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落内円は落ちている  作者: 七風


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料理配信

 その日の夜。


 時計の針が八時を回った頃、昼間に訪れた料理屋の店先に、再び配信カメラが置かれた。


「それじゃあ、ここからは料理交流の時間だよ!」


 マドカがカメラに向かって元気よく声を上げる。


 昼間とは違い、店内には客の姿はない。


 店を閉めた料理人たちが厨房に集まり、その向かいにはヒナタとアーノルドが立っていた。


「今日は遅い時間までありがとうございます。よろしくお願いします」


 ヒナタが頭を下げる。


「……よろしくお願いします」


 アーノルドも短く続けた。


「こちらこそ。まさか、本当に料理を覚えていただけるとは思いませんでした」


 昼間の料理人が嬉しそうに笑う。


「和の国の料理を、ゴールの皆さんにも知ってもらいたいんですよね?」


「ええ。こちらの料理を知ってもらえれば、実際に和の国へ来てくださる方も増えるかもしれませんから」


「それでしたら、こちらもできる限り詳しくお教えしますよ」


 ヒナタが笑った。


「お願いします。せっかく教えてもらえるんですから、ちゃんと覚えて帰りますね」


 その横では、アーノルドがすでに紙へ料理名を書き込んでいた。


「まずは、昼間に召し上がっていただいた料理から説明しましょう」


「はい」


「最初は魚料理です。魚を捌きまして――」


 料理人が魚をまな板へ置く。


 包丁が入る。


 魚の身が、するすると切り分けられていく。


「このようにして身を取ります」


「なるほど……」


 ヒナタが真剣に手元を見る。


「この後、こうして切って――」


「はい」


 ヒナタは手元を確認しながら、細かく書き留めていく。


「こちらは火を通さず、そのまま食べます」


「生で食べる魚料理ですね」


「ええ。ただし、魚なら何でもいいというわけではありません。鮮度や種類、それに処理の仕方が重要です」


「そこはしっかり覚えておきます」


 ヒナタが頷く。


「魚の処理について、もう少し詳しく聞いてもいいですか?」


 アーノルドが尋ねた。


「もちろんです」


「保存や下処理です。どの段階まで済ませておくのが基本でしょうか?」


「それでしたら――」


 料理人が説明を始める。


 アーノルドは黙って聞きながら、要点だけを紙へ書き込んでいく。


 そして。


「……これで合っていますか?」


 気がつけば、さっきまで魚だったものが、綺麗に切り分けられていた。


「え?」


 料理人が目を丸くする。


「いつの間に……」


「先ほど教えていただいた通りに処理しました」


「……説明しながら見ていたはずなんですが」


 マドカが横から覗き込む。


「アーノルド、それ聞きながらやってたの?」


「はい。手順を覚えれば、後は同じことですから」


「すご……」


 コメント欄も一気に流れる。


『いつの間に魚が切り身になった!?』


『料理人さん説明してる途中だったよな?』


『アーノルドさん、手元見てた?』


『見てたというか聞いてたんじゃない?』


『聞きながらできるの怖いw』


 料理人は少し呆然としていたが、やがて笑った。


「……なるほど。これは教える側も気合いを入れないといけませんね」


「よろしくお願いします」


 アーノルドは真顔だった。


 その後も料理の説明は続いた。


 魚の切り方。


 出汁の取り方。


 味噌を溶く順番。


 天ぷらの衣。


 米と具材を合わせて炊く料理。


 料理人が説明するたび、ヒナタは丁寧に書き留め、アーノルドは聞きながら手を動かしていく。


「ここで火を弱めます」


「はい」


「この状態で少し待って――」


「できました」


「早いですね!?」


 料理人が思わず声を上げる。


「……火加減は、これで合っています」


「合っていますけど!」


 マドカが笑う。


「アーノルド、料理覚えるの早すぎない?」


「必要なことを聞いていますから」


「それで何でもできるのがすごいんだよ」


 ヒナタも苦笑する。


「でも、私もかなり分かってきましたよ」


「では、そろそろ実際に作ってみましょうか」


「はい。お願いします!」


 こうして、今度は教わった料理を二人が実際に作ることになった。


 魚を切る。


 出汁を取る。


 味噌を溶く。


 米を炊く。


 衣を作る。


 厨房のあちこちで、二人の手が動いていく。


 料理人たちはその様子を見ながら、時折声をかける。


「そこはもう少し弱火で」


「分かりました」


「その切り方で大丈夫です」


「ありがとうございます」


 そしてしばらくすると。


「できました」


 テーブルの上に、和の国の料理が並び始めた。


 昼間に食べたものとは少し違う。


 魚料理に、天ぷら。


 出汁を使った料理に味噌汁。


 具材を混ぜて炊き上げたご飯。


 そして、先ほど教わった寿司も並んでいる。


「……本当に一晩でここまで作るとは」


 料理人が感心したように呟く。


「これなら、ゴールの皆さんにも食べてもらえますね」


 ヒナタが嬉しそうに言う。


「それじゃあ、ここからは実食だね!」


 マドカが振り返った。


「みんな呼んであるよ!」


 店の奥から、次々と人が入ってくる。


 リゼット。


 ムサシ。


 エレノア。


 ナナリー。


 そしてビアンチ。


「おお……」


 ムサシが並べられた料理を見る。


「随分と作ったな」


「せっかくだから、いろいろ食べてもらおうと思って」


 ヒナタが笑う。


「それでは、いただきましょうか」


 リゼットが席についた。


「せっかく作っていただいたものですもの。冷める前にいただきましょう」


 最初に箸を伸ばしたのは、ナナリーだった。


「では……まずはこちらから!」


 魚料理を口に運ぶ。


「……ん!」


 目が少し大きくなる。


「美味しいです!」


『おおおお!』


『ナナリーさんの食レポ始まった!』


『何の料理なの!?』


「これはですね、先ほど教えていただいた魚料理なんですけど……生のお魚なんですよ」


『生!?』


『魚をそのまま!?』


『大丈夫なの!?』


「はい。ちゃんと下処理されていますから、こうして美味しく食べられるんです」


 ナナリーはもう一口食べる。


「身が柔らかいのに、ちゃんと魚の味がありますね。それに、何もつけなくても美味しいです」


「なるほど」


 リゼットも箸を伸ばす。


「確かに。素材そのものを楽しむ料理なのね」


 口に運び、少し考える。


「でも、味が薄いというわけではないわ。魚そのものの旨味がしっかり出ている」


「そこに薬味や調味料を合わせることで、また違った味にもできます」


 料理人が説明する。


「それなら、食べる人によって好みも分かれそうね」


「私は好きです!」


 ナナリーがすぐに答えた。


「魚の味がしっかり分かるのに、しつこくないんですよね。これは何切れでも食べられそうです」


「ワシも悪くないと思う」


 ムサシも一切れ食べる。


「……こういう食べ方は知っているが、少し違うかもしれんなぁ」


 料理人が顔を上げる。


「似た料理をご存じなのですか?」


「ワシの知っているものにも、魚をこうして食べるものはありましたなぁ」


 ムサシはもう一度味わう。


「だが、使う魚や味付けが違う。これはこれで面白い」


「ほう……」


 料理人も興味深そうに頷く。


「よろしければ、そちらの料理についても後で教えていただけませんか?」


「構わんぞ。ワシの知っている範囲でよろしければのぉ」


 そして次の料理へ。


「では、こちらをいただきますね」


 エレノアが天ぷらを手に取った。


「こちらは揚げ物ですね」


「はい。衣をつけて油で揚げています」


「では……」


 一口。


「……衣が軽いですね」


「そうでしょう?」


 料理人が嬉しそうに頷く。


「外側はさくっとしていますのに、中の食材は柔らかい。油料理なのに、重たく感じませんわ」


『めっちゃ詳しい』


『エレノアさん食レポ上手いな』


『王族の舌すげえ』


「これは、お酒にも合いそうですね」


 ビアンチがすかさず反応した。


「……そこを見るのね」


 リゼットが笑う。


「もちろんです。料理として美味しいのは当然として、商品として考えるなら、そういうところも大切ですから」


 ビアンチは天ぷらをもう一つ食べる。


「食事としても成立しますし、お酒と一緒に提供することもできる。さらに、具材を変えれば種類も増やせる」


「確かに」


 料理人が頷く。


「和の国では魚や野菜など、季節に合わせて具材を変えることも多いですね」


「それは強いですね」


 ビアンチの目が輝く。


「季節限定の商品としても紹介できます」


「ビアンチ、もう商売の話してる」


 マドカが笑う。


「だって美味しいです。それに、こういう料理ならゴールでも広められそうですし」


「それは確かにそうだね」


 今度は味噌汁が配られた。


 リゼットが一口飲む。


「……なるほど」


 静かに味わう。


「出汁の味が先に来て、その後から味噌の香りが広がるのね」


「そうなんです」


 ヒナタが頷く。


「味噌そのものを強くするんじゃなくて、出汁と合わせることで全体をまとめているんですよ」


「だから、料理によって出汁を変えるのね」


「はい。魚なら魚に合う出汁、野菜なら野菜に合う出汁、と考えることもあります」


「面白いわ」


 リゼットはもう一口飲む。


「これは毎日飲んでも飽きなさそう」


「私も好きです!」


 ナナリーも嬉しそうに笑った。


「なんだか落ち着く味ですね。派手さはないのに、もう一杯欲しくなります」


「こういうものは、派手じゃないが続くんだよな」


 ムサシも味噌汁を飲む。


「毎日の飯にこういうものがあると、妙に落ち着く」


「確かに」


 エレノアも頷く。


「豪華な料理の間にこういうものがあると、ほっとしますわ」


「なるほど……」


 料理人が感慨深そうに頷いた。


 そして最後に、炊き込みご飯。


 具材の香りを確かめてから、エレノアが一口食べる。


「……これは美味しいですわ」


「どこが気に入りました?」


 ナナリーが尋ねる。


「ご飯そのものに味が入っていますけれど、濃すぎませんの。具材の香りも残っていて、これだけでも食べられます」


「確かに!」


 ナナリーも食べる。


「おかずがなくても、これならいっぱい食べられそうです!」


「私はこれを弁当にしてもいいと思います」


 ビアンチが即座に言った。


「持ち運びやすいですし、冷めても美味しいなら販売方法も考えられます」


「本当に仕事の話しかしないわね」


 リゼットが呆れたように笑う。


「でも、こういう料理がゴールに広まったら面白いと思いません?」


 ビアンチが笑う。


「和の国へ行ってみたいと思う人も増えるかもしれません」


「それが目的ですから」


 料理人が嬉しそうに答えた。


「和の国の料理を知って、実際に食べてみたいと思っていただけるなら、それだけでも十分です」


 その言葉に、ナナリーがカメラを見る。


「皆さん、今日食べた料理はまだまだ一部ですからね!」


「そうそう!」


 マドカも続く。


「和の国には、まだまだ美味しいものがいっぱいあるんだって!」


『行ってみたくなった!』


『知らない料理ばっかりだったけど美味しそう!』


『和の国って食べ物もすごいんだな』


『魚を生で食べるのはちょっと勇気いるけど食べてみたい』


『天ぷら食べたい!』


『味噌汁っていうのも気になる』


 料理人は流れていくコメントを見つめ、嬉しそうに笑った。


「……こういう形で紹介されるとは思っていませんでした」


「これからも、いろいろ教えてくださいね」


 ヒナタが言う。


「今日教わった料理を、まずはゴールでも作れるようにしてみます。そこから少しずつ種類を増やしていきたいです」


「こちらこそ」


 料理人が深く頭を下げた。


「和の国の料理が、遠い土地でも食べてもらえるようになるなら、料理人としてこんなに嬉しいことはありません」


 こうして、和の国の料理を知ってもらうための最初の交流は、賑やかな食卓とともに終わった。


 この夜をきっかけに、和の国の料理をエキドナで再現し、さらに多くの人へ届けるための試みが始まっていく。


 異なる土地の料理が、新しい出会いを生みながら、少しずつゴールへ広がっていくことになる。


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