勇者 見学する
エキドナの施設を見て回る勇者の隣を、セシリアが歩いている。
先ほどグレタに用意してもらった剣と軽装は、勇者の身体にもよく馴染んでいた。
「……本当に、こんなものを貰っていいのか?」
「はい。今の装備では、少々心許ないですから」
「少々どころじゃなかっただろ」
「ふふ」
セシリアが小さく笑う。
続いてニコラのところでは、転移位置を記憶するためのアイテムと、エキドナの玄関へ直接飛べる転移アイテムを渡された。
ただし。
「よわそ~」
「おい」
ニコラに一言で煽られた。
「俺は勇者だぞ?」
「でも、よわそ~」
「……」
勇者は無言でニコラを見る。
「じゃあ腕相撲する?」
「いいだろ!」
そして数秒後。
「…………」
「はい、私の勝ち~」
「俺、勇者なのに……」
机に突っ伏す勇者。
「Aランクなんだけどな……」
「私、本職は発明家だよ~?」
ニコラはけろっとしている。
「メイン武器は銃とか魔道具だし」
「なんで研究畑でそんななんだよ!」
「なんでって……」
ニコラは不思議そうな顔をした。
「自分で作る武器くらい使えて当然でしょ?」
「……」
「私自身が強いか弱いか分からない装備作って、どうすんの?」
「……正論だな」
勇者は何も言い返せなかった。
エキドナでは、どうやら発明家だから戦えない、という考え方は通用しないらしい。
その後、食堂で休憩することになった。
「味噌汁……」
勇者は、目の前に置かれた椀をじっと見つめていた。
照り焼きチキン。
厚焼き玉子。
そして白いご飯。
「……これ、全部……」
「お気に召しましたか?」
「……うまい」
一口食べる。
懐かしい。
日本にいた頃を思い出す味だった。
思わず箸が進む。
「ご飯、おかわりありますよ」
「ください」
即答だった。
セシリアはそんな勇者を見て、少しだけ口元を緩める。
最初は警戒していた。
勇者という立場もある。
何より、エキドナのことをどこまで理解しているのかも分からない。
だから、今日は見学させながら人となりを見ている。
だが。
「……セシリアさん」
「はい?」
「エキドナって、なんかいいところだな」
「そうですか?」
「うん。なんていうか……身分とか、あんまり関係ないんだろ?」
「ええ。エキドナでは、身分などはそこまで重視されないのですよ」
セシリアは少し考えてから続けた。
「皆さん、家族だと言ってくれますので」
「ふふ……なんかいいな。そういうの」
セシリアも小さく笑った。
「そうですね」
少しだけ。
勇者との距離が近くなった気がした。
休憩を終え、次に向かったのはムサシたちのところだった。
「おお」
勇者が足を止める。
そこには二人の少女がいた。
「……おい、セシリアさん」
「はい?」
「あの女の子二人……強くないか?」
勇者の目が真剣になる。
「ええ。十年ほど和の国で修行されていたそうですね」
「十年……」
「ムサシ様のダンジョン攻略にもついていけるほどの実力者です」
「じゃあ、冒険者ランクで言えば……Aくらいだろうな」
「未登録です」
「は?」
「正しくは、登録制度そのものに疑問を持ったため、登録していません」
「…………」
勇者は二人の少女を見る。
黒髪の少女、チヨ。
その隣にいるナツメ。
「なんだよそれ……」
そこへチヨがこちらに気づいた。
「ん……?」
「お客さん……?」
ナツメも振り返る。
「おお! 見学者じゃない!?」
「勇者殿か」
ムサシが楽しそうに笑った。
「見ておるだけではつまらんだろう? お主も転生者なのだろう?」
「……まあな」
「どれだけやれるのか、見ておきたいものだ!」
「いや、あんたが宮本武蔵ってのはもう聞いた!」
勇者が即座に叫ぶ。
「そしてもう冒険者ギルドでボコボコにされてんだよ!」
「ほう?」
「転生者だからって無双できると思うなよ!?」
「ははは! それは面白い!」
ムサシが笑う。
セシリアは――
「……ふふっ」
口元を押さえた。
「……?」
勇者が振り返る。
「たしかに、そうかもしれませんね」
腹のあたりを押さえながら、くすくすと笑っている。
「セシリアさん?」
「ふふ……申し訳ありません」
もう完全に素が出ていた。
ムサシが笑いながら言う。
「では、かっこいいスキルでもやってみせろ」
「かっこいいスキル……?」
勇者は少し考えた。
そして、すっと前に出る。
「……いいだろう」
手を掲げる。
「我が身に宿りし炎よ――」
セシリアが少しだけ目を瞬かせた。
「紅蓮の業火となりて、すべてを焼き尽くせ!」
轟音。
巨大な炎が前方へと噴き出した。
「おお!」
ナツメが声を上げる。
「普通にすごいですね」
チヨも頷いた。
「うむ。威力は十分だ」
ムサシも腕を組んでいる。
勇者は得意げな顔になった。
「だろ?」
そしてセシリアを見る。
「……」
「……かっこいい、ですね」
「その間はなんだよ!」
セシリアはまた笑った。
「申し訳ありません。ですが、素晴らしい魔法でしたよ」
「ならいいけど……」
勇者は少し照れながら腕を組んだ。
その後もいくつかのスキルを見せ、身体能力も確認する。
勇者は決して弱くない。
むしろ、普通の冒険者と比べればかなり強い。
ただ。
「では、チヨとやってみろ」
「え?」
ムサシが言った。
「俺が?」
「うむ」
チヨが刀を抜く。
その刀身に雷が走った。
「……雷?」
勇者が目を見開く。
次の瞬間。
チヨの身体が跳ねた。
「――っ!」
速い。
あまりにも速い。
一瞬で距離を詰められた。
「え?」
勇者が見失う。
気づけばチヨは、勇者の横を通り過ぎていた。
刀にはまだ雷が走っている。
「…………」
勇者は呆然とする。
「……かっこいい」
ぽつりと呟いた。
「ずるいなおい……」
「そう……?」
チヨは首を傾げた。
「あなたは……なんか変な言葉を言わないと、魔法を発動できないの……?」
「ぐっ」
勇者の顔が固まった。
セシリアは耐えられなかった。
「ふ、ふふっ……!」
「セシリアさん!」
「申し訳ありません……ふふふっ……!」
腹を抱えて笑っている。
「まだまだ俺はやれるはずだ!」
勇者は勢いよく立ち上がった。
「次! ナツメ!」
「はい?」
ナツメが笑う。
次の瞬間。
無数の火の矢が空中に現れた。
「…………」
勇者の顔が引きつる。
「え?」
「いきますね」
「ちょ、待っ――」
火の矢が一斉に飛んでくる。
「うおおおおおっ!?」
勇者は必死に走った。
避ける。
転がる。
飛ぶ。
また避ける。
しかし次から次へと火の矢が飛んでくる。
「多い! 多すぎるだろ!!」
逃げ回りながら叫ぶ。
「お前らおかしい!!」
ナツメは楽しそうに笑っている。
ようやく攻撃が止まった。
勇者は肩で息をしながら、その場に立っていた。
「……はぁ……はぁ……」
セシリアがそんな勇者を見ている。
勇者はしばらく黙っていた。
そして。
「……俺も、強くなれるのか?」
ムサシを見る。
「お主のやる気次第ではないかな」
「……そうか」
勇者は少し考えた。
「じゃあ……滞在、少し伸ばすわ」
「ほう?」
「訓練に参加させてほしい」
その目には、先ほどまでの悔しさとは違うものがあった。
まだ強くなれる。
そう思えたのだ。
「よろしく頼む」
ムサシが笑う。
「うむ。歓迎しよう」
その横でセシリアも微笑んでいた。
勇者の見学会は、どうやらただの見学では終わらなかったようだった。




