第十階層
第十階層。
「……広いね」
マドカが通路の先を見ながら呟いた。
第九階層までとは、明らかに雰囲気が違っていた。
通路そのものが広く、天井も高い。壁には淡い青色の鉱石がいくつも埋め込まれており、その光が辺りをぼんやりと照らしている。
「綺麗……」
セリナが周囲を見回す。
「こういうところを見ると、やっぱり古いダンジョンなんだなって感じるわね」
「観光したい!」
マドカが元気よく手を上げた。
「駄目よ」
リゼットが即答する。
「なんで!?」
「あなたが一人で歩くと、どこかに落ちるでしょう」
「……」
マドカが黙った。
「まだ今日は落ちてないよ?」
「今日は、ね」
「……気をつけます」
「本当に?」
「たぶん!」
「信用できないわね」
ブリジットが苦笑する。
「なんでみんなそんなに信用してくれないの……」
「実績があるからよ」
リゼットの返答に、マドカは何も言い返せなかった。
◆
それからしばらく進んだところで、ガレスが足を止めた。
「……待て」
全員が立ち止まる。
「どうしたの?」
「音がする」
耳を澄ませる。
遠くから、地面を踏み鳴らすような音が近づいてきていた。
ズシン。
ズシン。
そのたびに、床が小さく揺れる。
「来るぞ!」
ガレスが剣を抜いた。
通路の向こうから現れたのは――三体のオーガだった。
だが、それだけではない。
その後ろから巨大なロックリザードが姿を現し、さらに天井近くでは、一体のワイバーンが翼を広げている。
「わあ……」
マドカが目を輝かせた。
「今度は種類がいっぱい」
「感想が遠足なのよ……」
セリナが苦笑しながら弓を構える。
「でも、気をつけて。あのオーガ、普通の個体より大きいわ」
リゼットも魔力を集中させる。
「ロックリザードもかなり大型ね。……それに、ワイバーンまで同時に出てくるなんて」
「強そうですね」
ブリジットが盾を構え直した。
「というより……」
ガレスが魔物たちを睨む。
「明らかに、これまでの階層とは違う」
オーガの一体が咆哮を上げた。
「グオオオオオッ!」
次の瞬間。
巨体が一気に突っ込んでくる。
「来た!」
ガレスが正面から受け止める。
「ぐっ……!」
衝撃で足が後ろへ滑った。
「ガレス!」
「大丈夫だ!」
ガレスが剣を押し返す。
その隙に、セリナの矢がオーガの肩へ突き刺さった。
「そこ!」
オーガが怯む。
「今よ!」
マドカが駆け込む。
「えいっ!」
剣が振り抜かれ、オーガの腕を深く切り裂いた。
「よし!」
「まだ来るわ!」
リゼットの声が響く。
別のオーガがマドカへ迫っていた。
「マドカ様!」
ブリジットが割り込み、盾で攻撃を受け止める。
ドゴンッ!
「くっ……!」
盾が大きく弾かれる。
「重い……!」
「ブリジット!」
マドカがすぐさまオーガの懐へ入り込む。
「そこ!」
一閃。
オーガが膝をついた。
「今!」
ガレスが踏み込み、最後の一撃を叩き込む。
巨体が地面へ倒れた。
「まず一体!」
「まだ二体いるわよ!」
「分かってる!」
◆
戦いは続いた。
三体のオーガだけでも十分な脅威だったが、そこへロックリザードまで加わっている。
さらに頭上ではワイバーンが旋回し、隙を見つけるたびに急降下してくる。
「上!」
セリナが叫ぶ。
ワイバーンが鋭い爪を向けて突っ込んできた。
「任せて!」
マドカが横へ飛ぶ。
爪を紙一重でかわし、そのまま地面を蹴った。
「えいっ!」
振り上げた剣が、ワイバーンの翼を切り裂く。
「ギャアアアアッ!」
体勢を崩したワイバーンへ、セリナが矢を放つ。
「そこ!」
矢が首元へ突き刺さった。
ワイバーンが地面へ落下する。
「やった!」
「マドカ、油断しないで!」
「え?」
直後。
巨大なロックリザードが突進してきた。
「きゃっ!」
マドカが横へ転がる。
ロックリザードが壁へ激突し、岩盤が大きく砕けた。
「危なかった……」
「今のは危なすぎるわよ!」
セリナが叫ぶ。
「ご、ごめん!」
リゼットがロックリザードへ魔法を放つ。
「動きを止めるわ!」
魔力の鎖が巨大な身体へ絡みつく。
「今よ!」
「おお!」
ガレスが走り出す。
ブリジットも続いた。
「せーの!」
三人の攻撃が集中する。
硬い外殻に亀裂が走った。
「もう一度!」
マドカが踏み込む。
「ええいっ!」
剣が亀裂へ突き刺さる。
ロックリザードが大きく身を震わせ、そのまま倒れた。
「……終わった?」
マドカが周囲を見回す。
残っていたオーガも、ガレスとブリジットが協力して倒していた。
「終わったみたいね」
セリナが息を吐く。
「ふぅ……」
マドカも剣を下ろした。
「強かったね」
「ええ」
リゼットが魔物の残骸を見る。
「第九階層までとは、明らかに強さが違うわ」
「攻撃を受けたときの威力もかなり高かった」
ブリジットが盾を確認する。
「一撃一撃が重かったですね」
ガレスも頷く。
「俺でも正面から受け続けるのは厳しい」
「これが第十階層か……」
セリナが周囲を見回す。
「王家が警戒していた理由も分かるわね」
「王家?」
マドカが首を傾げた。
「以前、聞いたでしょう?」
リゼットが説明する。
「このダンジョンの第十階層について、王家もかなり警戒していたのよ。特に、ここから先は異常に強い魔物が出る可能性があるって」
「じゃあ、やっぱりボスがいるの?」
マドカが期待したように尋ねる。
「まだ分からないわ」
「いないの?」
「少なくとも、今の戦闘ではそれらしい存在は見なかったでしょう?」
「そっか……」
マドカが少し残念そうな顔をする。
「ボス、見たかったなぁ」
「観光じゃないんだから……」
セリナが呆れた。
「でも、この強さなら王家が『階層ボスがいるかもしれない』と考えたのも無理はないわね」
リゼットが頷く。
「ええ。ただ、ここまで来てもそれらしい気配がない。……なら、この階層は単純に魔物そのものが強くなっているだけなのかもしれないわ」
「なるほど」
マドカが頷く。
「じゃあ、まだ先に進めるね!」
「ええ。でも、今まで以上に慎重に行きましょう」
「分かった!」
◆
さらに奥へ進む。
広い通路をしばらく歩いたところで、一行は巨大な空間へ出た。
「……また広いね」
マドカが見上げる。
その中央には、巨大な扉がそびえ立っていた。
「これは……?」
ガレスが近づく。
扉の中央には、古びた王家の紋章が刻まれている。
「王家の紋章?」
セリナが首を傾げる。
リゼットが扉を調べる。
「かなり古いわね。……でも、この紋章は間違いなく王家のものよ」
「第九階層で見つけた鍵と関係あるのかな?」
マドカが黒い鍵を取り出した。
「試してみましょう」
リゼットが頷く。
マドカが鍵穴へ黒い鍵を差し込む。
カチリ。
その瞬間。
ゴゴゴゴゴ……。
重い音が響き渡った。
「開いた!」
マドカが嬉しそうに声を上げる。
巨大な扉がゆっくりと開いていく。
その向こうには、さらに広大な階層が続いていた。
「まだ先があるのか……」
ガレスが呟く。
「このダンジョン、深すぎない?」
「だから面白いんじゃない!」
マドカが先へ進もうとする。
「待ちなさい」
リゼットが腕を掴んだ。
「まず確認」
「はい」
「足元」
マドカが足元を見る。
「…………」
そこには、小さな穴が開いていた。
「……」
マドカが一歩下がる。
「危なかった……」
ブリジットが胸を撫で下ろす。
「よかったですね、マドカ様」
「うん!」
マドカが振り返る。
「じゃあ、今度こそ――」
一歩。
ズボッ。
「きゃっ!」
「マドカ様!?」
片足が穴に落ちた。
「…………」
リゼットが目を閉じる。
「あなた、本当にどうしてそうなるの……」
「だって穴があったから……」
「理由になってないわ」
ニコラが穴を覗き込みながら笑う。
「でも今回は片足だけだね~」
「それ、成長なの?」
「たぶん~」
「ニコラまで!」
一行は、そんな調子で第十一階層へと進んでいった。




