エジソン君来訪
エキドナ。
研究室の入口付近を、マドカが歩いていた。
「あれ?」
そこに見覚えのある少年が立っている。
「エジソン君?」
「あ、マドカさん!」
エジソン君は嬉しそうに振り向いた。
「ニコちゃんに会いに来たんだけど……」
「ニコラなら研究室にいるよ」
「案内してもらっていい?」
「うん。お客さんだね」
マドカはエジソン君を研究室まで案内する。
そして研究室の横にある休憩部屋へ通した。
「ニコラ、お客さん連れてきたよ」
「んー?」
研究室の奥から、眠そうな声が返ってくる。
「……あ」
ニコラがエジソン君を見る。
「エジソンじゃん~」
「久しぶり!」
「何しに来たの~? 今ちょっと忙しいから~。用がないなら帰って~」
「なっ!?」
エジソン君が固まる。
「ニコちゃん!」
「ん~?」
「僕はね!」
エジソン君は勢いよく身を乗り出した。
「DJニコのことを聞きに来たんだよ!」
「私?」
「そう!」
目を輝かせる。
「ねぇ! あれ何!?」
「どれ~?」
「DJニコが使ってたやつ!」
「ああ……」
ニコラが少し考える。
「アーティファクト~」
「アーティファクトだって!?」
エジソン君の目がさらに輝く。
「そんなもの作ったの!?」
「まぁまぁ、落ち着きなよ」
マドカが横から声をかける。
「あれはDJ機材っていう、異世界の楽器みたいなもんだよ」
「異世界!?」
「うん」
「なんで!?」
エジソン君はマドカとニコラを交互に見る。
「なんで異世界の楽器がここにあるの!?」
「んー……」
ニコラが少し考える。
「遊びに行った村の地下に、家ごとあったみたい~」
「家ごと!?」
「うん~」
「それをエキドナで全部買い取って、こっちに移築したわけ」
マドカが説明する。
「その家の中にも、この世界にはない楽器とか色々あったんだよ」
「…………」
エジソン君はしばらく黙った。
そして。
「あ!」
何かを思い出したように顔を上げる。
「じゃあ、ナナリーちゃんが持ってた、バイオリンに似たやつも!?」
「それ?」
ニコラが首を傾げる。
「リュートみたいなもんだと思うよ~?」
「リュート……」
エジソン君は興味津々だ。
「あれ、僕にも一度見せてくれない!?」
「え?」
「僕、楽器とか作るのも好きだからさ!」
ニコラが少し考える。
「んー……」
そして首を横に振る。
「DJ機材は一個しかないから、まだダメ~」
「一個しかないの?」
「うん」
「じゃあ、ニコラでも分解したら戻せないとかあるの?」
「そりゃー」
ニコラは当然のように答える。
「DJできなくなるの嫌だもん~」
「なるほど……」
エジソン君は真剣な顔になる。
「つまり、あの機材は代わりがないんだ」
「そういうこと~」
「分かった!」
エジソン君は大きく頷いた。
「その機材は、かえがきかないんだね!」
「うん~」
「じゃあ、僕が作れるようになればいい!」
「…………」
ニコラが瞬きをする。
「え?」
「そのDJ機材そのものを分解できないなら、僕が仕組みを調べて、こっちで作れるものを作ればいいんでしょ?」
「……」
ニコラは少しだけ目を細めた。
「エジソン」
「うん!」
「それ、結構大変だと思うよ~?」
「だから面白いんじゃん!」
即答だった。
マドカが思わず笑う。
「エジソン君、そういうところは本当に発明家だね」
「だって気になるじゃん!」
エジソン君は目を輝かせる。
「音を出す機械でしょ? しかも、ただ音を出すだけじゃなくて、いろいろ操作して音楽を作れるんだよね?」
「そう~」
「だったら、絶対面白い!」
ニコラは少し考えてから、ふっと笑った。
「……まあ」
「?」
「そのうち、作れそうなものがあったら見せてよ~」
「本当!?」
「うん」
「やった!」
エジソン君は嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、まずはDJ機材の仕組みを聞かせて!」
「そこから~?」
「そこから!」
「私、説明するの面倒なんだけど~」
「お願いします!」
「……しょうがないな~」
ニコラは椅子に座り直す。
「じゃあ、分かる範囲で教えるよ~」
「ありがとう!」
その様子を見ながら、マドカは小さく笑った。
どうやら。
エジソン君がニコラの研究室へ通う理由は、もう一つ増えたらしい。
「……で?」
マドカがふと聞いた。
「結局、エジソン君は何しに来たの?」
「え?」
「ニコラにDJ機材を見せてもらいに来ただけ?」
「いや!」
エジソン君は首を横に振った。
「僕はね!」
そして、ニコラをまっすぐ見る。
「ずっとニコちゃんに憧れてたんだ!」
「……私?」
ニコラが自分を指差す。
「そう!」
エジソン君の目が輝く。
「ヒラガ本家の、数百年に一人の天才!」
「…………」
「それがニコちゃんなんだ!」
「へぇ~」
ニコラはあまり気にしていない様子だった。
「他の人たちなんて、ニコちゃんの作るものが理解できないって、昔からほっといたんだよ?」
「そうなの?」
マドカがニコラを見る。
「んー」
ニコラは少し考える。
「まぁ~、私はパパに『好きにしなさい』って言われてたし~。楽だったけど~」
「その環境で好き放題やってたんだ……」
「うん~」
ニコラは普通に頷いた。
エジソン君が続ける。
「今はニコちゃんのお父さんが、周りの人たちがニコちゃんから情報を搾取しようとするのを必死に抑えてるみたいだね」
「あー」
ニコラが頷く。
「ヒロバトもモンバトもEVも、配信カメラも全部ニコラ作だもんね」
マドカが指を折りながら数える。
「便利すぎるし」
「そうなんだよ!」
エジソン君が頷く。
「え~?」
ニコラは首を傾げた。
「ヒラガなら、いつかは誰かが作ってたと思うよ~?」
「ニコちゃんは作れたから『作れた~』って言うけど!」
エジソン君が少し身を乗り出す。
「普通の天才じゃ、できないからね!」
「そうかな~?」
「そうだよ!」
エジソン君は力説する。
「僕もニコちゃんの発明に触発されて、色々作ってきたんだ!」
「へぇ~」
「でも僕は、やっぱりオリジナルを作るって相当難しいと思うんだ!」
エジソン君は真剣な顔になった。
「見本があって、それを改良しなさいっていう課題なら、僕も結構いけると思う」
「なるほど」
マドカが頷く。
「でも、何もないところから『こんなの作って』って言われると?」
「それが一番難しい!」
エジソン君は即答した。
「だから、ニコちゃんの発明を見てると、本当にすごいと思うんだ!」
「まぁ~」
ニコラは少し照れたように頭を掻く。
「私も、全部が全部自分の発明ってわけじゃないよ~?」
「え?」
「マドカとか、他の人から『こういうのが欲しい』って仕様書を出されて~」
ニコラは指を一本立てる。
「それ見て、面白そうだったらやるだけだし~」
「それができるのがすごいんだって!」
「そう?」
「そう!」
エジソン君は大きく頷いた。
そして、少しだけ緊張した顔になる。
「だから……」
「うん?」
「僕、今日はニコちゃんと一緒に働きたくて来たんだ!」
「…………」
ニコラが瞬きをする。
「さっき見た謎のアーティファクトもそうだし!」
エジソン君は身を乗り出す。
「その移築した家、見せてもらえない!?」
「家?」
「うん!」
「異世界のものがあるんでしょ?」
「そうだけど~」
「だったら、こっちの世界でも使えるアイテムを作り出せるかもしれない!」
ニコラは少し考える。
「そうだねー」
「!」
「私でも直し方が分からないものってあるし~」
「例えば?」
「DJ機材」
「……!」
エジソン君の目が輝く。
「あれ壊れたら、DJニコ終わっちゃうし~」
「それは大変だね」
マドカが笑う。
「近いものなら作れそうだけど~」
「本当!?」
「うん~」
ニコラはあっさり頷く。
「だったら、一度エジソン君と一緒に、作れそうなものを探してみたら?」
「いいね!」
エジソン君が即答する。
「マドカさん!」
「ん?」
「僕、ニコちゃんの助手になれるの!?」
「まぁ」
マドカは少し考える。
「仕事としてなら、ちゃんと契約は必要だけどね」
「契約?」
「うちの代表と契約書を交わしてもらうことになるかな」
「分かった!」
エジソン君は勢いよく立ち上がった。
「大賢者様だね!」
「うん」
「行ってくるよ!」
エジソン君はそのまま部屋を出ようとする。
「元気だね~」
ニコラがぽつりと言った。
「でも……」
マドカがニコラを見る。
「彼が楽器関係をやってくれるなら、私たちにも音が増えるし、かっこよくない?」
「そうかも~」
ニコラも少し笑った。
「エジソンが作るなら、私も楽だし~」
そして、ニコラは残されたDJ機材へ目を向ける。
「壊れたら困るしね~」
「それも大きいね」
マドカが笑う。
こうして。
ニコラの研究室に、新しい助手が加わることになった。
そしてエジソン君は――
まだ誰も知らない「音」の可能性を、少しずつ広げていくことになる。




