令嬢達の来訪
冬休み。
体験入学をきっかけに知り合ったプリエラと、その知り合いの令嬢たちが、エキドナを訪れていた。
今日はお茶会。
ただのお茶会というわけではない。
エキドナがこれから作ろうとしている女性向け商品のために、実際に貴族の女性たちがどんなものを欲しがっているのか、話を聞かせてもらうことになっていた。
外は冬の寒さ。
けれど、エキドナの屋敷にあるサロンは暖炉で暖められている。
テーブルには紅茶と、いくつものお菓子。
マドカ、クリスティーナ、リゼット、ガブリエル、ナナリー、ナツメたちや他のエキドナメンバーも席についていた。
「それでは、まずはこちらをどうぞ!」
ガブリエルが嬉しそうに皿を示す。
「和の国のお茶を使ったロールケーキですわ!」
「まあ……!」
令嬢たちの視線が一斉に皿へ集まる。
「これは……抹茶というものですの?」
「そうですわ!」
「いただきます」
プリエラが一口食べる。
「…………」
少しだけ目を見開いた。
「美味しいですわ……!」
「本当ですか?」
「ええ。少し苦みがありますけれど、甘いクリームとよく合っていますわ」
他の令嬢たちも次々と口にする。
「まあ、本当に美味しいですわ!」
「初めて食べましたけれど、好きですわね」
そして、一人の令嬢が思わず身を乗り出した。
「これは、いつから販売されるんですの!?」
「え?」
マドカが顔を上げる。
「販売?」
「はい!」
「こんなに美味しいものなら、ぜひ買いたいですわ!」
マドカは少し困ったようにリゼットを見る。
「リゼット、これっていつからだっけ?」
「正式な販売時期はまだ決まっていないわね」
「そうなんだ」
マドカが令嬢たちを見る。
「まだ決まってないみたい」
「まあ……」
令嬢たちは少し残念そうな顔をする。
「でも、販売される予定はあるんですの?」
「うん。たぶんエキドナ館で出すと思う」
「でしたら、楽しみにしておりますわ!」
令嬢たちの表情が明るくなる。
ガブリエルが嬉しそうに笑った。
「こういう反応をしていただけると、作った側も嬉しいですわね!」
「うん」
マドカも頷く。
「じゃあ、次はこっちの話かな」
マドカが令嬢たちを見る。
「エキドナで女の子向けの商品を作るなら、どんなものが欲しい?」
「そうですわね……」
令嬢たちは少し考える。
「髪飾りでしょうか」
「香水も気になりますわ」
「普段使いできるアクセサリーが欲しいですわね」
「お茶会などで使える、少し華やかなものも素敵ですわ」
マドカは頷きながら聞いていく。
「普段使いのものと、お出かけ用だったら、どっちがいい?」
「どちらも欲しいですわ」
「なるほど」
「それから……」
一人の令嬢が考えながら口を開く。
「母娘で揃えられるものがあると素敵だと思いますわ」
「母娘?」
マドカがクリスティーナを見る。
「それ、いいね」
「そうですね」
クリスティーナも微笑む。
「親子で同じ意匠を使えるものは、贈り物にも向いていそうですわ」
「姉妹で揃えるのもいいと思います」
ナツメが口を挟む。
「和の国でも、家族や姉妹で同じ意匠を使うことがありますから」
「へえ」
マドカがナツメを見る。
「和の国では、そういうの結構あるんだ?」
「はい。特に髪飾りや小物などは、似たものを選ぶ方もいます」
「なるほど」
マドカは頷く。
その話を聞いていたナナリーが、ふと思いついたように口を開く。
「そういえば、服も家族で合わせるのってありかもね」
「服ですの?」
「うん。完全に同じじゃなくて、色とか模様だけ合わせるとか」
「それは素敵ですわね」
プリエラも興味を示す。
「母娘や姉妹で、さりげなく揃えるというのは楽しそうですわ」
「そういうのなら、普段でも使いやすそう」
マドカが頷く。
「ナナリーは色欲の服とか詳しいんだよね?」
「うん」
ナナリーは頷いた。
「色欲だと、こっちではあまり見ないような服もあるよ」
「例えば?」
「ゴスロリとか」
「ゴスロリ……?」
令嬢たちが顔を見合わせる。
「どういうものですの?」
「黒とか白を使った、かわいい感じの服」
「まあ……!」
「そういう服が流行っているんですの?」
「結構あるよ」
ナナリーは少し考える。
「ただ、こっちでそのまま流行るかは分からないかな」
「どうしてですの?」
「着ていく場所とか、普段の服装との違いとかがあるから」
ナナリーはそう答えた。
「色欲では普通でも、こっちだとちょっと目立つかもしれないし」
「確かにそうですわね」
プリエラが頷く。
「服というのは、流行しているだけでは着られませんもの」
「うん」
マドカも頷いた。
「じゃあ、そういう服が好きな人向けに作るのはありかもね」
「そうですわね」
ナナリーが笑う。
「少しこっち向けに変えれば、面白いかもしれない」
「服は私もいろいろ考えられるわ」
カトリーヌが話に加わる。
「和の国の服も面白いし、普段着として着やすい形にすれば、こちらでも使えると思う」
「なんちゃって浴衣みたいな?」
「ええ」
「それなら私も欲しいですわ」
一人の令嬢が手を上げた。
「和の国の服は素敵ですけれど、正式なものは少し敷居が高いですもの」
「そういう意味では、普段着として使えるものがあると嬉しいですわね」
プリエラも頷く。
「へえ……」
マドカは興味深そうに聞いていた。
「服も結構いろいろあるんだね」
「髪のものなら私も考えられるよ~」
ニコラが言う。
「髪色を変えたり、髪型を変えたりするものとか」
「髪色を変えるんですの?」
「うん」
「まあ……」
令嬢たちが顔を見合わせる。
「そういうものがあると、気分で変えられて楽しそうですわね」
「あと、髪が薄くなってしまった人向けのものも作れると思う」
ニコラは自然な調子で続ける。
「見た目を気にしてる人って結構いるからね」
「それは確かに需要がありそうですわ」
プリエラが頷く。
「そういうものまであるとは思いませんでした」
「エキドナって、変なものいっぱいあるよ」
マドカが言う。
「ふふ」
令嬢たちが笑った。
話は少しずつ広がっていく。
髪飾り。
アクセサリー。
香水。
服。
家族や姉妹で揃えるもの。
色欲で流行しているもの。
和の国で使われているもの。
そして、この国の貴族女性が普段から使っているもの。
「こうして聞いてみると、欲しいものって結構ありますわね」
プリエラが言う。
「うん」
マドカも頷いた。
「いろいろ聞けてよかった」
「今日は市場調査としても十分ね」
リゼットが笑う。
「でも、今すぐ全部作る必要はないでしょうね」
「そうだね」
マドカも頷く。
「今日聞いたことを一回まとめてみたらいいと思う」
「ええ」
クリスティーナも頷いた。
「皆さんから伺ったことを参考に、これから考えていきましょう」
「楽しみですわ」
プリエラが嬉しそうに笑った。
こうして、お茶会はしばらく続いた。
商品の話だけではない。
学校の話。
普段どんなものを食べるのか。
どんな服を着るのか。
好きなお菓子は何か。
いつの間にか、最初の目的から少し離れた話まで始まっていた。
けれど――
それも今日のお茶会では悪くなかった。
夕方になるころには、外はすっかり暗くなっていた。
「そろそろ夕食の時間ですわね」
クリスティーナが時計を見る。
「はい」
プリエラが頷く。
「今日は本当にありがとうございます」
「こちらこそ」
マドカが笑う。
「泊まるんだし、まだまだこれからだよ」
「そうですわね」
ガブリエルが楽しそうに笑った。
「ここからがお泊まり会ですもの!」
夕食を終えたあと。
令嬢たちはそれぞれ用意された寝間着に着替え、再び部屋へ集まった。
「わあ……」
プリエラが自分の服を見下ろす。
「こういう格好で皆さんと過ごすのは、なんだか新鮮ですわね」
「私もこういうの好き」
マドカも自分の袖を見ながら言う。
「楽だし」
「マドカさんは普段からエキドナでこういう格好を?」
「うん。寝る時は普通にね」
令嬢たちが楽しそうに笑う。
「こういうのも、お泊まり会らしくていいですわね」
「うん」
ナナリーも笑った。
「なんか、学校とは全然違う感じ」
「それはそうですわ」
プリエラも笑う。
「学校で寝間着になることはありませんもの」
「それもそうだね」
しばらくすると、部屋に新しいデザートが運ばれてきた。
「まあ……!」
小さなグラスに、クリームや果物、アイスなどが綺麗に重ねられている。
「こちらは?」
「今日のお泊まり会用に試作したものですわ」
ガブリエルが説明する。
「夜に食べることを想定して、少し小さめにしてありますの」
「いただきますわ」
令嬢たちがスプーンを手に取る。
「……美味しいですわ」
「昼間のロールケーキとはまた違いますのね」
「夜に食べるなら、こっちのほうがいいかも」
マドカも頷く。
「そうですわね」
プリエラも満足そうに笑う。
その時だった。
コンコン。
「ん?」
扉がノックされた。
「失礼する」
扉が開く。
入ってきたのはアーノルドだった。
「今日のデザートについて、少し感想を――」
「ごめんね」
マドカが即座に言った。
「今日は男子禁制だから」
「……そうか」
アーノルドは一瞬だけ部屋の中を見る。
「では、後で――」
「感想は私が聞いておくよ」
マドカが言う。
「紙に書いておくから」
「分かった」
アーノルドは素直に頷いた。
「では、失礼する」
扉が閉じる。
「…………」
部屋の中が静かになった。
そして――
「……あの方」
一人の令嬢がおそるおそる口を開く。
「ものすごく筋肉がありませんでした?」
「ありましたわね……」
「ええ……」
「わたくし、最初に見たとき熊さんかと思いましたわ」
「まあっ!」
ガブリエルが吹き出す。
「熊ですの!?」
「だって……」
令嬢が少し困ったように笑う。
「あんなに大きな方、あまり見たことがありませんもの」
「アーノルドは結構大きいよ」
マドカが普通に答える。
「強いし」
「やっぱり強いんですのね……」
「うん」
ナナリーも頷く。
「エキドナの中でもかなり鍛えてるほうだと思う」
「まあ……」
令嬢たちが顔を見合わせる。
「エキドナには、あのような方もいらっしゃるんですの?」
「いるよ」
「……すごいところですわね」
プリエラが少し遠い目をする。
するとガブリエルが楽しそうに笑った。
「でも、今日は男子禁制ですもの!」
「そうですわね!」
「せっかくのお泊まり会ですもの!」
令嬢たちも笑う。
ナナリーはグラスを持ち上げながら、くすっと笑った。
「じゃあ、アーノルドさんには後でちゃんと感想を渡さないとね」
「うん」
マドカも頷く。
「紙にまとめておくよ」
「本当に書くの?」
「うん。頼まれたから」
マドカは真面目な顔で答える。
「……熊さんだった、って書く?」
「それは書かなくていいですわ!」
プリエラが思わず突っ込む。
部屋に笑い声が広がった。
その後も、女子だけの時間は続いた。
商品とは関係のない話も増えていく。
学校での出来事。
好きな食べ物。
普段どんなところへ遊びに行くのか。
ナナリーの服について話していたかと思えば、いつの間にかプリエラの学校での話になっている。
「そういえば、プリエラさんって学校ではいつもあんな感じなの?」
マドカが聞く。
「あんな感じ、とは?」
「ちゃんとしてる感じ」
「……それは褒めていらっしゃいますの?」
「うん」
マドカは普通に頷く。
「私は結構好きだよ」
「……!」
プリエラが少しだけ顔を赤くする。
「そ、そうですの……」
ナナリーが横で笑う。
「プリエラ、よかったね」
「な、何がですの!」
「マドカに褒めてもらえて」
「……もう」
プリエラは恥ずかしそうに笑った。
しばらくして、今度はナナリーの服の話になる。
「ナナリーさんのお洋服も、少し変わっていますわよね」
「そう?」
「ええ。でも、とても可愛いですわ」
「ありがとう」
「こういう服はこちらではあまり見ませんもの」
「色欲では結構あるよ」
「一度、実際に見てみたいですわ」
「今度なら見せられるよ」
ナナリーが笑う。
「ただ、こっち向けに少し変えたほうがいいかもしれないけど」
「ぜひお願いしたいですわ」
プリエラが嬉しそうに答える。
マドカはそんな二人を眺めながら、ふと笑った。
「……こういうのもいいね」
「何がですの?」
プリエラが聞く。
「友達がエキドナに泊まりに来るの」
マドカは少し考えてから続けた。
「普段はエキドナの人たちと一緒だから、こういうのって新鮮だなって」
「……わたくしも」
プリエラが微笑む。
「こんなふうに誰かのお屋敷へ泊まること自体、あまりありませんもの」
「じゃあ、また来ればいいよ」
「……よろしいのですの?」
「うん。嫌じゃなかったら」
「嫌なわけありませんわ」
プリエラは嬉しそうに笑った。
「では、またお邪魔させていただきますわ」
「うん」
その隣で、ガブリエルが楽しそうに笑う。
「次はもっと大勢でもいいですわね!」
「ガブちゃん、増やしすぎないでよ」
「まあ!」
「だって楽しいじゃありませんの!」
また笑い声が広がる。
外はすっかり静かな夜。
暖かな部屋の中では、少女たちの話だけがいつまでも続いていた。
商品を作るために始まったお茶会。
けれど、この夜に残ったものは、それだけではない。
新しい商品へのいくつものアイデアと――
新しくできた友達との、楽しい思い出。
エキドナのお泊まり会は、まだしばらく終わりそうになかった。




