勇者アナスイ 動く
色欲大陸、王都。
その一角にある建物の一室。
「……では、私は先に行きますわ」
そう言って立ち上がったのは、一人の女性だった。
赤い髪。
細身の身体に合わせた黒を基調とした軽装。
腰には、細身の魔法剣。
肌の見える部分は決して多くない。
けれど、身体のラインを綺麗に見せる作りになっており、どこか妖艶な雰囲気を感じさせる。
それでも下品さはない。
むしろ、戦うために洗練された装備という印象のほうが強かった。
「アナスイ」
別の勇者が声をかける。
「本当に一人で行くのか?」
「ええ」
アナスイは頷いた。
「怠惰との国交は比較的安定していますもの。ゴールへ行くこと自体は難しくありませんわ」
「問題は、エキドナだ」
「ええ」
アナスイは少しだけ目を細めた。
「だからこそ、実際に見てきます」
机の上には、一台のEV。
そこには、エキドナの配信映像が映っている。
街。
ダンジョン。
冒険者たち。
そして――
『俺は勇者ジャスティスだ!』
画面の中で、ジャスティスが胸を張っていた。
「……」
アナスイはしばらく画面を見る。
「この方が、自称勇者ですのね」
「そうだ」
「なるほど……」
アナスイは小さく笑った。
「まずは、この方が本当に問題なのかを見てきますわ」
そう言って、転移魔法を起動する。
「では」
一瞬。
アナスイの姿が消えた。
そして――
ゴール。
「……ここが」
転移したアナスイは、街の中で立ち止まった。
「ゴールですのね」
まず目に入ったのは、街並みだった。
色欲大陸とは違う。
建物も。
店の並びも。
人々の服装も。
何もかもが少しずつ違っている。
「……面白いですわね」
アナスイは歩き始める。
そして、すぐに足を止めた。
「まあ」
店先に並んでいる商品。
アクセサリー。
髪飾り。
見たことのない形の小物。
「これは……何でしょう?」
手に取ってみる。
細かな装飾。
色の組み合わせ。
魔石の使い方。
「……こちらでは、こういうものが普通に売られているのですの?」
少し離れた場所では、女性がエキドナの商品を身につけて歩いている。
アナスイは思わず目で追った。
「かわいい……」
小さく呟く。
さらに歩く。
服の店。
知らないデザイン。
色使いも、素材の使い方も違う。
「こちらも素敵ですわね……」
勇者として来たことを忘れたわけではない。
ただ。
エキドナという国そのものが、思っていた以上に面白かった。
「なるほど……」
そして次に目に入ったもの。
「……あら?」
街角に立っている。
小さなコボルト。
エキドナの警備兵だった。
きちんとした装備を身につけ、真面目な顔で街を見回している。
「……かわいい」
アナスイが立ち止まる。
コボルトがこちらを見る。
「わん」
「……!」
アナスイの顔が少し緩む。
「まあ……」
さらにその近くを、一匹の猫が歩いていく。
「……猫まで」
アナスイは完全に足を止めた。
「かわいい……」
猫は何事もなかったように歩いていく。
コボルトもまた、仕事へ戻る。
「……」
アナスイはしばらくその場に立っていた。
「……いけませんわね」
小さく息を吐く。
「私は調査に来たのですから」
そう言って歩き出す。
しかし。
数歩進んでから、また振り返った。
「……本当にかわいいですわね」
コボルトがこちらを見る。
「わん」
「……」
アナスイは少しだけ笑った。
しばらくして。
アナスイはエキドナの屋敷へと辿り着いた。
大きな屋敷。
周囲には警備兵。
そして、門の前には一匹のコボルトが立っている。
「ここが……」
アナスイは屋敷を見上げる。
「エキドナの屋敷ですか」
門の前まで歩いていく。
「すみません」
「わん?」
コボルトが振り返る。
「私、色欲の勇者アナスイと申します」
「わん」
「こちらに用があって参りましたの」
「わんお」
「……」
アナスイが少し困った顔をする。
「中へ通していただけますか?」
「わんおわんお!」
「…………」
尻尾を振りながら、何かを訴えている。
「むぅ……」
アナスイは首を傾げる。
「どうしましょう……?」
「わんお!」
「……」
コボルトは元気よく吠えている。
「もしかして、通してはいけないということですの?」
「わん!」
「そうですの……」
アナスイは困ったように笑う。
「困りましたわね……」
その時だった。
「――あ?」
背後から声が聞こえた。
「客か?」
「……?」
アナスイが振り返る。
そこには――
一人の青年がいた。
剣を腰に下げている。
そして。
カメラを持っている。
「……」
アナスイは目を細める。
「あなたは……」
青年が気づく。
「ん?」
そして。
「……ああ!」
ジャスティスだった。
「もしかして、エキドナに用があるのか?」
アナスイは彼を見る。
映像で何度も見た顔。
自称――
勇者。
「…………」
ジャスティスは首を傾げる。
「どうした?」
アナスイは、ゆっくりと笑った。
「なるほど……」
「?」
「あなたが――」
一歩、前へ出る。
「**怠惰の勇者ジャスティスさんですのね?**」
「……」
ジャスティスの目が輝く。
「そうだ!」
胸を張る。
「俺が勇者ジャスティスだ!」
アナスイは微笑んだ。
「……では」
その目が、静かにジャスティスを見据える。
「少し、お話をしましょうか」
「え?」
ジャスティスの顔が引きつった。
その横で。
「わんお」
コボルトが尻尾を振っていた。




