勇者の条件
アナスイがエキドナに滞在するようになって、数日。
その日の昼。
ジャスティスは一人、廊下を歩いていた。
先ほどまで、アナスイとマドカたちが話していた。
その中で出てきた話が、どうにも頭から離れない。
――暴食の勇者。
アーノルド。
まさか、エキドナで普通に料理をしている男が、正式に認定された勇者だったとは。
「…………」
ジャスティスは足を止める。
「知らない間に……」
拳を握る。
「暴食の勇者をエキドナで雇っていたとは……」
いや。
正確には、エキドナが勇者を雇ったことすら、誰も知らなかった。
アーノルド本人が、勇者であることをわざわざ話していなかったからだ。
そして、自分は――。
「……俺の勇者としての価値、危ないな」
ジャスティスは真剣な顔になる。
自分はこれまで、怠惰の勇者を名乗ってきた。
人を助けた。
魔物とも戦った。
だから自分は勇者だ。
そう思っていた。
だが。
「……待てよ」
ふと疑問が浮かぶ。
「正式な勇者って……どうやって決まるんだ?」
何か選定方法があるのか。
国が認めるための条件があるのか。
「もし、それすら合格できないようなら……」
ジャスティスの顔が曇る。
「俺はただのほら吹きじゃないか……」
自称勇者。
そう呼ばれてしまえば、反論できない。
「…………」
しばらく黙る。
だが。
ジャスティスは拳を握り直した。
「いや」
顔を上げる。
「俺の正義は本物だ!」
誰かに勇者と言ってもらいたくて戦ってきたわけではない。
困っている人を助けたい。
悪を倒したい。
その気持ちは本物だ。
「いつかは認められるはずだ!」
だったら。
正式に認めてもらえばいい。
「……よし」
ジャスティスは踵を返した。
「エレノア殿下に聞こう」
自分一人で考えていても仕方がない。
知っている人に聞けばいい。
「エレノア殿下!」
執務室へ入るなり、ジャスティスが声を上げた。
「どうしました?」
エレノアが顔を上げる。
「すまない! 調べてほしいことがある!」
「何でしょう?」
「王国の、現在の勇者のことだ!」
「勇者……?」
エレノアが首を傾げる。
「俺は、自分が勇者だと思っている!」
「はい」
「だが、正式に認定されたわけじゃない!」
「そうですね」
「だから!」
ジャスティスは胸を張る。
「出来れば正式に認定されて、胸を張って勇者を名乗りたいんだ!」
エレノアは少し考える。
「分かりました」
「本当か!?」
「認定基準を調べればよろしいのですね?」
「ああ! よろしく頼む!」
「では、少しお時間をください」
エレノアは頷いた。
こうして。
ジャスティスは、正式な勇者になるための第一歩として、王国の認定基準を調べてもらうことになった。
そして数日後。
エレノアが、数枚の資料を持って戻ってきた。
その場にはジャスティスだけではない。
マドカ。
リゼット。
そしてアナスイもいた。
「ジャスティスさん」
「お?」
エレノアが資料を机の上へ置く。
「調べてきました」
「どうだった!?」
ジャスティスが身を乗り出す。
「まず、王国における勇者の認定基準ですが――」
エレノアが資料を見る。
「最低でも、Sクラス冒険者の資格」
「Sクラス……」
「そして、大陸規模の脅威、あるいはそれに準ずる重大な脅威を排除した実績」
「…………」
「さらに、それが誰の目から見ても明確な功績であること」
「目に見える実績……」
ジャスティスは頷いた。
「つまり、強いだけじゃ駄目なんだな」
「はい」
エレノアも頷く。
「Sクラスの実力があるだけでは、勇者として認定されるわけではありません」
「なるほど……」
ジャスティスは腕を組む。
「Sクラス」
「はい」
「大陸規模の脅威」
「はい」
「そして、明確な実績」
「はい」
ジャスティスはしばらく考えた。
「……じゃあ、今の勇者たちは、それを全部やったのか?」
「基本的には」
エレノアが答える。
「認定勇者には、それに相応しい実績があります」
「そうか……」
ジャスティスは少しだけ俯く。
だが。
すぐに顔を上げた。
「なら、俺もやればいい」
拳を握る。
「Sクラスになって」
さらに強く握る。
「大陸の脅威を倒して」
そして。
「誰が見ても分かるような実績を作ればいい!」
ジャスティスの目に、いつもの自信が戻る。
「それなら、俺だって正式な勇者になれる!」
エレノアは頷いた。
「そうですね」
「よし!」
ジャスティスが立ち上がる。
「やるぞ!」
しかし。
エレノアは資料の一枚をめくった。
「ただ――」
「ん?」
「現在の怠惰大陸の勇者について、少し気になる記録があります」
「怠惰大陸の勇者?」
ジャスティスが首を傾げる。
「はい」
エレノアは資料を確認する。
「王国の正式な記録上、現在も認定されている怠惰大陸の勇者は――」
そこで。
エレノアが、隣に座っているリゼットを見る。
「リゼット様です」
「…………」
ジャスティスが固まる。
「……え?」
マドカもリゼットを見る。
「お姉ちゃんが?」
「……私?」
リゼット本人も首を傾げた。
「はい」
エレノアが頷く。
「大賢者リゼット様が、正式な怠惰大陸の勇者として記録されています」
「…………」
アナスイが目を瞬かせる。
「……なるほど」
「何が?」
マドカが聞く。
「今まで謎だった怠惰の勇者が、大賢者リゼット様だったのですね」
アナスイは納得したように頷く。
「兼任されていたということですか。納得ですわ」
「私は知らないんだけど」
リゼットが淡々と言う。
「……え?」
ジャスティスがリゼットを見る。
「知らない?」
「ええ」
「自分が勇者だって?」
「今初めて知ったわ」
「…………」
ジャスティスの顔が引きつった。
「いやいやいや!」
思わず声が大きくなる。
「じゃあ、俺は!?」
エレノアが答える。
「王国は、あなたを勇者として認定していません」
「…………」
「そもそも、あなたを勇者として認定した記録がありませんので」
ジャスティスが頭を抱える。
「……俺は自称だったのか……」
「さっきからそう言ってますし」
エレノアが淡々と答える。
「王国では、あなたを認知していない者も多いですね?」
「…………」
ジャスティスの顔が引きつる。
「待て」
「はい?」
「じゃあ俺が今まで『怠惰の勇者』って名乗ってたのって……」
「王国からすれば、正式な認定を受けていない方が勇者を名乗っていた、ということになりますね」
「…………」
ジャスティスは頭を抱えた。
「俺は……自称勇者……」
「そういうことになります」
「マジかよ……」
その様子を見ていたアナスイが、ふと口を開いた。
「でも――」
「ん?」
ジャスティスが顔を上げる。
「よかったではありませんか」
「……何が?」
「そのまま自称を続けていたら、王国から罪に問われていたかもしれませんわよ」
「…………」
ジャスティスが固まった。
マドカも目を丸くする。
「……犯罪者になりそうだったね!」
「マドカまで!?」
ジャスティスが叫ぶ。
「いや、だって……」
「俺は犯罪者じゃない!」
「まだね」
「『まだ』って言うな!」
アナスイは真面目な顔で頷いた。
「ですが、今こうして正式な認定について調べているのですから、むしろ良い機会ですわ」
「……そうか」
ジャスティスは少し落ち着く。
「正式に認定されれば……」
「堂々と名乗れますわね」
アナスイが微笑む。
「……そうだな」
ジャスティスは拳を握った。
「だったら、やっぱり俺は正式な勇者になる」
そして。
「絶対に認めさせてやる!」
その横で。
リゼットは、まだ資料を眺めていた。
「……私、本当に勇者なの?」
「王国の記録上は、そうなっています」
エレノアが答える。
「変なのね」
リゼットは首を傾げた。
「私は何も聞いてないわよ」
エレノアは古い資料を取り出した。
「それについても、記録が残っています」
「百年ほど前のものですね」
マドカが覗き込む。
「当時、王国は大規模な脅威への対応に追われていたようです」
エレノアが説明する。
「その際、すでに伝説的な大賢者として知られていたリゼット様を、怠惰大陸の正式な勇者として認定する方針が決まった」
「…………」
「ところが――」
エレノアが資料をめくる。
「リゼット様に正式な話をする前に、リゼット様が疲れ果てて隠居されたようなのです」
「あー……」
マドカが納得する。
「お姉ちゃん、そういうことありそう」
「失礼ね」
リゼットが言う。
「でも、そうだったかもしれないわね」
エレノアは続ける。
「ただ、王国側はすでに国内外へ勇者認定を発表していた」
「…………」
「そこで当時の国王が――」
エレノアは古い記録を読む。
「『どうしよう、国に発表しちゃったのだけど……』」
「…………」
「『ま、まぁ、勇者はいるとしておけばよいのでは? 彼女は長命ですし』」
「…………」
ジャスティスが頭を抱える。
「何だよ、それ……」
エレノアはさらに続けた。
「当時の側近も、『う、うむ。そうだな。彼女は勇者。いつ戻ってくるかは分からんが、それは変わらん』と記録しています」
「……」
部屋が静かになった。
リゼットはしばらく資料を見つめる。
「つまり」
そして。
「私が知らないうちに、勇者になってたのね」
「そういうことになります」
エレノアが頷く。
「……興味ないわね」
「えっ」
ジャスティスが振り向いた。
「興味ないの!?」
「ええ」
リゼットはあっさり答える。
「百年前に勝手に認定されて、私も知らなかったんでしょう?」
「そうだけど!」
「なら、今さらどうでもいいわ」
「いやいやいや!」
ジャスティスが慌てる。
「俺は正式な勇者になりたいんだぞ!」
「そう」
「そこ、もう少し興味持ってくれよ!」
「あなたがなりたいなら、なればいいじゃない」
リゼットはそう言ってから、少し考えた。
「……そうね」
「ん?」
「あなたが何か、歴史に残るほどのことをしたら」
リゼットがジャスティスを見る。
「その時は、私の勇者の席を譲ってあげるわ」
「…………」
ジャスティスが固まった。
「本当に?」
「ええ」
「歴史に残るほどのことを……」
ジャスティスの目が輝く。
「分かった!」
拳を握る。
「やってやる!」
マドカが笑う。
「ジャスティス、目標できたね」
「ああ!」
アナスイも頷く。
「良かったではありませんか」
「今度こそ、本当に勇者になってみせる!」
ジャスティスは胸を張った。
その横で。
リゼットは紅茶を一口飲む。
「……まあ、私が知らなかったくらいだもの」
「何が?」
「勇者の仕事って、案外暇なのかもしれないわね」
「そこから!?」
ジャスティスの声が、部屋に響いた。




