俺達必要か?
第八階層。
巨大な扉を抜けた先には、これまでの狭い通路とはまるで違う、広大な空間が広がっていた。天井は遥か高く、視線を上げてもその先は暗闇に覆われている。壁には青白い鉱石が無数に埋め込まれ、床には薄い霧が漂っていた。
「……広い」
マドカが思わず呟く。
「綺麗……」
セリナも周囲を見渡した。
「ダンジョンって、こんな場所もあるんだね」
「ちょっと観光したい」
「ここ、観光地じゃないわよ」
リゼットが即座に返す。
「でも綺麗だよ?」
「……否定はしないけど」
そう言いながらも、リゼットはどこか懐かしむように周囲を見渡していた。
◆
その時。
遠くから、ズシン、と地面を揺らす音が響いた。
「……来るぞ」
ガレスが剣を抜く。
霧の向こうから、次々と影が現れた。一体、二体、十体……やがて二十体近い魔物が姿を現す。
「多い!」
セリナが声を上げる。
巨大な狼に、鎧をまとった骸骨。翼の生えたトカゲや炎をまとった猿、さらには巨大な虫までいる。種類も大きさも様々で、どの魔物も明らかにこちらを狙っていた。
「この数は……」
クロードが顔を引きつらせる。
「全員、戦闘態勢!」
ガレスの号令に、《銀翼の黎明》が一斉に動いた。
セリナが弓を構え、クロードが短剣を抜く。ヴァルトは大盾を構え、ガレスも大剣を握り直した。
マドカも木剣を手に取る。
「私もやる!」
「待って」
セリナが止めた。
「今回は私たちが――」
「大丈夫」
マドカが笑う。
「これくらいなら、ちょっと試したいことがあるの」
「……?」
リゼットが目を細める。
「時間停止ね」
「うん」
「なら、好きにしなさい」
「やった!」
マドカが嬉しそうに手を上げる。
「じゃあ――」
パチン。
指を鳴らした。
◆
世界が止まった。
炎の揺らめきも、舞い上がった砂も、ニコラの髪も、セリナが引き絞った弓も、すべてが静止している。
目の前にいたグレイブハウンドの群れも、まるで時間そのものを切り取られたかのように動かない。
「……」
動いているのは、マドカだけだった。
「やっぱり便利だなぁ」
マドカは魔物たちの間を歩き始める。
まず一体目。
「ここが弱点かな」
首元を確認する。
二体目は脚。
「こっちは脚」
三体目は目。
「この子は目かな」
四体目の前では足を止めた。
「わあ、牙大きい」
五体目を眺めて、少し考える。
「……普通に可愛いかも」
マドカは止まったままのグレイブハウンドを撫でてみた。当然、反応はない。
「……起きてると怖いんだけどね」
少し笑ってから、マドカは木剣を構え直した。
「じゃ、終わらせよう」
それぞれの急所へ、軽く一撃ずつ加えていく。
そして。
「終わり!」
時間停止を解除した。
◆
ドドドドドドドドッ!!
魔物たちが一斉に倒れた。
「…………」
「…………」
「…………」
《銀翼の黎明》の全員が、武器を構えたまま固まっている。
ガレスがゆっくりと剣を下ろした。
「……何が起きた?」
「私も知りたい」
セリナが答える。
マドカが振り返った。
「倒したよ!」
「それは分かる」
「じゃあ問題ないね!」
「問題しかないと思う」
セリナは頭を抱えた。
◆
「今の……」
クロードが周囲を見渡す。
「全員、同時に倒れたぞ」
「そうね」
リゼットは平然としている。
「マドカが時間を止めたから」
「……時間を?」
ガレスが黙り込む。
「それって……」
「そんなに珍しい?」
「珍しいどころじゃない!」
ガレスが思わず声を上げた。
「時間を止めるなんて聞いたことがない!」
「そう?」
マドカは首を傾げる。
「便利なのに」
「その感覚がおかしい!」
ニコラも頷いた。
「私も欲しい~」
「ニコラは駄目」
「なんで~?」
「あなたが持ったら、研究室から出てこなくなるでしょう」
「……」
「図星ね」
「時間止めて、ずっと研究できるのに~」
「やっぱり駄目」
◆
その後も魔物は現れたが、今度はブラッドスライムだった。
「今度は?」
セリナが弓を構える。
「ブラッドスライムだ」
クロードが答えた。
「物理攻撃が効きにくい。炎か氷を――」
「時間停止!」
マドカが手を上げる。
「ちょっと待って!」
セリナが慌てて止めた。
「私たちにも戦わせて!」
「え?」
「さっきから全部あなた一人じゃない!」
「でも楽だよ?」
「そういう問題じゃないの!」
マドカは少し考えた末に、木剣をしまった。
「……じゃあ、今回はみんなに任せる!」
「そう、それでいいの」
セリナが笑った。
◆
ブラッドスライムを相手に、《銀翼の黎明》はそれぞれの役割を分担して戦った。
ガレスが前衛で動きを抑え、ヴァルトが盾で攻撃を防ぐ。その隙にセリナが氷矢を撃ち込み、魔術師が火球を重ねる。最後はクロードが魔石を狙い、スライムの核を正確に捉えた。
「今!」
氷矢が突き刺さり、スライムの動きが鈍る。
「そこだ!」
続けて火球が炸裂し、表面が固まった。
「最後!」
ガレスが剣を突き立てる。
――パァン!
スライムが弾け飛んだ。
「よし!」
マドカが嬉しそうに拍手する。
「すごい!」
セリナも笑った。
「こういうのも楽しいでしょう?」
「うん!」
マドカは素直に頷いた。
◆
さらに奥へ進むと、今度は巨大な蜘蛛が天井から姿を現した。
「アラクネウィーバーだ」
クロードが警戒する。
「糸を吐くから注意して」
「糸?」
その言葉が終わるより早く、シュッ、と糸が飛んできた。
「わっ!」
マドカの足に絡みつく。
「捕まった!」
そのままズルズルと引っ張られる。
「マドカ!」
セリナが駆け寄る。
「大丈夫!」
マドカは絡みついた糸を掴むと、そのまま力任せに引き千切った。
ブチッ。
「……」
クロードが呟く。
「今、糸を力で切った?」
「うん」
「そう……」
クロードは、それ以上何も言わなかった。
◆
しばらくして、マドカが先頭を歩いていた。
「次は何が出るかな~」
「気をつけてね」
セリナが後ろから声をかける。
「うん!」
マドカが一歩、二歩と進んだところで――
ズボッ。
「え?」
足元の床が抜けた。
「きゃああああ!」
「マドカ!?」
そのまま数メートル下へ落下し、ドスンと地面に尻餅をつく。
「……痛い」
「また!?」
ブリジットが慌てて穴を覗き込む。
「大丈夫ですか!?」
「うん!」
ブリジットが頭を抱える。
「どうしてあなたは、そんなによく落ちるのですか!」
「私も知りたい!」
セリナが深いため息をついた。
「……もう、マドカの前は私が歩くわ」
「え?」
「あなた、先頭禁止」
「そんなぁ」
ミレイユも頷く。
「賛成」
「ミレイユまで!」
少し離れたところから様子を見ていたリゼットが、淡々と言った。
「これも才能ね」
「褒めてないよね?」
「ええ」
◆
その夜。
安全地帯で、マドカが料理の準備を始めた。
「今日は何?」
セリナが尋ねる。
「今日はアイス!」
「……」
女性陣が一斉に集まった。
「アイス!?」
「どうやってダンジョンで作るの?」
「ニコラが魔道具を作ってくれた!」
ニコラが手を上げる。
「冷却装置~」
「仕事が早い……」
マドカが器を並べる。
バニラ、チョコ、いちご。
セリナは真剣な顔で悩んでいた。
「……どれにしよう」
「全部食べれば?」
「それだわ」
「セリナ?」
「何?」
「最近ちょっと食いしん坊じゃない?」
「……マドカ」
「うん?」
「あなたのせいよ」
「私!?」
ブリジットが笑った。
「では、私は三ついただきます!」
「多いよ!」
「今日も頑張りましたので!」
「それなら仕方ないか……」
マドカがアイスを手渡す。
「はい!」
「ありがとうございます!」
ブリジットが満面の笑みを浮かべる。
セリナも、ミレイユも、それぞれのアイスを受け取って嬉しそうに食べていた。
少し離れたところで、その様子を見ていたガレスが呟く。
「……俺たちの分もあるよな?」
「もちろん!」
マドカが振り返る。
「よかった……」
その瞬間、女性陣が一斉に振り返った。
「男性陣の分は少なめでいいわよね?」
「え?」
「え?」
「…………」
ガレスたちは顔を見合わせた。
「……SランクPTって厳しいな」
クロードが遠い目をした。
◆
そして。
第七階層のさらに奥には、巨大な扉があった。
今まで見てきた扉とは明らかに違う。黒い金属で造られたその扉の中央には、古い文字が刻まれている。
リゼットが文字を読み取った。
「……王家の封印術式」
「また王家?」
マドカが尋ねる。
「ええ」
リゼットは扉に触れた。
「でも……これは、私が知っている王家の術式より古い」
ガレスが眉をひそめる。
「つまり?」
「今の王家より前のものね」
「そんな昔のものが……」
「そうね」
リゼットはしばらく扉を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……開けてみましょう」
「いいの?」
「ええ」
リゼットが魔力を流す。
ゴゴゴゴゴ……。
重い音を響かせながら、巨大な扉がゆっくりと開いていく。
その向こうには、さらに広大な空間が広がっていた。
中央に、一つの石碑が立っている。
そして、その石碑には古代文字で一行だけ刻まれていた。
――《時を喰らう者》。
「…………」
マドカが首を傾げる。
「何それ?」
リゼットは答えなかった。
いや、答えられなかった。
その名を目にした瞬間、彼女の表情から、ほんの僅かに余裕が消えていた。




