二日目
体験入学二日目。
昨日は教室の雰囲気を眺めているだけで一日が終わってしまったが、今日は少しだけ違った。
授業が終わり、休み時間になると、何人かの生徒がマドカの席へ集まってきた。
「マドカさんって、本当にエキドナで働いているんですの?」
「うん。といっても、まだ私ができることはそんなに多くないけどね」
「でも配信で見ましたわ。ダンジョンにも行っていましたよね?」
「行ってるよ。あれは結構楽しいから」
昨日までは、どこまで話していいものか分からず、少し慎重になっていた。
けれど、こうして普通に話しかけてもらえると、思っていたよりも話しやすい。
「……なんだか、配信のときと印象が違いますわね」
そう言われて、マドカは少し首を傾げた。
「そう?」
「はい。配信では、もっと……こう、はっきり話しているというか」
「ああ……」
マドカは少し考えてから、苦笑した。
「それはたぶん、こっちではちょっと慎重になってるからだと思う」
「慎重?」
「うん。私、同年代の貴族の子と話すことって、そんなにないから。だから、変なこと言って怒らせないようにって、ちょっと気をつけてるんだよね」
「まあ……」
「エキドナだと、多少変なこと言っても『またマドカがなんか言ってる』で済むんだけど、ここではそうとも限らないでしょ?」
それを聞いた生徒たちは顔を見合わせた。
「……確かに」
「それは分かりますわ」
マドカはほっとしたように笑った。
「だから、慣れてくればもう少し普通になると思うよ」
「では、慣れるまでたくさんお話ししましょう」
「うん。それなら私も助かる」
昨日よりも少しだけ、教室の空気が近くなった気がした。
そんなときだった。
「おや。君がマドカさんかい?」
少し離れたところから、やけに爽やかな声が聞こえた。
振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。
整った顔立ちに、妙に自信のある笑顔。
そして何より、本人から光でも出ているのではないかと思うほどの、妙にキラキラした雰囲気。
「僕はラファエル。何か困ったことがあれば、遠慮なく僕を頼ってくれたまえ!」
「……」
マドカはしばらくラファエルを見つめた。
周囲では、何人かの生徒が肩を震わせている。
「ぶっ……」
「またそれ言ってる……」
「ラファエル、毎回それですわね」
「何がおかしいんだい?」
ラファエル本人だけは、本気で不思議そうだった。
マドカは少し考えてから、小さく呟いた。
「……なんか、キラキラしてるね」
「そうだろう!」
「そこは肯定するんだ……」
思わずマドカが笑う。
「それで、ラファエルさんはどうして私に?」
「いや、転入してきたばかりの君が困っていないかと思ってね。学校というものは慣れないうちは何かと大変だろう?」
「うん。まあ、まだ二日目だからね。でも今のところ大丈夫」
「それならよかった!」
ラファエルは満足そうに頷いた。
その横で、別の生徒が小声で呟く。
「……本当に善意だけなのが余計に面白いんだよな」
「聞こえているよ!」
そんなやり取りを見ていたマドカは、ふと気づいた。
「……もしかして、ガブちゃんの弟?」
「姉をご存じなのかい?」
「うん。友達だから」
「ああ、なるほど。姉の友人だったのか」
ラファエルは納得したように頷く。
マドカも頷いた。
「そっか……」
そして、もう一度ラファエルを見る。
「なんとなく分かった」
「何がだい?」
「ううん。なんでもない」
マドカはそれ以上言わなかった。
休み時間が終わるまで、教室ではそんな他愛のない会話が続いた。
その日の昼休み。
マドカは校舎の廊下を歩いていた。
教室へ戻ろうとしたところで、少し先から嫌な声が聞こえてきた。
「あなた、本当にそれで侯爵家の方と同じ学年だと思っていますの?」
「……すみません」
「謝れば済むと思っているの?」
足を止める。
廊下の端で、一人の少女が数人の生徒に囲まれていた。
制服や身なりを見る限り、貴族の子ではある。
ただ、周囲の少女たちと比べると明らかに立場が低いのだろう。
マドカが近づこうとした、そのとき。
「そのくらいにしておきなさい」
別の方向から声がした。
プリエラだった。
彼女は少女たちのところまで歩いていくと、静かに睨みつける。
「身分が違うからといって、何を言っても許されるわけではありませんわ」
「プリエラ様……」
「もう十分でしょう」
相手の少女たちは、少し気まずそうに顔を見合わせた。
「……分かりましたわ」
そう言って、その場から離れていく。
プリエラはそれを見送ってから、囲まれていた少女へ視線を向けた。
「大丈夫ですの?」
「は、はい……ありがとうございます」
そこへマドカもやってきた。
「大丈夫?」
「あ……マドカ様……」
「怪我とかはない?」
「ありません」
「ならよかった」
マドカは少女の様子を確認してから、プリエラを見る。
「プリエラさん、ありがとう」
「……別に。見ていて気分が悪かっただけですわ」
「それでも助かったよ」
プリエラは少しだけ視線を逸らした。
「あなたも、ずいぶん簡単に首を突っ込みますのね」
「そうかな?」
「普通なら、相手の身分を気にするでしょう」
「でも、困ってるなら助けたほうがいいんじゃない?」
マドカは本当に不思議そうだった。
プリエラは少し黙った。
「……あなた、本当に変な方ですわね」
「そう?」
「ええ」
けれど、その声には昨日までのような棘は、少しだけ薄れていた。
マドカはそんな変化に気づかないまま、少女に笑いかける。
「教室まで一緒に行こうか?」
「……はい」
三人は並んで廊下を歩き始めた。
マドカは歩きながら、今見たことを頭の中で整理していた。
学校には、家の格や立場によって自然とできる人間関係がある。
それはエキドナではあまり意識しなかったものだった。
そして、自分がここへ来た理由の一つも、まさにそういうものを見るためだった。
「……なるほど」
小さく呟く。
体験入学は、思っていたよりも見るものが多そうだった。
その日の午後。
マドカは教室に戻ってからも、休み時間に話したことや、廊下で見た出来事について考えていた。
学校には、エキドナとは違う人間関係がある。
家柄だったり、付き合いの長さだったり。
そういうものが、思っていた以上に生徒同士の距離に影響しているらしい。
母から頼まれた「学校の様子を見る」という仕事も、少しずつ分かってきた気がする。
そして、翌日。
「今日は実技試験を行います」
教員からそう告げられた。
教室の空気が、少しだけ変わる。
「魔法、剣術、基礎体力。それぞれの項目を順番に行います。普段の授業で学んでいる範囲を確認するものですので、必要以上に緊張する必要はありません」
「実技かぁ……」
周囲から小さな声が上がる。
マドカは机に頬杖をついたまま、少しだけ考えた。
学校の勉強は、正直なところ簡単だった。
けれど、実技となると話は別だ。
特に魔法は――。
「……私、魔法は苦手なんだよね」
ぽつりと呟く。
すると、隣から声が返ってきた。
「マドカさんでも苦手なものがありますの?」
「あるよ。むしろ魔法は結構苦手」
「意外ですわ」
「そう?」
マドカは少し笑った。
「まあ、得意不得意ってあるからね」
やがて教師が生徒たちを実技場へ案内する。
最初の試験項目は、魔法。
マドカは歩きながら、実技場の中央に設置された測定用の魔道具を眺めた。
「これ、どうやって使うんだろ」
そんなことを考えながら、マドカは実技場へ足を踏み入れた。
放出系魔法がほぼできないマドカはろくな数値を測ることはできないまま終了した。




