐計画もじゃ」
「災害が起きれば対策を考える」
「魔法事故が起きれば原因を調べる」
「新しい魔法が開発されれば安全性を確認する」
「……」
メアリーの表情が少しずつ引きつっていく。
「それ、全部リゼット様が?」
「全部ではない」
「じゃが、かなりの割合をあいつがやっていた」
「国王も頼りきっておったからのぉ」
「それでいて本人も断らんのじゃ」
「『分かったわ』と言って引き受ける」
「そして翌日には解決している」
「…………」
メアリーは少し黙った。
「……すごい」
「まあ、そういうところは本当に凄かった」
「じゃろ?」
賢者の一人が嬉しそうに頷く。
「だからこそ、あいつは国から離れられなかった」
「なるほど……」
「我々は転移で集まれたからの」
「そうそう」
別の賢者が笑う。
「リゼットのところへ、ワシらが転移して会いに行っておった」
「え?」
メアリーが首を傾げる。
「でも、皆様は転移を使えないのでは?」
「今はな」
「お主の前任が使えたのじゃ」
「え?」
「昔の色欲の賢者じゃ」
「今のお主と同じでな」
「ほっほっ」
老人が笑う。
「前の色欲賢者も便利であった」
「……」
メアリーの顔が微妙になる。
「つまり……」
「うむ」
「私と同じように、皆さんを集める役を?」
「そうじゃ」
「転移で各地を飛び回って?」
「そうじゃ」
「……」
メアリーが遠い目をする。
「昔からなんですね……」
「そういうことじゃ」
「じゃから、我々がリゼットのところへ行っておったわけじゃ」
「リゼットは城から動けんかったからな」
「なるほど……」
メアリーは納得したように頷いた。
そして。
「でも……」
少し考えてから、口を開く。
「リゼット様って、そんなに大変だったんですか?」
「大変どころではないぞ」
一人の賢者が苦笑する。
「朝から王城へ呼ばれる」
「そのまま昼まで国政の相談」
「昼食を取ろうとしたところで魔法研究者が来る」
「研究者の相談が終わったと思ったら、今度は騎士団から魔道具の相談」
「それが終わったら、地方から魔物被害の報告が届く」
「夜になれば王族からまた相談じゃ」
「……」
メアリーが絶句する。
「寝てたんですか?」
「寝ておった……はずじゃ」
「はず?」
「たまに朝まで研究室にいた」
「……」
「そして朝になったら普通に城へ行く」
「…………」
メアリーの目がどんどん死んでいく。
「それ、働きすぎでは……?」
「そうじゃな」
「今思えば、かなり酷かった」
「ワシらが遊びに行っても」
「『今ちょっと忙しいから、そこ座ってて』と言って仕事を続けておった」
「それで我々が勝手に酒を飲んでおると、いつの間にか仕事を終わらせておる」
「そして何事もなかったように会話へ戻ってくる」
「……すごい」
メアリーは純粋に感心していた。
「やっぱりリゼット様って凄いんですね!」
「まあ、それはそうじゃ」
「本当に凄かった」
「魔法の腕だけではない」
「仕事も早かった」
「判断も速かった」
「何より、あいつに任せれば何とかなるという安心感があった」
「……」
メアリーの顔が嬉しそうになる。
「やっぱり、伝説の大賢者なんですね!」
「うむ」
「それは間違いない」
賢者たちは頷く。
だが。
一人が、ふと思い出したように言った。
「……ただな」
「はい?」
「仕事を終わらせるのが早すぎてな」
「?」
「我々が『これはどうするんじゃ?』と相談している横で」
「『もう終わったわよ』と言って帰るんじゃ」
「え?」
「事後処理は?」
「知らん」
「え?」
「我々に任せて帰る」
「…………」
メアリーが固まる。
「それ、ちょっと……」
「そうじゃろ?」
「昔からあいつはそうじゃった」
「自分のやるべきことだけ終わらせる」
「後始末は知らん顔」
「魔物を倒したあとも酷かった」
「……」
「ぐちゃぐちゃにしてなぁ」
「素材を回収できんこともあった」
「それで『倒したんだからいいでしょ』じゃ」
「…………」
メアリーはゆっくりと椅子へ座り直した。
「……あの」
「なんじゃ?」
「さっきまで、すごく格好いいリゼット様の話をしてましたよね?」
「しておったな」
「それが……」
「これもリゼットじゃ」
「…………」
メアリーは頭を抱えた。
「どっちが本当のリゼット様なの!?」
「どっちもじゃ」
賢者たちは楽しそうに笑った。
そして。
「まあ、久しぶりに会えば分かるじゃろ」
「百年引きこもっておった今のリゼットが、どんな顔をしておるのかも見てみたい」
「同窓会、楽しみじゃな」
「そうじゃの」
メアリーだけは、まだ少し混乱していた。
伝説の大賢者。
働き者の相談役。
そして――
仕事だけ終わらせて後始末を他人に押しつけて帰る、昔から生意気だった友人。
「……リゼット様って、本当にどんな人なんですか……?」
「それをこれから思い出していくんじゃよ」
賢者の一人が笑った。
その日の会議は、そこで終わった。
誰もが満足そうにEVを終了する。
そして――
誰も気づいていなかった。
この会議もまた。
**アーカイブに、しっかりと残っていることに。**




