お夕飯
チヨの家へ戻ると、待っていた一同が出迎えてくれた。
「おかえりなさい!」
ナナリーが声をかける。
「ただいまー!」
マドカが元気よく答える。
リゼットが皆の方を向いた。
「交渉はうまくいったわ」
その言葉を聞いた瞬間、ムサシが立ち上がる。
「リゼット様! 刀は!?」
「ムサシ、落ち着きなさいな」
「しかし!」
「まず、エキドナ内で使う分に関しては、刀と生地は売ってもらえるということは決まったわ」
「おお……!」
ムサシの顔がぱっと明るくなる。
「それと、技術についてもグレタに教えてもらえるよう、向こうに手配してもらいましょう」
「では!」
ムサシが勢いよく身を乗り出す。
「和刀のところは、素材集めはワシらの仕事ですな!」
「ええ。そうなるわね」
「いやぁ、これは楽しみですなぁ!」
ムサシはすっかり上機嫌だった。
「酒や調味料は、一般にも流して構わないそうよ」
「酒!」
その言葉にムサシがさらに反応する。
「さきほどいただきましたが、うまいですなぁ!」
そして、しみじみと続ける。
「それに、馴染みある醤油と味噌があるというのは、なんとも! これはこれからのエキドナの料理が楽しみすぎますわい」
そこへ、観光から戻ってきたヒナタがやって来た。
「じゃあ、今日のお夕食は私がアーノルドさんと一緒に作ってみましょうか」
その言葉に、何人かが振り返る。
「お?」
マドカが目を輝かせた。
「ヒナタが料理するの?」
「ええ。せっかくですから」
リゼットがにやりと笑う。
「ふふ。知らない料理、ヒナタでも再現できなかったものが、ついに完成するのね?」
「ええ!」
ヒナタは嬉しそうに頷く。
「もどき、は作れましたけど、調味料の問題だったので!」
「なるほどねぇ。醤油と味噌が手に入ったなら、かなりいけそうね」
アーノルドが短く頷く。
「やってみます」
「じゃあ、厨房を借りましょう」
ヒナタとアーノルドが厨房へ向かう。
チヨの父も快く場所を空けてくれた。
「好きに使ってくれ」
「ありがとうございます!」
二人が厨房へ入っていく。
その一方――。
「……では、私たちはお風呂をいただこうかしらね」
クリスティーナが言う。
「ええ」
エレノアも頷く。
「今日は城でかなり緊張しましたからね」
リゼットも肩を回す。
「いやぁ、あれは疲れたわねぇ」
「九尾様という存在、かなり圧力がありましたし」
「そうそう。御簾の向こうにいるだけなのに、あれは反則よ」
ビアンチも苦笑する。
チヨは少し考えるように黙り、それから口を開いた。
「……私も、あの方の前に座っているだけで、少し緊張しました」
「チヨちゃんも?」
マドカが聞く。
「……はい。何というか……そこにいるだけで、空気が違いました」
「わかる!」
マドカも大きく頷いた。
「なんか、すごかった!」
するとチヨが、ふと思い出したように顔を上げた。
「……そういえば」
「ん?」
「我が家には温泉があります」
一瞬、沈黙。
「温泉!?」
マドカの目が輝く。
「はい」
「気持ちいいよ……?」
ナツメも嬉しそうに笑う。
「行く!」
マドカが即答した。
「マドカ、少しは落ち着きなさい」
クリスティーナが笑う。
「だって温泉だよ!」
「ふふっ。それでは、みんなでいただきましょうか」
女性陣が連れ立って風呂場へ向かっていく。
湯気の向こうには、岩を組んだ浴槽。
静かに湯が流れ、和の国らしい落ち着いた空気が漂っている。
「わぁ……」
マドカが湯船に入る。
「気持ちいいー!」
「……ふぅ」
チヨも湯に浸かり、思わず小さく息を吐く。
ナナリーが隣で笑う。
「チヨちゃん、疲れてたんですね」
「……はい。今日は色々ありましたから」
「城にも行ったしねぇ」
リゼットも肩まで湯に浸かる。
「こうして温泉に入ると、やっと一日終わったって感じがするわ」
「本当ですね」
エレノアも目を細める。
マドカはというと、すっかりご機嫌だった。
「和の国、最高!」
「マドカちゃん、泳いじゃ駄目だよ?」
ナツメが釘を刺す。
「泳がないよ!」
「……本当?」
「……ちょっとだけなら」
「駄目!」
湯船から笑い声が上がった。
城での緊張など、もうすっかり忘れてしまったようだった。
そして――。
「できました」
厨房から、アーノルドの短い声が聞こえた。
「できた!?」
マドカが風呂上がりに駆けてくる。
食卓に並んでいたのは――。
大きな鍋に入ったおでん。
大根、卵、こんにゃく、練り物。
その隣には、箸でほろりと崩れそうな豚の角煮。
味噌の香りが漂う豚汁。
そして、だし巻き卵。
さらに、醤油を塗って香ばしく焼き上げた焼きおにぎり。
「すごい……!」
マドカが目を輝かせる。
「日本……!」
ヒナタが笑う。
「かなり再現できましたよ」
「これ、昔食べた味に近い……」
ヒナタ自身も料理を見つめる。
「醤油と味噌があるだけで、こんなに変わるんですね」
アーノルドは料理を見ながら、一言。
「……使えますね」
「ふふっ」
リゼットが笑う。
「その一言で全部分かるわね」
「いただきましょうか」
クリスティーナが箸を手に取る。
「いただきます!」
全員の声が重なった。
まずはおでん。
「……うまい」
ルーデウスが思わず呟く。
豚の角煮を口にしたムサシは、目を閉じる。
「これは……酒が欲しくなりますなぁ」
「ありますよ」
アーノルドが酒を出す。
「おお!」
ムサシが嬉しそうに杯を受け取る。
リゼットがすぐに言う。
「ほどほどにね、ムサシ」
「分かっております!」
マドカは豚汁を一口飲んで――。
「おいしい!」
「味噌ってすごいね!」
ヒナタが嬉しそうに頷く。
「でしょう?」
リゼットも豚汁を一口。
「うん。これはエキドナでも定番にできそうね」
「これ、エキドナでも作ろうよ!」
マドカが言う。
「もちろん」
ヒナタが笑う。
「これからは、もっと色々作れますよ」
チヨはしばらく料理を眺めていた。
「……こういう料理が、マドカ殿の故郷の味なのですね」
「そうだよ!」
マドカが嬉しそうに答える。
チヨは少し考えてから、角煮を一口。
「……美味しいです」
「でしょ!」
マドカが笑う。
食卓には次々と箸が伸びる。
和の国で手に入れた醤油と味噌。
そして、この国で食べた料理。
それらはこれから、エキドナの食卓にも少しずつ増えていくことになる。
この日の夜は、温泉と日本の料理を楽しみながら、穏やかに更けていった。




