日本の家捜索
翌朝。
エキドナの庭に、一軒の大きな家が建っていた。
現代日本にあっても、思わず「お、いい家だな」と言いたくなるくらいの家だ。
部屋数も多く、十人くらいで暮らしても十分に余裕がありそうだった。
ただ、長い時間そのままだったせいか、ところどころに埃や汚れが残っている。
「少し汚れているわね」
リゼットが玄関前で家を見上げる。
「これなら、綺麗にしてしまえば普通に使えるでしょう」
リゼットが手をかざす。
淡い魔力が家全体へ広がった。
窓についた汚れが消える。
壁や床も綺麗になり、庭に積もっていた埃まで消えていく。
やがて魔法が収まった。
「……」
マドカが家を見上げる。
「おお」
ジャスティスも目を丸くする。
「マジか。新築みたいじゃん!」
「本当に綺麗になりましたね」
ヒナタが感心する。
「これなら普通に住めそう」
「でしょう?」
リゼットが満足そうに頷く。
「じゃあ、好きに見てらっしゃい。私は少し用事があるから」
「はーい」
マドカが手を振る。
リゼットはそのまま屋敷へ戻っていった。
「じゃ、入ろうぜ」
ジャスティスが玄関を開ける。
「お邪魔しまーす」
マドカも続く。
広い玄関。
廊下の先にはいくつもの部屋がある。
「うわ、広いな」
ジャスティスが左右を見る。
「これ十人どころか、もっと住めるだろ」
「部屋、かなり多いね」
マドカが襖を開ける。
「寝室だけでも何部屋あるんだろ」
「客間もありますね」
ヒナタが別の部屋を覗き込む。
「家具も結構いいものです」
「この棚とか、普通の家にはあんまり置いてなさそう」
ナナリーが家具を眺める。
「住んでた人、かなり趣味にお金かけてたんだろうね」
「だな」
ジャスティスが頷く。
「なんか、家全体が『好きなもの詰め込みました』って感じするわ」
「それはちょっと分かる」
マドカが笑った。
「こういう家、見てるだけでも面白いね」
「お」
ジャスティスが廊下の奥で足を止める。
「……本棚ある」
「漫画?」
ナナリーが聞く。
「たぶん」
ジャスティスが早足になる。
襖を開ける。
「…………」
数秒。
「おおおおお!」
家中に響く声。
「漫画だ!」
「やっぱり漫画なんだ」
マドカが笑う。
「しかも結構あるぞ!」
ジャスティスが本棚から一冊抜き取る。
「『爆炎のガーディアン』じゃん!」
「あ、それ知ってる」
マドカも部屋へ入る。
「途中まで読んでた」
「マジか!」
「でも最後まで読んでない」
「俺は全部読んだ!」
ジャスティスが得意げに言う。
「この作品、途中から一気に面白くなるんだぞ」
「へえ。じゃあ読んでみようかな」
「お前、今から?」
「だって気になるし」
「貸す貸す!」
ジャスティスが別の巻まで取り出す。
「ほら、これも面白いぞ」
「『蒼天のクロスブレイド』?」
「そう! これ主人公が――」
「ジャスティス」
マドカが笑う。
「もう帰ってこないつもりでしょ」
「……」
「図星?」
「……俺、この部屋見てるから」
ジャスティスは真顔になった。
「お前ら、なんか面白いもの見つけたら教えてくれ」
「いや、自分で出てきてよ」
「漫画があるんだから無理だろ!」
「堂々と言った」
ナナリーが笑う。
「じゃ、ジャスティスは漫画担当ね」
「任せろ!」
ジャスティスは即答した。
「ここは俺が制圧する!」
「何を制圧するんだよ」
「漫画を!」
そのまま本棚へ戻っていく。
「……ほんとに出てこなそう」
マドカが呟く。
「たぶん夕飯まで出てこないよ」
ナナリーが笑った。
そのナナリーは、別の部屋で何かを探していた。
「あれ?」
壁際に立てかけられていたケースを見つける。
「……ギター?」
ケースを開ける。
「おお」
中には一本のギターが入っていた。
「ナナリー、それ弾ける?」
「もちろん」
ナナリーが嬉しそうに取り出す。
「ちょっと状態見てみるね」
弦を一本ずつ鳴らす。
ポロン。
ポロン。
「大丈夫そう」
「じゃあ弾いてよ」
「何がいい?」
「ナナリーが好きなのでいいよ」
「じゃあ……」
ナナリーが少し考える。
「『スターライト・シンガー』にしようかな」
「あ、それ好き」
「マドカも知ってる?」
「知ってるよ。結構流行ったじゃん」
「じゃあ決まり」
ナナリーが椅子に座る。
そして、演奏を始めた。
家の中に明るいギターの音が響く。
「おー……」
マドカが廊下から顔を出す。
「やっぱ上手いな」
「久しぶりだから、ちょっと手が固いけどね」
「十分上手いよ」
「ありがと」
ナナリーは演奏しながら笑った。
その音を聞きながら、ヒナタは台所へ向かっていた。
「うわ……」
ヒナタが棚を開ける。
「鍋、多いですね」
「料理好きだったのかな」
マドカが台所へ顔を出す。
「この包丁、結構いいやつですよ」
ヒナタが一本を手に取る。
「こっちのフライパンも」
「本当だ」
「食器も種類が多いです」
棚を開けるたびに、ヒナタが楽しそうに確認していく。
「これ、全部使い分けてたのかな」
「たぶんね」
「いいなぁ……」
「ヒナタ、料理道具好きだったっけ?」
「料理そのものも好きですけど、こういう道具を見るのも好きですよ」
ヒナタは別の棚を開ける。
「あ」
「何?」
「洗剤があります」
容器を取り出す。
「食器用、洗濯用、それから掃除用……ちゃんと用途別になってますね」
「日本だと普通だったよ」
「そうなんですね」
ヒナタがラベルを見る。
「でも、これ面白いです」
「何が?」
「用途ごとに必要な性能が違うから、エキドナで作る場合も細かく分けたほうがよさそうです」
「また商品開発始まった」
「だって参考になるじゃないですか」
ヒナタが笑う。
「これ、持って帰って研究したいくらいです」
「持って帰っていいんじゃない?」
「本当ですか?」
「リゼットも好きに見ていいって言ってたし」
「じゃあ、後で許可を取ってみます」
ヒナタはさらに棚を見る。
「あ、シャンプーもありますよ」
「それ懐かしい」
「これも研究対象ですね」
「ヒナタ、楽しそうだなぁ」
「こういうの好きなんですよ」
ヒナタは満足そうに頷いた。
そして居間。
「これ何~?」
ニコラが何かを持ち上げていた。
「掃除機」
マドカが答える。
「掃除機?」
「床のゴミを吸うやつ」
「へえ~」
ニコラが掃除機をぐるりと見る。
「電気で動くんだよね?」
「うん」
「じゃあ、魔力式にしたら普通に作れそう」
「ニコラなら作れそう」
「吸引機構をちょっと変えれば……」
ニコラがぶつぶつ言い始める。
「でも、こっちのほうが軽そうだな~」
「そこまで考える?」
「せっかく実物があるんだもん」
ニコラは掃除機を置き、今度はテレビを見る。
「こっちは?」
「テレビ」
「これは知ってる?」
「私は知らないよ~」
「そっか」
マドカが笑う。
「映像を見るもの」
「へえ~」
ニコラが画面を眺める。
「エキドナの情報塔にちょっと似てるけど、こっちは受け取るだけなんだね~」
「そういう感じ」
「なるほど~」
ニコラはテレビの横へ回る。
「この箱は?」
「DVDデッキ」
「DVD?」
「映像を記録した円盤を再生するやつ」
「へえ~。映像結晶みたいなもの?」
「ちょっと違うけど、感覚は近いかも」
「なるほど~」
ニコラは目を輝かせた。
「じゃあ、これも調べたい」
「好きだねぇ」
「だって面白いじゃん」
ニコラは楽しそうに笑った。
そんな中。
ジャスティスは漫画部屋から出てこない。
ナナリーはギターを弾いている。
ヒナタは台所で洗剤やシャンプーを調べている。
ニコラは家電を見つけるたびに足を止めている。
マドカも別の部屋を覗いて回っていた。
「ここは何の部屋だろ」
扉を開ける。
「……」
マドカの足が止まった。
部屋の奥にテレビ。
その前にゲーム機。
棚にはゲームソフト。
そして壁際には、見覚えのある専用コントローラーまで置かれている。
「…………」
一つ手に取る。
「『モンスタークロニクル』……!」
もう一つ。
「『銀河戦線』まである!」
さらに棚を見る。
「うわ、『ステップビート』!」
マドカの声が家中に響いた。
「これ絶対やる!」
ナナリーのギターが止まる。
「ゲーム!?」
「ゲーム!」
ナナリーがギターを置いて走ってくる。
「何ある!?」
「見て!」
マドカがソフトを並べる。
「『モンスタークロニクル』、『銀河戦線』、『ステップビート』、『ナイト・オブ・ザ・デッド』!」
「うわ、懐かしい!」
ナナリーが笑う。
「『ステップビート』あるじゃん!」
「でしょ!」
「これやろうよ!」
「もちろん!」
ヒナタも台所から顔を出す。
「何があったんですか?」
「ゲーム!」
「ゲーム機まで見つかったんですか?」
「しかも結構ある!」
「それは見たいですね」
ヒナタも部屋へ入ってくる。
「『ナイト・オブ・ザ・デッド』……」
「ゾンビのやつ」
「これ、昔ちょっと怖かったんですよね」
「ヒナタ、怖がってたっけ?」
「怖かったですよ。夜に一人でやると結構怖いです」
「じゃあ後でみんなでやろう」
「それならいいです」
そこへ。
「ゲームだと!?」
ジャスティスが漫画部屋から飛び出してきた。
「早っ!」
「お前ら、ゲームって言っただろ!」
「漫画は?」
「後!」
「さっきまで一生出てこなそうだったのに」
「ゲームは別だ!」
ジャスティスが棚を見る。
「おお! 『銀河戦線』あるじゃねえか!」
「好きだったもんね」
「めちゃくちゃやった!」
ジャスティスがケースを手に取る。
「これ対戦できるやつだろ?」
「できるできる」
「よし、後でやろうぜ」
「ジャスティス、漫画は?」
「それも読む!」
「欲張りだなぁ」
「十年以上ぶりなんだぞ! 全部やりたいだろ!」
「まあ、それは分かる」
マドカが笑う。
その横で、ニコラがゲーム機をじっと見ていた。
「……ねえ」
「ん?」
「これ、何するものなの~?」
「ゲームだよ」
マドカが答える。
「遊ぶもの」
「遊ぶ?」
「うん。ゲームによってやることが違うの」
「例えば?」
「『モンスタークロニクル』なら、モンスターを育てて戦わせたりする」
「へえ~」
「『銀河戦線』なら、宇宙船に乗って戦う」
「なるほど~」
「『ナイト・オブ・ザ・デッド』ならゾンビを倒す」
「普通~」
「普通って言うなよ」
ジャスティスが笑う。
「結構怖いゲームだぞ」
「そうなの?」
ニコラが首を傾げる。
「じゃあ、これは?」
専用マットを指差す。
「それは『ステップビート』」
ナナリーが答える。
「音楽に合わせて踏むゲーム」
「踏む?」
「そう」
ナナリーがマットを広げる。
「ここに矢印が出てくるから、それに合わせて踏むの」
「なるほど~」
ニコラがマットを見る。
「運動も兼ねてるんだ」
「そうそう」
マドカが笑う。
「これ結構汗かくよ」
「じゃあ、ちょうどいいじゃん」
ナナリーが靴を脱ぐ。
「マドカ、やろう」
「いいよ!」
マドカも靴を脱ぐ。
「ジャスティスは?」
「俺は見てる」
「また逃げた」
「いや、これは二人が強すぎるんだよ!」
「じゃあヒナタ」
「私は見てます」
「裏切り者!」
「だって二人の勝負、面白そうですから」
ナナリーが笑う。
「じゃあ観客二人ね」
「観客って言うな」
「ジャスティス、そこ立ってるだけで十分観客だよ」
「くっ……」
マドカが笑いながら画面を見る。
「じゃ、始めるよ!」
音楽が流れた。
「右!」
「左!」
「早い!」
「まだまだ!」
「マドカ、そこ!」
「分かってる!」
「今のは私のほうが上手かった!」
「いや、今のは偶然!」
「負け惜しみ!」
「言ったな!」
二人が笑いながら足を動かす。
ジャスティスは横で腕を組みながら、
「お前ら、久しぶりなのに普通に上手いな……」
「ナナリーもゲーム配信してたしね」
「そうだったな」
ヒナタも笑う。
「見ているだけでも楽しいですね」
その少し後ろで。
「……」
ニコラは画面をじっと見ていた。
「なるほど~」
「ニコラもやる?」
「うん。あとで」
そう答えながらも、視線はゲーム画面から離れない。
そして、棚に並んだゲームソフトをもう一度見る。
「……これ、全部違う遊び方なの?」
「そうだよ」
「へえ~」
ニコラの口元が、少しだけ楽しそうに上がった。
「面白そうだね~」
その時はまだ。
誰も、ニコラがこのあと一番ゲームから離れなくなるとは思っていなかった。




