幻影ビアンチ
『対象:ルーデウス・ノイティス』
「……」
『剣術を使用』
「なんで記録してるんだよ!」
マドカが吹き出す。
「ビアンチらしい!」
「笑ってないで助けてくれ!」
幻影はまた書き始める。
『踏み込み速度――』
「だから戦え!」
ルーデウスが踏み込む。
幻影が慌てて逃げる。
「逃げるのか!?」
そして距離を取ったところで――。
またメモ帳。
さらさらさら。
「…………」
ルーデウスのこめかみに青筋が浮く。
「お前……」
幻影はメモ帳を見ながら頷く。
そして――。
さらに一行書き足した。
『短気』
「それを書く必要ある!?」
マドカが腹を抱えて笑った。
「ビアンチ、ちゃんと観察してる!」
「観察しなくていい!」
ビアンチの幻影は、またメモ帳に視線を落とした。
『踏み込み後の追撃――』
「だから書いてる場合か!」
ルーデウスが突っ込む。
「うわっ」
幻影が慌てて逃げる。
右へ。
左へ。
足取りは明らかにぎこちない。
「逃げてばっかりじゃないか!」
ルーデウスが追う。
幻影は逃げながらも、メモ帳を開く。
さらさらさら。
「また書いてる!?」
『追跡時、怒りによって速度上昇』
「それは今書くことか!?」
マドカが笑う。
「ちゃんとデータ取ってるね!」
「だから笑ってないで――!」
ルーデウスが一気に距離を詰める。
「捕まえた!」
幻影の腕を掴む。
「……!」
幻影が慌てて振りほどこうとする。
ルーデウスも離さない。
「逃がすか!」
そのまま二人でもみ合う。
幻影は身体をひねる。
ルーデウスは踏ん張る。
幻影が足を引っかける。
「うわっ!」
二人とも倒れ込む。
「痛っ!」
ルーデウスが転がる。
その隙に幻影が起き上がり――。
メモ帳を拾う。
『近接戦闘――』
「まだ書くのかよ!」
ルーデウスが起き上がる。
「もういい!」
幻影が逃げる。
ルーデウスが追う。
また逃げる。
また追う。
そして――。
「そこだ!」
ルーデウスが飛び込んだ。
「うわっ!」
今度こそ幻影を捕まえる。
二人がそのまま床を転がる。
幻影が抜け出そうとする。
ルーデウスも必死に押さえ込む。
「もう逃がさないからな!」
幻影がメモ帳を持ったまま、じたばたする。
「お前も戦え!」
幻影がメモ帳を見る。
そして最後に一行。
『近接戦闘――苦手』
「今さら!?」
ルーデウスが叫ぶ。
そのまま幻影を押さえ込む。
しばらくのもみ合いの末――。
幻影が消えた。
「……はぁ……はぁ……」
ルーデウスが床に座り込む。
「……勝った……」
マドカが拍手する。
「おめでとう、お兄ちゃん!」
「……これ、勝ったって言っていいのか?」
「うん。ビアンチに勝ったんだから勝ちだよ」
「…………」
ルーデウスは床に転がったメモ帳を見る。
最後のページには――。
『対象:ルーデウス・ノイティス』
『短気』
『追跡能力:高』
『近接戦闘:普通』
そして、その下に――。
『要注意』
「…………」
ルーデウスはメモ帳を指差した。
「最後まで俺を分析してたのかよ!」
マドカが笑った。
「ビアンチらしいね!」
「もう二度と戦いたくない……」
そして――。
結局、ルーデウスは今回のダンジョン攻略から外されることになった。
「お兄ちゃん、今日も配信する予定だからやめておこう?」
マドカが少し困ったように笑う。
「あとでちゃんとレベル上げ手伝うからさ」
「でも……」
「お兄ちゃん、すぐ死にそう」
「……」
ルーデウスが固まった。
「ふふ」
クリスティーナまで小さく笑う。
「ルーデウスは運動神経が鈍そうですものね」
「お母さんまで!?」
「だって……」
マドカが首を傾げる。
「お母さんみたいに順応するの遅そうだもん」
「私を基準にしないでくださいませ!?」
「それに――」
マドカが少し考える。
「これ、配信したら『ルーデウス様が無様な姿を……』とかコメントに書かれちゃうよ」
「……」
ルーデウスが黙る。
「それは困りますわね」
クリスティーナも真顔で頷いた。
「ルーデウス」
「はい」
「マドカちゃんは、あなたを仲間外れにしようというのではありませんわよ?」
「……分かってます」
「守るのもエキドナの皆さんなのですし」
クリスティーナは優しく続ける。
「今日は私達の活躍をEVで見てなさい?」
「ほ、本当に大丈夫だよね?」
ルーデウスが不安そうに聞く。
「昨日の配信で充分でしょ……?」
「三十層も五階層も、私には変わんないもの!」
「その基準がおかしいんだよ……」
ルーデウスが小さく呟く。
「まぁ」
そこへリゼットが口を挟んだ。
「マドカの強さはもう分かっているからな」
「そうよ」
クリスティーナも頷く。
「それに、私も一緒ですもの」
「……お母さんを頼んだぞ!」
ルーデウスがマドカを見る。
「まっかせなさい!」
マドカが胸を張った。
「それじゃあ、今日はEVで見ててね!」
「……分かった」
ルーデウスは少し不安そうに頷く。
こうして――。
ルーデウスはダンジョン攻略には参加せず、今日は屋敷でエキドナの配信を見ることになった。
本人としては少し不本意だったが――。
幻影戦のようなダサイ戦いをEVへ流されるよりは、まだマシだった。




