交渉
和の国の城。
町の中にある建物とは明らかに違う、広い敷地と立派な門。
城壁に囲まれたその場所には、多くの兵が配置されている。
一行が門をくぐると、案内役の者に連れられて城の奥へと進んでいった。
今回、城へ向かったのは、クリスティーナ、エレノア、マドカ、ルーデウス、リゼット、ビアンチの六人。
やがて通されたのは、客人を迎えるための広間だった。
畳敷きの広い部屋。
左右には数人の家臣が控え、奥には御簾が下がっている。
その手前に、一人の男が座っていた。
男は一行が入ってくると静かに立ち上がった。
「ようこそお越しくだされた」
落ち着いた、よく通る声だった。
「我が名は義経。和の国を預かる者の一人にございます」
リゼットが一歩前へ出る。
「エキドナを代表して参りました。リゼットです」
続いてエレノアが頭を下げる。
「スリープ王国第一王女、エレノアです。本日はよろしくお願いいたします」
クリスティーナも軽く頭を下げる。
「クリスティーナ・ノイティスです」
その顔を見た義経が、わずかに表情を和らげた。
「これはこれは。クリスティーナ殿、お久しゅうございますな」
「ええ。こうして直接お会いするのは久しぶりですね」
二人の様子を見て、マドカが小声で呟く。
「知り合いなんだ?」
「昔、何度かお会いしたことがあるのよ」
クリスティーナが微笑む。
「長い付き合いというほどではありませんけれどね」
「それでも、こうして再び顔を合わせるとは、縁とは不思議なものですな」
義経はそう言って、一行を見渡した。
「さて。立ち話もなんです。どうぞ、お席へ」
一行が席につく。
義経も上座へ腰を下ろした。
奥の御簾の向こうには、一人の巫女が静かに控えている。
そのさらに奥に何がいるのかまでは、こちらからは分からない。
「では、まずはそちらの望みを伺いましょう」
リゼットが頷く。
「こちらが欲しいのは、和の国の生地、刀、調味料、そして酒に関する技術です」
「あるいは、技術そのものが難しいのであれば、調味料や酒については長期的な販売権でも構いません」
義経は静かに頷いた。
「調味料と酒については問題ありますまい。技術であれ販売権であれ、話を進めることは可能でしょう」
「ありがとうございます」
「ただし……生地と刀については、少々事情が異なります」
義経の声が少しだけ重くなる。
「和の国では、その二つを厳重に管理しております。誰にでも自由に渡せるものではございません」
「やっぱりそうなのね」
クリスティーナが頷く。
「ですが」
義経はエキドナの一行を見渡した。
「そなたらの組織――エキドナの内に限って使用するのであれば、許可できる余地はございます」
「エキドナの内部だけで?」
「左様。外部への販売、譲渡、流通を行わぬこと。それを契約として約束していただけるのであれば、生地については融通いたしましょう。刀についても、許可できる範囲で用意いたします」
リゼットは迷うことなく頷いた。
「問題ありません」
「私たちが欲しいのは、あくまでエキドナで使うためのものですから」
クリスティーナも続ける。
「外へ流すつもりはありません」
「それならば、こちらとしても話を進められますな」
義経が頷く。
「では、こちらからも確認いたしましょう。そちらが提示する対価は?」
リゼットがビアンチを見る。
ビアンチが一歩前へ出た。
「まずはこちらです」
取り出したのは、ヒーローバトルの機器だった。
「ヒーローバトル?」
家臣の一人が首を傾げる。
「人の動きを記録し、その人物を再現して戦わせる装置です」
「人を再現する、と?」
「実際に見ていただいたほうが早いでしょう」
ビアンチが操作する。
すると画面の中で、二人の人物が向かい合った。
次の瞬間――。
剣を振る。
避ける。
踏み込む。
反撃する。
その動きは、まるで本人がそこにいるかのようだった。
「……!」
家臣たちが息を呑む。
「これは……本人そのものではないか」
「剣技まで再現しているのか?」
「ええ。かなり高い精度で再現できます」
義経も画面をじっと見つめている。
「なるほど……これは見事なものだ」
マドカが得意そうに胸を張る。
「すごいでしょ!」
「マドカ、あなたが作ったものではないでしょう?」
クリスティーナが笑う。
「えへへ」
続いてビアンチが別の機器を取り出した。
「こちらはモンバトです」
「また玩具ですかな?」
家臣の一人が言う。
「そう思われるでしょうね」
ビアンチが苦笑する。
「ですが、重要なのはこちらです」
画面を操作すると、周囲に存在するモンスターの反応が表示される。
「モンスターの索敵機能です」
「……!」
「これはただのおもちゃではありません。モンスターの位置を探知できます」
義経の表情が変わった。
「それは……討伐に携わる者にとって、実に有用なものではないか」
「はい。モンスターを探すこと自体が危険な場所では、特に価値があります」
家臣たちの間にもざわめきが広がる。
そして最後に、ビアンチがEVを取り出した。
「こちらがEVです」
「これは?」
「遠く離れた場所へ映像を送ることができます」
画面に別の場所の映像が映し出される。
「……!」
「今、この場にいない者と映像を通して話すこともできます」
さらに文字による通信、映像の配信など、EVで可能なことを次々に説明していく。
城側の人間たちは、完全に言葉を失っていた。
義経も腕を組んだまま、画面を見つめている。
そのときだった。
御簾の向こうから、声がした。
「ほぅ」
全員がそちらを見る。
「義経よ」
「はい、九尾様」
「それがあれば、我はここに来なくてもよいのではないか?」
義経が一瞬、言葉を失う。
「……左様でございますな」
「遠隔で伝えられるのであろう?」
ビアンチが答える。
「はい。映像を通して、会話することも可能です」
「ならば、わざわざ人を呼びつけたり、我が出向いたりする必要も減るではないか」
義経が少し考える。
「確かに、その通りにございます」
九尾の声に、わずかな笑いが混じる。
「便利なものじゃのぉ」
そして、少し間を置いて。
「これなら、くだらぬ用事を我のところへ持ってくる者とも、わざわざ顔を合わせずに済む」
「九尾様……」
義経が苦笑する。
「それは、それで少々使い方が違う気もいたしますが」
「何を言う。便利なものは便利に使えばよいのじゃ」
マドカが小声でリゼットに話しかける。
「九尾様、意外と機械好き?」
「さあ?」
リゼットも小さく笑った。
義経は改めてエキドナ側を見る。
「ただし、一つ条件がございます」
「何かしら?」
リゼットが尋ねる。
「これらを、一般には流さぬよう契約していただきたい」
「一般には?」
「ええ。特にEVやモンバトのようなものは、扱い方次第では国にとって非常に大きな意味を持つ」
義経は真剣な表情で続ける。
「まずは、そちらとこちら。限られた者だけで扱う形にしていただきたい」
リゼットは少し考え、頷いた。
「分かりました。それならこちらも条件を合わせましょう」
「条件とは?」
「生地や刀についても、エキドナの内部だけで使用する。それを契約します」
「……よろしい」
義経が頷く。
「その条件であれば、生地についてはこちらから融通いたしましょう。刀についても、こちらで許可できる範囲を用意します」
「調味料と酒については?」
「そちらは問題ありません」
「では、販売権についても?」
「ええ。そこまで厳しく制限するつもりはありません」
リゼットが笑う。
「それなら、こちらも異存ありません」
義経も頷く。
「では、これで双方の条件はまとまりましたな」
「はい」
こうして、エキドナと和の国との取引は成立した。
「では、そろそろ失礼しましょうか」
リゼットが立ち上がる。
マドカもすぐに立ち上がった。
「チヨちゃんの家に帰ろー!」
「マドカ、まだ城を出ていないでしょう」
クリスティーナが笑う。
「そうだった!」
広間に、小さな笑い声が広がった。
御簾の向こうからも、楽しそうな声が聞こえる。
「……EVか」
九尾はどうやら、取引そのものよりも、すでに別のことを考えているようだった。




