ニコラ ラップを覚える
### ニコラ様に煽られたい
ある日の午後。
「……」
ニコラはソファに座っていた。
テレビの画面には、二人の男。
向かい合っている。
その間にはマイク。
そして――
「Yo!」
片方が叫ぶ。
『うおおおおお!』
観客が沸いた。
「……」
ニコラは瞬きをする。
「ふ~ん……」
相手が何かを言う。
観客が笑う。
今度はもう一人がマイクを握る。
「お前は――」
さらに何かを言う。
『wwwww』
『返した!』
『うまい!』
観客がまた沸く。
「……へ~」
ニコラは少しだけ身体を起こした。
次の映像。
別の二人。
またバトル。
また煽る。
また観客が笑う。
「……」
次。
またラップバトル。
さらに次。
またラップバトル。
ニコラは黙って見続けていた。
「……おもしろいね~」
次の映像では、片方が相手を指差した。
観客が爆笑する。
相手が即座に言い返す。
今度は観客がさらに沸く。
「……なるほど~」
ニコラが小さく頷く。
また次。
今度は相手の言った言葉を拾って、別の言葉にして返している。
「へ~」
次。
今度は最後の音が似ている。
「ふ~ん」
次。
テンポが速くなる。
「お~」
次。
観客が立ち上がる。
「わ~」
ニコラはいつの間にか、完全に画面へ釘付けになっていた。
そして――
「……」
映像が終わる。
自動的に次の動画が始まる。
「……」
ニコラは止めない。
またラップ。
また煽り。
また観客が沸く。
「……これ」
ニコラが呟く。
「普通に喧嘩するより、こっちのほうが効くね~」
さらに見る。
「お前なんか大したことない」
「お前こそ何もできない」
言葉が飛び交う。
観客が笑う。
ニコラも少し笑う。
「へ~……」
さらに見る。
「……相手の言ったことを拾って~」
また見る。
「……言い返して~」
また見る。
「……最後を合わせて~」
また見る。
「……煽る~」
ニコラは満足そうに頷いた。
「なるほど~」
そこへマドカが部屋へ入ってきた。
「ニコラ、何見てるの?」
「ラップ~」
「まだ見てたの!?」
「うん~」
「ずっと?」
「ずっと~」
マドカが画面を見る。
「……これ何本目?」
「分かんない~」
「えぇ……」
画面では、ちょうどラップバトルが盛り上がっていた。
「お前は――」
『うおおおお!』
「……」
ニコラが真剣な顔で画面を見る。
「……なるほど~」
「何が?」
「相手が言ったこと、全部使っていいんだね~」
「まあ……そういうこともあるけど」
「弱いところ見つけたら、そこを攻める~」
「まあ……」
「相手が困ったら、さらに攻める~」
「いや、まあ……」
マドカが少し不安そうになる。
「ニコラ?」
「うん~?」
「なんか変な覚え方してない?」
「してないよ~」
ニコラは眠そうに答える。
「ちゃんと見てるから~」
「……ならいいけど」
マドカが部屋を出ていく。
ニコラは再び画面を見る。
「……」
そして、次のバトル。
「お前は――」
「……」
ニコラが小さく頷く。
「なるほど~」
さらに次。
「……なるほど~」
さらに次。
「……これも使えるね~」
さらに次。
「……これも~」
気づけば外は夕方になっていた。
ニコラはまだ見ている。
「……」
夜。
まだ見ている。
「……ふ~ん」
さらに夜が深くなる。
「……」
翌朝。
ナナリーが部屋へ入ると――
「ニコラ?」
「うん~」
「何してるの?」
「ラップ見てる~」
「まだ!?」
「うん~」
ナナリーが画面を見る。
またバトル。
「……何時間見てるの?」
「分かんない~」
「寝た?」
「寝たよ~」
「いつ?」
「途中~」
「途中って……」
ナナリーは呆れながら画面を見る。
ちょうど一人のラッパーが相手を指差している。
そして、何かを言う。
観客が爆笑する。
「……」
ニコラが呟く。
「これ、いいね~」
「何が?」
「相手が気にしてるところを、みんなの前で言うの~」
「……」
ナナリーが嫌な予感を覚える。
「ニコラ」
「うん~?」
「ラップって、そういうものだけじゃないからね?」
「そうなの~?」
「うん」
「ふ~ん」
ニコラはまた画面を見る。
次のラッパーが相手を煽る。
観客が沸く。
「……でも」
ニコラは少し笑った。
「面白いのは、こっちだね~」
「やっぱりそっち覚えた!?」
ナナリーが頭を抱える。
「だって~」
ニコラは画面から目を離さない。
「煽って、言い返されて、また煽って~」
楽しそうに続ける。
「最後に勝ったほうが気持ちいいじゃん~」
「いや、そういう勝負じゃないんだけど……」
「そうなの~?」
「そうなの!」
ニコラは少し考える。
「じゃあ、勝った感じになればいいんだね~」
「なんでそうなるの!?」
ニコラは答えない。
また画面を見る。
「……」
ラッパーがマイクを握る。
ビートが鳴る。
観客が騒ぐ。
ニコラはその光景をじっと見つめていた。
「……これ」
「ん?」
「私、好きかも~」
ナナリーが嫌な顔をする。
「……ですよね」
そして、その日の午後。
マドカがニコラのところへやってくる。
「ニコラ~」
「うん~」
「ラップ、どうだった?」
「だいたい分かった~」
「お、早い」
「相手の弱いところを見つけて~」
「うん?」
「それを上手く言葉にして~」
「うん……?」
「リズムに乗せて~」
「……」
「みんなの前で言う~」
「…………」
マドカが黙る。
「ニコラ」
「うん~?」
「なんか……」
マドカは少し考える。
「ものすごく悪い覚え方してない?」
「そう~?」
「うん」
「でも、面白かったよ~?」
「それは分かるけど……」
ニコラはいつもの眠そうな顔で笑う。
「まあ、今度やってみる~」
「……」
マドカは嫌な予感を覚えた。
しかし。
ニコラはもう、次のラップバトルを再生していた。
「へ~……」
画面の中では、また二人が向かい合っている。
ビートが鳴る。
マイクを握る。
そして――
『おおおおおお!』
観客が沸く。
「……」
ニコラの口元が、ほんの少しだけ上がった。
「これ、煽るのに便利そうだね~」
その言葉を聞いたナナリーは、静かに天井を見上げた。
「……絶対、教え方間違えた人がいる」
もちろん。
誰も教えてはいなかった。
ニコラが勝手に――
**一番楽しそうなところだけ覚えたのである。**




