朝稽古
朝食を終え、食器を片付けていると、チヨの父がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、ムサシ殿は剣聖とおっしゃってましたが……」
そしてマドカを見る。
「マドカさんも、ムサシ殿の弟子だとか?」
「うん、そうだよー」
マドカはあっさり頷いた。
「私、ムサシに剣を教えてもらってるの」
「なるほど……」
父親は少し考える。
「昨日、話には聞いていたが……実際にお二人が戦うところは、まだ見ていなかったな」
「そうだね...」
チヨも頷く。
「みんなが見たのは、エキドナの映像でのダンジョン攻略くらいだったもの!マドカちゃんたちの戦いは見てないね」
「なら、せっかくですし、一手やってみますかな?」
「おお、それはぜひ見てみたい」
父親が興味を示す。
その言葉に、マドカがぱっと顔を上げた。
「じゃあ、配信でも流そうか?」
「配信?」
「うん。エキドナの配信!みんなに見てもらおうよ」
ビアンチが頷く。
「機材ならすぐに準備できますよ」
「いいね!じゃあ、やろう!」
ムサシも立ち上がる。
「久しぶりに、マドカと本気でやろうかの」
「えー、本気?ムサシ、強いからなぁ」
「何を言う。マドカも十分強い。免許皆伝でもいいくらいだ」
「じゃあ、やろ!」
二人は道場へ向かった。
チヨの家の道場。
そこには、家族だけでなく、何人かの道場の者たちも集まってきていた。
剣聖と、その弟子。
せっかくなら見てみたい。
そんな空気だった。
ビアンチが配信用の機材を設置する。
「それでは、配信を開始しますね」
「はーい!」
マドカが手を振る。
「みんなー! 今日は和の国から特別配信だよー!」
『和の国配信きたー!』
『お、今日は何するんだ?』
『マドカちゃん朝から元気だな』
「今日はね!」
マドカが隣を見る。
「ムサシと戦います!」
一瞬。
コメントが止まったように見えた。
『え?』
『ムサシと?』
『ガチ?』
『それは見たい』
ムサシが木剣を手に取る。
「では、始めるとするか」
マドカも木剣を構えた。
「よろしくお願いします!」
「うむ」
二人の表情が変わる。
次の瞬間――。
踏み込んだ。
ドンッ!
乾いた音が道場に響く。
チヨの父が目を見開く。
「……!」
速い。
一度打ち合っただけなのに、何が起きたのか理解する暇もない。
二人の木剣が何度もぶつかる。
打ち合う音だけが連続して響いた。
「……え?」
ナツメが呟く。
チヨも目を見開いている。
「……速い」
道場にいた剣術家たちは、完全に言葉を失っていた。
剣聖の技。
それだけでも圧倒的だった。
だが――。
その剣についていくマドカもまた、異常だった。
「マドカ殿……」
チヨが呟く。
マドカは笑っている。
楽しそうに、しかし真剣に剣を振っていた。
一方、エキドナ側は――。
「おー、始まったねぇ」
リゼットは腕を組みながら眺めている。
「いつものことですわね」
クリスティーナも微笑んでいる。
「マドカ、今日はかなり張り切っているわね」
エレノアも落ち着いた様子だ。
ナナリーは、
「頑張ってくださいねー」
と普通に応援している。
ルーデウスも、
「まあ、いつもの稽古だな」
と呟く。
誰一人として驚いていない。
『ちょっと待って』
『何これ』
『速すぎない?』
『マドカ普通についていってるんだけど』
『いやムサシもやばいだろ』
『和の国の人たち大丈夫?』
『こっちまで何となく分かるけど、現地の人絶対見えてないだろこれ』
コメントが流れていく。
道場の剣術家たちは、もはや目で追うことすらできない。
「……これが、剣聖」
誰かが呟いた。
そして――。
「……あの少女も、同じところにいるのか」
別の男が呆然と呟く。
打ち合いは、しばらく続いた。
そして最後。
ムサシが一歩引く。
「そこまでにしよう」
マドカも木剣を下ろした。
「はー……!」
マドカが大きく息を吐く。
「やっぱりムサシ強い!」
ムサシは笑った。
「ふふ。まだまだ鍛錬が足りぬな」
「えー!」
マドカが頬を膨らませる。
「免許皆伝って言ったじゃん!」
「免許皆伝と、鍛錬を怠ってよいという話は別じゃ」
「むー!」
そのやり取りを見ていたチヨの父は、しばらく何も言えなかった。
やがて、ぽつり。
「……あれを、普段の稽古と言うのか」
リゼットが振り返る。
「ええ。だいたいいつもあんな感じよ」
「……そうですか」
父親は遠い目をした。
配信のコメント欄も止まらない。
『すげぇ……』
『これがエキドナの日常なのか』
『現地組の反応が全部を物語ってる』
『マドカちゃん楽しそうで何より』
『ムサシ師匠も楽しそうだな』
和の国の人々にとっては衝撃的な光景。
しかしエキドナにとっては――。
いつもの、師弟の稽古だった。




