姉妹 冒険者ギルドに来る
ふむ……。
その美女は、冒険者ギルドに来ていた。
腰には刀。
和の民の装束を身にまとった、長身のサムライ――チヨである。
先日、妹のナツメと共にゴールへやって来たばかりの彼女は、想像していた以上の都会ぶりに、少々驚いていた。
だが、いつまでも街を眺めているわけにもいかない。
二人の目的は、冒険者ギルドで仕事を探すことだった。
「ほぅ……」
掲示板に並ぶ依頼書を眺めながら、チヨが一枚を手に取る。
「ナツメ……この依頼、中々の報酬だな」
「姉様、またそんなに考えて! 早くしてよ!」
「待て。そう急ぐでない」
チヨは依頼書をじっと見つめる。
「我が家の教えでござるぞ」
「またそれ?」
「うむ」
「依頼書を見るだけで、そんなに観察する必要あるの?」
「ある」
「どこに!?」
「……」
チヨは黙って依頼書を見つめ続ける。
「ほぅ……」
「ほらまた!」
ナツメが呆れたように声を上げた。
そんな二人の目に、ギルド併設の訓練場が入った。
そこには、三台のヒロバトが設置されている。
冒険者なら誰でも利用できる、訓練用の装置だ。
呼び出された幻影は、人の姿を模倣する。
姿だけではない。
登録された人物の戦い方や技能まで再現することができる。
ただし、攻撃力はゼロ。
あくまでも安全に戦闘訓練を行うためのものだ。
「……」
チヨの足が止まった。
「姉様?」
「……あれは何だ?」
「ヒロバトだって」
「ほう」
チヨは訓練場へ近づいていく。
そこでは、様々な武器を持った幻影が動いていた。
魔法師。
銃を構えた者。
剣を扱う者。
そして――。
「……刀?」
チヨの視線が、一人の幻影で止まった。
細身の少女。
腰に刀を携えている。
「……」
チヨはじっと観察する。
刀身。
構え。
足の運び。
どれも和の民が使う刀とは少し違う。
「我が和の民の技ではないな」
「姉様、興味あるの?」
「うむ」
チヨは幻影から目を離さない。
「刀を使う者ならば、見ておきたい」
「でも姉様、仕事探しに来たんじゃないの?」
「そうだ」
「じゃあ、なんで訓練場にいるの?」
「仕事を探すにも、まずはこの街を知ることが大切でござる」
「絶対それ関係ないよね!?」
「……」
チヨは刀の幻影を見つめる。
「まずは、これを試す」
「やっぱり!」
受付で利用方法を確認し、チヨは訓練場へ入った。
「姉様、使用者登録はあっちだって」
「うむ」
「ちゃんと聞いてたんだ……」
登録を終えたチヨは、改めてマドカの幻影の前へ立った。
「……」
白い髪。
青い瞳。
細身の身体。
腰に携えた刀。
見た目だけなら、本人と見間違えてもおかしくない。
「これが……」
チヨは小さく呟く。
「マドカ殿の幻影か」
「そうみたい」
ナツメも隣から眺める。
「でも、幻影だから基本は喋らないんだって」
「ほう?」
「開始するときと、終わるときだけ喋るみたい」
「なるほど」
チヨは納得したように頷いた。
「では、こちらが構えれば始まるのでござるな」
「うん」
チヨは刀に手を添える。
「では――」
すっと抜き、構える。
「参る!」
その瞬間。
マドカの幻影が姿勢を変えた。
「ふぅ、今日の相手はあなたなんだね!」
「……!」
「よろしく! マドカだよ!」
チヨが目を丸くする。
「しゃべった……!」
「姉様、さっき説明したよ?」
「いや……」
チヨは構えを崩さない。
「実際に見ると、少々驚くな」
マドカの幻影が刀を構える。
その瞬間――。
「――!」
地面を蹴った。
「速い!」
チヨも即座に踏み込む。
刀と刀がぶつかった。
――キィン!
「っ!」
腕に衝撃が走る。
「重い……!」
幻影の動きは、単純に速いだけではない。
踏み込み。
体重移動。
刀を振る角度。
すべてが実戦を想定した動きになっている。
チヨは一度距離を取った。
「なるほど……」
マドカの幻影が追ってくる。
「その程度の誘いには乗らぬ!」
チヨは横へ跳ぶ。
刀が空を切る。
「そこ!」
チヨが踏み込んだ。
しかし、幻影は身体を捻って避ける。
「なっ……!」
続く一撃を、チヨは刀を立てて受けた。
――ガキィン!
「くっ……!」
押し込まれる。
チヨは足を滑らせながらも体勢を崩さない。
受け流し、そのまま身体を半回転。
「ここでござる!」
斬り返す。
幻影も即座に反応した。
刀を引き戻し、受け止める。
――キィン!
さらに二撃。
三撃。
四撃。
互いの刀が何度もぶつかる。
「……!」
チヨの表情が変わっていく。
楽しい。
だが、それだけではない。
同じ刀を使っているのに、自分とはまるで違う。
構えも。
間合いも。
踏み込みも。
すべてが違う。
「面白い……!」
思わず声が漏れた。
「望むところでござる!」
チヨが踏み込む。
今度は自分から距離を詰める。
正面。
右。
左。
攻撃の角度を変えていく。
しかし、マドカの幻影はその動きに対応してくる。
「……なるほど」
チヨが一度、刀を引いた。
「姉様?」
「ナツメ」
「なに?」
「今のを見たか」
「見てたよ」
ナツメが少し考える。
「姉様の動きに合わせて、動いてたね」
「そうだ」
チヨは幻影を見る。
「ただ速いだけではない」
相手の動きを見る。
その動きに応じて、次の一手を選ぶ。
それが、この幻影の戦い方だった。
「……面白い」
チヨの目が輝く。
「これなら、普段の修練とは違う鍛錬ができる」
「そんなに気に入ったの?」
「うむ」
チヨは刀を握り直す。
「ならば、もう一度だ」
「姉様、まだやるの?」
「当然でござる」
再び構える。
「マドカ殿」
幻影は答えない。
だが、チヨは気にしない。
「先ほどより一手、多く見せてもらう」
「……」
ナツメが小さく笑った。
「姉様、完全に楽しんでるね」
「集中しているだけでござる」
「口元、笑ってるよ?」
「……」
チヨは答えなかった。
再び、刀が交わる。
今度は先ほどとは違う。
チヨは真正面から踏み込まず、途中で進路を変える。
幻影が追う。
そこからさらに一歩。
刀が閃く。
幻影が受ける。
「そこだ!」
チヨは刀を引き、反対側から斬り込む。
――キィン!
防がれた。
「まだ!」
さらに踏み込む。
互いの刀が何度もぶつかる。
「姉様、すごい……」
ナツメは目を輝かせながら戦いを見ていた。
そして最後の一撃。
チヨの刀が幻影の肩を捉えた。
――カンッ!
「入った!」
ナツメが声を上げる。
しかし、マドカの幻影は倒れない。
「承知!」
チヨも構え直す。
数度の打ち合いが続き――。
やがて、終了を知らせる音が鳴った。
「お疲れ様でした!」
マドカの幻影が刀を下ろす。
「今日はここまでだね。また一緒に戦おう!」
そう言って、幻影は静かに消えていった。
「……」
チヨは、しばらくその場所を見つめていた。
「姉様?」
「これは……」
ゆっくりと刀を鞘へ戻す。
「実に良い修練になる」
「そんなに?」
「うむ」
チヨは頷いた。
「相手の動きを観察し、自分の動きを変える。それを安全に何度でも試せる」
「じゃあ、また来る?」
「もちろん」
チヨは受付の職員へ向き直った。
「次に来た時も、同じ幻影と戦えるのでござるか?」
「はい。空いていれば何度でも利用できますよ」
「それはありがたい」
チヨは小さく笑った。
「次は、今日より一手多く読んでみせよう」
「姉様、もう次のこと考えてるじゃん」
「修練とは、そういうものでござろう」
「でも今日の姉様、いつもより楽しそうだったよ」
「……」
チヨは少しだけ目を逸らす。
「……良い相手であったからな」
ナツメがにやりと笑った。
「また来る理由ができたね」
「そういうことにしておこう」
チヨは受付を後にしながら、先ほどまでマドカの幻影が立っていた場所をもう一度だけ振り返った。
「マドカ殿……」
小さく呟く。
「次は、もう少し深く見せてもらうとしよう」
その日のチヨは、いつもより少しだけ足取りが軽かった。




