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落内円は落ちている  作者: 七風


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33/555

第六階層にて

第五階層。


 翌朝、キャンプでは出発の準備が進められていた。


「では、行きましょう」


 ガレスが立ち上がる。その隣には、《銀翼の黎明》の仲間たちが並んでいた。昨日までの疲労は残っているものの、全員がすでに戦闘装備を整えている。


「第六階層からは、俺たちも同行する」


「いいの?」


 マドカが尋ねると、ガレスは頷いた。


「ああ。ここから先は何が起きるか分からない。戦力は多いほうがいい」


「よろしくお願いします!」


 マドカが笑う。ガレスもつられるように笑った。


「こちらこそ」


 その隣で、弓を背負った女性がじっとマドカを見ていた。


「……」


「?」


 視線に気づいたマドカが首を傾げる。


「どうしたの?」


「いや……」


 女性は少しだけ目を逸らした。


「昨日から気になっていて」


「私?」


「ええ」


「名前なんだっけ?」


「セリナ」


「セリナさん!」


「さん付けじゃなくてもいいわ」


「じゃあセリナ!」


「……うん」


 なぜか少し嬉しそうに、セリナは頷いた。


     ◆


 第六階層へ続く階段を下りた瞬間、一行を包む空気が変わった。


「……寒い」


 マドカが立ち止まる。吐く息が白くなるほど冷え込んでおり、周囲の壁は黒い岩で覆われていた。その岩肌には、ところどころ青白い鉱石が埋め込まれている。


 カトリーヌが壁に近づいて観察した。


「魔力鉱石ですね」


「かなり濃いわ」


 リゼットも周囲を見回しながら答える。


「この階層全体が魔力を溜め込んでいるようね」


「だから魔物も強い?」


「その可能性が高いわね」


 その時、クロードが手を上げた。


「止まれ」


 全員が足を止める。


 クロードはしゃがみ込み、黒い床に残された痕跡を確認した。


「……何かいる」


「足跡?」


 マドカが覗き込む。


 そこには巨大な爪痕が残されていた。


「これは……」


 ガレスの表情が変わる。


「ロックリザードだ」


「ロックリザード?」


「ああ。岩に擬態する大型の爬虫類だ。全長は三メートル前後で、皮膚が岩とほとんど見分けがつかない。普通の剣じゃ傷つけにくいぞ」


「目や口、それから関節が弱点よ」


 セリナが補足する。


「詳しい!」


 マドカが感心すると、セリナは少し得意げな顔をした。


「私たちは何度も戦ってきたから」


「かっこいい!」


「……そう?」


「うん!」


「……そう」


 セリナは少し嬉しそうに微笑んだ。


     ◆


 ズズズ……。


 突然、目の前にあった岩がゆっくりと動いた。


「来るぞ!」


 ガレスが叫ぶ。


 岩だと思っていたものが頭を起こす。黄色い目が光り、全身を岩のような甲殻で覆った巨大なトカゲが姿を現した。


「これがロックリザード!」


「グルルル……」


 次の瞬間、魔物が唸り声を上げながら突進してきた。


「ヴァルト!」


「任せろ!」


 大盾を構えた男が前へ出る。


 ドォン!!


 激しい衝突音とともに、ヴァルトの身体が数メートル押し込まれた。


「ぐっ……! 重い!」


「セリナ!」


「分かってる!」


 セリナが弓を引き絞る。矢先に魔力が集まり、鋭い光を放った。


「目を狙う!」


 放たれた矢はロックリザードへ一直線に飛んだが、魔物が首を振ったことで甲殻に弾かれてしまう。


「くっ……!」


「俺が足を止める!」


 ガレスが踏み込み、大剣を振り下ろす。


 ガキィン!


 硬い甲殻と刃がぶつかり、火花が散った。


「硬い……!」


 その隙にクロードが背後へ回り込む。


「右後ろの脚!」


 ミレイユの声が響いた。


「今!」


 セリナが即座に狙いを定め、矢を放つ。今度の一撃は正確に関節へ突き刺さった。


「グオオオ!」


 ロックリザードが苦痛の咆哮を上げ、激しく身体を振り回す。


「いいぞ!」


 ガレスの声に合わせ、《銀翼の黎明》が一斉に攻撃を仕掛ける。


 それでも、魔物はまだ倒れない。


「強いね」


 マドカが感心したように呟く。


「ええ。普通ならかなり厄介な相手よ」


 リゼットが答えた。


「普通なら?」


「あなたたちには関係ないわね」


「……?」


 マドカが首を傾げる。


     ◆


「ニコラ」


 リゼットが呼びかける。


「ん~?」


「撃てる?」


「もちろん~」


 ニコラが腰のホルスターから魔導銃を抜いた。


 昨日使っていたものとは違い、今度は細身の銃だった。銃身には複数の魔法陣が刻まれている。


「それ……」


 セリナが目を見開く。


「私の愛用品~」


「魔導銃?」


「そう~」


 ニコラが銃を構え、ロックリザードを観察する。


 目、首、関節、そして装甲の隙間。


 普段の眠そうな雰囲気が消え、視線だけが静かに動いていく。


「……そこ」


 ――ズパンッ!


 放たれた銃弾がロックリザードの後脚、その関節を正確に撃ち抜いた。


「グオッ!」


 巨体が大きく崩れる。


「今だ!」


 ガレスが叫ぶ。


 《銀翼の黎明》が一斉に攻撃を仕掛けた。ガレスの大剣、セリナの矢、ヴァルトの盾撃、クロードの短剣、そしてミレイユの炎が次々と叩き込まれる。


 最後にマドカが踏み込んだ。


「えいっ!」


 ドンッ!!


 ロックリザードの巨体が吹き飛び、壁に激突する。そのまま動かなくなった。


「…………」


 セリナがマドカを見る。


「……今の、必要だった?」


「え?」


「いや。なんでもない」


 セリナは小さくため息をついた。


 ニコラが銃をしまう。


「いい連携だったね~」


「ああ」


 ガレスも頷いた。


 その横で、セリナがニコラへ近づく。


「ニコラさん」


「ん~?」


「その銃、少し見せてもらっても?」


「いいよ~」


「ありがとう」


 セリナは渡された魔導銃を慎重に眺める。


「……凄い」


「私が作った~」


「あなたが?」


「うん~」


 セリナは改めてニコラを見る。


「……あなたも相当な人なのね」


「そうかな~?」


「そうよ」


 ニコラは首を傾げた。


「よく分からない~」


 その様子を見て、マドカが笑う。


「ニコラはいつもそんな感じだよ!」


「そう~」


     ◆


 その後も、第六階層では様々な魔物が姿を現した。


 岩に擬態するロックリザード、巨大な犬型魔物のグレイブハウンド、そして壁から突然飛び出してくるキラービー。


「宝箱!」


 その中でも、マドカが特に反応したのが宝箱だった。


「待って!」


 クロードが慌てて叫ぶ。


「それはミミックだ!」


「え?」


 マドカが足を止める。


 目の前の宝箱が、ニヤッと笑った。


「…………」


「…………」


「……本当に?」


 マドカが確認する。


「本当だ!」


「へえ」


 マドカは宝箱へ近づくと、そのまま足を振り上げた。


「じゃあ――」


 ガコンッ!!


 蓋ごと蹴り飛ばされたミミックが、勢いよく転がっていく。


「倒した!」


「……」


 クロードが呆然とする。


「そういう倒し方もあるのか……」


「普通は罠を確認してから倒すものよ」


 リゼットがため息をつく。


「だって宝箱だったから」


「理由になってないわ」


     ◆


 夜。


 第六階層に設けられた安全地帯で、《銀翼の黎明》とマドカたちは焚き火を囲んでいた。


「今日は、いろいろ出たね」


 マドカが言うと、ミレイユが頷いた。


「ええ。ロックリザードにグレイブハウンド、それにキラービーまで……」


「でも楽しかった!」


「……楽しかった?」


 セリナが苦笑する。


「私は三回くらい死ぬかと思ったわ」


「そうなの?」


「あなたがおかしいのよ」


 セリナはそう言いながら、マドカの頭を軽く撫でた。


「でもまあ……」


「?」


「無事ならいいわ」


 その時、マドカが何かを思い出したように立ち上がった。


「そうだ!」


「?」


「今日はデザート作る!」


「デザート?」


 女性陣の視線が一斉にマドカへ集まった。


 ブリジットが真っ先に反応する。


「デザートですか!?」


「うん!」


「何ですか!?」


「今日はプリン!」


「……!」


 セリナの表情が変わった。


「ぷりん……」


「前に話したやつだよ!」


「……」


 ミレイユも少し身を乗り出した。


「私も手伝おうか?」


「いいよ!」


 しばらくして、小さな器に入った黄色い菓子が並んだ。


「できた!」


「……」


 女性陣が固まる。


「これが……プリン……」


 セリナがスプーンを手に取る。


 一口食べた瞬間、目を閉じた。


「…………美味しい」


「本当!?」


「ええ」


 もう一口。


「……もう一個」


「あるよ!」


「……」


 セリナがマドカを見る。


「マドカ」


「なに?」


「あなた……」


「うん?」


「妹にならない?」


「え?」


 マドカが固まる。


 ミレイユが笑った。


「私も賛成」


「ええ!?」


 ブリジットも手を挙げる。


「私もです!」


「なんで!?」


「可愛いですし!」


「ええ……」


 困り果てるマドカの横で、ニコラはプリンを食べながら呟いた。


「マドカ、人気者だね~」


「ニコラも助けて!」


「私はプリンもう一個欲しい~」


「そっち!?」


 焚き火の向こうから、その様子を眺めていたガレスが呟く。


「……」


 クロードも黙って女性陣を見ている。


「……」


 ヴァルトが小声で言った。


「女性陣、完全に餌付けされたな」


「俺たちも食べるか?」


「いや」


 ガレスが首を振る。


「これは俺たちが入っていい空気じゃない」


 男たちは静かにパンを齧った。


     ◆


 笑い声が響く。


 ここがダンジョンの中だということを忘れてしまいそうな、穏やかな夜だった。


 しかし、そのさらに奥。


 第六階層の壁の向こうにある、誰にも気づかれていない場所で、巨大な瞳がゆっくりと開いた。


 ――ゴゴゴゴゴゴ。


 低い音が響き、ダンジョンそのものが小さく震える。


 そして、誰も知らない第七階層で。


 何かが、ゆっくりと動き始めていた。


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