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落内円は落ちている  作者: 七風


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体験入学終了

 体験入学を終える少し前。


 昼休み、マドカが教室で荷物を整理していると、プリエラがこちらへ歩いてきた。


「マドカさん」


「ん?」


「……少し、お時間よろしくて?」


「うん。どうしたの?」


 プリエラはそこで一度、言葉を止めた。


 普段なら、こんなふうに言葉に詰まることなどない。


 けれど今日は違った。


 胸の奥が妙に落ち着かない。


 昨日までなら、マドカと話すことにも、ここまで緊張することはなかった。


 けれど、今は違う。


 自分から誘うのだ。


 もし断られたら。


 そんな考えが頭をよぎる。


 プリエラは小さく息を吸った。


「その……」


 もう一度、マドカを見る。


 逃げるわけにはいかない。


「もし、よろしければ……今度、わたくしとお茶でもいかがですの?」


 言えた。


 それだけなのに、心臓が大きく鳴った気がした。


「え?」


 マドカが少し驚いた顔をする。


 プリエラは平静を装いながら、返事を待った。


 ほんの数秒。


 それだけの時間だった。


「んー……」


「……」


 胸の奥が、きゅっと縮む。


 やはり、迷惑だったのだろうか。


 そもそも、自分から誘うなど早すぎたのかもしれない。


 マドカにとっては、三日間の体験入学で知り合っただけの相手。


 自分だけが、少し親しくなれたと思っていたのかもしれない。


「……ダメですの?」


 思わず声が小さくなる。


「え?」


 マドカが顔を上げた。


「いや、そうじゃなくて」


「では……?」


 プリエラは、少しだけ期待を込めて聞き返した。


 マドカはまだ考えている。


「お茶会って、どこでやるの?」


「……え?」


 予想していなかった言葉だった。


「普通にプリエラさんのお家?」


「え、ええ……そのつもりでしたけれど」


 プリエラは少し戸惑った。


 断るかどうかを考えていたわけではない。


 場所のことを考えていたのだ。


「んー……」


 またマドカが考える。


 今度は、プリエラも少しだけ待つ余裕があった。


「それなら、エキドナでやらない?」


「…………え?」


「私、普段エキドナにいるから。そこなら私も呼びやすいし」


「エキドナ……」


 プリエラの頭の中に、その名前が浮かぶ。


 配信で何度も見た場所。


 マドカが普段過ごしている場所。


 けれど、自分がそこへ行くなど、考えたこともなかった。


「うん。私の友達とかもいるし、プリエラさんも遊びに来たらいいと思う」


「…………」


 プリエラはしばらく言葉が出なかった。


 さっきまで張り詰めていたものが、一気にほどけていく。


 断られなかった。


 それどころか――。


「……よろしいのですの?」


 確認するように尋ねる。


「もちろん。嫌なら無理にとは言わないけど」


「い、いえ!」


 反射的に声が大きくなった。


 何人かの生徒がこちらを見る。


 プリエラは慌てて声を落とした。


「……嫌ではありませんわ」


「じゃあ、今度お茶しよう」


「……はい」


 今度は、自然に頷けた。


 自分から誘っただけなのに、返事を待っている間はずいぶん長く感じた。


 断られたらどうしよう。


 そんなことまで考えていた。


 けれど、マドカはそんなことなど何も気にしていなかったらしい。


 ただ、自分がどこでお茶をするのが都合がいいか、それを考えていただけだった。


 そう思うと、なんだか可笑しくなってくる。


「……ふふ」


「どうしたの?」


「いえ……なんでもありませんわ」


 プリエラは小さく笑った。


 そして、少しだけ胸を張る。


「では、楽しみにしておりますわ」


「うん。私も」


 その言葉を聞いて、プリエラはまた嬉しくなった。


 今度は、隠す必要もないくらいに。

 

 体験入学を終えたその日の夕方。


 マドカはエキドナへ戻る前に、クリスティーナのもとを訪れていた。


「おかえりなさい、マドカちゃん」


「ただいま、お母さん」


 クリスティーナは嬉しそうに微笑む。


「三日間、お疲れさまでした。どうでしたか?」


「うん。思ってたより面白かったよ」


「まあ」


「授業はちょっと簡単だったけど、みんなと話すのは楽しかった」


 マドカは椅子に座りながら、この三日間で見たことを話していく。


 生徒たちの様子。


 身分による付き合い方。


 先生たちの接し方。


 それから、気になったことについても。


「あと、ちょっと気になったことがあった」


「何かありましたか?」


「うん。下位の家の子が、何人かの子に嫌なことを言われてた」


 クリスティーナの表情が少しだけ真剣になる。


「まあ……」


「プリエラさんが先に止めようとしてたんだけど、私も一緒に止めた」


「先生方は?」


「その時は近くにいなかったと思う。だから、その場では私たちで止めたよ」


「その後は?」


「その子は大丈夫そうだった。でも、ああいうことが普段からあるのかまでは分からない」


 マドカは少し考えてから続ける。


「だから、学校には一応伝えたほうがいいと思う。私が見たのは一回だけだから、これだけで学校全体がどうとかは言えないけど」


「……そうですね」


 クリスティーナは頷いた。


「報告してくれてありがとう、マドカちゃん。今回の体験入学は、そういったことを見るのも目的の一つでしたから」


「うん」


「他には、大きな問題は?」


「私が見た範囲では、特にはなかったよ」


「そうですか」


 クリスティーナは一つ頷いた。


「では、学校そのものについては?」


「ちゃんとしてたと思う。少なくとも、私が見た範囲では大きな問題はなかったよ」


「なるほど」


「もっと貴族の子って、みんな小さい頃から何でも知ってるのかなって思ってたんだけど……そうでもなかった」


 マドカは少し考える。


「私のほうが変に知ってることもあったし、逆に私が知らないことを知ってる子もいた。だから、結構面白かったよ」


「ふふ。それなら、今回の体験入学には意味がありましたね」


「うん」


 クリスティーナは満足そうに頷いた。


「マドカちゃん自身も、少し分かったことがあったようですね」


「そうだね」


 マドカはそこで一度言葉を止めた。


 そして、何かを思い出したように顔を上げる。


「あ、そうだ」


「?」


「友達もできたよ」


「まあ」


 クリスティーナの表情がぱっと明るくなる。


「それは素敵ですね。どなたですの?」


「プリエラさん」


「プリエラさん……?」


「うん。今日、お茶会に誘ってくれたの」


 マドカは嬉しそうに笑う。


「今度、エキドナで一緒にお茶するんだ」


「まあまあ……」


 クリスティーナは目を細めた。


「それは楽しみですね、マドカちゃん」


「うん。私も楽しみ」


 そう言って笑うマドカを見ながら、クリスティーナも嬉しそうに微笑んだ。


 今回の体験入学で、マドカが持ち帰ったもの。


 それは、調査結果だけではなかった。


 新しい友達が一人。


 それだけでも、十分な成果だった。


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