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落内円は落ちている  作者: 七風


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お母さんダンジョンに行く決意

「お母さん、ダンジョン行こう!」


「私もなのですか!?」


 クリスティーナが目を丸くする。


「私、強くないのですけど?」


「だって、お母さん私のお母さんだもん」


「……」


 クリスティーナが少し黙る。


「だから?」


「色々危ないかも」


「危ないとは?」


 クリスティーナが聞き返す。


「エキドナって、好かれてるばかりじゃないって、お母さん言ってたじゃない?」


「ええ……まあ、そうですわね」


「恨みがある人もいるかもしれないし」


 マドカが少し真剣な顔になる。


「私が娘になったから、誘拐とかされそう」


「あり得るわね」


 リゼットがあっさり答えた。


「あなたはマドカの弱点になるかもしれないわ」


「……」


 クリスティーナの表情が少し固まる。


「私が、ですか?」


「ええ」


 リゼットは紅茶を一口飲んだ。


「エキドナの人間に直接手を出すより、身近な人間を狙った方が楽だと考える人間はいるでしょうね」


「それは……確かに怖いですわね」


「だから、お母さんも強くなった方がいいよ」


 マドカが言う。


「それに――」


 少し考えてから、続ける。


「お母さんって公爵夫人でしょう?」


「ええ」


「ただでさえ貴族社会って怖いじゃない?」


「……」


「夜会とかで、乱れたパーティーしてそうだし」


「偏見ですわよ!?」


 クリスティーナが思わず声を上げる。


「夜会を何だと思っていますの!?」


「え?」


 マドカが首を傾げる。


「貴族の人達がいっぱい集まって、お酒飲んで、ご飯食べて、男の人と女の人がずっと話してるんでしょ?」


「……」


「それで、気に入った人がいたら、ずっと一緒にいるとか」


「それは……」


 クリスティーナが言葉に詰まる。


「完全に間違いとは言い切れませんけれど!」


「ほら!」


「何が『ほら』ですの!?」


 ヒナタがくすくす笑う。


「マドカの想像よりは、たぶん普通の社交の場なんだよね?」


「ええ」


 クリスティーナが少し安心したように頷く。


「基本的には、家同士の付き合いや情報交換、親睦の場ですわ」


「じゃあ、男の人が言い寄ってくるのは?」


「……」


 またクリスティーナが黙った。


「あるの?」


 マドカがじっと見る。


「……まあ」


「あるんだ」


「ありますわよ」


 クリスティーナは諦めたように答えた。


「ただし、皆さんが想像するような露骨なものではありませんわ」


「どういうの?」


「例えば――」


 クリスティーナは少し困ったように笑った。


「『未亡人となってから、随分とお寂しい思いをされているのでは?』などと、妙に親身になってくださる方がいますわ」


「それ、絶対狙ってるじゃん」


 マドカが即答した。


「ええ……まあ、そういうことでしょうね」


「他には?」


「『私の領地では今度、珍しい花が咲きます。よろしければご案内しましょう』とか」


「それもデートのお誘いじゃん」


「社交辞令という可能性もありますけれど……」


「お母さん、騙されてない?」


「騙されていませんわ!」


 クリスティーナが苦笑する。


「私も、それくらいは分かります」


「じゃあ、もっと露骨なのもある?」


「……ありますわね」


「どんなの?」


「夜会の帰りに、馬車まで送ると言われたり」


「うん」


「次の夜会には自分がエスコートすると言われたり」


「うんうん」


「自分の領地へ招待したいと言われたり」


「それ絶対好きじゃん!」


「マドカちゃん、少し声を抑えてくださいませ!」


 クリスティーナが慌てて周囲を見る。


「それから――」


「まだあるの?」


「手紙をいただくこともありますわ」


「手紙?」


「ええ。遠回しに好意を伝えてくるものです」


「返事するの?」


「必要がなければいたしません」


「無視?」


「無視というより、家同士の関係を考えた上で、丁寧にお断りしますの」


「面倒だね」


「ええ。ですから、私もそれほど好きではありませんわ」


 クリスティーナはため息をついた。


「そもそも、夫を亡くしてからも公爵家を支える立場ですもの。軽々しく誰かと親しくするわけにもいきません」


「でも、そういうのって、断ったら怒る人もいるんじゃない?」


 マドカの声が少し低くなる。


「……」


 クリスティーナは否定しなかった。


「中には、そういう方もいますわね」


「ほら」


 マドカがリゼットを見る。


「やっぱり危ないじゃん」


「そうね」


 リゼットも頷いた。


「夫人、あなたかなりモテるもの」


「……」


「それに見た目も美しい」


 リゼットはクリスティーナをまっすぐ見る。


「私と同じくらいの美女ね」


「お姉ちゃん、自分で言うんだ」


「事実でしょう?」


「まあ、そうだけど」


 リゼットは少し考える。


「しかも未亡人で、公爵家当主の妻だった女性。狙わない理由がないわね」


「た、確かに言い寄られることはありますけど……」


 クリスティーナが苦笑する。


「私、一応公爵家に嫁ぎましたが、王の姉ですわよ?」


「ええ」


「身分が怖くて、下手な真似はできませんでしょう?」


「そんなの関係ないですね。クリスティーナ夫人はとてもお綺麗ですもの」


「ヒナタちゃんまで!?」


「今ので危ないって思ったよ!だって、男の人がホイホイ寄ってきそうだし」


「ホイホイって……」


 クリスティーナが額に手を当てる。


「皆さん、私を何だと思っていますの?」


「綺麗なお母さん!」


 マドカが即答する。


「……」


 クリスティーナの表情が少し緩む。


「それは……ありがとうございます」


「だから心配なの!」


 マドカは真剣だった。


「私、お母さんが変な人に捕まるの嫌だよ」


「……マドカちゃん」


「私が娘になったから、余計にお母さんを狙う人が出てくるかもしれないし」


「それは確かにあり得るわね」


 リゼットが静かに頷いた。


「公爵家に新しい娘ができた。それがエキドナのマドカなら、利用価値があると考える人間もいるでしょう」


「でしょう?」


 マドカが嬉しそうにする。


「だから強くなった方がいいよ!」


「その理屈は分かりますけれど……」


 クリスティーナは少し困ったように笑った。


「私が今から冒険者のように鍛えるというのは、かなり大変なのでは?」


「だからまず、今の強さを見てみようよ」


 マドカが言った。


「どのくらい強いのか分からないまま心配してても仕方ないし!」


「それもそうね」


 リゼットが頷く。


「私も夫人の現在の能力は正確には知らないわ」


「ええ」


 クリスティーナも頷く。


「私も、自分が今どの程度なのかなんて、考えたことがありませんもの」


「じゃあ鑑定しよう!」


 マドカが嬉しそうに身を乗り出す。


「お母さん、強いかもしれないよ?」


「そうですわね……」


 クリスティーナも少しだけ興味が湧いてきた。


「学生時代は、魔法の成績も悪くありませんでしたし」


「ほら!もしかしたら、すごい魔法使いかも!」


「それは期待しすぎでは?」


 クリスティーナは苦笑する。


「でも――」


 マドカは真剣な顔でクリスティーナを見る。


「私、お母さんに強くなってほしい」


「……」


「私が安心できるくらい」


 クリスティーナはしばらくマドカを見つめた。


「……分かりましたわ」


「本当?」


「ええ」


 クリスティーナが微笑む。


「マドカちゃんがそこまで心配してくださるのに、何もしないというのも困りますもの」


「やった!」


「ただし、私が強くなれるかどうかは別問題ですわよ?」


「それは鑑定してから考えればいいよ!」


「ふふ。確かにそうですわね」


 リゼットが立ち上がる。


「では、鑑定しましょうか」


「うん!」


「ヒナタも見てくれる?」


「もちろん」


 四人がそれぞれ立ち上がる。


 マドカは期待に満ちた顔でクリスティーナを見る。


「お母さん、どのくらい強いかなー?」


「私の方が聞きたいですわ」


「もしかしたら、マドカより魔法が得意だったりして」


「それはありそう!」


 ヒナタが笑う。


「私も楽しみ」


「皆さん、ずいぶん楽しそうですわね……」


 クリスティーナは少し苦笑しながらも、どこか嬉しそうだった。


 自分の力を知る。


 そして――。


 娘が安心できるくらいには、強くなる。


 そんな目的なら、少しくらい頑張ってみてもいい。


「では、鑑定するわね?」


 リゼットがクリスティーナへ手を伸ばした。


「一体、どんな結果になるのかしらね」


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