エジソンが作れそうなもの
翌日。
エキドナの庭に移された日本の家。
今日は、その家をエジソンが改めて調べることになっていた。
「最初に言っておくけど」
玄関前で、マドカがエジソンを見る。
「この家にあるものは、地球にあった現物しかないからね」
「はい」
「壊したら、同じものを買ってくることはできないよ」
「分かっています」
エジソンは真剣な顔で頷いた。
「分解したくなっても、勝手に分解しません」
「うん。それならいいよ」
マドカも頷く。
「この家、前に一度みんなで調べてるから。今日は全部を見るんじゃなくて、エジソンが興味あるものだけ確認しよう」
「それで十分です」
エジソンは眼鏡を直した。
「むしろ、全部見たら時間がいくらあっても足りません」
「だよね」
マドカが笑う。
「じゃあ、行こうか」
家の中へ入る。
玄関を抜け、廊下を進んでいく。
すると――。
「あ」
ジャスティスが廊下の奥から顔を出した。
「漫画の部屋、まだ残ってたのか」
「そりゃ残ってるよ」
マドカが呆れたように答える。
「……じゃあ俺、ここにいるわ」
「また漫画?」
「だって読み終わってないんだよ」
「はいはい」
マドカはそれ以上何も言わなかった。
ジャスティスも当然のように漫画の部屋へ戻っていく。
マドカもエジソンも、特に気にせず先へ進んだ。
「……本当に漫画好きなんですね」
エジソンが小さく呟く。
「いつものことだから」
マドカもそれだけ答えた。
最初にエジソンが向かったのは、音楽室だった。
「ここです」
ナナリーが扉を開ける。
部屋の中には、ギターやベース。
そしてドラムセット。
壁際にはDJ機材も置かれている。
エジソンの目が輝いた。
「……これです」
「DJ機材?」
「はい」
エジソンが近づく。
ただし、触れる前に一度立ち止まった。
「分解はしません」
「うん」
「約束です」
エジソンは慎重に機材を眺める。
ボタン。
つまみ。
スライダー。
画面。
接続端子。
実際にニコラが使っているところを見た記憶もある。
「二つの音源を別々に扱って……」
小さく呟きながら、構造を考えていく。
「音量を調整して、周波数ごとに音を変えて……二つの曲を繋ぐ」
「そうそう」
ナナリーが頷く。
「ニコラが使ってるやつ」
「これ、面白いですね」
エジソンが目を輝かせる。
「音そのものを作るというより、音を操作するための機械なんだ」
「作れそう?」
マドカが聞く。
エジソンはしばらく考えた。
「……原理だけなら、かなりいけると思います」
「本当?」
「はい」
エジソンは機材を見ながら続ける。
「こちらの魔導具には、音を増幅したり、特定の音を取り出したりするものがあります。組み合わせれば、似た機能は作れるはずです」
「じゃあ、DJニコは続けられる?」
マドカが聞く。
「もちろんです」
エジソンが即答する。
「むしろ、これを参考にしたこちら製の機材を作ってみたいです」
「ニコラが喜びそう」
ナナリーが笑う。
「たぶん、一番喜ぶと思いますよ」
「だよね」
マドカも頷いた。
次に、エジソンはギターの前へ移動した。
「これがアコースティックギター」
ナナリーが説明する。
「こっちがエレキギター。これはベース」
「……なるほど」
エジソンは一本ずつ確認していく。
弦。
ネック。
胴体。
音を拾う部分。
「こっちは、前に見せてもらったものと同じですね」
エジソンがエレキギターを見る。
「光るギターの試作品を作った時に参考にした形です」
「うん」
マドカが頷く。
「前の面接で見せてもらったやつだよね」
「はい」
エジソンはギターを眺める。
「ただ、実物を改めて見ると、もっと分かることがありますね」
「どんなこと?」
「弦の振動をどう拾っているのか。それをどう電気信号に変えているのか」
少し考える。
「こちらでは同じ仕組みをそのまま再現する必要はありません。魔力で代用できる部分がありますから」
「じゃあ、こっちの材料でも作れそう?」
「かなり可能性は高いです」
エジソンは頷いた。
「弦そのものも、こちらにある素材で作れるでしょう。音を拾う部分も、魔石を使えば似たようなものができると思います」
ナナリーが少し嬉しそうにする。
「じゃあ、私のギターも?」
「はい」
エジソンが答える。
「同じものを完全に作るというより、こちらで作れる素材を使って、こちらの楽器として成立させる感じになりますが」
「それなら十分だよ」
ナナリーが笑った。
「地球のギターと同じものじゃなくても、弾ければ嬉しいし」
「そうですね」
エジソンも頷く。
「むしろ、そのほうが面白いと思います」
続いて、ベース。
そしてドラムセット。
エジソンは一つずつ確認していく。
「ドラムは、こちらにも似たものがありますね」
「太鼓とか?」
マドカが聞く。
「はい。ただ、音の出し方や組み合わせが違います」
エジソンはドラムセットを見る。
「これなら、こちらの打楽器の技術を使って再現できそうです」
「じゃあ、楽器は結構作れそうだね」
「はい」
エジソンが頷く。
「少なくとも、原理が分からないということはありません」
その言葉に、ナナリーが嬉しそうに笑った。
「じゃあ、エキドナでも地球っぽい音楽ができるようになるんだ」
「地球そのものにはならないでしょうけど」
エジソンが眼鏡を直す。
「こちらの材料で作れば、こちらの音楽になります」
「それも面白そう」
マドカが笑った。
その後。
一行は別の部屋へ移動した。
そこには、日本のスマートフォンが置かれていた。
「これも調べる?中に入ってる写真とか動画とか、音楽とかは見られる」
「なるほど」
エジソンが画面を見る。
保存されている写真。
動画。
音楽。
文章。
「小さいのに、かなりの情報が入るんですね」
「そうだね」
「EVに少し似ています」
エジソンが呟く。
「情報を保存して、必要な時に取り出して見る。大きさは全然違いますけど」
「そう言われると、確かに似てるかも」
マドカが頷く。
エジソンは画面を操作する。
写真や動画は見ることができる。
音楽も再生できる。
しかし――。
「……この文字」
エジソンが画面を指す。
「読めません」
「ああ」
マドカが頷く。
「日本語だからね」
「やっぱり、そこが問題ですか」
エジソンは少し考え込んだ。
「今まで、マドカさんやナナリーさんに読んでもらっていましたけど……」
「うん」
「それだと、調べるたびにお願いすることになりますよね」
「まあ、そうだね」
エジソンはしばらく画面を見つめた。
「だったら」
ぽつりと呟く。
「翻訳する魔導具を作りましょう」
「翻訳機?」
「はい」
エジソンが顔を上げる。
「まずは、日本語とこちらの言葉を相互に変換できるものです」
「会話もできる?」
「最初は文字からです」
エジソンはスマートフォンを見ながら説明する。
「この家にあるものを調べるなら、まず日本語の説明書や表示を読めるだけでもかなり違います」
「なるほど」
「漫画や雑誌、保存されている文章も、読めるようになります」
「それ便利だね」
マドカが頷く。
「地球から来た人がいなくても、資料を調べられるようになる」
「はい」
エジソンは頷く。
「それに、今回だけじゃありません」
「?」
「今後、地球の資料が見つかった時にも使えます」
マドカが少し驚く。
「そこまで考えてるんだ」
「せっかくある知識を、言葉が分からないだけで使えないのはもったいないですから」
エジソンはスマートフォンを慎重に置く。
「だから、これは作る価値があります」
「うん」
マドカも頷いた。
「じゃあ、翻訳魔導具もお願い」
「任せてください」
エジソンは嬉しそうに笑った。
音楽室へ戻る。
エジソンは、もう一度ギターを見る。
DJ機材を見る。
ドラムを見る。
「……やることが増えましたね」
「大丈夫?」
「はい」
エジソンは即答した。
「むしろ、こういうほうが楽しいです」
眼鏡を直す。
「まずは楽器の模倣品を作ります」
「うん」
「DJ機材も、こちらの技術で再現できるか試します」
「ニコラが喜ぶね」
「はい」
そして、少しだけスマートフォンを見る。
「それと翻訳魔導具」
「うん」
「この二つを進めます」
マドカは笑った。
「じゃあ、今日のところはそれでいいね」
「はい」
エジソンも頷いた。
「現物は壊しません」
「そこ大事だからね」
「分かっています」
二人で笑う。
その頃。
少し離れた部屋では――。
ジャスティスが、まだ漫画を読んでいた。
「……」
誰も呼びに行かない。
誰も止めない。
いつものことだった。
日本の家の再調査は、これで終わった。
エジソンが持ち帰るのは、現物ではない。
そこにある技術と発想。
そして、それをこの世界の魔法と技術で再現するための、新しい課題だった。
楽器。
DJ機材。
翻訳魔導具。
その先に何ができるのかは、まだ分からない。
ただ――。
エジソンにとっては、それで十分だった。
作れるかどうか分からないものがある。
だからこそ、作ってみたい。
そんな少年の新しい研究が、静かに始まった。




