マドカ無双
第七階層。
「……またいる」
マドカが通路の先を見た。
そこには、巨大な黒狼が一体、二体、三体……そして、十体ほどの群れがいた。
「グレイブハウンドだね~」
ニコラが数えながら呟く。
鋭い牙を剥き、赤い目を光らせながら、こちらを狙っている。
ガレスが剣を抜いた。
「全員、構えろ!」
《銀翼の黎明》が一斉に戦闘態勢へ移る。セリナは弓を構え、クロードは短剣を抜き、ヴァルトは大盾を前に出した。
マドカも木剣を握る。
「私もやる!」
「待って」
セリナが制した。
「今回は私たちが――」
「大丈夫」
マドカは笑う。
「これくらいなら」
そう言って、一歩前へ出る。
「ちょっと試したいことがあるの」
リゼットが目を細めた。
「時間停止ね」
「うん」
「なら、好きにしなさい」
「やった!」
マドカが嬉しそうに手を上げる。
「じゃあ――」
パチン。
指を鳴らした。
◆
世界が止まった。
炎の揺らめきも、舞い上がった砂も、ニコラの髪も、セリナが引き絞った弓も、目の前のグレイブハウンドも、すべてが静止している。
動けるのはマドカだけだった。
「……やっぱり便利だなあ」
マドカは群れの中を歩きながら、一体ずつ弱点を確認していく。
「ここが弱点かな」
一体目の首元を確認する。
「こっちは脚」
二体目。
「この子は目かな」
三体目。
四体目では足を止めた。
「わあ、牙大きい」
そして、しばらく考えたあと、そのグレイブハウンドの頭を撫でる。
「……普通に可愛いかも」
もちろん、止まった魔物が反応することはない。
「起きてると怖いんだけどね」
マドカは少し笑い、それから木剣を構え直した。
「じゃ、終わらせよう」
全員の急所へ、軽く一撃ずつ。
そして時間停止を解除する。
――ドドドドドッ!!
一瞬のうちに、十体ほどのグレイブハウンドが同時に倒れた。
「…………」
「…………」
「…………」
静寂が訪れる。
ガレスは剣を構えたまま固まり、セリナもクロードもヴァルトも、何が起きたのか理解できずに立ち尽くしていた。
「……何が起きた?」
ようやくガレスが呟く。
「私も知りたい」
セリナが答えた。
マドカが振り返る。
「倒したよ!」
「それは分かる」
「じゃあ問題ないね!」
「問題しかないと思う」
セリナが頭を抱えた。
◆
「今の……」
クロードが周囲を見回す。
「全員、同時に倒れたぞ」
「そうね」
リゼットは平然と答えた。
「マドカが時間を止めたから」
「……時間を?」
ガレスが絶句する。
「それって……」
「そんなに珍しい?」
「珍しいどころじゃない!」
ガレスが思わず声を上げた。
「時間を止めるなんて聞いたことがない!」
「そう?」
マドカは首を傾げる。
「便利なのに」
「その感覚がおかしい!」
ニコラが頷いた。
「私も欲しい~」
「ニコラは駄目」
「なんで~?」
「あなたが持ったら、研究室から出てこなくなるでしょう」
「……」
「図星ね」
「時間止めて、ずっと研究できるのに~」
「やっぱり駄目」
◆
その後、再び魔物が現れた。
「今度は?」
セリナが弓を構える。
「ブラッドスライムだ」
クロードが答えた。
赤い液体のような身体を持つ魔物が、床を這うように近づいてくる。
「物理攻撃が効きにくい。炎か氷を――」
「時間停止!」
マドカが手を上げる。
「ちょっと待って!」
セリナが慌てて止めた。
「私たちにも戦わせて!」
「え?」
「さっきから全部あなた一人じゃない!」
「でも楽だよ?」
「そういう問題じゃないの!」
マドカは少し考えたあと、木剣をしまった。
「……じゃあ、今回はみんなに任せる!」
「そう。それでいいの」
セリナが笑った。
◆
ブラッドスライムとの戦いでは、ガレスが前衛に立ち、ヴァルトが盾で攻撃を受け止める。その後ろからセリナが氷の矢を放ち、魔術師が火球を叩き込む。クロードは動きの鈍ったスライムの魔石を狙った。
「今!」
氷矢が突き刺さり、スライムの動きが鈍る。
「そこだ!」
続いて火球が命中し、表面が固まった。
「最後!」
ガレスが剣を突き立てる。
――パァン!
スライムが弾け飛んだ。
「よし!」
マドカが拍手する。
「すごい!」
「こういうのも楽しいでしょう?」
セリナが笑う。
「うん!」
マドカも嬉しそうに頷いた。
◆
さらに進むと、今度は巨大な蜘蛛が現れた。
「アラクネウィーバーだ」
クロードが注意を促す。
「糸を吐くから気をつけて」
「糸?」
マドカが聞き返した直後、蜘蛛が糸を吐き出した。
シュッ!
「わっ!」
糸がマドカの足に絡みつく。
「捕まった!」
そのまま引きずられるが、マドカは糸を掴むと力任せに引っ張った。
ブチッ。
糸が切れる。
「……」
クロードが呟いた。
「今、糸を力で切った?」
「うん」
「そう……」
それ以上、何も言わなかった。
◆
しばらくして、マドカが先頭を歩いていた。
「次は何が出るかな~」
「気をつけてね」
セリナが後ろから声をかける。
「うん!」
マドカが歩き出した、その直後だった。
ズボッ。
「え?」
足元が抜ける。
「きゃああああ!」
「マドカ!?」
そのまま数メートル下へ落下した。
「また!?」
ブリジットが叫ぶ。
やがて、下から声が聞こえてくる。
「……痛い」
「大丈夫!?」
「うん!」
ブリジットが穴を覗き込む。
「どうしてあなたは、そんなによく落ちるのですか!」
「私も知りたい!」
セリナがため息をつく。
「……もう、マドカの前は私が歩くわ」
「え?」
「あなた、先頭禁止」
「そんなぁ」
ミレイユも頷いた。
「賛成」
「ミレイユまで!」
少し離れた場所で、リゼットがその様子を眺めている。
「これも才能ね」
「褒めてないよね?」
「ええ」
◆
その夜。
安全地帯では、マドカが料理の準備をしていた。
「今日は何?」
セリナが尋ねる。
「今日はアイス!」
「アイス!?」
女性陣が一斉に集まってくる。
「どうやってダンジョンで作るの?」
「ニコラが魔道具を作ってくれた!」
ニコラが手を挙げる。
「冷却装置~」
「仕事が早い……」
マドカが器を並べる。
バニラ、チョコ、いちご。
セリナが真剣な顔で悩んだ。
「……どれにしよう」
「全部食べれば?」
「それだわ」
「セリナ?」
「何?」
「最近ちょっと食いしん坊じゃない?」
「……マドカ」
「うん?」
「あなたのせいよ」
「私!?」
ブリジットが笑う。
「では、私は三ついただきます!」
「多いよ!」
「今日も頑張りましたので!」
「それなら仕方ないか……」
マドカがアイスを渡す。
「はい!」
「ありがとうございます!」
ブリジットが満面の笑みを浮かべる。
セリナも、ミレイユも、幸せそうにアイスを食べている。
少し離れたところで、ガレスが呟いた。
「……俺たちの分もあるよな?」
マドカが振り返る。
「もちろん!」
「よかった……」
その瞬間、女性陣が一斉に振り返った。
「男性陣の分は少なめでいいわよね?」
「え?」
「え?」
「…………」
ガレスたちは顔を見合わせる。
「……SランクPTって厳しいな」
クロードが遠い目をした。
◆
そして。
第七階層のさらに奥には、巨大な扉があった。
その中央には、古い王家の紋章が刻まれている。
リゼットが足を止めた。
「……」
「どうしたの?」
マドカが尋ねる。
「この先ね」
「何があるの?」
「まだ分からないわ」
リゼットは扉を見つめる。
しばらくして、小さく笑った。
「でも――少しだけ、昔のことを思い出してきたわ」
「そっか」
マドカも扉を見る。
「じゃあ、明日開けよう!」
「ええ」
その夜。
誰も知らない扉の向こうで、何かがゆっくりと目を開いた。




