第六階層にて
第五階層。
翌朝、キャンプでは出発の準備が進められていた。
「では、行きましょう」
ガレスが立ち上がる。その隣には、《銀翼の黎明》の仲間たちが並んでいた。昨日までの疲労は残っているものの、全員がすでに戦闘装備を整えている。
「第六階層からは、俺たちも同行する」
「いいの?」
マドカが尋ねると、ガレスは頷いた。
「ああ。ここから先は何が起きるか分からない。戦力は多いほうがいい」
「よろしくお願いします!」
マドカが笑う。ガレスもつられるように笑った。
「こちらこそ」
その隣で、弓を背負った女性がじっとマドカを見ていた。
「……」
「?」
視線に気づいたマドカが首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや……」
女性は少しだけ目を逸らした。
「昨日から気になっていて」
「私?」
「ええ」
「名前なんだっけ?」
「セリナ」
「セリナさん!」
「さん付けじゃなくてもいいわ」
「じゃあセリナ!」
「……うん」
なぜか少し嬉しそうに、セリナは頷いた。
◆
第六階層へ続く階段を下りた瞬間、一行を包む空気が変わった。
「……寒い」
マドカが立ち止まる。吐く息が白くなるほど冷え込んでおり、周囲の壁は黒い岩で覆われていた。その岩肌には、ところどころ青白い鉱石が埋め込まれている。
カトリーヌが壁に近づいて観察した。
「魔力鉱石ですね」
「かなり濃いわ」
リゼットも周囲を見回しながら答える。
「この階層全体が魔力を溜め込んでいるようね」
「だから魔物も強い?」
「その可能性が高いわね」
その時、クロードが手を上げた。
「止まれ」
全員が足を止める。
クロードはしゃがみ込み、黒い床に残された痕跡を確認した。
「……何かいる」
「足跡?」
マドカが覗き込む。
そこには巨大な爪痕が残されていた。
「これは……」
ガレスの表情が変わる。
「ロックリザードだ」
「ロックリザード?」
「ああ。岩に擬態する大型の爬虫類だ。全長は三メートル前後で、皮膚が岩とほとんど見分けがつかない。普通の剣じゃ傷つけにくいぞ」
「目や口、それから関節が弱点よ」
セリナが補足する。
「詳しい!」
マドカが感心すると、セリナは少し得意げな顔をした。
「私たちは何度も戦ってきたから」
「かっこいい!」
「……そう?」
「うん!」
「……そう」
セリナは少し嬉しそうに微笑んだ。
◆
ズズズ……。
突然、目の前にあった岩がゆっくりと動いた。
「来るぞ!」
ガレスが叫ぶ。
岩だと思っていたものが頭を起こす。黄色い目が光り、全身を岩のような甲殻で覆った巨大なトカゲが姿を現した。
「これがロックリザード!」
「グルルル……」
次の瞬間、魔物が唸り声を上げながら突進してきた。
「ヴァルト!」
「任せろ!」
大盾を構えた男が前へ出る。
ドォン!!
激しい衝突音とともに、ヴァルトの身体が数メートル押し込まれた。
「ぐっ……! 重い!」
「セリナ!」
「分かってる!」
セリナが弓を引き絞る。矢先に魔力が集まり、鋭い光を放った。
「目を狙う!」
放たれた矢はロックリザードへ一直線に飛んだが、魔物が首を振ったことで甲殻に弾かれてしまう。
「くっ……!」
「俺が足を止める!」
ガレスが踏み込み、大剣を振り下ろす。
ガキィン!
硬い甲殻と刃がぶつかり、火花が散った。
「硬い……!」
その隙にクロードが背後へ回り込む。
「右後ろの脚!」
ミレイユの声が響いた。
「今!」
セリナが即座に狙いを定め、矢を放つ。今度の一撃は正確に関節へ突き刺さった。
「グオオオ!」
ロックリザードが苦痛の咆哮を上げ、激しく身体を振り回す。
「いいぞ!」
ガレスの声に合わせ、《銀翼の黎明》が一斉に攻撃を仕掛ける。
それでも、魔物はまだ倒れない。
「強いね」
マドカが感心したように呟く。
「ええ。普通ならかなり厄介な相手よ」
リゼットが答えた。
「普通なら?」
「あなたたちには関係ないわね」
「……?」
マドカが首を傾げる。
◆
「ニコラ」
リゼットが呼びかける。
「ん~?」
「撃てる?」
「もちろん~」
ニコラが腰のホルスターから魔導銃を抜いた。
昨日使っていたものとは違い、今度は細身の銃だった。銃身には複数の魔法陣が刻まれている。
「それ……」
セリナが目を見開く。
「私の愛用品~」
「魔導銃?」
「そう~」
ニコラが銃を構え、ロックリザードを観察する。
目、首、関節、そして装甲の隙間。
普段の眠そうな雰囲気が消え、視線だけが静かに動いていく。
「……そこ」
――ズパンッ!
放たれた銃弾がロックリザードの後脚、その関節を正確に撃ち抜いた。
「グオッ!」
巨体が大きく崩れる。
「今だ!」
ガレスが叫ぶ。
《銀翼の黎明》が一斉に攻撃を仕掛けた。ガレスの大剣、セリナの矢、ヴァルトの盾撃、クロードの短剣、そしてミレイユの炎が次々と叩き込まれる。
最後にマドカが踏み込んだ。
「えいっ!」
ドンッ!!
ロックリザードの巨体が吹き飛び、壁に激突する。そのまま動かなくなった。
「…………」
セリナがマドカを見る。
「……今の、必要だった?」
「え?」
「いや。なんでもない」
セリナは小さくため息をついた。
ニコラが銃をしまう。
「いい連携だったね~」
「ああ」
ガレスも頷いた。
その横で、セリナがニコラへ近づく。
「ニコラさん」
「ん~?」
「その銃、少し見せてもらっても?」
「いいよ~」
「ありがとう」
セリナは渡された魔導銃を慎重に眺める。
「……凄い」
「私が作った~」
「あなたが?」
「うん~」
セリナは改めてニコラを見る。
「……あなたも相当な人なのね」
「そうかな~?」
「そうよ」
ニコラは首を傾げた。
「よく分からない~」
その様子を見て、マドカが笑う。
「ニコラはいつもそんな感じだよ!」
「そう~」
◆
その後も、第六階層では様々な魔物が姿を現した。
岩に擬態するロックリザード、巨大な犬型魔物のグレイブハウンド、そして壁から突然飛び出してくるキラービー。
「宝箱!」
その中でも、マドカが特に反応したのが宝箱だった。
「待って!」
クロードが慌てて叫ぶ。
「それはミミックだ!」
「え?」
マドカが足を止める。
目の前の宝箱が、ニヤッと笑った。
「…………」
「…………」
「……本当に?」
マドカが確認する。
「本当だ!」
「へえ」
マドカは宝箱へ近づくと、そのまま足を振り上げた。
「じゃあ――」
ガコンッ!!
蓋ごと蹴り飛ばされたミミックが、勢いよく転がっていく。
「倒した!」
「……」
クロードが呆然とする。
「そういう倒し方もあるのか……」
「普通は罠を確認してから倒すものよ」
リゼットがため息をつく。
「だって宝箱だったから」
「理由になってないわ」
◆
夜。
第六階層に設けられた安全地帯で、《銀翼の黎明》とマドカたちは焚き火を囲んでいた。
「今日は、いろいろ出たね」
マドカが言うと、ミレイユが頷いた。
「ええ。ロックリザードにグレイブハウンド、それにキラービーまで……」
「でも楽しかった!」
「……楽しかった?」
セリナが苦笑する。
「私は三回くらい死ぬかと思ったわ」
「そうなの?」
「あなたがおかしいのよ」
セリナはそう言いながら、マドカの頭を軽く撫でた。
「でもまあ……」
「?」
「無事ならいいわ」
その時、マドカが何かを思い出したように立ち上がった。
「そうだ!」
「?」
「今日はデザート作る!」
「デザート?」
女性陣の視線が一斉にマドカへ集まった。
ブリジットが真っ先に反応する。
「デザートですか!?」
「うん!」
「何ですか!?」
「今日はプリン!」
「……!」
セリナの表情が変わった。
「ぷりん……」
「前に話したやつだよ!」
「……」
ミレイユも少し身を乗り出した。
「私も手伝おうか?」
「いいよ!」
しばらくして、小さな器に入った黄色い菓子が並んだ。
「できた!」
「……」
女性陣が固まる。
「これが……プリン……」
セリナがスプーンを手に取る。
一口食べた瞬間、目を閉じた。
「…………美味しい」
「本当!?」
「ええ」
もう一口。
「……もう一個」
「あるよ!」
「……」
セリナがマドカを見る。
「マドカ」
「なに?」
「あなた……」
「うん?」
「妹にならない?」
「え?」
マドカが固まる。
ミレイユが笑った。
「私も賛成」
「ええ!?」
ブリジットも手を挙げる。
「私もです!」
「なんで!?」
「可愛いですし!」
「ええ……」
困り果てるマドカの横で、ニコラはプリンを食べながら呟いた。
「マドカ、人気者だね~」
「ニコラも助けて!」
「私はプリンもう一個欲しい~」
「そっち!?」
焚き火の向こうから、その様子を眺めていたガレスが呟く。
「……」
クロードも黙って女性陣を見ている。
「……」
ヴァルトが小声で言った。
「女性陣、完全に餌付けされたな」
「俺たちも食べるか?」
「いや」
ガレスが首を振る。
「これは俺たちが入っていい空気じゃない」
男たちは静かにパンを齧った。
◆
笑い声が響く。
ここがダンジョンの中だということを忘れてしまいそうな、穏やかな夜だった。
しかし、そのさらに奥。
第六階層の壁の向こうにある、誰にも気づかれていない場所で、巨大な瞳がゆっくりと開いた。
――ゴゴゴゴゴゴ。
低い音が響き、ダンジョンそのものが小さく震える。
そして、誰も知らない第七階層で。
何かが、ゆっくりと動き始めていた。




