ラッパーニコラ
### ニコラ様に煽られたい 本番
前回の配信から、少し経った。
エキドナの有料配信。
今日も画面の向こうには、多くの視聴者が集まっている。
『今日は何するの?』
『またラップ?』
『この前のやつ面白かった』
『銀貨二枚払ってきたぞ』
『ニコラ様に煽られたい』
「はいは~い」
ニコラがマイクを持つ。
その隣にはDJ機材。
そして――。
「今日は特別ゲストもいるよ~」
「俺だ!」
ジャスティスが胸を張った。
『勇者きたw』
『前回コメントで煽ってた人』
『今日は直接やるのか』
『ジャスティス逃げなかったんだな』
「当然だ!」
ジャスティスが腕を組む。
「前回はコメント欄だったからな」
「うん~」
「今日はちゃんと俺もマイクを持ってきた!」
「へ~」
「おい、なんだその反応」
ニコラは笑った。
「じゃあ、今日は本当にやるんだ~?」
「ああ!」
「負けても泣かない~?」
「泣かない!」
「途中で逃げない~?」
「逃げない!」
「じゃあ、いいよ~」
ニコラがDJ機材に手を伸ばす。
低いビートが流れ始めた。
前回より少し速い。
そして、ニコラが軽く首を揺らす。
「今日のルールは簡単~」
「お互いにラップして~」
「相手の言葉を拾って~」
「上手く返したほうが勝ち~」
『もうラップバトルじゃん』
『前回より本格的』
『世界初のラップバトル始まった』
『ジャスティス頑張れ』
『ニコラ様が本気出しそう』
「じゃあ、最初のお題~」
ニコラがコメントを見る。
「『勇者ジャスティス』だって~」
「いきなり俺かよ!」
「人気者だね~」
「そういう問題じゃない!」
ビートが一段強くなる。
ニコラがマイクを握る。
「じゃあ、いくよ~」
少し身体を揺らして。
「勇者が登場 堂々参上
名前はジャスティス 気分は最強
剣を掲げて 決め顔上々
今日も自信は 絶好調~」
視聴者がざわつく。
『おお』
『前より明らかに上手くなってる』
『ちゃんとリズムに乗ってる』
ニコラは止まらない。
「だけどジャスティス ちょっと聞いて
その勇者って 誰が認定?
王国? 騎士団? それとも殿下?
確認してみたら どこにもないんだ~」
「おい!」
ジャスティスが即座に反応する。
『www』
『そこ攻めるのかw』
『自称勇者問題』
ニコラが笑う。
「自分で名乗って 勇者を宣言
それでも本人 気分は満点
肩書き豪華で 態度も堂々
でも証明書だけ どこにもないよ~?」
「あるわけないだろ!」
「なんで~?」
「勇者の証明書なんて聞いたことない!」
「じゃあ自称なんだ~?」
「そういう言い方するな!」
『完全に煽られてるw』
ジャスティスはマイクを握った。
「……いいだろ」
ビートが続く。
「今度は俺の番だ!」
ジャスティスが少し考えてから、口を開く。
「ニコラは眼鏡で 頭は切れる
だけど最近 ラップばかりしてる
朝からビートで 夜までマイク
仕事はどうした? 大丈夫か?」
『おお!』
『ジャスティス返した!』
『ニコラの仕事攻撃きたw』
ニコラが一瞬止まる。
「……」
マドカが横で笑う。
「ニコラ、仕事って言われたよ」
「聞こえてるよ~」
「どうする?」
「う~ん」
ニコラが少し考える。
そして。
「で~?」
『出た』
『で~?』
『ニコラ様スイッチ』
ビートが変わる。
ニコラの声も少し低くなる。
「仕事してるよ~ 今もしてるよ~
銀貨を払って 見てるの誰~?
仕事をしてない? それならなんで~
私の配信に 客がこんなに~?」
『うおおお』
『確かにw』
『有料配信だから強いw』
「ぐっ……!」
ジャスティスが詰まる。
ニコラはさらに続ける。
「朝からラップ? 夜までラップ?
それでも銀貨が 入れば仕事~
ジャスティス今夜も コメント参加~
でもお金は払って 見る側なんだ~」
『刺さったwww』
『勇者、客だった』
『正論すぎる』
「お前それは卑怯だろ!」
「ラップだよ~?」
「そういう問題じゃない!」
マドカが笑う。
「ジャスティス、普通に負けてるよ」
「まだだ!」
ジャスティスがマイクを握り直す。
「次は俺だ!」
「うん~」
「今度はちゃんと返す!」
ビートが流れる。
ジャスティスは少し考え――。
「ニコラはラップで 今日も絶好調
眼鏡をかけて 態度も上々
でもよく見れば 眠そうな顔
そんな状態で 本当に大丈夫か?」
『あw』
『そこかw』
『眠そうなのは事実』
ニコラが自分の顔を触る。
「眠そう?」
マドカが頷く。
「うん。ちょっと眠そう」
「……」
ニコラがジャスティスを見る。
「なるほどね~」
「どうだ!」
「じゃあ、返すね~」
ビートが一段落ちる。
「眠そう? そうだね 眠いよ~
でもジャスティス もっと眠いよ~
勇者を名乗って 気合いは十分
でもナナリー助けて もらったの誰~?」
「ぐっ!」
『ナナリーwww』
『そこ持ってきたか!』
『勇者、最近ナナリーに助けられたからな』
ニコラは畳みかける。
「剣ならナナリー 魔法もナナリー
歌えば人気で ファンもかなり
勇者のジャスティス 何が上かな~?」
「おい!」
「ポーズ?」
「……」
「ポーズかな~?」
『wwwww』
『唯一の勝ち筋を煽るなw』
ジャスティスが悔しそうに拳を握る。
「……俺だって強い!」
「うん」
「Aランクだ!」
「うん」
「ちゃんと戦える!」
「うん」
「勇者だ!」
「自称~?」
「そこ戻るのかよ!」
コメント欄が爆発した。
『今日一番笑った』
『自称が強すぎる』
『ニコラ様、完全にジャスティスの扱い覚えてる』
ジャスティスは悔しそうにマイクを見る。
「……」
そして。
「なら、これならどうだ!」
ビートに合わせて、自分から踏み込んだ。
「俺は自称でも 戦場じゃ本物
魔物を相手に 逃げない男
名前だけなら 誰でも言える
だけど俺は 実力で見せる!」
ニコラの表情が少し変わった。
「……」
ジャスティスは続ける。
「お前はラップで 言葉を飛ばす
俺は剣持ち 前へと出だす
口だけじゃなくて 俺には実績
だから勇者を 名乗ってるんだ!」
マドカが目を丸くした。
「おお……」
『普通に上手くなってる』
『ジャスティスやるじゃん』
『ちゃんと韻踏んでる』
『前回とは別人』
ニコラは黙ってジャスティスを見る。
そして。
「……いいね~」
「だろ?」
「ちょっと楽しくなってきた~」
「俺もだ!」
「じゃあ――」
ニコラが笑う。
「ここから本番ね~」
ビートが変わる。
今までよりも速い。
ニコラの身体が自然にリズムを刻む。
「実力? 実績? それなら聞こうか
勇者の仕事は 何を残そうか
魔物を倒して 剣を振って
それだけじゃないでしょ 何を作って?」
「……!」
「戦うだけなら 冒険者でもできる
強いだけなら もっといる
それでも勇者を 名乗るのなら
その名前に 何を乗せる?」
ジャスティスは答えられない。
ニコラは笑った。
「私はラップで 今ここ勝負
言葉を拾って 次へと連動
ジャスティスは剣で 魔物を撃破
私は言葉で ジャスティス撃破~」
『うおおおおお!』
『今の綺麗!』
『ちゃんとラップになってる!』
『韻が気持ちいい』
ジャスティスは悔しそうに笑う。
「……なるほど」
「うん~?」
「こういうことか」
ジャスティスがマイクを握る。
「相手の言葉を拾って――」
「そう~」
「そこから自分の言葉にして返す」
「そうそう~」
「なら!」
ジャスティスもビートに乗った。
「勇者を名乗るな? なら名乗り続ける
認められなくても 俺は俺でいる
自称だろうが 笑われようが
それでも俺は 前へと進む!」
ニコラの目が少しだけ開く。
「おお~」
『ジャスティスかっけえ』
『急に主人公になった』
『ニコラ様ちょっと驚いてるw』
ジャスティスはさらに続ける。
「ラップを知らない? そんなの関係ない
知らないなら今 ここで覚えりゃいい
ニコラに負ける? それでもいい
負けたら次に また勝負すりゃいい!」
マドカが笑う。
「なんかジャスティスらしくなってきた」
「だろ!」
ジャスティスが得意げに言う。
「……」
ニコラがマイクを下ろした。
「……」
「どうした?」
「う~ん」
少し考える。
「じゃあ、最後ね~」
「おう!」
ニコラがビートを止める。
一瞬だけ静かになる。
そして――。
再び音が鳴った。
「負けてもいい? それなら上等
次があるって? それなら結構
前向き発言 気分は上々
だけど今夜は 私が頂上~」
ジャスティスが構える。
「強さを語って 勇者を名乗る
それだけじゃなくて 前へと進む
その心意気は 確かに立派
だから最後に 一つだけ言うわ~」
ニコラが少し笑う。
「ジャスティス~」
「なんだ!」
「今日のラップ~」
間。
「――ちょっとだけ、カッコよかったよ~」
「…………」
ジャスティスが固まった。
『え?』
『褒めた?』
『ニコラ様が?』
『珍しい』
マドカが笑う。
「よかったじゃん、ジャスティス」
「……」
ジャスティスは顔を逸らした。
「……まあな」
「でも~」
「まだあるのかよ!」
ニコラがニヤッと笑う。
「最後の最後に~」
ビートが一瞬だけ跳ねる。
「勝つのは私~」
『wwwww』
「お前ぇぇぇ!」
ジャスティスの叫び声。
コメント欄が一気に埋まった。
『最高www』
『これがラップバトルか』
『初めて見たけど面白すぎる』
『ジャスティス普通に強かった』
『ニコラ様の最後の一撃が強い』
『勇者、次もやってくれ』
『銀貨二枚じゃ安すぎるだろ』
『世界初のラップバトル、終了』
ジャスティスは肩で息をしながら、ニコラを見る。
「……次は勝つ」
「うん~」
「絶対勝つからな!」
「楽しみにしてる~」
「覚えてろよ!」
そう言ってジャスティスはマイクを置いた。
その横で、マドカが笑っている。
「二人とも、楽しそうだったね」
「うん~」
ニコラは満足そうに頷く。
「ラップって、楽しいね~」
こうして――。
この世界で初めての本格的なラップバトルは終わった。
誰もまだ、ラップというものを正確には知らない。
けれど。
言葉をリズムに乗せて。
相手の言葉を拾って。
韻を踏んで。
笑わせて、煽って、返していく。
その面白さだけは――。
この日の配信を見た誰もが、理解していた。
そして翌日。
エキドナでは早くも――。
「昨日のラップ、真似してみたんだけど!」
「俺も!」
「韻ってどうやって踏むんだ!?」
「ニコラ様の配信もう一回見せて!」
そんな声が飛び交うことになる。
ニコラの暇つぶしから始まった遊びは――。
少しずつ、この世界に新しい文化を作り始めていた。




