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落内円は落ちている  作者: 七風


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フェンリル

 トライアングル with DJニコが活動を始めて、しばらく。


 最初は試験的なライブだった。


 今までのトライアングルとは少し違う、ロック寄りの衣装。


 ギター。


 DJ機材。


 そして、ニコラのラップ。


 それまでの「ゆるきゃぴ」した雰囲気を残しながらも、少しだけ尖った新しいスタイル。


 最初は戸惑う人もいた。


 けれど、実際にライブを見た人たちの反応は悪くなかった。


 むしろ――。


「次はいつやるんですの?」


「また見たいですわ!」


「前のトライアングルも好きでしたけど、こっちも好きです!」


 そんな声が少しずつ増えていった。


 そして、意外なところにも変化が現れた。


 エキドナの女性向け商品の企画会議。


 いつものように、マドカたちが集まっていた。


「最近、こういう要望が増えてるんだよね」


 リゼットが資料をめくる。


「何?」


 マドカが覗き込む。


「トライアングル with DJニコの衣装についてよ」


「衣装?」


「ええ」


 リゼットが一枚の紙を見せる。


「特にニコラのパーカーとキャップ」


「……ニコラの?」


「そう」


 マドカが首を傾げる。


「欲しい人がいるの?」


「かなりいるみたい」


「へえ……」


 ナナリーも資料を覗き込む。


「どんな人たち?」


「女学生からの要望が多いわね。それから、女性冒険者からも結構来てる」


「冒険者?」


 ニコラ本人が首を傾げる。


「パーカー?」


「うん」


 マドカが頷く。


「ニコラがライブで着てるやつ」


「……これ?」


 ニコラが自分のパーカーの裾をつまむ。


「そう、それ」


「これ欲しいの~?」


「そうみたい」


「……なんで?」


 ニコラは本気で分からない顔をする。


「楽だから?」


「それもあると思うけど」


 ナナリーが笑う。


「今のニコラの衣装そのものが、格好いいって思われてるんじゃない?」


「へえ~」


 ニコラはパーカーを見下ろす。


「これ、普通のパーカーだけど~」


「だからこそじゃない?」


 マドカが言う。


「普通に着られるし、動きやすいし」


「女性冒険者からの要望っていうのも、そこでしょうね」


 クリスティーナが資料を見る。


「ドレスとは違って、動きやすい服ですもの」


「確かに」


 グレタも頷く。


「冒険者なら、戦闘の邪魔にならない服のほうがいい場合もある」


「あと、キャップも人気みたい」


 リゼットが続ける。


「『ニコラと同じものが欲しい』という要望が結構あるわ」


「キャップ?」


 ニコラが帽子を手に取る。


「これ?」


「そう」


「……普通の帽子だよ~?」


「でも、ニコラが被ってるから欲しいんだと思う」


 ナナリーが笑う。


「それ、アイドルとしてはかなり成功してる証拠じゃない?」


「そうなの~?」


「うん」


「じゃあ、売る?」


 ニコラがあっさり言った。


「いいんじゃない?」


「決めるの早っ!」


 マドカが思わず突っ込む。


「だって欲しいんでしょ~?」


「まあ、そうだけど」


 リゼットが資料を閉じる。


「実際、商品としても作りやすいわ」


「普通の服としても使えますしね」


 ヒナタが頷く。


「ただ、そのままコピーするだけではなく、エキドナ向けに少し調整してもいいと思います」


「どんな感じ?」


「素材をこちらのものに変えるとか」


 ヒナタが考える。


「汚れにくくするとか、多少の防水性を持たせるとか。冒険者向けなら、耐久性も上げたいですね」


「それいいね」


 マドカが頷く。


「女学生向けと冒険者向けで、少し違うものを作ってもいいかも」


「ええ」


 クリスティーナが微笑む。


「女学生向けなら、色やデザインを少し増やしてもよいでしょうね」


「女性冒険者向けなら、動きやすさを優先する」


 グレタが続ける。


「ポケットも多いほうがいい」


「ポケット大事~」


 ニコラが真顔で頷いた。


「じゃあ、ポケットいっぱいにしよう~」


「いっぱいって……」


 マドカが苦笑する。


「どれくらい?」


「いっぱい」


「具体的に言ってよ!」


 会議室に笑い声が広がる。


 そして、資料の一番下には新しい商品案が追加された。


 ――DJニコ・パーカー。


 ――DJニコ・キャップ。


 ステージ衣装として始まったものが、


 いつの間にか、街で普通に着られるファッションになろうとしていた。


 トライアングル with DJニコの活動は、音楽だけでは終わらない。


 その衣装そのものが、新しい流行を作り始めていた。


 それから、しばらく。


 エキドナの会議室。


 以前と同じように、テーブルの上にはいくつもの試作品が並べられていた。


「それじゃあ、進捗状況を確認しましょう」


 リゼットが資料を手にする。


「まず服関係」


「だいたい形になってるわ」


 カトリーヌが答える。


「普段着として使える浴衣風の服。それから、少し高級感を出したものも作ってみたわ」


「こっちは?」


 マドカが一着を手に取る。


「雨を弾くようになってる」


「便利だね」


「洗濯もしやすいようにしてあるわ」


「それなら普通に欲しい」


 マドカが頷く。


「次、アクセサリー」


「こっちもほぼ完成だ」


 グレタがいくつかのペンダントを並べる。


「普通の装飾品と、魔石を使った魔法機能付きのもの。母娘用や姉妹用も一応作った」


「おお」


 マドカが手に取る。


「ちゃんとお揃いだけど、完全に同じじゃないんだね」


「そこは意識した」


 グレタが頷く。


「母親用は少し落ち着いたデザイン。娘用は少し華やかにしてある」


「いいと思う」


 クリスティーナも手に取って眺める。


「これなら、親子で身につけても自然ですわね」


「香水もできてますよ」


 ヒナタが瓶を並べる。


「お茶会向け、普段使い、夜会向け。それぞれ香りを変えてあります」


「瓶も綺麗ですわね」


 クリスティーナが微笑む。


「ええ。魔石を使って、光の当たり方で少し色が変わるようにしています」


「まあ」


 令嬢向けの商品としても、かなり見栄えがする。


「髪関係は~?」


 ニコラが聞く。


「もちろんできてるよ」


 ニコラの前には、いくつものウィッグや髪飾りが並んでいる。


「髪型を維持する魔法。色を変える機能。あと、髪の量を調整できるものも作ってみた~」


「そこまでできたの?」


「うん~」


「ニコラ、なんかこの分野だけ異様に進み早くない?」


「面白かったから~」


「分かりやすい……」


 マドカが苦笑する。


「それで」


 リゼットが資料をめくる。


「試作品については、ほぼ一通り完成ね」


「じゃあ――」


 マドカがテーブルを見回す。


「次は実際に使ってもらおう」


「そうね」


 クリスティーナが頷く。


「前回のお茶会に来てくださった方々にも、実際に身につけていただきましょう」


「配信でも紹介できるよ」


 ナナリーが言う。


「私たちが実際に使ってみれば、見てる人にも分かりやすいし」


「そうだね」


 マドカが頷く。


「お茶会とか夜会とか、実際の社交の場でも使ってもらう」


「それなら反応も見られますわね」


「うん」


 そして――。


 リゼットが一枚の資料を取り出した。


「もう一つ」


「何?」


「ブランド名が決まったわ」


「ブランド?」


 マドカが首を傾げる。


「今回の高級品をまとめるブランドよ」


 資料の中央には、大きく名前が書かれていた。


 ――**フェンリル**。


「フェンリル?」


「ええ」


 クリスティーナが頷く。


「高級品として扱う以上、エキドナの商品というだけではなく、独立したブランドとして見せたほうがよいでしょう」


「なるほど」


 マドカが資料を見る。


「ロゴは?」


「これよ」


 リゼットが別の紙を差し出した。


 そこには狼の頭部を思わせる意匠が描かれていた。


 ただの狼ではない。


 鋭い目。


 少し長く伸びた耳。


 流れるような毛並み。


 そして、額から首元へと続く線が、どこか神秘的な雰囲気を持っている。


「……かっこいい」


 マドカが素直に言う。


「神狼をモチーフにしているんですの?」


 クリスティーナが聞く。


「ええ」


 リゼットが答える。


「ただ、そのまま神狼を描くのではなく、少しデザインを崩して高級ブランドのロゴとして使いやすくしてあるわ」


「いいね」


 ナナリーも覗き込む。


「服に入れてもアクセサリーにしても格好よさそう」


「パーカーにも?」


 ニコラが聞く。


「もちろん」


「じゃあ、私のパーカーにも入れよう~」


「DJニコモデルもフェンリルにするの?」


「うん~」


 ニコラは自分のパーカーを見ながら頷く。


「ここの胸のところに、ちょっと小さく」


「それなら女学生にも着やすそう」


 マドカが頷く。


「大きくロゴを入れるんじゃなくて、ワンポイントにするんだ」


「そう」


 リゼットも頷く。


「高級ブランドとして売るなら、そのくらいのほうがいいでしょうね」


「なるほど」


 マドカは改めて商品を見る。


 アクセサリー。


 香水。


 服。


 髪飾り。


 ウィッグ。


 そして、DJニコのパーカーやキャップ。


「……結構ちゃんとしたブランドになってきたね」


「ええ」


 クリスティーナが微笑む。


「ここからが本番ですわ」


 まずは、配信。


 トライアングル with DJニコのライブで、新しい衣装を披露する。


 パーカーの胸元には、小さなフェンリルのロゴ。


 キャップにも同じ狼の意匠。


 ステージ衣装として見せながら、実際に商品として着られることも伝える。


 そして――。


 お茶会。


 令嬢たちがフェンリルのアクセサリーを身につける。


 香水を試す。


 髪飾りやウィッグを使う。


 母娘で少し違ったデザインのアクセサリーを身につける。


「まあ……!」


「とても綺麗ですわ!」


「この香り、好きですわ」


「その髪飾りも素敵ですわね」


 自然と周囲から声が集まっていく。


 さらに、女性冒険者たちには動きやすい服やパーカーを試してもらう。


「これ、かなり動きやすい」


「ポケットが多いのも助かるわ」


「雨も弾くの?」


「本当だ……!」


 実際に使ってもらうことで、商品の評判が少しずつ広がっていく。


 配信を見ていた女学生たちからも声が上がる。


『DJニコのパーカー欲しい!』


『フェンリルってブランドなの?』


『キャップも出るなら買いたい』


『アクセサリーも可愛い』


『お茶会で着てた服、どこの?』


 マドカはその反応を見ながら、少し嬉しそうに笑った。


「……ちゃんと広がってるね」


「そうですわね」


 クリスティーナも頷く。


「商品そのものだけではなく、実際に誰かが身につけている姿を見せる。それが一番分かりやすいのでしょう」


「うん」


 マドカは頷く。


「フェンリル、結構人気になりそう」


 その横では、ニコラが自分のキャップを被り直していた。


「……これ、売れるの?」


「売れると思うよ」


「じゃあ、もっと作ろう~」


「ニコラは自分の服が売れることに、あんまり興味なさそうだね」


「だって~」


 ニコラは眠そうに答える。


「パーカー楽だし」


「理由それだけ?」


「うん~」


 マドカは笑った。


 こうして。


 エキドナが新しく立ち上げた高級ブランド――**フェンリル**。


 神狼を思わせる狼のロゴを掲げたそのブランドは、まずは配信と社交の場を通して、少しずつ名前を知られていくことになる。


 そしてその中には――


 ステージ衣装から始まった、DJニコのパーカーとキャップも含まれていた。


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