ダンジョン攻略開始!
王都を出て、二日。
一行は、山間部にある巨大な洞窟の前に立っていた。
「……大きい」
マドカが見上げる。
山の斜面にぽっかりと開いた入口は、まるで巨大な生き物が口を開けているようだった。その奥からは、外とは明らかに違う冷たい風が吹き抜けている。
「ここが今回のダンジョンです」
エレノアが説明する。
「調査隊が全滅した場所ですね」
「はい」
エレノアの表情が少し硬くなった。
「現在は、Sランク冒険者パーティーが先行して調査しています」
「どこまで行ってるの?」
「第五階層です」
「じゃあ、そこまでは安全?」
「……そうとは限りません」
エレノアが苦笑する。
「先行隊からの報告では、各階層の構造そのものが変化しているそうです」
「ダンジョンって、そんなに変わるもの?」
「通常は、ここまでではありません」
リゼットが洞窟を見つめる。
しばらく何も言わずに入口を眺めていたが、やがて目を細めた。
「……少し妙ね」
「お姉ちゃん?」
「このダンジョン、まだ生きているわ」
「……?」
マドカには、その言葉の意味がよく分からなかった。
◆
入口では、王国騎士たちが最後の確認を行っていた。
「隊列を確認!」
先頭にブリジット。
中央にマドカ、エレノア、カトリーヌ。
その後ろにニコラ。
そして最後尾にリゼット。
「……あれ?」
マドカが振り返る。
「リゼットお姉ちゃん、後ろでいいの?」
「ええ」
「一番強いのに?」
「私は荷物持ちだから」
「荷物持ち?」
「兵器も食料も、全部私のインベントリに入っているでしょう?」
「ああ……」
マドカが納得する。
リゼットのインベントリには、大量の食料や薬品、予備装備をはじめ、ニコラの大型兵器やカトリーヌの工具まで、今回の攻略に必要な物資がほとんど収められていた。
「……」
マドカが少し考える。
「お姉ちゃんが死んだら、全部消える?」
「死なないわよ」
「あ、そうだった」
ニコラがぼそっと呟く。
「むしろダンジョンのほうが危ないね~」
「それはそうね」
リゼットも頷く。
「じゃあ、行きましょう」
全員が洞窟の中へ足を踏み入れた。
◆
第一階層。
そこは、一見すると普通のダンジョンだった。
石造りの通路が奥へと続き、壁には古い魔石が埋め込まれている。床の隅には苔が生え、長い年月が経っていることだけは容易に分かった。
「……普通だね」
マドカが周囲を見回す。
「普通ではありません」
カトリーヌがしゃがみ込み、壁の魔石を調べる。
「この魔石、かなり古いわ」
「どれくらい?」
「少なくとも数百年」
「もっと古いわね」
リゼットが答えた。
「え?」
「この構造、私が知っているものとよく似ている」
マドカが振り返る。
「知ってるの?」
「ええ」
「じゃあ簡単?」
「昔ならね」
「今は?」
「知らないわ」
「なんで?」
「私が最後にこういう構造を見たのは、五百年以上前だから」
「……そうだった」
ニコラが小型の魔道具を取り出す。
「じゃあ、地図を作るよ~」
カチッ。
魔道具が淡い光を放ち、周囲を走査していく。
壁、床、天井、分岐――。
周囲の構造が次々と記録され、簡易的な地図が浮かび上がった。
「……すごい」
マドカが感心する。
「これなら迷わないね」
「便利でしょ~」
「うん!」
その瞬間。
ピピピピピッ!
魔道具がけたたましい警告音を鳴らした。
「?」
「罠~」
「えっ?」
全員が足を止める。
「どこ?」
ニコラが前方を指差した。
「そこ~」
マドカが目を凝らす。
「……何もないけど」
「床」
「?」
マドカが一歩踏み出す。
カチッ。
「…………」
「マドカ!」
ズボッ!!
「きゃああああ!」
突然、床が開いた。
マドカの姿がそのまま穴の中へ消える。
「マドカ!」
ブリジットが駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
穴の底から声が返ってきた。
「大丈夫ー!」
「…………」
リゼットが穴を覗き込む。
「深さ三メートルくらいね」
「登れますか?」
「うん!」
マドカは壁を蹴ると、そのまま軽々と飛び上がって戻ってきた。
「ただの落とし穴だった!」
ニコラが首を傾げる。
「ちゃんと警告したのに~」
「聞いてなかった!」
「そう~」
ブリジットが頭を抱えた。
「先が思いやられます……」
◆
その後もしばらく進んでいると、前方から人の声が聞こえてきた。
「止まれ!」
一行が足を止める。
通路の先には、数人の冒険者がいた。
全員が重装備に身を固めている。
中心にいるのは、背中に巨大な大剣を背負った大男。その周囲には弓を持った女性、杖を構えた魔術師、大盾を持った戦士、そして軽装の斥候がいる。
全員が油断なくこちらを見ていた。
エレノアが小声で説明する。
「Sランク冒険者パーティー、《銀翼の黎明》です」
「かっこいい!」
マドカが素直に感心する。
大男が一歩前へ出た。
「俺はガレス。《銀翼の黎明》のリーダーだ」
低く、よく通る声だった。
「王家の依頼を受けた方々だな?」
「はい」
エレノアが頷く。
ガレスは一行を順番に見た。
ブリジット。
エレノア。
カトリーヌ。
ニコラ。
そして最後に、リゼットへ視線を向ける。
「……リゼット様?」
ガレスの目が見開かれた。
仲間たちからも、ざわめきが起こる。
「まさか……」
「伝説の大賢者……?」
リゼットは少し面倒そうに手を振った。
「そうよ」
「……本物ですか?」
「偽物だったらどうするの?」
「い、いえ!」
ガレスは慌てて頭を下げた。
「失礼しました」
「気にしないで」
ガレスが顔を上げる。
「我々は第五階層まで進みました」
「うん」
「ですが、そこから先は我々だけでは危険です」
「どのくらい?」
マドカが尋ねる。
ガレスの表情から笑みが消えた。
「……第六階層からは、これまでの常識が通用しません」
「へえ」
「Aランク相当の魔物が、群れで出ます」
「群れ?」
「それだけではありません」
斥候の男が続けた。
「地形そのものが敵になります。道が突然変わる。壁が動く。罠の位置まで変わるんです」
カトリーヌが眉をひそめた。
「それは……かなり厄介ですね」
「だから我々は、ここで一度戻るつもりでした」
ガレスが苦々しく言う。
「第五階層までは、どうにか攻略できた。しかし第六階層から先は、今の戦力では無理だと判断しました」
「そこまでなんだ……」
マドカの表情が少し真剣になる。
その時だった。
ズシン。
ズシン。
地面が大きく揺れた。
「来たか……!」
ガレスが大剣を抜く。
「全員、戦闘態勢!」
《銀翼の黎明》の五人が一瞬で動いた。
盾役が前へ出て防御態勢を取り、ガレスが中央に立つ。魔術師は後方へ下がり、弓兵が側面へ回る。斥候は素早く死角へと消えた。
「……すごい」
マドカが呟く。
迷いがない。
何度も死線を越えてきた者たちだからこそできる、完成された連携だった。
◆
通路の奥から、巨大な魔物が姿を現した。
全長は五メートルほど。
四本の腕を持ち、鋭い牙と硬い甲殻に覆われている。
「グオオオオオオ!」
「来るぞ!」
ガレスが真っ先に踏み込む。
ガキィン!
巨大な爪を大剣で受け止めた。
「今だ!」
魔術師が詠唱し、炎の槍を放つ。
ドォン!
弓兵が弱点を狙って矢を撃ち込み、斥候が足元へ回り込む。
完璧な連携だった。
「すごい……」
マドカが思わず見入る。
「これがSランク……」
だが、その横でリゼットがニコラに声をかけた。
「ニコラ」
「ん~?」
「どうする?」
「撃つ~」
ニコラが背中から細長い黒い魔道具を取り出した。
銃だった。
「……?」
ガレスがちらりと視線を向ける。
「その武器は?」
「銃だよ~」
「銃?」
「知らない?」
「……魔導銃か?」
「近いね~」
ニコラが銃を構える。
いつもの眠そうな表情から、ほんの一瞬だけ力が抜けた。
「……弱点、そこ~」
照準を合わせる。
魔力が銃身へ集まり、カチッと小さな音が響いた。
――ズドン!!
弾丸が一直線に飛ぶ。
甲殻の隙間。
狙い違わず、そこを撃ち抜いた。
「グオッ!?」
魔物が大きくよろめく。
「今だ!」
ガレスが叫ぶ。
《銀翼の黎明》が一斉に攻撃を叩き込んだ。
――ドォォォン!!
巨大な魔物が地面へ倒れ込む。
「…………」
ガレスがゆっくり振り返った。
「……今のは」
ニコラが銃を下ろす。
「弱点撃っただけ~」
「…………」
「何~?」
「いや……」
ガレスが苦笑した。
「銃使いまでいるのか」
「研究者だからね~」
「研究者……?」
ガレスが困惑していると、ニコラが再び銃を構えた。
「次、来るよ~」
「え?」
通路の奥から、新たな魔物が二体現れた。
「……二体だと!?」
《銀翼の黎明》が再び構える。
だが、ニコラは一歩前へ出た。
「二体なら~」
左右の手に、それぞれ銃を構える。
「これでいいね~」
――ズドン!
――ズドン!
二発の銃声がほぼ同時に響いた。
二体の魔物が、その場で崩れ落ちる。
「…………」
ガレスが固まった。
仲間たちも言葉を失っている。
その横で、マドカだけが目を輝かせていた。
「ニコラ、かっこいい!」
「そう~?」
「もっと見たい!」
「じゃあ弾作って~」
「私が!?」
「お願い~」
「自分で作ってよ!」
ニコラが笑う。
「面倒だから~」
ガレスが頭を抱えた。
「……俺たちは何を見せられているんだ」
◆
その後、一行は《銀翼の黎明》とともに第五階層まで進んだ。
そこへ辿り着くまでに、Sランク冒険者たちが何時間もかけて調べてきた罠を、リゼットは一目見ただけで見抜いていった。
「ここ」
「解除済みですか?」
「まだね」
「では――」
「解除するわ」
リゼットが手をかざす。
魔法が走り、カチッと音がした。
「終わったわ」
「…………」
Sランク冒険者たちは、もはや何も言わなかった。
さらに、斥候が慎重に道を確認していると、
「この先、右です」
「左よ」
リゼットが即答する。
「え?」
「昔の構造なら、右は行き止まりになるわ」
ニコラが地図を確認する。
「……左が正解~」
斥候が地図を見比べる。
「……本当だ」
ガレスが苦笑した。
「五百年前の知識って、こういうところで効くのか……」
「便利だね!」
マドカが笑う。
「便利という言葉で片付けていいのか……?」
ガレスは遠い目をした。
◆
第五階層。
そこには、先行隊が設営したキャンプがあった。
焚き火を囲みながら、《銀翼の黎明》のメンバーたちは疲れた顔で食事をしている。
「俺たち、Sランクだよな?」
ガレスが呟く。
「そうですよ」
仲間が答える。
「間違ってないよな?」
「間違ってません」
「じゃあ……」
ガレスがマドカたちを見る。
マドカは普通に食事をしている。
ブリジットは盾の手入れをし、エレノアは地図を確認している。カトリーヌはニコラの銃を調べ、ニコラは新しい弾丸を作っていた。
そしてリゼットは、いつものように紅茶を飲んでいる。
「……あの人たちは何なんだ?」
誰も答えられなかった。
その時。
――ゴゴゴゴゴゴ。
ダンジョンの奥から、低く不気味な音が響いた。
リゼットが紅茶のカップを置く。
「……」
先ほどまで浮かべていた穏やかな表情が消えた。
マドカが振り返る。
「どうしたの?」
「少し、嫌な感じがするわ」
「魔物?」
「違う」
リゼットが立ち上がる。
その視線は、第五階層のさらに奥へ向けられていた。
「これは――」
言葉を止める。
何かがいる。
いや。
何かが、目を覚まそうとしている。
リゼットはしばらく沈黙したあと、静かに告げた。
「……明日は予定を変更しましょう」
「どうするの?」
「第六階層へ行くわ」
リゼットの声に、いつもの余裕はなかった。
「本当の調査を始める」
その言葉を聞いた《銀翼の黎明》の五人は、同時に顔を見合わせた。
彼らが何日もかけて調査し、それでも先へ進むことを断念した第六階層。
そこへ、今度はこの規格外の一行が足を踏み入れる。
古代から眠り続けていたダンジョンの本当の姿は、まだ誰にも分からない。
そして――。
その先に待つものを、彼らはまだ知らなかった。




