マドカVSアナスイ
マドカとアナスイ。
二人が訓練場の中央で向かい合う。
周囲には、エキドナのメンバーたち。
そして少し離れたところには、先ほどアナスイに敗れたジャスティスが座っている。
「では――」
アナスイが魔法剣を構える。
「始めましょうか」
「うん」
マドカも刀を構えた。
その姿を見て、ジャスティスが少しだけ息を吐く。
「……マドカ、本当に大丈夫か?」
「ん?」
「いや、アナスイは俺が全然届かなかった相手だからな」
「そうなんだ」
「そうなんだって……」
ジャスティスが頭を抱える。
『勇者が心配してるw』
『さっき実際に負けたから説得力あるな』
『アナスイさん、普通にジャスティスを圧倒してたからな』
『でもマドカ相手だとどうなるんだ?』
『これまでの配信でもマドカの強さは見てるけど、実際に戦うとどうなるか楽しみ』
アナスイが笑う。
「ご心配なく。私も手加減するつもりはありませんが、殺し合いをするつもりもありませんわ」
「うん。私も」
マドカが頷く。
「じゃあ、いくね」
「ええ!」
アナスイが先に動いた。
地面を蹴る。
速い。
ジャスティスとの戦いでも見せた、ほとんど予備動作のない踏み込み。
魔法剣が一閃する。
「――!」
マドカは身体をわずかに傾ける。
刃が髪をかすめる。
そのままアナスイが身体を回転させ、二撃目。
マドカは刀を立てて受けた。
キィン!
「……!」
アナスイの目が細くなる。
マドカは一歩も下がっていない。
「なるほど」
「どうしたの?」
「先ほどのジャスティスさんとの戦いとは、まるで違いますわね」
「そう?」
「ええ」
アナスイが一度距離を取る。
「あなた、相手の動きを見るのが異常に早い」
「そうかな?」
「ええ」
アナスイが魔力を高める。
魔法剣が淡く輝いた。
「ならば――」
剣を横へ振る。
次の瞬間。
光の刃が飛んだ。
「!」
マドカが刀を振る。
キィン!
光の刃が真っ二つになる。
「…………」
アナスイが目を見開く。
さらに二発。
三発。
五発。
連続して放たれる光刃。
マドカはそれを――
一つ。
二つ。
三つ。
すべて刀で切り落としていく。
『出た、マドカの魔法斬り』
『やっぱりこれできるのマドカくらいだよなw』
『剣聖仕込みの剣術、やっぱり綺麗だわ』
『アナスイさん、EVで見てた時より実際に見るとヤバそう』
『マドカ相手にどこまでやれるか楽しみだな』
『アナスイさんの魔法剣も普通にヤバいのにw』
アナスイも驚きを隠せない。
「魔法を……切った……?」
「うん」
マドカが刀を軽く振る。
「飛んできたから」
「理由になっていませんわ!」
思わずアナスイが突っ込む。
「ふふ……」
マドカが少し笑う。
「じゃあ、今度は私からいくね」
「……!」
次の瞬間。
マドカの姿が消えた。
「――!」
アナスイが反応する。
しかし。
「そこ――」
目の前。
マドカがいた。
「なっ……!」
縮地。
ほとんど一瞬で距離を詰める。
アナスイが剣を戻そうとする。
だが、間に合わない。
マドカは刀を返し――
柄を握った手を、アナスイの鳩尾へ叩き込んだ。
「――かはっ!」
アナスイの身体がくの字に折れる。
そのまま数歩よろめき――
膝をついた。
「はぁ……っ!」
息を整える。
顔を上げる。
マドカはすでに刀を収めていた。
「大丈夫?」
「……」
アナスイは答えられない。
数秒。
ようやく息を整えると――
「な、なんなんですの……この子……」
アナスイが呟く。
「強すぎる……」
周囲が静まり返った。
ジャスティスも口を開けたまま固まっている。
「…………」
『速い』
『マドカ、やっぱり強いな』
『縮地からの鳩尾はエグいw』
『アナスイさん、マドカが強いのは知ってただろうけど、実際に食らうと別次元なんだろうな』
『これまでの配信でも見てきたけど、近距離だとさらにヤバい』
『剣聖仕込みの縮地、やっぱり見応えあるわ』
アナスイはゆっくり立ち上がる。
まだ少し苦しそうだ。
しかし、その顔には――
悔しさよりも、驚きと興味が浮かんでいた。
「……マドカさん」
「ん?」
「あなた……本当に何者なんですの?」
「え?」
マドカは少し考える。
「普通の冒険者だけど」
「それは嘘でしょう」
「嘘じゃないよ?」
「では、あの剣技は?」
「師匠に教えてもらった」
「師匠?」
「うん」
マドカが頷く。
「剣聖の弟子だから」
「…………」
アナスイの目が見開かれる。
「剣聖の……」
「うん」
「それだけではありませんわね?」
「あと、大賢者リゼットの弟子でもあるよ」
「…………」
アナスイは完全に固まった。
『剣聖の弟子って、やっぱり実際に見ると納得するな』
『大賢者リゼットの弟子でもあるんだよな』
『視聴者は知ってるけど、アナスイさんは知らなかったのか』
『そりゃ驚くわw』
『マドカ、自己紹介でそこまで言わないからな』
ジャスティスが立ち上がる。
「お、おい!」
マドカを見る。
「それ、俺も初めて聞いたぞ!?」
「そうだっけ?」
「そうだよ!」
「言ってなかった?」
「聞いてねえよ!」
『勇者、師匠の話を今知るw』
『まあマドカって自分のことあんまり説明しないからな』
『ジャスティスも配信見てるのに本人から聞くのは初めてか』
アナスイはマドカを見つめる。
「……剣聖と大賢者」
そして、少しだけ笑った。
「なるほど」
「?」
「それなら納得ですわ」
アナスイは魔法剣を鞘へ戻す。
「私の負けです」
「うん」
「……随分あっさり認めるんだな」
ジャスティスが呟く。
「自分より強い方に負けたのですから、認めるしかありませんでしょう」
アナスイはマドカへ向き直る。
「マドカさん」
「うん?」
「私はあなたを――」
一度、言葉を切る。
「勇者として推薦したいですわ」
「え?」
マドカが目を丸くする。
「私?」
「ええ」
「なんで?」
「今の戦いを見れば当然でしょう」
「いや……」
マドカは少し困った顔をする。
「私、勇者とか別に興味ないんだけど」
「そうなのですか?」
「うん」
マドカは少し考えてから――
「それに、私と同じくらいなら、エキドナにゴロゴロいるけど?」
「…………」
アナスイが固まった。
「え?」
「だから、私くらいの人なら、エキドナには結構いるよ」
「…………」
アナスイの顔が引きつる。
「では……なぜ……!」
思わず声が大きくなる。
「なぜ、その方々は勇者にならないんですの!?」
「え?」
マドカが首を傾げる。
「なんでだろ?」
「なんでだろって……!」
アナスイが頭を抱える。
『アナスイさんの気持ち分かるw』
『勇者候補が一人じゃなくてゴロゴロいる』
『エキドナ基準どうなってんだよ』
『認定勇者制度の意味が分からなくなってきた』
『マドカ本人が一番普通だと思ってるのが怖い』
アナスイは深呼吸する。
「……では、ジャスティスさん」
「俺?」
「あなたは……」
少し考える。
「口だけの方だと思って、本日ここへ来ました」
「ひでぇ!」
『初対面から酷いw』
『まあ、EVで見てたらそう思うのも分かるw』
『でも実際に戦って評価が変わったんだな』
「ですが」
アナスイは続ける。
「実際に戦ってみれば、勇者として最低限以上の実力はありましたわ」
「……!」
「及第点、といったところでしょうか」
「及第点……」
ジャスティスが微妙な顔をする。
「褒められてるんだよな?」
「一応は」
マドカが答える。
「よかったじゃん」
「お前、他人事だな!」
アナスイは少し考えてから、マドカを見る。
「ですが……」
「ん?」
「そのジャスティスさんが、エキドナでは弱いほうなのですか?」
「んー」
マドカは少し考える。
「十二歳くらいの新人冒険者と、ビアンチくらいにしか勝てないんじゃない?」
「おい!」
ジャスティスが叫ぶ。
「そんなに俺は弱いのか!?」
「弱いっていうか……」
マドカは困ったように首を傾げる。
「みんな三十層くらいなら普通にソロできるし」
「…………」
アナスイが黙った。
『三十層ソロ!?』
『みんなって誰!?』
『エキドナ基準どうなってんだよ』
『アナスイさん、今日何回驚けばいいんだ』
『ジャスティスが弱いというより、周りがおかしいw』
『エキドナのいつものやつだな』
アナスイはしばらく黙っていた。
やがて。
「……恐ろしいですわね」
「?」
「これがエキドナ……」
アナスイは周囲を見回す。
「類まれない技術者の集まりだとは聞いていましたが……」
そして、マドカを見る。
「それだけではない」
少しずつ理解していく。
「一人一人が……勇者級」
「そうなのかな?」
「そうですわ!」
アナスイが即答した。
「むしろ、なぜ今まで大きな問題になっていないのかが不思議です!」
「まあ……」
マドカは少し考える。
「みんな、普通に暮らしてるからじゃない?」
「…………」
アナスイは再び黙った。
そして、ふと何かに気づく。
「……もしかして」
「ん?」
「怠惰の王は、それを知っていたのでは?」
「何を?」
「エキドナの戦力を」
アナスイが真剣な顔になる。
「もし怠惰側に、これほどの戦力が存在することを把握していたのなら……」
アナスイは少し考える。
「正式な勇者を一人置く必要など、なかったのではありませんか?」
「…………」
ジャスティスが少しだけ黙る。
「……じゃあ」
そして。
「今の怠惰の勇者って、どうなってるんだ?」
「それは……」
アナスイが少し困った顔をする。
「私たちも、正確には把握していません」
「え?」
「認定された勇者自体は存在するはずです」
アナスイは続ける。
「ですが、とにかく出不精でして……」
「出不精?」
「ええ。ほとんど人前に出ません」
「…………」
「国を救うほどの大きな事件でもなければ動かない。そもそも、現在も生きているのかどうかすら、確かな情報がないのです」
「それ……認定勇者なのか?」
ジャスティスが呆れる。
「制度上は、そうなっていますわ」
「じゃあ……」
ジャスティスが自分を指差す。
「ジャスティスでよくない?」
「……」
アナスイがジャスティスを見る。
「私たちに比べれば、見劣りするでしょうけれど」
「ぐっ……」
「それでも――」
アナスイが少しだけ笑う。
「人のために何かをしようとはしているのでしょう?」
マドカが横から言う。
「うん。ジャスティスって、そういうところはちゃんとしてるよ」
「マドカ……」
ジャスティスが少し感動した顔になる。
「……まあ」
アナスイが頷く。
「候補程度には、しておきましょうか」
「候補かよ!」
『勇者候補ジャスティスw』
『認定勇者への道が遠い』
『でもちょっと前進したな』
『本人めちゃくちゃ嬉しそう』
アナスイはそこで、少し表情を引き締めた。
「ただし」
「ん?」
「これは、私だけの意見ではありません」
「?」
「今回、私はエキドナを見定めるつもりで来ました」
アナスイは周囲を見る。
「ですが――」
一度、言葉を切る。
「他の勇者は、そうではありません」
「……」
ジャスティスの顔が引きつる。
「え?」
「まだ来るの!?」
「ええ」
「めんど!」
『勇者騒乱始まったw』
『アナスイだけじゃなかったのか』
『そりゃそうだよな、EVでエキドナ見てるなら』
『他の勇者も絶対気になるだろ』
『ジャスティス、もう逃げられないぞ』
アナスイは淡々と説明する。
「例えば、強欲の勇者」
「強欲?」
「錬金術師ですわ。魔道具やゴーレムの研究にも熱心な方でして」
「……」
マドカが少し嫌な予感を覚える。
「エキドナの技術を見たら、かなり興味を持つと思いますわ」
「それ、絶対来るじゃん……」
ジャスティスが呟く。
「ええ。ヒロバトやEVなど、興味を引かれるものはいくらでもありますもの」
『強欲、絶対エキドナ来るじゃん』
『魔道具マニアなのか』
『EV見たらそりゃ気になるわ』
「それから、傲慢の勇者」
「どんな人?」
マドカが聞く。
「単純ですわ」
アナスイが少し苦笑する。
「強い人間がいると聞けば、戦いたくなる」
「……」
ジャスティスが嫌な顔をする。
「それ、絶対エキドナに来るじゃん」
「ええ」
「即答!?」
『傲慢=脳筋枠w』
『エキドナとの相性最悪じゃん』
『いや、戦闘好きなら楽しそう』
「嫉妬の勇者は……」
アナスイが少し考える。
「かなり子供っぽい方ですわね」
「子供?」
「自分より誰かが注目されていると、すぐに不機嫌になるのです」
「…………」
マドカが首を傾げる。
「それ、エキドナに来たら大変そう」
「ええ」
アナスイも頷く。
「エキドナは目立つ方が多いですから」
『嫉妬、エキドナに来たらずっと不機嫌になりそうw』
『マドカだけでもアウトだろ』
『ニコラとかナナリーとか見たらどうなるんだ』
「そして、暴食」
「暴食は?」
ジャスティスが聞く。
「料理人ですわ」
「……」
「料理が大好きで、とにかく美味しいものを食べることに貪欲な方です」
「……」
マドカが少し考える。
「それなら、Goalに来そうだね」
「ええ」
アナスイが頷く。
「恐らく、他の勇者の中では一番平和でしょう」
「暴食だけ平和だな!?」
ジャスティスが叫ぶ。
『www』
『確かに』
『暴食だけ目的が平和』
『ゴールの料理食べたいだけw』
『エキドナの料理研究班と意気投合しそう』
アナスイは最後に、少しだけ表情を変えた。
「そして――」
「まだいるの?」
「もちろんですわ」
「勇者多すぎだろ!」
アナスイが静かに続ける。
「憤怒の勇者」
その名を口にした瞬間。
アナスイの声から、少しだけ軽さが消えた。
「……あの方は、少し特殊です」
「どんな人?」
マドカが聞く。
「とにかく強い」
「…………」
「それ以外のことには、あまり興味がありません」
「それって……」
「強い者がいると聞けば、戦いに行く」
ジャスティスが頭を抱える。
「またそれかよ……」
『強者と戦いたい勇者、多すぎない?』
『傲慢と憤怒でエキドナの戦力調査が終わりそうw』
『でも憤怒はアナスイより強いんだよな?』
『最強の勇者って噂のやつか』
アナスイは頷いた。
「憤怒は、私たちの中でも最強と言われています」
「……」
マドカは少しだけ目を輝かせた。
「強いんだ」
「ええ」
アナスイはマドカの表情を見て、苦笑した。
「……あなたも、そういうところがありますのね」
「ん?」
「いえ」
アナスイは小さく笑う。
「とにかく」
そして。
「あなた方が今後、他の勇者たちとどう向き合うのか」
アナスイは真剣な表情になる。
「それを、私も見ていくことになるでしょう」
ジャスティスはため息をついた。
「……勇者会議とかで、俺のこと話してるんだろ?」
「ええ」
「何話してるんだよ……」
「それは――」
アナスイが少し笑う。
「直接聞いてみるのが一番早いと思いますわ」
「来るのか?」
「さあ?」
「そこは教えてくれよ!」
マドカが小さく笑う。
「まあ、面白そうじゃん」
「マドカは他人事だな!」
「だって、来たら来たでいいんじゃない?」
「よくないだろ!」
訓練場に笑い声が広がった。
だが。
アナスイだけは、少しだけ真剣な目でマドカを見る。
「……ただ」
「ん?」
「あなた方が、世界にとって敵なのか」
アナスイは静かに言った。
「それとも、世界にとって必要な存在なのか」
「…………」
マドカが少しだけ黙る。
「どうして、そんな話になるの?」
「EVですわ」
アナスイは答える。
「あなた方は、強すぎます」
「……」
「その力を、世界中に公開している」
アナスイが続ける。
「戦い方も。魔法も。武器も。時には、重要な人物がどこへ行ったのかまで」
「でも……」
マドカが言う。
「EVはみんなに見てもらうものだよ?」
「ええ。だからこそですわ」
アナスイは頷く。
「例えば――」
少し考える。
「重要な訪問情報がEVで流れてしまったとします」
「うん」
「それを見た誰かが、『あそこへ重要人物が来る。ならば襲撃計画を立てよう』と考えたら?」
「…………」
マドカが黙る。
「あるいは」
アナスイが続ける。
「戦闘配信を見た強敵が、あなた方の剣術や魔法の癖を研究したら?」
「……対策される」
「そうです」
アナスイは静かに頷く。
「EVそのものが悪いわけではありません」
「ただ――」
マドカが続ける。
「強い人たちが、自分たちのことを見せすぎると危ない」
「ええ」
アナスイは頷いた。
「私は、その危険性も含めて、あなた方を見定めるために来ました」
しばらく沈黙。
ジャスティスが頭を掻く。
「……なんか急に真面目な話になったな」
「そうですわね」
アナスイも少し笑う。
「ですが、これも勇者として必要なことですから」
マドカは少し考えてから頷いた。
「うん。分かった」
「……素直ですのね」
「だって、言われてみればその通りだし」
「ふふ」
アナスイが微笑む。
「やはり、あなたは面白い方ですわ」
「そう?」
「ええ」
そしてアナスイは、マドカとジャスティスを見る。
「これから、他の勇者たちも動き始めるでしょう」
その言葉に。
ジャスティスが深くため息をついた。
「……勇者って、もっと楽な仕事だと思ってたんだけどな」
『今さらw』
『自称勇者の宿命』
『でも本人、なんだかんだ楽しそうだよな』
『次の勇者誰が来るんだ?』
『強欲は絶対魔道具見に来るだろ』
『暴食はGoalの料理食べに来る』
『傲慢はエキドナの強者探し』
『嫉妬はマドカ見た瞬間キレそう』
『憤怒は誰と戦うのか楽しみ』
マドカはそんなコメントを眺めながら笑った。
「……なんか、賑やかになりそうだね」
「賑やかで済めばいいけどな……」
ジャスティスは遠い目をした。
アナスイはそんな二人を見ながら、静かに微笑む。
こうして――。
勇者騒乱は、まだ始まったばかりだった。




