勇者配信 やべぇ村7
地下のさらに奥。
そこには、これまで見てきた古い遺跡や魔物のいる空間とは、明らかに違う場所が広がっていた。
「……なんだ、ここ?」
ジャスティスが足を止める。
目の前に広がっていたのは、広い地下空間だった。
天井は高く、人工的に作られたらしい壁が続いている。
そして、その中央に――。
「……家?」
マドカが呟いた。
そこには、一軒の家が建っていた。
地下にあるとは思えないほど、普通の家だった。
「家、だよな?」
ジャスティスも確認するように言う。
「うん。どう見ても家だね」
「なんで地下に家があるんだよ……」
ティニアが腕を組む。
「ふむ……」
そして、いつものように少しだけ目を細めた。
「この地の地下深くに眠る、失われし居住空間……」
「また始まったぞ」
「闇を見届ける者として、この場所に残された痕跡を――」
「はいはい。とりあえず中を見ようぜ」
「むぅ」
ティニアは少し不満そうにしながらも、家へ向かって歩き出した。
マドカもその後を追う。
「でも、本当に何なんだろうね」
「分からん」
ジャスティスは家を眺めながら答えた。
「俺もこんな場所があるなんて知らなかったぞ」
「やっぱりジャスティスさんも知らなかったんだ」
「ああ」
ジャスティスは素直に頷く。
「少なくとも、俺がここに来たときには見てない」
家の前まで来る。
扉には鍵がかかっていなかった。
「入っていいのかな?」
「ここまで来て、今さら?」
ティニアが言う。
「闇の奥へ進むのが我々の使命だよ~」
「お前、完全に楽しんでるだろ」
「当然でしょ?」
ティニアは笑った。
そして三人は、家の中へ入った。
「……」
入った瞬間。
三人とも、少しだけ黙った。
中は――普通の家だった。
ただし。
「……これ、何?」
マドカが棚に置かれていた機械を指差す。
「分からん」
ジャスティスも首を傾げる。
「俺の世界にも似たようなのはあった気がするけど……」
「ジャスティスさんの世界って、こういう機械が普通にあったんだ?」
「ああ」
ジャスティスは頷く。
「似たような物はあった」
マドカは機械を眺める。
本当は分かっている。
それが何なのか。
どういう用途の物なのか。
けれど、今はそれを表に出さない。
カメラはまだ回っている。
「へぇ……」
マドカは初めて見るような顔で機械を眺めた。
「ジャスティスさんの世界って、こういう物もあるんだね」
「ああ」
ジャスティスもそれ以上は説明しない。
代わりに、部屋の中を見回す。
「家具も……かなり変わってるな」
「でも、なんだか普通の家っぽいね」
「そうなんだよな」
古びている。
長い年月が経っていることは間違いない。
それでも、置かれている物には妙な生活感が残っていた。
誰かがここで暮らしていた。
そんな雰囲気が、今も残っている。
「本もいっぱいあるね」
ティニアが棚を見る。
そこには何冊もの本が並んでいた。
さらに雑誌らしき物。
箱に入った何か。
古びた衣類。
用途の分からない機械。
そして――。
「これ、ゲームじゃねぇか!?」
ジャスティスが一つの箱を手に取った。
「ゲーム?」
ティニアが覗き込む。
「ああ!俺の世界の遊びだ!」
マドカの目が、一瞬だけ輝いた。
けれど、すぐに元の表情へ戻す。
「ジャスティスさんとは繋がった?」
「ああ!何かの事故でここに来たのかもな!」
ジャスティスが答える。
コメント欄が一気に流れた。
『ゲーム?』
『何それ』
『ジャスティスの世界の遊び!?』
『地下に異世界のゲームが残ってるのヤバくね?』
『これ、全部調べたらすごいことになりそう』
「うん」
マドカも小さく頷いた。
別の棚へ移動する。
そこには、さらに大量の本が並んでいた。
「これは?」
ティニアが一冊を手に取る。
「……本だな」
「それは見れば分かるよ」
「俺も内容までは分からん」
ジャスティスがページを開く。
その瞬間。
「……」
ジャスティスの表情が変わった。
ページに並んでいたのは、見覚えのある文字だった。
「……日本語だ」
「え?」
マドカが反応する。
だが、すぐに初めて聞いたような顔を作った。
「日本語?」
「ああ」
ジャスティスは頷く。
「俺のいた世界で使われてた文字だ」
ジャスティスは本をカメラに見せる。
しかし、細かな文字までは配信画面では判別できない。
『日本語!?』
『マジ?』
『ジャスティスの世界って日本って名前なの?』
『前に言ってた日本ってこれ?』
『本当に日本語なんだ……』
『異世界に日本の本があるってどういうことだよ』
コメントが次々と流れていく。
マドカは黙って本を見ていた。
本当は知っている。
その文字を。
その本が何なのかも。
けれど、今は何も言わない。
「……かなり古い物みたいだな」
ジャスティスが本を閉じる。
「でも、状態は悪くない」
「他にもいっぱいあるね」
「そうだな」
部屋を見回す。
まだ調べていない場所がいくつもある。
ゲームらしき物。
本。
雑誌。
見慣れない機械。
衣類。
そして、用途すら分からない物まである。
「これは、ちゃんと調べたほうがいいな」
ジャスティスが言った。
「うん」
マドカも頷く。
「でも今日はここまでにしよう」
「そうだな」
ティニアが少し残念そうにする。
「まだ闇の奥には、多くの謎が――」
「また今度な」
「……仕方ない」
ティニアが渋々頷く。
ジャスティスがカメラを見る。
「今日はここまでだ!」
『えー!』
『もっと見たい!』
『ゲームの中身見せてくれ!』
『日本語の本も気になる!』
『次回あるよな?』
「たぶん、また来ることになると思う」
ジャスティスがそう言うと、コメント欄がさらに盛り上がった。
『次回確定!?』
『絶対見たい』
『地下の日本家屋とか気になりすぎる』
『今回の村、最初から最後まで意味分からなくて最高だった』
『闇のトマトから日本語の本まで来るとは思わんかった』
「じゃあ、今日は地上へ戻るぞ」
ジャスティスたちは家を出る。
地下の入口を抜け、再び村へ戻っていく。
その様子を最後までカメラが映していた。
――そして。
配信が終了した。
カメラのランプが消える。
「……ふぅ」
ジャスティスが大きく息を吐いた。
「やっと終わった……」
「お疲れ様~」
ティニアが伸びをする。
マドカも、しばらく黙っていた。
そして。
「……本物だ」
ぽつりと呟いた。
「何が?」
「いや、だから……」
マドカは地下に残された家を振り返る。
「本物の日本の家だよ」
「ああ」
ジャスティスも頷いた。
「俺もそう思う」
「家具も、本も、雑誌も……ゲームもあった」
マドカの声が少しだけ弾む。
「しかも、かなり古い時代の物だと思うけど……私が知ってる物がいっぱいある」
「やっぱりそうだよな」
「うん」
さっきまでの配信とは違う。
もう、ここには視聴者はいない。
だからマドカも、無理に初見の振りをする必要はなかった。
「さっきの本も日本語だったし」
「ゲームも見た感じ、かなり日本の物っぽかった」
ティニアが二人を見る。
「つまり?」
「めちゃくちゃ貴重」
「分かりやすいね」
マドカが頷く。
「だって、私が前に説明したゲームとか漫画とか、実物が残ってるんだよ?」
「ああ」
ジャスティスも少し興奮していた。
「これはエキドナに持って帰ったら、かなりの研究材料になるぞ」
「うん。でも――」
マドカが家を見る。
「勝手に持って帰るわけにはいかないよね」
「当然だ」
ジャスティスが頷く。
「ここは村の人たちの土地だろ」
「じゃあ、どうする?」
ティニアが首を傾げる。
マドカは少し考えてから言った。
「……買おう」
「買う?」
「うん。この家を全部」
マドカは地下の家を見回す。
「家も、中にある物も。まとめてエキドナで買い取る」
「なるほど」
ジャスティスが頷く。
「そのほうが話は早いな」
「もちろん、安く買うつもりはないよ」
「そりゃそうだ」
「この家にある物がどれだけ貴重なのか、村の人たちには分からないかもしれないけど……」
マドカは少し考える。
「それでも、ちゃんと大金を払おう」
「大金って、どのくらい?」
「そこはリゼットお姉ちゃんに決めてもらう」
マドカは笑った。
「エキドナなら払えるでしょ」
「まあ、今のエキドナならな」
ジャスティスも苦笑する。
「村からすれば、家一軒を売っただけとは思えない金額になりそうだな」
「うん」
ティニアが家を見上げる。
「しかし、この地下にこんなものが眠っていたとはね~」
「私たちにとっては、とんでもない宝物だけどね」
マドカが呟く。
「ゲームも、漫画も、雑誌も……本当に色々調べたい」
「だったら、ちゃんと手に入れよう」
ジャスティスが言った。
「村の人たちに事情を説明して、エキドナが全部買い取る」
「そうしよう」
マドカも頷いた。
「じゃあ、リゼットお姉ちゃんを呼ぼう」
「ここから?」
「転移すればすぐだよ」
「なるほどな」
ジャスティスが頷く。
「じゃあ、俺たちだけで金額を決めるより、責任者に来てもらったほうがいい」
「うん」
マドカが転移用の魔法具を取り出す。
しばらくすると、空間が揺らいだ。
「……呼ばれたわ」
現れたのは、リゼットだった。
「どうしたの? 配信は終わったのでしょう?」
「終わったよ」
マドカが答える。
「じゃあ、なぜこんな場所に……」
リゼットが周囲を見回す。
そして地下に建つ家を見つけた。
「……何、これ?」
「日本の家」
「…………」
リゼットが固まる。
「詳しい話は後でするけど、かなりすごい物が残ってる」
マドカが説明する。
「本も、ゲームも、雑誌も、いろんな物があるの」
「なるほど……」
リゼットは家を見ながら、すぐに表情を変えた。
「それで?」
「村の人たちから、この家を全部買い取りたい」
「家だけ?」
「中にある物も全部」
「……分かったわ」
リゼットは頷いた。
「では、村の方と話をしましょう」
――その後。
村の代表者を地下へ呼び、正式な交渉が始まった。
もちろん、村の人たちも最初は驚いていた。
「この家を……全部?」
「はい」
リゼットが答える。
「建物だけではありません。この中にある物も含めて、エキドナで買い取らせていただきたいと思っています」
「しかし……ここには、古い物しかありませんぞ」
「それでも構いません」
リゼットは迷わなかった。
「むしろ、それらすべてに価値があると考えています」
村人たちは顔を見合わせる。
「……そこまでの価値が?」
「はい」
リゼットが提示した金額を見て――。
「…………」
村人たちが言葉を失った。
マドカも少し驚く。
「結構出したね」
「当然でしょう」
リゼットは淡々と答える。
「エキドナにとって、それだけの価値があるものですから」
「でも、これ……村にとってはかなりの大金じゃない?」
ティニアが小声で言う。
「だからこそ、きちんと払うのよ」
リゼットが答えた。
しばらく話し合いが続いた。
建物の扱い。
地下施設への立ち入り。
中にある物の所有権。
今後の管理。
村側にも確認したいことはいくつかあった。
それらを一つずつ確認し――。
「……分かりました」
村の代表者が頷いた。
「この家と、そこに残されている物。
すべて、エキドナにお譲りしましょう」
「ありがとうございます」
リゼットが頭を下げる。
「こちらこそ、この村にこれほどの価値をもたらしてくださったことに感謝します」
「いえ」
リゼットは微笑んだ。
「大切に調べさせていただきます」
こうして――。
地下深くに残されていた一軒の家と、そこに眠っていた大量の品々は、正式にエキドナの管理下へ入ることになった。
そして。
「では、こちらの家はエキドナで管理させていただきます」
リゼットがそう言うと、村の代表者も頷いた。
「よろしくお願いいたします」
「ええ」
リゼットは家を見上げる。
「……それで、どうやって運ぶの?」
マドカが首を傾げる。
「この家、どうやってエキドナまで持って帰るの?」
「ああ」
リゼットが思い出したように頷いた。
「それなら簡単よ」
そう言って、家へ手を向ける。
「インベントリに入れればいいでしょう?」
「…………」
ジャスティスが固まる。
「家を?」
「家を」
「そのまま?」
「そのまま」
「……入るのか?」
「私のインベントリなら入るわよ」
リゼットは何でもないことのように答えた。
「家具も全部そのままでいいでしょう」
「まあ……そうだね」
マドカも納得する。
「壊さなくていいなら、そのほうがいいし」
「じゃあ、やってみるわね」
リゼットが手をかざす。
次の瞬間。
地下に建っていた家が――。
すっと消えた。
「…………」
「…………」
「…………」
その場にいた全員が、しばらく黙った。
「……本当に入った」
ジャスティスが呟く。
「だから言ったでしょう?」
リゼットは平然としている。
「さて、帰りましょうか」
「うん!」
マドカが嬉しそうに頷いた。
――そして、エキドナ。
転移で戻ってきたリゼットは、そのまま庭へ向かった。
「この辺りでいいかしら?」
「うん。庭なら広いし」
マドカも後ろからついてくる。
「じゃあ、出すわね」
リゼットがインベントリを操作する。
次の瞬間。
――ずん。
庭に、一軒の家が現れた。
「おお……」
ジャスティスが声を漏らす。
「本当にそのままだ」
外観も変わっていない。
中にあった家具も、本も、雑誌も、ゲームも。
何一つ壊れていない。
「これなら、後でゆっくり調べられるね」
マドカが家を見上げる。
「うん」
リゼットも頷いた。
「今後はエキドナで管理しましょう。必要な人が必要な範囲で調査できるようにしておくわ」
「じゃあ、まずは――」
マドカが玄関へ向かおうとする。
「待って」
リゼットが止めた。
「今日はもう遅いでしょう」
「あ……」
「それに、調査するならちゃんと人を集めてからのほうがいいわ」
「そっか」
マドカは少し残念そうにしながらも頷いた。
「じゃあ、明日だね」
「そうね」
庭に建つ、見慣れない一軒の家。
それはエキドナにとって、今までにない種類の研究対象だった。
そして――。
その家の中には、まだ誰も知らないほど多くの「地球の痕跡」が眠っていた。




