勇者と自称勇者
ゴール。
エキドナの屋敷前。
その少し上空を、小型の魔導カメラが静かに飛んでいた。
ジャスティスの配信中だった。
普段から使っている追尾型のカメラで、ジャスティスが動けば自動で追いかける。
もちろん、ジャスティス自身はカメラを持っていない。
そのため――。
アナスイが現れた瞬間から、彼女の姿もそのまま配信に映っていた。
『え?』
『誰?』
『めちゃくちゃ美人来たんだけど』
『赤髪の剣士?』
『装備かっこよくない?』
『あれ、もしかして……』
コメント欄が一気に流れ始める。
だが、ジャスティスはそんなことを気にする様子もなく、アナスイと向かい合っていた。
「……では」
アナスイは、目の前の青年を改めて見た。
「少し、お話をしましょうか」
「もちろんだ!」
ジャスティスは胸を張る。
「俺も、色欲の勇者アナスイさんには聞きたいことがある!」
「まあ」
アナスイが少し目を細める。
「私のことをご存じでしたのね」
「当然だ!」
ジャスティスは自信満々に答えた。
「各大陸の勇者くらい、俺だって知っている!」
『知ってるんだ』
『勇者だけあってそこは詳しいのか』
『というかアナスイって、やっぱりあのアナスイ?』
『色欲の認定勇者だろ』
『本物来たじゃん』
「そうですか」
アナスイは頷いた。
「でしたら、話は早いですわね」
「おう!」
アナスイは一歩近づいた。
「あなた」
「ん?」
「本当に勇者なんですの?」
「……」
ジャスティスが固まる。
『いきなりそこw』
『直球だな』
『ジャスティスどう答えるんだ』
「いや、だから俺は――」
「ジャスティスさん」
アナスイは静かな声で続けた。
「現在、七大陸には、それぞれ一人ずつ正式に選定された勇者が存在します」
「……」
「そして、そのうち六人はすでに各大陸で活動していますわ」
アナスイは淡々と説明する。
「私も、その一人です」
『六人ってことは……』
『残り一人は怠惰?』
『怠惰の勇者って今どうなってるんだ?』
「それは知ってる」
「ええ」
アナスイは頷いた。
「問題は、残る一人ですわ」
「怠惰の勇者……」
「そうです」
アナスイの表情が少しだけ曇る。
「怠惰大陸の認定勇者については、現在どこにいるのかすら把握できておりません」
「え?」
ジャスティスが目を丸くする。
「分からないのか?」
「ええ」
「生きてるかどうかも?」
「少なくとも、私たちが確認できる範囲では」
『勇者なのに消息不明?』
『そんなことあるのかよ』
『怠惰すぎない?』
『むしろ名前通りなのでは』
「そんなことあるのか……」
ジャスティスが困惑する。
「勇者なのに?」
「それほどまでに出てこない方なのですわ」
アナスイはため息をつく。
「そのため、現在の怠惰の勇者が正式に認定されたままなのか。それとも、すでに別の方へ認定が移っているのか。そこすら、はっきりしておりません」
「…………」
ジャスティスは少し考えた。
「じゃあ……」
「はい」
アナスイが微笑む。
「そんな状況のところに――」
一歩。
「突然、『俺が勇者だ!』と名乗る方が現れた」
「……」
「しかも、あなたは何度もEVの前でそう名乗っていますわね?」
「……まあ」
ジャスティスの声が少し小さくなる。
『自分で認めたw』
『これは完全に自称』
『勇者本人が自称って認めちゃったよ』
「あなたは何者なんですの?」
「俺は――」
「ジャスティスさん」
アナスイの声が少しだけ鋭くなる。
「国の認定を受けていない者が、勝手に『勇者』を名乗ることがどういう意味なのか」
「……」
「ご存じですか?」
「え?」
「犯罪行為になる国もありますわ」
「…………」
ジャスティスの顔から、さっきまでの自信が少しずつ消えていく。
「……犯罪?」
「ええ」
「俺が?」
『え?』
『犯罪者!?』
『勇者じゃなくて犯罪者だったの?w』
『ジャスティス逮捕される?』
「少なくとも、正式な認定を受けていないのでしたら」
アナスイは静かに頷く。
「あなたは『自称勇者』ですわ」
「…………」
『自称勇者www』
『今日のパワーワード』
『ジャスティス終了のお知らせ』
『本人の顔w』
その時だった。
「……あ」
少し離れたところから声がした。
ジャスティスとアナスイが振り向く。
いつの間に来ていたのか。
マドカが二人を見ていた。
「マドカ?」
「うん」
マドカは二人のところまで歩いてくる。
「何の話してるの?」
「今、ちょうどあなたの知り合いのジャスティスさんについて確認していたところですわ」
「そうなんだ」
マドカはジャスティスを見る。
「それで?」
「……」
ジャスティスは黙っている。
『マドカ来た』
『助けてやれw』
『いや、マドカなら追撃しそう』
「ジャスティスさんは、正式な認定勇者ではないのですわね?」
「……まあ」
「自分で勇者を名乗っているだけ?」
「……そうなる」
「…………」
マドカは少し考える。
そして。
「え」
ジャスティスを見る。
「……ジャスティス、犯罪者じゃん」
『wwwww』
『言ったw』
『マドカ容赦ないw』
『勇者に追撃入った』
「おい!」
ジャスティスが即座に叫んだ。
「なんでお前までそっち側なんだよ!」
「だって今の話を聞く限りそうじゃない?」
「いや、俺は悪いことをしようとして名乗ってるわけじゃない!」
「でも認定されてないんでしょ?」
「そうだけど!」
「じゃあ自称じゃん」
「うっ……」
『正論』
『ジャスティス反論できてなくて草』
アナスイが思わず口元を押さえる。
「ふふ……」
「笑うな!」
ジャスティスがアナスイを見る。
「俺はちゃんと人を助けてるぞ!」
「それは聞いておりますわ」
アナスイは微笑んだ。
「ですから、私はあなたを最初から犯罪者として扱うために来たわけではありません」
「……え?」
「私は、あなたが何者なのかを見に来たのです」
アナスイの表情から、少しだけ笑みが消える。
「本当にただの自称勇者なのか」
「……」
「それとも――」
アナスイはジャスティスをまっすぐ見た。
「正式な認定を受けていないだけで、勇者と呼ぶに値する何かを持っているのか」
「……」
『おお』
『ここから本題か』
『アナスイ、本当に見定めに来たんだな』
『殺しに来た感じじゃないのがいい』
「それを、この目で確かめに来ましたの」
ジャスティスはしばらく黙っていた。
そして。
「……だったら」
ゆっくりと胸を張る。
「見てもらえばいい」
「ジャスティス……?」
「俺が勇者なのかどうか」
ジャスティスは剣へ手を添える。
「自称なのか、本物なのか――」
その目に、いつものふざけた雰囲気とは違う真剣さが宿る。
「実力で確かめてくれ」
『来た』
『戦うのか?』
『勇者VS勇者』
『これ生配信で見ていいやつ?』
『ジャスティス本気の顔だ』
「……」
アナスイは少しだけ目を細めた。
「なるほど」
そして――。
「それなら、話は簡単ですわね」
「……!」
「あなたが本当に勇者と呼ばれるに値するのか」
アナスイの手が、腰の魔法剣へ伸びる。
「私が判断して差し上げますわ」
『うわ、剣出すぞ』
『アナスイ来た』
『これジャスティス勝てるの?』
『相手S級認定勇者だぞ』
「お、おい……」
マドカが二人を見る。
「ここ、屋敷の前だけど?」
「……」
「……」
二人が周囲を見る。
コボルトが門の前で尻尾を振っている。
「わんお」
『コボルトかわいい』
『戦闘前なのに和むw』
『このコボルト、ずっと仕事してるな』
『さっきアナスイ止めてた子か』
「……」
マドカがため息をついた。
「とりあえず、中でやったほうがいいんじゃない?」
「それもそうですわね」
アナスイが笑う。
「では、場所をお借りしましょう」
「よし!」
ジャスティスが頷く。
「俺が本当の勇者だってことを――」
「はいはい」
マドカが歩き出す。
「犯罪者じゃないってところから頑張ってね」
「だから犯罪者じゃないって!」
『wwww』
『最後まで犯罪者扱いw』
『ジャスティス頑張れ』
『次回、勇者VS認定勇者』
『これは絶対見る』
その後ろで。
「わんお」
コボルトが、なぜか満足そうに尻尾を振っていた。




