ニコラ様に煽られたい 第2回
エキドナ情報塔。
前回、妙な人気を獲得した番組があった。
その名も――
『ニコラ様に煽られたい』
「…………」
今回も、スタジオ中央にはニコラが座っている。
相変わらず眠そうだ。
「第二回~」
ニコラが小さく手を振る。
「始まるよ~」
「なんで本人が一番やる気なさそうなの?」
隣のマドカが笑う。
「だって~」
ニコラは頬杖をつく。
「煽るだけでしょ~?」
「まあ、そうだけど」
コメント欄はすでに大盛り上がりだった。
『待ってました』
『第2回きた!』
『前回やばかったw』
『今回は誰が来るんだ』
『ニコラ様お願いします』
『煽られたい』
「今日は前回より応募が多かったんだよね」
マドカが言う。
「うん~」
「冒険者、商人、魔法使い、騎士、貴族……」
「いろんな人いるね~」
「だから、今日は少し変わった人にも来てもらいます」
「へぇ~」
ニコラは特に驚いた様子もなく頷いた。
「じゃあ最初の人~」
扉が開いた。
入ってきたのは、一人の騎士だった。
立派な鎧。
背筋も伸びている。
「よろしくお願いします!」
「よろしく~」
ニコラが手を振る。
「今日は何を煽ってほしいの?」
「私は騎士として、もっと強くなりたいと思っています」
「うん~」
「ですが、最近部下から『真面目すぎる』と言われることが多くて……」
「真面目なのはいいんじゃない~?」
「はい。ですが……」
騎士は少し困った顔をする。
「融通が利かない、とも言われます」
「それは~」
ニコラが少し考える。
「融通が利かないんじゃなくて、自分で決めたことを変えたくないだけじゃない~?」
「…………」
騎士の顔が固まる。
「規則を守るのは大事だけど~」
ニコラは淡々と続ける。
「規則を守った結果、部下が困ってるなら、規則を見直すのも仕事じゃないの~?」
「……」
「『俺は正しいことをしてる』って思ってる人ほど、自分が間違ってるかもしれないって考えるの苦手だよね~」
「…………」
『強い』
『騎士にいきなり正論w』
『ニコラ様、相変わらず声が眠そう』
『言葉が全部重い』
騎士はしばらく黙っていた。
「……ありがとうございました」
「うん~」
「明日、部下と話してみます」
「そうしたら~?」
「はい」
騎士は深く頭を下げ、退場した。
「ニコラ」
「ん~?」
「今回も普通に相談に乗ってない?」
「そうかな~」
「そうだよ」
「じゃあ、次はちゃんと煽る~」
「その宣言が怖いんだけど」
マドカが笑う。
「次の人~」
ニコラは手を振った。
今度は、少し派手な服を着た若い貴族の女性だった。
「ごきげんよう」
「こんにちは~」
「今日は、わたくしのことを煽っていただきたいのです」
「何について~?」
「社交界ですわ」
「社交界?」
「はい」
令嬢は胸を張る。
「わたくし、最近お茶会や夜会にたくさん参加しておりますの」
「うん~」
「ですから、もう少し皆様から注目されてもよいと思うのですけれど……」
「何人くらいのお茶会に行くの~?」
「十人から二十人程度ですわ」
「その中で、何人と話したの?」
「……」
令嬢が止まる。
「えっと……」
「何人~?」
「……三人ほど」
「じゃあ~」
ニコラが首を傾げる。
「十人いるところに行って、三人としか話してないのに、なんで残りの七人があなたに興味持ってくれると思ったの~?」
「…………」
『これは刺さるw』
『社交界の煽りだ』
『ニコラ、貴族相手でも普通に言うなw』
「でも、わたくしは話しかけづらい雰囲気が……」
「自分から話しかけたことは?」
「……ありませんわ」
「じゃあ~」
ニコラが笑う。
「話しかけづらいんじゃなくて、話しかけてないだけじゃない~?」
「…………」
令嬢の顔が真っ赤になる。
「それに~」
ニコラは続ける。
「注目されたいなら、注目される理由を作ったほうがいいよ~」
「理由……?」
「面白い話をするとか~」
「はい」
「変わったものを身につけるとか~」
「はい」
「誰かが困ってたら助けるとか~」
「……」
「『私は注目されるべき人間です』って顔して座ってるだけだと、たぶん誰も見ないよ~」
「…………」
令嬢が俯く。
「……とてもよく分かりましたわ」
「うん~」
「ありがとうございました」
令嬢は深々と頭を下げて退場した。
「……」
マドカがニコラを見る。
「今日、貴族社会の先生みたいになってるよ」
「そう~?」
「うん」
「じゃあ、次~」
ニコラは気にしていない。
次の参加者が入ってくる。
今度は商人だった。
「よろしくお願いします!」
「よろしく~」
「前回も商人の方が来ていましたよね」
「うん~」
「私はその方の放送を見て、自分も来てみようと思いました」
「へぇ~」
「私も商売について煽っていただきたいです」
「何を売ってるの~?」
「冒険者向けの魔道具です」
「最近売れてる?」
「……あまり」
「なんでだと思う?」
「競合店が増えたからです」
「本当に~?」
「え?」
「競合店が増えたから売れないって、楽じゃない~?」
「楽……?」
「だって、自分の商品が悪いんじゃなくて、相手が増えたせいにできるから~」
「…………」
「でも~」
ニコラは笑う。
「同じような商品がいっぱいあるなら、買う人はどこで買ってもいいんだよね~?」
「……はい」
「じゃあ、あなたの店じゃないと困る理由って何?」
「…………」
「それがないなら~」
ニコラは首を傾げる。
「競合店が悪いんじゃなくて、あなたの店を選ぶ理由がないだけじゃない~?」
「…………」
商人が黙り込む。
『今日めちゃくちゃ経営コンサルじゃん』
『煽りというより現実を突きつける番組』
『でも言ってることは分かる』
「……考えてみます」
「うん~」
「ありがとうございました」
商人も退場する。
マドカが笑う。
「みんな、煽られに来てるのに帰るとき真面目になってるよ」
「そうだね~」
「ニコラはそれでいいの?」
「いいんじゃない~?」
「まあ、いいか」
そして。
次の参加者が入ってきた。
「失礼します」
「こんにちは~」
入ってきたのは、まだ若い魔法使いの少女だった。
「今日はどうしたの~?」
「私、魔法学校に通っています」
「うん」
「将来、立派な魔法使いになりたいんです」
「いいね~」
「でも……」
少女が少し俯く。
「私、同級生より魔力が少なくて」
「それで?」
「才能がないのかなって……」
ニコラは少し黙った。
「何年くらい魔法やってるの?」
「三年です」
「三年~」
「はい」
「三年で、どんな魔法が使えるの?」
「火、水、風の初級魔法と、簡単な補助魔法です」
「結構使えるじゃん~」
「でも、同級生にはもっと強い人が……」
「じゃあ~」
ニコラが首を傾げる。
「なんで少ない魔力で、その日の仕事をしようとするのかな~?」
「え?」
少女が顔を上げる。
「どういうことです?」
「一日で使いきれない魔力とか余ってるでしょ~?」
「……はい」
「それを魔石に吸収させて、マナポーション代わりにすればいいじゃん~」
「…………」
「いつでも追加で攻撃できると思わない~?」
「……あ」
少女の目が大きく開く。
「え……でも……」
「魔力って、使わなかったらそのまま余るでしょ~?」
「はい……」
「だったら、仕事が終わるまでに余ってる魔力を魔石に入れておけばいいじゃん~」
「…………」
「自分の魔力だけで全部やらなきゃいけない理由ってあるの~?」
「……ない、です」
「じゃあ、魔石を何個か持ち歩けばいいんじゃない~?」
「でも、魔石って高くありません?」
「自分で余った魔力を入れれば、マナポーションを毎回買うより安いんじゃない~?」
「…………」
「それに~」
ニコラが少し考える。
「魔力が少ない人向けに、魔石から少しずつ魔力を取り出す魔道具とか作れば便利そうだよね~」
「そんなものがあったら、かなり便利だと思います!」
「じゃあ作れば~?」
「え?」
「魔法使いなんでしょ~?」
「…………」
少女はしばらく黙っていた。
そして、恐る恐る口を開く。
「……私、魔力が少ないことを弱点だと思っていました」
「うん~」
「でも……」
少女は自分の杖を見る。
「使い方を変えれば、別に弱点じゃないのかもしれません」
「そうじゃない~?」
ニコラはあっさり頷く。
「魔力が多い人と同じ戦い方しなくてもいいんだから~」
「……はい!」
少女の顔が明るくなる。
「ありがとうございました!」
「うん~」
少女が頭を下げて退場する。
しばらくして、マドカが口を開いた。
「……ニコラ」
「ん~?」
「それ、煽ってないよね?」
「そうかな~?」
「普通に魔法使いの子の悩みを解決してる」
「だって~」
ニコラは眠そうに答える。
「魔力が少ないからって、毎回ポーション飲んでるのも大変じゃん~」
「まあ……そうだけど」
「余ってる魔力を使えばいいのに~」
「その発想が普通じゃないんだよ」
「そう~?」
コメント欄が一気に流れる。
『これだからニコラ様はw』
『相談者より先に問題解決してる』
『魔力が少ない→魔石に貯めればいい』
『本人にとっては盲点だったんだろうな』
『煽り番組なのに普通に有益』
『ニコラ様、こういうところが怖い』
ニコラはコメント欄を眺める。
「じゃあ次の人~」
「切り替え早っ!」
マドカが笑った。
次に入ってきたのは、一人の女性だった。
上品な服装。
立ち振る舞いも綺麗。
けれど、表情がどこか疲れている。
「よろしくお願いします」
「よろしく~」
ニコラが見る。
「何を煽ってほしいの~?」
「……私自身についてです」
「自分?」
「はい」
「何が嫌なの?」
「自分のことが、よく分からないんです」
「へぇ~」
「人に褒められても嬉しくない」
「うん」
「怒られても、あまり腹が立たない」
「うん」
「何をしても、楽しくないんです」
スタジオの空気が少し変わった。
ニコラも少しだけ真面目な顔になる。
「……それ、煽る話じゃないんじゃない~?」
「え?」
「私、そこを煽るのは嫌だな~」
女性が少し驚く。
「でも……」
「だって~」
ニコラはゆっくり言う。
「それ、本当に煽ってほしいの?」
「…………」
「それとも、誰かに何か言ってほしいの~?」
「……」
女性は答えられない。
ニコラはそれ以上踏み込まなかった。
「今日は、ここまででいいんじゃない~?」
「……」
「煽られるのって、自分で笑えるところを笑ってもらうくらいが楽しいんだと思う~」
「…………」
女性は少しだけ笑った。
「……そうですね」
「うん~」
「ありがとうございました」
「どういたしまして~」
女性が退場する。
マドカはしばらく黙っていた。
「……ニコラ」
「ん~?」
「今のは、よかったと思う」
「そう~?」
「うん」
「だって~」
ニコラはいつもの眠そうな顔に戻る。
「煽られたい人でも、何でも煽ればいいわけじゃないからね~」
「なるほど」
「面白いところを探すのがいいんじゃない~?」
「……それ、結構難しいね」
「だから面白いんじゃない~?」
ニコラは笑った。
そして――。
「最後の人~」
扉が開いた。
「失礼する!」
「…………」
マドカが目を丸くする。
「ジャスティス?」
「そうだ!」
ジャスティスは堂々とスタジオへ入ってくる。
コメント欄が一気に加速した。
『勇者www』
『また来たのかよ』
『第2回の勇者枠』
『今回は何するんだ』
『ニコラ様、お願いします』
ジャスティスはニコラの前に座る。
「今日は俺から言わせてもらう!」
「うん~?」
「前回は一方的にやられたからな!」
「へ~」
「今日は俺がニコラを煽ってやる!」
「ふ~ん?」
「覚悟しておけ!」
「ほ~」
「……」
ジャスティスが少し困った顔をする。
「……反応薄くないか?」
「そう~?」
「もっとこう、悔しがったりとか!」
「へ~」
「…………」
コメント欄が笑いで埋まっていく。
『ジャスティス頑張れw』
『全部流されてる』
『ニコラ様、まだ寝てる』
『これは勇者きつい』
「ええい!」
ジャスティスが開き直る。
「ニコラ、お前は普段から眠そうすぎる!」
「ふ~ん?」
「本当に仕事してるのか!?」
「ほ~」
「…………」
ジャスティスが黙る。
ニコラも黙る。
数秒。
「……」
「……」
「…………」
そして。
「で~?」
ニコラがゆっくり顔を上げた。
「…………!」
コメント欄が一瞬で爆発した。
『来た』
『来た来た来たwww』
『「で~?」出たぞ』
『ニコラ様スイッチON』
『ジャスティス逃げろ』
『それはもう遅いw』
マドカも思わず笑う。
「ジャスティス、終わったね」
「え?」
ジャスティスが振り返る。
「何がだ?」
ニコラはいつもの眠そうな顔のまま、ジャスティスを見る。
「ジャスティスはさぁ~?」
「お、おう」
「別に今のところ、エキドナの利益になりそうなことしてないよね~?」
「…………」
「それってなんていうか分かる~?」
「……いや」
ニコラがにこっと笑う。
「**ただ飯泥棒**っていうんだよ~?」
「ぐっ……!」
『刺さったwww』
『直球すぎるw』
『勇者、エキドナで世話になってるからな』
『まさかの生活費請求』
『ニコラ様の「で~?」からの火力やばい』
ジャスティスは必死に反論する。
「いや、俺は勇者として――」
「勇者として何したの~?」
「魔物を倒したり!」
「それって冒険者としてもできるよね~?」
「……」
「勇者じゃないとできないことは~?」
「…………」
「エキドナに貢献したことは~?」
「…………」
「ないの~?」
「……まだだ!」
「まだ~?」
ニコラが首を傾げる。
「いつやるの~?」
「これからだ!」
「じゃあ、いつ~?」
「…………」
「今日~?」
「いや……」
「明日~?」
「……」
「来月~?」
「…………」
『勇者、完全に詰んでて草』
『ニコラ様の追撃が止まらない』
『「いつやるの?」は強い』
『エキドナ社員面談になってるw』
ジャスティスが苦し紛れに叫ぶ。
「俺だって日本人なんだぞ!」
「うん~?」
「地球の知識だってある!」
「へ~」
「エキドナの役に立つ知識を持っている!」
「ほ~」
ニコラは少しだけ目を細めた。
「じゃあさぁ~」
「おう!」
「日本人って言って、知識を生かせてないんじゃない~?」
「…………」
「私たちが知らないような知識、教えてよ~」
「知識?」
「うん~」
ニコラは頬杖をつく。
「面白かったら作ってあげる~」
「…………」
ジャスティスが固まる。
「……作る?」
「うん~」
「俺の知識を?」
「そう~」
「エキドナが?」
「そう~」
「本当に?」
「面白かったらね~」
ジャスティスの目が輝いた。
「……よし」
「ん~?」
「あるぞ!」
「何が~?」
「日本にはな!」
ジャスティスが身を乗り出す。
「俺たちの世界にはない、すごいものがある!」
「へ~」
「例えば――」
そこでジャスティスが口を止める。
「…………」
「どうしたの~?」
「……何から話せばいいんだ?」
「知らないよ~」
「そこを一緒に考えてくれ!」
「なんで私が~?」
「俺一人じゃ説明できない!」
「じゃあ、今日は何も持ってきてないの~?」
「…………」
ニコラが笑う。
「やっぱりただ飯泥棒じゃん~」
「ぐああああっ!」
『wwwww』
『勇者、二度刺されたw』
『「知識あります!」→何も用意してない』
『ニコラ様強すぎる』
『でも日本知識プレゼン回は普通に見たい』
『面白かったら作る、はエキドナらしくていいな』
マドカも笑いながら口を挟む。
「でも、ジャスティスが本当に面白いもの持ってきたら、エキドナなら作ると思うよ」
「だろ!?」
ジャスティスが立ち上がる。
「じゃあ次回までに考えてくる!」
「うん~」
「絶対に驚かせてやるからな!」
「楽しみにしてる~」
ジャスティスは満足そうに頷く。
「よし!」
そしてスタジオを出ていく。
扉が閉まる。
「…………」
マドカがニコラを見る。
「なんか、うまく仕事を押し付けたね」
「そう~?」
「うん」
「だって~」
ニコラは眠そうに笑った。
「本当に日本人なら、何か一個くらい面白いもの持ってるでしょ~?」
『次回、勇者の日本知識プレゼン回』
『これは見たい』
『ただ飯卒業できるのか勇者』
『日本知識でエキドナに何を作らせるんだw』
『ジャスティス頑張れ』
ニコラはコメント欄を眺める。
「じゃあ次回は~」
「うん」
「ジャスティスが何持ってくるか見る回だね~」
「それもう『ニコラ様に煽られたい』じゃないんじゃ……」
「細かいことはいいんじゃない~?」
マドカが苦笑する。
こうして――
ジャスティスには、新たな宿題が課された。
**「エキドナが知らない日本知識を一つ持ってくること」**
そしてそれが、後にエキドナの商品開発を大きく動かすことになる――。
……かもしれない。




