実家
和の国の町を抜け、一行は一軒の大きな屋敷へとやって来た。
道場を兼ねたその建物を見たチヨとナツメが、少しだけ表情を変える。
「ここだよ」
「懐かしいですね」
二人が門をくぐる。
そして――。
「父上、ただいま!」
「ただいま戻りました!」
声を上げる二人。
しばらくして、屋敷の中から何人かが顔を出した。
「……ん?」
「チヨ?」
「ナツメ?」
家の者たちは、突然帰ってきた娘たちを見て困惑している。
「どうしたんだ、お前たち?」
「いや……まだ一か月も経っていないだろう?」
「今日は私たちの修行先の皆さんを連れて、一時帰宅だよ!」
チヨが胸を張る。
「和の国に来てみたかったらしいから!」
「なるほど……」
父親は娘たちの後ろを見る。
そこには、明らかに一般的な旅行客とは思えない人数がいた。
「……随分と大人数だな」
「はい!」
チヨは嬉しそうに答える。
「じゃあ、紹介するね!」
まず一歩前へ出たのは、エレノアだった。
「初めまして。スリーピア第一王女、エレノア・スリーピアです」
丁寧に頭を下げる。
「本日は、我々の所属するエキドナにチヨさんとナツメさんを受け入れたことのご挨拶と、商取引についてのご相談に参りました」
「王女……」
ササキ家の者たちが少し緊張する。
その隣から、クリスティーナが穏やかに微笑む。
「初めまして……ではありませんね」
「え?」
「怠惰国スリーピア、元第一王女。クリスティーナ・ノイティスですわ」
「……元第一王女?」
さらに驚くササキ家。
「現在はノイティス公爵家の者です」
続いて、その隣にいた青年が一歩前へ出る。
「長男のルーデウス・ノイティスです」
礼儀正しく頭を下げる。
「次期公爵となります」
「次期公爵……」
父親の視線が、また一段階変わった。
そして、その隣にいる白髪の少女へと目が向く。
「娘のマドカ・ノイティスです」
クリスティーナが紹介する。
マドカ本人も一歩前へ出た。
「Sランク冒険者をしています」
「Sランク……?」
「はい」
マドカはいつもの調子で答える。
「エキドナでは、商品開発のアイディアを出す仕事などをしています」
「冒険者なのに?」
「色々やっています」
マドカは特に気にした様子もない。
続いてビアンチが前へ出る。
「ビアンチと申します。エキドナの商品宣伝を担当しております」
「商品宣伝……」
「和の国にも、ぜひエキドナの商品を知っていただければと思っています」
営業らしい笑顔を浮かべるビアンチ。
その横から、リゼットが軽く手を上げる。
「怠惰の国では大賢者と呼ばれてるリゼットよ」
「大賢者……」
「エキドナでは代表をさせてもらっているわね」
リゼットはチヨとナツメを見る。
「二人のことは、下宿先だと思ってくれればいいわね」
「下宿先……?」
「ええ。衣食住の面倒を見る場所、くらいに思ってもらえばいいわ」
そして最後に、ムサシが前へ出た。
「剣聖ムサシですぞ」
「…………」
ササキ家の者たちが固まる。
「今回、二人の師としてここに来させてもらった」
「よろしく頼む」
「なっ……」
父親が目を見開く。
「剣聖?!」
その反応に、チヨとナツメが嬉しそうに顔を見合わせた。
「そうだよ!」
「私と姉様、剣聖の弟子になったんだよ!」
「すごく強いんだから!」
「いや……それは聞いていないぞ……」
父親は頭を抱えそうになる。
一か月も経っていない。
少し前まで家にいた娘たちが、突然帰ってきたと思ったら――。
王女。
元王女。
次期公爵。
Sランク冒険者。
大賢者。
そして剣聖。
さらには、それぞれがエキドナという組織に所属しているらしい。
「……お前たち」
「なに?」
「修行先で、一体何をしているんだ?」
「修行!」
「それだけではないでしょう……」
ナツメが小さく笑う。
「色々ありましたから」
「色々で済ませるな……」
父親はそう言いながらも、娘たちが楽しそうにしているのを見て、少しだけ表情を緩めた。
「まあ……元気そうで何よりだ」
「うん!」
「はい」
二人が笑う。
こうして、チヨとナツメの突然の帰宅と――。
その二人が連れてきた、とんでもない客人たちとの対面が始まった。
「では、まずこちらをご覧ください」
ビアンチが持ってきたのは、一台のEVだった。
「これは?」
「エキドナの商品です。チヨさんとナツメさんが普段どのような活動をしているのか、実際に見ていただきましょう」
ビアンチがEVを操作する。
すると画面に、チヨとナツメの姿が映し出された。
「おお……」
「これは……」
二人がダンジョンを進み、魔物と戦っている。
「この映像は、実際の二人の活動を撮影したものです」
ビアンチが説明する。
「エキドナでは、このような映像を情報塔などを通して公開しています。お二人の活躍を知っている者も、すでにかなり増えております」
「私たちが……?」
チヨが少し照れたようにする。
「そうですよ」
ビアンチは笑う。
「そして、これだけではありません」
今度は別の映像を表示する。
そこには、ヒロバトの対戦映像が映し出された。
「こちらはヒーローバトル。実際の本人ではなく、本人を再現した幻影同士を戦わせるものです」
「幻影を?」
「はい」
ビアンチがEVを操作すると、映像の中で二人の幻影が戦い始める。
「こんなことまで……」
「エキドナでは、冒険者の戦闘だけでなく、こうした娯楽も扱っています」
しばらく映像を見ていたササキ家の者たちは、完全に圧倒されていた。
その一方で、商談は次の話へと進んでいく。
「私からもお願いがあります」
リゼットが口を開いた。
「この国の生地を購入したいのだけれど」
「生地ですか?」
「ええ。エキドナでは服飾品も扱っているので、和の国の生地には興味があるのよ」
するとクリスティーナも続いた。
「私も欲しいのです」
「クリスティーナ様も?」
「ええ。マドカちゃんとお揃いのドレスを作りたくて」
「お母様……」
マドカが少し嬉しそうにクリスティーナを見る。
「私も欲しい!」
そしてマドカも手を挙げた。
「私は調味料とかが欲しい!」
「調味料ですか?」
「うん。和の国でしか手に入らないものがあるなら、いろいろ試してみたい」
「なるほど」
さらにムサシも口を開いた。
「ワシからも頼みがある」
「はい」
「ワシは刀を直接売ることができないのであれば、我がエキドナで鍛冶を生業としているグレタに、こちらの刀鍛冶を見学させてほしい」
「鍛冶ですか」
「うむ。和の国の刀がどのように作られているのか、本人も興味を持っておるのでな」
するとルーデウスが一歩前へ出た。
「必要であれば、ノイティス公爵家として、こちらの者たちの身元は保証します」
その言葉に、ササキ家の当主は少し考える。
「……それならば、こちらとしてもできる限り対応したいところですが」
「何か問題が?」
「待ってくだされ!」
当主が申し訳なさそうに手を上げた。
「我が家の権限を越えている商品がありますな」
「権限を?」
「刀や生地。そちらの商品についての流通の話は、我が家だけでは決められません」
「なるほど」
「そういったものについては、城へ行っていただきたい」
「城へ?」
「はい。そちらには王女殿下や公爵家の方々――すでにお顔を知っている者も住んでおるでしょう」
エレノアが頷く。
「確かに、それなら話は早そうですね」
「なるほど」
リゼットも納得した。
「城へ行って、欲しい物を伝えればいいのですね?」
「ええ。そうしていただければ、こちらでも対応できるものについては話を通しておきます」
「じゃあ、マドカちゃんたちは城へ行っておいでよ!」
ムサシが笑った。
「ワシもここで、ご家族にこれからの修行内容の相談をさせてもらうのでな」
「分かりました」
リゼットが立ち上がる。
「じゃあ、城へ行ったら、後でここに来るわね」
そしてナツメを見る。
「ナツメ、悪いのだけど、宿の準備をお願いできる?」
「えー」
ナツメが少し考える。
「泊まればいいよ!」
「え?」
「今度はうちでおもてなしさせてください!」
チヨも頷いた。
「そうだよ!」
「……悪いわね」
「全然!」
「では、お言葉に甘えましょうか」
こうして、城へ向かう者たちと、道場に残る者たちに分かれることになった。
「それでは、行ってまいります」
「お気をつけて」
エレノア、クリスティーナ、ルーデウス、マドカ、リゼット、ビアンチたちが道場を出ていく。
残ったのは、ムサシとチヨ、ナツメ、そしてササキ家の者たち。
しばらくして――。
父親が、ゆっくりとムサシを見る。
「……お前たち」
「ん?」
「どういう経緯で、あんな方々と出会ったのだ……?」
「え?」
チヨとナツメが顔を見合わせる。
「師匠が……」
「冒険者なんかしていたら……」
「認められるまで何年もかかるって……」
「そうですな」
ムサシが頷いた。
「出会った時点で、この二人は相当な実力者であった」
「そうだったのか……」
「そこで無駄な時間を過ごすくらいなら、ワシの弟子となり、ダンジョンなどを攻略していく方が早い」
「なるほど……」
「そして――」
ムサシは先ほどのEVを見る。
「先ほどの機械ですな」
「あれか……」
「あれは世界中の者たちが、様々な映像を遠くから見ることができる」
「世界中……」
「そして、二人の活躍を見て、すでに慕う者も出てきている」
チヨとナツメが少し照れくさそうにする。
「この方が、二人が認められるまでの時間を短くできるのではないかと思っての」
「確かに……」
父親は頷く。
「しかし、あんなものは見たことがないぞ」
「今年からのエキドナの商品だからであるよ」
「今年から……」
「ただ見るだけではない」
ムサシが続ける。
「見ている側も、文字として映像に出ている者へ伝えることができる」
「……何?」
「つまり、娘たちの姿をいつでも見られると?」
「そういうことですな」
父親の表情が変わった。
「手紙代わりにもできるなぁ……」
「はい」
「娘たちが今何をしているのかも見られるのか?」
「公開されている映像であれば」
「…………」
父親は、しばらく黙ってEVを見つめた。
「おいくらですか!?」
「父上!?」
チヨとナツメが同時に声を上げた。
ムサシが豪快に笑う。
「はっはっは! やはりそうなりますか!」
「だって……娘たちの姿を遠くから見られるのだろう?」
「それはそうですが……」
チヨが苦笑する。
「父上、私たちそんなに心配されてたの?」
「当たり前だ!」
「でも、今は剣聖様がいるから大丈夫だよ」
「それはそれで、とんでもない方に弟子入りしているのが心配なんだ!」
「ははは!」
道場に、ムサシの笑い声が響いた。




