DJニコラ
ラップにハマってから、しばらく。
ニコラは相変わらず、時間があればラップバトルの映像を見ていた。
「……ふ~ん~」
今日もソファに座り、画面を眺めている。
「お前は――」
『うおおおおお!』
「……」
ニコラは少しだけ笑った。
「いいね~」
そのときだった。
「マドカ~」
「ん?」
マドカが部屋へ入ってくる。
「ちょっと来て~」
「どうしたの?」
「倉庫に面白そうなのあった~」
「面白そうなの?」
「うん~」
ニコラに連れられて、マドカは別の部屋へ向かった。
そこには、見慣れない機材が置かれていた。
左右に大きな円盤。
中央にいくつものつまみとスライダー。
ヘッドホン。
そして、いくつものケーブル。
「……あ」
マドカが足を止める。
「これって――」
「マドカ~」
ニコラが機材を指差す。
「これって何に使うの~?」
「DJ機材だよ」
「DJ?」
「うん。音楽を二つ流して、繋いだり、音を混ぜたりするの」
「へ~」
ニコラが機材の前に座る。
「これで音楽を混ぜるの~?」
「そうそう」
マドカが中央のフェーダーを動かす。
「こっちの音と、こっちの音を切り替えたりできる」
「ふ~ん~」
ニコラが左右の機材を見る。
「こっちは?」
「曲を流すところ」
「こっちは?」
「もう一つの曲」
「真ん中は?」
「音を混ぜるところ」
「なるほど~」
ニコラは一度だけ頷いた。
そして――
「……これ」
「ん?」
「ラップにも使いやすいかもね~」
「ああ」
マドカも頷く。
「そういえば、テレビでラップバトルやってたとき、DJの人が後ろで音を流してたね」
「そういえばテレビでやってたぁ」
ニコラが思い出したように呟く。
「ふ~ん~」
機材を見る。
もう一度、見る。
「……覚えてみようかなぁ」
「え?」
「これ~」
ニコラが機材を指差す。
「DJってやつ~」
「覚えるの?」
「うん~」
ニコラはヘッドホンを手に取った。
「ラップにも使えるなら、覚えておいたほうがよさそうだし~」
「でも、DJって結構いろいろあるよ?」
「そうなの~?」
「曲のテンポ合わせたり、次の曲を準備したり、音量とか音質を調整したり」
「へ~」
ニコラは機材を見る。
中央のフェーダー。
左右のつまみ。
再生ボタン。
ヘッドホン。
「……」
少しだけ目が変わった。
「面白そう~」
「その顔、覚える気になってる?」
「うん~」
ニコラは機材の前に座り直す。
「まずこれ、どうするの~?」
「えっとね――」
マドカが説明を始める。
ニコラは黙って聞いていた。
しばらくして。
「なるほど~」
ニコラが一度だけ操作する。
曲が流れる。
もう一つの曲を準備する。
ヘッドホンを片耳に当てる。
「……」
少し聞く。
「これ、ちょっと速いね~」
「え?」
「こっちと合わせるなら、少し落としたほうがいい~」
「分かるの?」
「なんとなく~」
ニコラがつまみを動かす。
もう一度聞く。
「……うん」
今度は二つの音が重なる。
「ほら~」
「えっ」
マドカが目を丸くする。
「もう合ってるじゃん」
「そう~?」
「うん」
「じゃあ次~」
ニコラは別のつまみを触る。
「これは?」
「それは低音」
「こっちは?」
「高音」
「ふ~ん~」
少し回す。
音が変わる。
「お~」
ニコラが楽しそうに笑う。
「これ、結構好きかも~」
「DJ機材?」
「うん~」
さらに操作する。
音が切り替わる。
もう一度。
今度は滑らかに二つの曲が繋がった。
「……」
マドカが黙る。
「ニコラ」
「うん~?」
「覚えるの早くない?」
「そう~?」
「さっき初めて触ったよね?」
「うん~」
「……」
ニコラは少し考える。
「だって、ラップの後ろでこういうことしてたし~」
「ああ……」
「見てたら、なんとなく分かってきた~」
「ラップバトル、そんなところまで見てたの?」
「ずっと見てたからね~」
ニコラは何でもないように答える。
そしてまた機材を見る。
「これなら~」
ニコラがフェーダーを動かす。
音が切り替わる。
「ラップのときに、もっとそれっぽくできそう~」
「それっぽく?」
「うん~」
ニコラがマイクを手に取る。
「ビート流して~」
機材を操作する。
低いビートが部屋に響く。
「……」
ニコラがマイクを見る。
「これで煽ったら~」
「そこに使うの!?」
「うん~」
「やっぱりラップの覚え方がおかしいよ!」
ニコラは楽しそうに笑った。
「でも~」
もう一度、機材を操作する。
ビートが変わる。
「こっちのほうが楽しいじゃん~」
「まあ……」
マドカも少し笑う。
「ニコラが楽しそうならいいけど」
「うん~」
ニコラはヘッドホンをつけ直す。
「これ、もっと覚えてみる~」
「本気だ」
「ラップにも使えるし~」
そして、その日から。
ニコラは暇さえあればDJ機材の前に座るようになった。
曲を流す。
止める。
繋ぐ。
テンポを合わせる。
音を調整する。
そして――
「ふ~ん~」
何度も繰り返す。
「なるほど~」
また繰り返す。
「……これも覚えた~」
さらに繰り返す。
ニコラの新しい遊びが始まった。
ラップ。
そしてDJ。
本人はまだ知らない。
この二つが――
後にトライアングルへと、妙な変化をもたらすことを。




