ニコラ様に煽られたい
エキドナ情報塔。
その日、新しい番組が始まった。
タイトルは――
『ニコラ様に煽られたい』
「…………」
スタジオの中央。
椅子に座ったニコラが、眠そうな顔でカメラを見ていた。
「これ、何する番組なの~?」
「ニコラが人を煽る番組」
隣に座ったマドカが答える。
「前回、ニコラに煽られたいってコメントがいっぱい来たから」
「ふ~ん」
ニコラは頷いた。
「自分から煽られたい人がいるんだ~」
「そういうこと」
マドカがカメラを見る。
「というわけで、今日は実際に応募してきた人たちに来てもらいます!」
コメント欄が一気に流れ始めた。
『待ってました!』
『本当に番組になったw』
『ニコラ様お願いします!』
『自分から煽られに行く奴w』
『絶対面白い』
『俺も参加したい』
ニコラはコメントを眺めながら、小さく笑った。
「変なの~」
「ニコラがそれ言う?」
「なんで~?」
「いや、なんでもない」
マドカが笑う。
「じゃあ、最初の人に来てもらおうか」
扉が開いた。
入ってきたのは、一人の若い冒険者だった。
革鎧を身につけ、腰には剣。
いかにも冒険者という格好だ。
「よろしくお願いします!」
「よろしく~」
ニコラが手を振る。
「今日は何を煽ってほしいの?」
「俺は……Aランク冒険者として、最近ちょっと伸び悩んでまして」
「Aランク?」
「はい」
「じゃあ強いんだ~」
「一応……」
「一応なんだ~」
「いや、強いです!」
「じゃあ、何で伸び悩んでるの~?」
「……それが分からないから来たんです」
「そっか~」
ニコラは少し考えた。
「じゃあ、最近のダンジョン配信見せてもらっていい?」
「え?」
「情報塔に残ってるやつ~」
「見てるんですか!?」
「うん~」
ニコラは映像結晶を操作する。
すると、その冒険者の過去のダンジョン配信が映し出された。
「あ、この辺~」
ニコラが映像を止める。
「ここ、なんで逃げたの~?」
「……え?」
「ゴブリン三匹しかいないよ~?」
「いや、後ろに罠があると思って……」
「でも、後ろに罠なかったよ~?」
「…………」
「それで、一緒にいた人が倒したんだよね~」
「……はい」
「じゃあ、この時から伸び悩んでたんじゃない~?」
「え?」
「敵が強くなったんじゃなくて、自分で勝手に怖くなってるだけじゃない~?」
冒険者が黙り込む。
「Aランクだから慎重にならなきゃって思ってるのかもしれないけど~」
ニコラは首を傾げる。
「慎重なのと、怖くて何もできないのって、結構違うよ~?」
『初手から過去配信掘るなw』
『情報塔こええ』
『本人より本人の戦闘記録を見てる』
『刺さってるw』
「……ありがとうございました」
冒険者が少し遠い目をしながら退場していく。
「次の人~」
マドカが呼び込む。
今度は杖を持った若い女性だった。
「よろしくお願いします」
「よろしく~」
「私は魔法使いです」
「うん~」
「最近、周囲から『詠唱が長すぎる』と言われるんです」
「どれくらい長いの~?」
「三分くらいです」
「長いね~」
「即答!?」
マドカが笑う。
「でも、三分くらいあったほうが気持ちを集中させられるんです!」
「じゃあ、敵は三分待ってくれるの~?」
「…………」
『正論w』
『魔法使い死亡』
『ダンジョンで三分詠唱は草』
「待ってくれないなら~」
ニコラは頬杖をつく。
「詠唱してる間に殴られたら、集中する前に終わっちゃうよ~?」
「…………」
「それに~」
少し考える。
「三分かけて魔法を撃つより、一分で撃って二分で逃げたほうが生き残れるんじゃない?」
「なるほど……」
「たぶん~」
「たぶんなんですか!?」
「私、魔法使いじゃないから~」
コメント欄が笑いで埋まる。
『そこは知らんのかw』
『でも説得力ある』
『本人はただの感想なの草』
魔法使いは少し考えてから頭を下げた。
「……ありがとうございました」
「うん~」
「詠唱、短くしてみます」
「頑張って~」
女性が退場する。
マドカがニコラを見る。
「なんか、普通に人の悩み解決してない?」
「そうかな~?」
「うん」
「じゃあ、次はもっと煽ったほうがいいの~?」
「そこはニコラに任せる」
「難しいな~」
ニコラが困ったように笑った。
そして――。
次の参加者が入ってきた。
「俺だ!」
「…………」
マドカが目を丸くする。
「ジャスティス!?」
「よろしく頼む!」
「なんで来たの?」
「俺だって煽られたい!」
「自分から?」
「もちろんだ!」
ジャスティスは堂々と胸を張った。
コメント欄が一気に爆発する。
『来たwww』
『勇者きたあああ』
『待ってました』
『ジャスティスなら耐えられる』
『絶対この企画好きだろw』
ニコラがジャスティスを見る。
「何を煽ればいいの~?」
「俺の勇者としての実力!」
「実力?」
「ああ!」
「強いよね~」
「だろ!?」
「Aランクだし~」
「そうだ!」
「魔法も使えるし~」
「もちろん!」
「……」
ニコラが少し考える。
「でも、私に腕相撲負けてたよね~?」
「…………」
ジャスティスの顔が止まった。
「……それは」
「勇者なのに~」
「腕相撲は戦闘じゃない!」
「でも、腕の力は見えるよ~?」
「いや、俺は剣士として――」
「じゃあ、もっと鍛えたら~?」
「…………」
『いきなり物理w』
『勇者、腕相撲敗北を掘り返される』
『マドカじゃなくてニコラから来たw』
『もっと鍛えたら~?が地味に効く』
「いや、俺はちゃんと鍛えてる!」
「じゃあ、マドカちゃんに負けないくらい鍛えればいいんじゃない~?」
「なんで目標がマドカなんだよ!」
「だって負けたんでしょ~?」
「…………」
ジャスティスが言葉に詰まる。
マドカが横で笑いを堪えている。
「マドカ、笑うな!」
「だって……」
「お前も笑ってるだろ!」
「ちょっとだけ」
『勇者、完全に囲まれてて草』
『ニコラ無自覚で追い詰めてる』
ニコラはそんな様子を見ながら、ふと思い出したように言った。
「そういえば~」
「まだあるのか!?」
「ジャスティスって、闇のなんとかってよく言ってるよね~?」
「…………」
ジャスティスが固まる。
「闇のなんとか?」
「うん~」
ニコラが指を折りながら考える。
「闇の力とか~」
「……」
「封印されしなんとかとか~」
「…………」
「我が魂に宿りし~、みたいなの」
「やめろ!」
『wwwww』
『完全に覚えられてるw』
『勇者の詠唱集w』
『本人より周囲が覚えてるやつ』
「なんでだよ!」
ジャスティスが叫ぶ。
「別にいいだろ!」
「うん~」
ニコラはあっさり頷く。
「格好いいと思ってやってるんだよね~?」
「そうだ!」
「そっか~」
「……何だよ」
ニコラは少し考えた。
「勇者って、闇じゃだめなんじゃない~?」
「…………」
スタジオが静まった。
マドカが顔を覆う。
「ニコラ……」
「ん~?」
「今のは強いよ」
「そう?」
ジャスティスが頭を抱える。
「いや、勇者が闇属性っていうのは別に――」
「でも勇者でしょ~?」
「そうだ!」
「じゃあ、光とか正義とかのほうが、それっぽくない~?」
「…………」
「闇の力を使う勇者って、なんか魔王側みたいだよ~?」
「違う!」
ジャスティスが即座に否定する。
「俺は勇者だ!」
「うん~」
「魔王じゃない!」
「そうだね~」
「闇の勇者でもない!」
「でも闇って好きなんでしょ~?」
「…………」
『逃げ道塞がれてるw』
『勇者、自分で闇を積み上げてきたからな』
『一つの村を中二病に染めた男』
ニコラがコメント欄を見る。
「一つの村?」
「…………」
ジャスティスの顔が曇った。
「それは……」
「何したの~?」
「いや」
「村で何かやったの~?」
「……まあ」
「どんなこと~?」
ジャスティスは答えにくそうに口を開く。
「……昔、その村に泊まったことがあって」
「うん」
「そこで……ちょっと魔法の詠唱とかを教えたりして……」
「へぇ~」
「子供たちが喜んだから」
「うん~」
「それが……」
「それが~?」
「……村全体に広まった」
「…………」
ニコラが少し目を丸くする。
「一つの村を、あなたみたいな感じにしたんだ~?」
「…………」
コメント欄が爆発した。
『wwwwwww』
『村ごと感染させてて草』
『勇者、何してんだよw』
『闇の騎士ごっこw』
『村の子供まで詠唱してたもんなw』
『一年で文化になってたぞ』
「違う!」
ジャスティスが叫ぶ。
「俺はそんなつもりじゃ!」
「でもやったんだよね~?」
「……やったけど!」
「じゃあ、すごいね~」
「何が!?」
「一人の勇者が、村一つの文化を変えたんでしょ~?」
「…………」
「普通はそんなことできないよ~」
「……」
「闇のトマトとかもあるんでしょ~?」
「なんで知ってる!?」
『情報塔なめんなw』
『村の配信も見られてるw』
『ニコラ、村のことまで把握してるの怖い』
「なんか~」
ニコラが楽しそうに笑う。
「ジャスティスって、勇者というより文化人なのかもね~」
「そんな勇者いるか!」
「いるじゃん~」
「俺だ!」
「うん~」
ニコラは頷く。
「じゃあ、これからも村を増やしていけば~?」
「何を!?」
「ジャスティス語録の村~」
「いらない!」
『第二の闇の村を作ろう』
『勇者全国展開』
『闇のトマトを全国へ』
『勇者ブランド』
「やめろ!」
ジャスティスが必死にコメント欄へ抗議する。
ニコラはそんな様子を見て、少し笑った。
「でも~」
「まだ何かあるのか?」
「うん」
「今度は何だ……」
「腕相撲も負けて~」
「……」
「モンバトも負けて~」
「…………」
「闇の詠唱して~」
「…………」
「村まで染めて~」
「…………」
「それでも自分のこと勇者って言えるの、結構すごいと思う~」
「…………」
ジャスティスがゆっくり顔を上げる。
「……褒めてる?」
「うん~」
「本当に?」
「うん」
「…………」
ジャスティスは少し考えた。
「じゃあ、まあ……いいか」
「いいんだ」
マドカが笑う。
「だって俺は勇者だからな!」
「うんうん~」
「そこは笑うところじゃないぞ!」
『勇者復活w』
『メンタルだけはSランク』
『ニコラ様に煽られても立ち上がる勇者』
『これは勇者』
ジャスティスは満足そうに胸を張った。
「どうだ!」
ニコラが首を傾げる。
「何が~?」
「俺はまだ折れてない!」
「うん~」
「俺は勇者だからな!」
「はいはい~」
「その言い方やめろ!」
スタジオに笑い声が広がった。
ジャスティスが退場したあと。
マドカはコメント欄を眺める。
『今回ジャスティス回だったな』
『もっと勇者を呼んでくれ』
『勇者は一人しかいないだろw』
『そうだった』
『ニコラ様、次は誰を煽るんだ』
『貴族来てほしい』
『騎士も見たい』
『冒険者もっと』
『魔法使いも』
ニコラはコメントを見ながら、少し考えた。
「次は~」
「うん」
「もっと変な人が来るといいね~」
「変な人?」
「うん~」
ニコラは眠そうに笑う。
「普通の人より、何か変なこだわり持ってる人のほうが面白そう~」
「……なるほど」
マドカも少し笑った。
「じゃあ、次回はもっと応募増えるかもね」
「うん~」
ニコラは椅子に座ったまま、カメラを見る。
「煽られたい人~」
少し間を置いて。
「待ってるよ~」
『行きます』
『応募します』
『俺も』
『私も』
『お願いします』
『ニコラ様に煽られたい』
「……ふふ」
ニコラが楽しそうに笑った。
こうして。
エキドナ情報塔の奇妙な新番組は――
少しずつ、その名を知られるようになっていった。
**『ニコラ様に煽られたい』**
それは、自分からニコラの前に立ち、
自分の弱点を差し出し、
そして何故か少しだけ元気になって帰っていく。
そんな、不思議な番組になりつつあった。




