第七階層とお姉ちゃんたち
第七階層。
階段を下りた瞬間、一行を包む空気が一変した。
「……暑い」
マドカが呟く。
「第六階層とは全然違いますね」
エレノアも額に浮かんだ汗を拭う。
周囲の壁は赤黒い岩で覆われ、ところどころに細い亀裂が走っている。その奥からは、橙色の光がかすかに漏れていた。
「地熱ね」
カトリーヌが壁に手を近づける。
「かなり深い場所まで熱源があるみたい」
「暑いの苦手~」
ニコラは早くもぐったりしていた。
「ニコラ、大丈夫?」
「大丈夫じゃない~」
「早いよ!」
「暑いのは嫌い~」
リゼットがため息をつく。
「あなた、研究室も温度管理しているものね」
「快適な環境で研究したいから~」
「……筋が通っているようで、何もしていないわね」
「そう~?」
ニコラは返事をしながら、少しでも涼しい場所を探すように日陰へ向かって歩いていった。
◆
「止まって」
セリナが手を上げた。
「何かいる」
クロードも周囲を見回す。
「……前方、三体」
ガレスが剣を抜いた。
「何だ?」
セリナが目を細める。
「……サラマンダー」
「サラマンダー?」
マドカが聞き返す。
「火属性の魔物よ。大型のトカゲに似ているけど、身体の表面が溶岩みたいになっているの」
「へえ」
「炎を吐くうえ、普通の武器は熱で傷みやすいから注意して」
「なるほど!」
マドカが頷いた。
その直後、通路の奥からズル……ズル……と何かを引きずるような音が響いてくる。
やがて赤い光が近づき、三体の魔物が姿を現した。
体長は二メートルほど。岩のような鱗に覆われ、口の隙間からは炎が漏れている。
「グルルル……」
「来るぞ!」
ガレスが構える。
「散開!」
サラマンダーが一斉に炎を吐き出した。
ゴオオオオ!
「うわっ!」
マドカが横へ飛び退く。
その間にセリナが矢を放つ。炎をまとった矢が一体の目へ突き刺さった。
「一体!」
ガレスが斬り込む。
ヴァルトは大盾を構え、正面から炎を受け止めた。
「熱っ……!」
「ヴァルト!」
「大丈夫だ!」
クロードが素早く背後へ回る。
「二体目、脚を狙え!」
全員が一斉に動き、息の合った連携でサラマンダーを追い詰めていく。
だが、その後方では。
「……」
ニコラが静かに魔導銃を構えていた。
「ニコラ?」
「ちょっと待って~」
銃口がゆっくりと動き、サラマンダーの口へ狙いを定める。
「そこ~」
――ズパンッ!
放たれた魔導弾が口の中へ飛び込み、直後に内部で爆発した。
サラマンダーが大きく身体を揺らし、そのまま倒れる。
「……」
ガレスが振り返った。
「それ、毎回思うんだが」
「ん~?」
「狙いが正確すぎないか?」
「研究者だから~」
「理由になってない気がする」
ニコラは気にする様子もなく、魔導銃を腰へ戻した。
◆
「マドカ!」
セリナが叫ぶ。
「こっち!」
「はい!」
マドカが駆け出す。
しかし、その足元には小さな亀裂が走っていた。
「あ」
ズルッ。
「わっ!」
マドカが見事に転ぶ。
「マドカ!」
セリナが慌てて駆け寄った。
「大丈夫!?」
「大丈夫!」
「もう……」
セリナはマドカの服についた砂を払いながら、呆れたように息を吐く。
「あなた、よく転ぶわね」
「そうかな?」
「昨日も落ちたでしょう」
「……そうだった」
そこへブリジットも駆け寄ってきた。
「怪我は!?」
「ないよ!」
「本当に?」
「うん!」
ミレイユが後ろからマドカの様子を確認する。
「ちょっと待って。膝、擦りむいてる」
「え?」
ミレイユが回復魔法をかけると、傷はすぐに消えた。
「はい。これで大丈夫」
「ありがとう!」
マドカが笑う。
セリナはそんなマドカの頭を優しく撫でた。
「気をつけるのよ」
「うん!」
するとブリジットも反対側からマドカの頭を撫でる。
「いい子です」
「……」
両側から撫でられ、マドカが困った顔をする。
「私、子供じゃないよ?」
「知っています」
「じゃあ……」
「でも可愛いので」
「なんで!?」
セリナが笑う。
「諦めなさい」
「セリナまで!」
少し離れた場所では、ガレスたちがその様子を眺めていた。
「……完全に妹扱いだな」
「昨日のプリンから急に距離が縮まった」
クロードが答える。
「プリンの力って凄いな」
「恐ろしい食べ物だ」
ヴァルトが真顔で頷いた。
◆
しばらく進んだところで、クロードが足を止めた。
「……おかしい」
「どうした?」
ガレスが尋ねる。
「ここだ」
クロードが壁を指差した。
「昨日通った場所だ」
「……?」
マドカも周囲を見回す。
「でも、さっきの道とは違うよ?」
「それがおかしいんだ」
クロードが地図を広げる。
「同じ場所のはずなのに、地形が違う」
ニコラが魔道具を取り出した。
「調べるね~」
魔力を流すと、魔道具が淡く光り、ピピッ、ピピッと短い電子音を響かせる。
「……」
「何か分かった?」
「空間が歪んでる~」
「空間?」
リゼットが近づき、壁へ手を触れた。
「……本当ね」
マドカが不安そうに尋ねる。
「危ない?」
「まだ分からないわ」
リゼットはしばらく周囲を見渡してから、静かに続けた。
「でも、このダンジョン……階層そのものが動いているわけじゃない」
「じゃあ?」
「私たちが歩いている空間のほうが、少しずつ変えられているのよ」
全員が黙り込む。
ガレスは剣を握り直した。
「……誰かが?」
「その可能性はあるわ」
「ダンジョンに意思がある?」
セリナが尋ねる。
リゼットは答えなかった。
ただ、何かを探るようにダンジョンの奥を見つめていた。
◆
「まあ、考えても仕方ないね!」
重くなった空気を吹き飛ばすように、マドカが声を上げた。
「進もう!」
「……切り替え早いわね」
セリナが笑う。
「そういうところ、好きよ」
「えへへ」
「可愛い……」
「セリナ?」
「何でもない」
ブリジットが手を挙げる。
「私も好きです!」
「なんで!?」
ミレイユまで笑った。
「私もよ」
「増えた!」
マドカは助けを求めるようにニコラを見る。
「ニコラ~!」
「人気者だね~」
「助けて!」
「無理~」
「ひどい!」
◆
その日の夜。
安全地帯で休息を取る一行の前に、マドカが胸を張って宣言した。
「今日はデザートがあります!」
女性陣が一斉に反応する。
「何!?」
「何ですか!?」
「今日は何!?」
マドカが笑った。
「シュークリーム!」
「…………」
セリナが静かに立ち上がる。
「手伝うわ」
「え?」
「作るんでしょう?」
「うん!」
「じゃあ手伝う」
ブリジットもすぐに立ち上がった。
「私も!」
続いてミレイユも立ち上がる。
「私もやるわ」
「ええ!?」
マドカが目を丸くする。
「みんな、そんなに食べたいの?」
セリナが真顔で答えた。
「ええ」
「即答……」
「昨日のプリンも忘れられない」
「そんなに?」
「そんなに」
マドカは思わず笑った。
「じゃあいっぱい作ろう!」
「「「うん!」」」
こうして、ダンジョンの第七階層で、Sランク冒険者たちは魔物と戦うとき以上に真剣な顔でシュークリーム作りを始めた。
◆
少し離れた場所では、ガレスたちがその様子を眺めていた。
「……」
「……」
「……」
しばらく沈黙した後、ガレスが口を開く。
「俺たちも食べられるよな?」
「たぶん」
クロードが答える。
「女性陣が全部食べなければな」
ヴァルトが真顔で付け加えた。
「……」
男たちは再び黙り込む。
「俺たちも手伝うか?」
「やめろ」
ガレスが即座に首を振った。
「これは戦争になる」
「何の?」
「デザートの」
◆
その頃。
さらに深い場所、第八階層。
誰も知らない暗闇の中で、巨大な何かがゆっくりと身体を起こした。
その身体には無数の傷跡が刻まれている。
そして胸元には、古びた紋章が刻まれていた。
――王家の紋章。
やがて、その目がゆっくりと開く。
低く、長い眠りの底から這い上がるような声が、暗闇に響いた。
「……リゼット……」
五百年ぶりに。
その名を呼ぶ声が、ダンジョンの奥深くへと響き渡った。




