お兄ちゃん 旅行に行きたい
ノイティス家。
ルーデウスは自室で書類を片付けていた。
「……これで三分の一か」
次期当主としての仕事は多い。
そこへ、クリスティーナが入ってきた。
「ルーデウス」
「はい、お母さん」
「私、マドカちゃんと旅行に行ってきますわね」
「…………え?」
ルーデウスの手が止まった。
「マドカと!?」
「ええ」
「旅行!?」
「そうですよ?」
クリスティーナはいつもの笑顔で頷く。
「今度は和の国に行くのですって」
「和の国……」
ルーデウスが考える。
だが、次の瞬間にはもう別のことを考えていた。
「……俺も行く」
「まあ」
「俺もマドカと行く」
「もちろん構いませんわ」
「本当に?」
「ええ」
「いつ?」
「準備ができてからですわね」
「じゃあ俺も準備する」
「仕事は?」
「…………」
ルーデウスが机を見る。
大量の書類。
「……終わらせる」
「まあ、偉い」
「全部終わらせる」
ルーデウスは即答した。
「マドカと旅行なんて、絶対行きたい」
「ふふ」
「だって、マドカが和の国に行くんでしょ?」
「ええ」
「なら俺も行く」
「ルーデウス」
「なに?」
「お仕事、かなりありますけど」
「やる」
「まだ何も言ってませんよ?」
「やるから!」
ルーデウスは書類を抱えた。
「これ全部終わらせればいい?」
「そうですね」
「終わらせる」
「旅行までに?」
「旅行までに」
クリスティーナが微笑む。
「でも、ルーデウス」
「うん?」
「和の国では、マドカちゃんはチヨさんやナツメちゃんたちと一緒に行動すると思いますよ?」
「…………」
ルーデウスが固まる。
「……俺も一緒にいるよね?」
「もちろん」
「ずっと?」
「ずっとというわけにはいかないでしょうね」
「……」
ルーデウスの顔が少し曇る。
「マドカが一人で歩いてたら?」
「大丈夫でしょう」
「でも知らない国だよ?」
「チヨさんたちもいますし」
「……でも」
ルーデウスは真剣な顔になる。
「俺、お兄ちゃんだから」
「まあ」
「マドカのこと、ちゃんと見ておかないと」
「ふふ」
クリスティーナは楽しそうに笑う。
「ルーデウスは本当にマドカちゃんが好きですね」
「当たり前でしょ」
即答だった。
「俺の妹だよ?」
「ええ」
「可愛いし」
「ええ」
「強いけど、可愛いし」
「ええ」
「何かあったら俺が行く」
「ええ」
「和の国で変な人に絡まれたら俺が――」
「ルーデウス」
「なに?」
「まだ旅行は先ですよ?」
「……そうだった」
ルーデウスは一度落ち着く。
そして、机の書類を見る。
「……これ全部やれば、マドカと旅行に行けるんだよね?」
「ええ」
「じゃあやる」
ルーデウスは椅子に座り直した。
「絶対終わらせる」
猛烈な勢いで書類を書き始める。
「マドカ待っててね……!」
「まあまあ」
クリスティーナは息子を見ながら笑っている。
「そこまで頑張らなくても、旅行には行けますわよ?」
「いや、早く終わらせれば、その分マドカと話せる時間が増える!」
「……なるほど」
クリスティーナは少し考える。
「では、仕事を早く終わらせたら、ご褒美にマドカちゃんとの旅行の予定を詳しく教えてあげますわ」
「本当!?」
ルーデウスが顔を上げる。
「どこ行くの? 何食べるの? マドカは何するの?」
「ふふ」
「チヨさんたちも一緒なんだよね? じゃあマドカが戦うところも見られるかな」
「たぶん見られますわね」
「絶対行く」
ルーデウスは再び書類に向き直る。
「よし……!」
クリスティーナはそんな息子を見て、満足そうに微笑んだ。
「我が息子ながら、分かりやすいこと」
こうして。
ルーデウスは、妹との旅行を餌にされたことで。
普段より遥かに速い速度で仕事を片付け始めることになった。




