鍵
第九階層。
「……なんか、静かだね」
マドカが呟いた。
これまでの階層とは明らかに違う。
魔物の気配がない。
風の音もしない。
ただ、長い石造りの通路が、どこまでも続いている。
「静かすぎるな」
ガレスが周囲を警戒する。
セリナも弓を構えたまま、慎重に歩いていた。
「魔物がいないっていうのも、逆に怖いわね」
「そう?」
マドカは平然としている。
「じゃあ今のうちにおやつ食べる?」
「どうしてそうなるの……」
セリナが苦笑した。
ニコラは壁を見ながら歩いている。
「この壁、面白いね~」
「何か分かる?」
「古い魔力回路がある」
「危なくない?」
「たぶん~」
「たぶん……」
リゼットがため息をつく。
「ニコラの『たぶん』は、信用しないほうがいいわ」
「ひどい~」
そんな会話を交わしながら、一行は長い通路を進んでいった。
◆
しばらく進んだところで。
前方から、低い唸り声が聞こえてきた。
「来るぞ」
ガレスが剣を抜く。
「やっと出てきたね」
マドカも腰の剣に手をかける。
通路の先から現れたのは、数体の魔物だった。
大型ではない。
これまでの階層でも何度か見たことのある種類だ。
「このくらいなら大丈夫そうね」
セリナが弓を構える。
「ええ」
リゼットも魔力を集中させる。
「全員で片付けましょう」
「おー!」
マドカが元気よく答えた。
◆
魔物が一斉に襲いかかってくる。
「そこ!」
セリナの矢が飛ぶ。
一体の魔物が倒れた。
「せいっ!」
ガレスが踏み込み、剣を振る。
別の一体が吹き飛ぶ。
「こっちは任せてください!」
ブリジットが盾を構えて突進する。
魔物の攻撃を正面から受け止め、そのまま押し返した。
「えいっ!」
マドカも剣を振る。
魔物の身体を切り裂き、そのまま次の敵へ向かう。
「マドカ、右!」
「うん!」
セリナの声に反応して、マドカが身を翻す。
迫っていた魔物を一閃。
倒れた。
「よし!」
ニコラは少し離れた場所で、魔法を放っている。
「えい~」
ぽんっ。
小さな魔力弾が飛び、魔物の足元で弾けた。
「……ニコラ、それ効いてる?」
「ちょっとだけ~」
「ちょっとだけなんだ……」
「でも動き止まったよ~」
「それなら十分ね」
リゼットが笑う。
「ガレス!」
「ああ!」
動きを止められた魔物へ、ガレスが一気に踏み込んだ。
最後の一体が倒れる。
「終わったな」
ガレスが剣を下ろす。
「うん」
マドカが周囲を見回す。
「今回は普通に戦えたね」
「それが普通なのよ」
セリナが笑う。
「最近、マドカが全部一人で片付けることが多かったから忘れてたわ」
「そんなに?」
「そんなに」
「そっか」
マドカは少し嬉しそうに笑った。
「じゃあ、次もみんなで頑張ろう!」
「ええ」
セリナが頷く。
◆
さらに奥へ進む。
しばらくすると、通路の先に大きな広間が現れた。
「ここ、広いね」
マドカが辺りを見回す。
広間の中央には、古びた台座が置かれていた。
「何かあるわね」
リゼットが近づく。
台座の上には。
一つの黒い鍵が置かれていた。
「鍵?」
マドカが首を傾げる。
「こんなところに?」
リゼットの表情が変わった。
「……待って」
「どうしたの?」
リゼットは台座をじっと見つめる。
「この紋様……」
鍵の周囲には、古い魔法陣のような模様が刻まれていた。
「五百年前のものに似ているわ」
「五百年前?」
「ええ」
リゼットが慎重に手を伸ばす。
その瞬間。
――カチリ。
黒い鍵が、ひとりでに浮かび上がった。
「……!」
全員が身構える。
しかし。
何も起こらない。
ただ、鍵だけがゆっくりとリゼットの手元へ降りてきた。
「……なんだろう?」
マドカが覗き込む。
リゼットは鍵を手に取った。
「分からない。でも、これは持っていきましょう」
「いいの?」
「ええ」
リゼットが頷く。
「この鍵には、何か意味があるはずよ」
「じゃあ、宝物?」
「たぶんね」
マドカの目が輝く。
「お宝!」
「まだ決まったわけじゃないでしょう」
「でも鍵だよ?」
「だから何?」
「お宝の鍵かもしれない!」
セリナが苦笑する。
「マドカの中では、もう宝箱まで用意されてるわね」
「もちろん!」
◆
その時。
ニコラが壁を指差した。
「ねえ~」
「何?」
「ここ」
壁に、見慣れない文字が浮かび上がっている。
「古代文字ね」
リゼットが近づく。
しばらく文字を眺める。
「……読める?」
マドカが尋ねる。
「一部だけなら」
リゼットが目を細めた。
「これは……『王の鍵』」
「王の鍵?」
「ええ」
リゼットは黒い鍵を見る。
「残りは……」
しばらく考え。
やがて。
「……『王の鍵は、時を持つ者を招く』」
「…………」
全員がマドカを見る。
「……私?」
マドカが自分を指差す。
「たぶん」
「へえ……」
マドカは黒い鍵を覗き込む。
「じゃあ、この鍵で何が開くの?」
「それは、これから確かめるしかないわね」
リゼットが鍵をしまう。
「先へ進みましょう」
「おー!」
マドカが元気よく走り出す。
「待ちなさい!」
リゼットが叫ぶ。
その直後。
「きゃっ!」
マドカの姿が消えた。
「……」
「…………」
「また落ちた!?」
セリナが駆け寄る。
床には、小さな穴が開いていた。
その下から。
「だ、大丈夫ー!」
マドカの声が聞こえる。
ニコラが穴を覗き込む。
「今回は浅いね~」
「うん!」
リゼットは頭を抱えた。
「……もう少し緊張感を持ちなさい」
「はーい!」
「返事だけはいいのよね……」
セリナが苦笑する。
ガレスもため息をついた。
「先が思いやられるな」
「でも、鍵は見つかったよ!」
穴の中からマドカが言う。
「そういう問題じゃないでしょう」
「えへへ」
第九階層。
大きな戦いもなく。
一行は黒い鍵を手に入れた。
しかし。
その鍵が何を開くのか。
そして。
なぜ「時を持つ者」であるマドカを招くのか。
その答えは、まだ誰にも分からなかった。
一行は黒い鍵を手に、第十階層へと進んでいった。




