セシリア
その日。
マドカは、専属侍女となったセシリアを連れて、エキドナへ向かっていた。
「本日は、どのようなご予定でしょうか?」
セシリアが手帳を確認する。
「えっとねー」
マドカは少し考えた。
「午前中はニコラと相談!」
「新商品の企画でしょうか?」
「うん。便利そうなの思いついたから!」
「承知しました」
セシリアは予定を書き込む。
「その後は?」
「ムサシと修行」
「剣の修行ですか?」
「そうそう」
「その後は?」
「トライアングルのレッスン!」
「……なるほど」
セシリアは一度、手帳から顔を上げた。
「お忙しいですね」
「そう?」
「はい」
「でも、まだ普通だよ?」
「……」
セシリアは何も言わず、手帳へ視線を戻した。
――この方にとっては、これが普通なのですね。
そんなことを思いながら。
◆
「ニコラ!」
「んー?」
エキドナの工房。
マドカが入ると、ニコラが作業台から顔を上げた。
「ちょっと相談!」
「いいよぉ~」
「こういうの作れない?」
マドカが簡単に説明する。
「なるほどねぇ~」
ニコラは眼鏡を押し上げながら、すぐに考え始めた。
「それなら、この部品使ってぇ~……」
「それだと大きくない?」
「じゃあ小さくするぅ~」
「もっと簡単にできない?」
「んー……」
ニコラが黙り込む。
数分後。
「……面白そう」
「じゃあ作る?」
「作るぅ~」
「やった!」
マドカが嬉しそうに笑う。
セシリアは、その様子を少し離れたところから見ていた。
「……」
相談というより、ほとんど共同開発ですね。
しかも、マドカが思いついたことを口にして、ニコラが形にしている。
それがあまりにも自然だった。
「マドカお嬢様」
「ん?」
「こちらは、普段からこのような感じなのでしょうか?」
「うん!」
「……そうですか」
セシリアは手帳に何かを書き込んだ。
「何書いてるの?」
「今後の予定管理についてです」
「予定?」
「マドカお嬢様の『思いついた』を予定として扱うべきか、検討しています」
「ふふっ」
マドカが笑った。
「セシリアも面白いね!」
◆
次は訓練場。
「来たか、マドカ!」
ムサシが嬉しそうに刀を持っている。
「うん!」
「今日も稽古ですな!」
「よろしく!」
マドカが刀を抜く。
セシリアは少し離れた場所で見学する。
「……」
始まった。
一瞬で二人の姿が消える。
刀がぶつかる。
キィン!
さらに一撃。
マドカが避ける。
ムサシが踏み込む。
マドカが笑う。
「今の、もう一回!」
「ほう!」
ムサシも楽しそうだ。
「よかろう!」
セシリアは黙って見つめる。
――これが、日常。
先ほどまで新商品の相談をしていた少女が、今度は剣聖と刀を交えている。
しかも――。
「楽しそうですね」
セシリアが思わず呟いた。
「うん!」
マドカが戦いながら答える。
「面白いよ!」
「……」
セシリアは小さく息を吐いた。
理解した。
この方は、本当にこれを日常としているのだ。
◆
そして夕方。
「では、次はトライアングルのレッスンですね」
「うん!」
場所を移動する。
ナナリー、マドカ、アリシアの三人が揃う。
「マドカちゃん、今日は遅かったね」
「ムサシとの修行してた!」
「またやってたの?」
「うん!」
ナナリーが苦笑する。
「じゃあ、始めようか」
音楽が流れる。
三人が動き始める。
セシリアは、またしても驚いた。
剣を振っていた少女が、今度は歌って踊っている。
「……」
しかも、楽しそうだ。
「マドカちゃん、そこ少しだけ遅れてるよ」
「ここ?」
「そう。もう一回やってみよう」
「うん!」
マドカはすぐに修正する。
セシリアは、思わず手帳を見る。
――剣術。
――商品開発。
――アイドル活動。
――冒険者。
書き込まれた予定を眺める。
「……」
改めて、とんでもない生活ですね。
◆
そして夜。
「夕食できたよー!」
ヒナタの声が響く。
エキドナのメンバーが集まってくる。
「今日は何?」
「新しい料理!」
「おお!」
マドカが嬉しそうに席につく。
セシリアも少し離れた席についた。
「マドカちゃん、これ美味しいよ」
「ほんと?」
「うん!」
「じゃあ食べる!」
料理を口に入れたマドカが、すぐに笑う。
「美味しい!」
「よかった」
ヒナタも嬉しそうに笑う。
その周囲では、ニコラが新商品の話をし、グレタが鍛冶の話をし、ムサシとガイルが今日の修行について話している。
誰かが笑い。
誰かが料理を取り。
誰かが新しい話を始める。
セシリアは、そんな光景を眺めていた。
貴族の屋敷の食事とは、まったく違う。
けれど――。
「……賑やかですね」
「うん!」
マドカが笑う。
「これがエキドナだよ」
「そうですか」
セシリアも、少しだけ笑った。
◆
夕食の後。
「お風呂入ろー!」
マドカが立ち上がる。
「お風呂ですか?」
「うん!」
エキドナには大人数で入れる風呂がある。
女性陣が集まり、賑やかに湯へ入っていく。
「今日どうだった?」
マドカがセシリアに聞く。
「……色々と勉強になりました」
「怖くなかった?」
「少しだけ」
「やっぱり?」
「皆さん、普通ではありませんから」
「そうかなぁ?」
「はい」
セシリアは苦笑する。
「ですが――」
「ん?」
「マドカお嬢様が楽しそうなので、少し安心しました」
「えへへ」
マドカが笑う。
「ここ、楽しいよ」
「それは見ていて分かりました」
◆
風呂から上がる。
夜も遅くなっていた。
「じゃあ、今日はここに泊まりなさい」
リゼットがセシリアへ声をかけた。
「え?」
「あなたの部屋、用意してあるわ」
「私の……?」
「ええ」
リゼットが廊下の先を指す。
「侍女用の部屋よ。マドカの部屋の近くにしてあるから」
「……」
セシリアは少し驚いた。
「最初から?」
「もちろん」
リゼットが当たり前のように答える。
「あなたはマドカの専属侍女でしょう?」
「はい」
「だったら、エキドナに泊まる時の場所くらい必要でしょう」
「ありがとうございます」
セシリアは深く頭を下げた。
「明日からも、こちらへ来てもいいのですか?」
「もちろんよ」
リゼットは微笑んだ。
「あなたもエキドナの人間になるのだから」
「……」
セシリアは少しだけ目を見開いた。
まだ正式な意味でメンバーになったわけではない。
それでも。
自分のための部屋が、この場所に用意されている。
「では――」
セシリアは静かに笑った。
「これからも、よろしくお願いいたします」
「うん!」
マドカが嬉しそうに笑う。
「明日からも一緒だね!」
「はい、マドカお嬢様」
その呼び方に、マドカが少しだけ首を傾げた。
「……ねえ、セシリア」
「はい?」
「まだずっと『お嬢様』って呼ぶの?」
「当然です」
セシリアは微笑む。
「私はマドカお嬢様の専属侍女ですから」
「そうだけどさー」
マドカは少し考える。
「疲れない?」
「疲れる?」
「うん。私そこまで硬く接してもらうの、ちょっと面倒なんだよね」
マドカはセシリアを見る。
「二人だけの時とか、エキドナで知り合いができたら、普通にしていいよ?」
「……」
セシリアは少しだけ目を丸くした。
「そうですか?」
「うん」
「では――」
セシリアはふっと表情を緩めた。
「じゃあ、そうしようかな」
「え?」
ほんの少しだけ、声の硬さが消える。
「じゃあ、マドカちゃん。明日の予定、どうする?」
「……!」
マドカが目を丸くする。
「なんか変な感じ!」
「そう?」
セシリアは小さく笑った。
「私はこっちの方が楽だけど」
「そっか!」
マドカも嬉しそうに笑う。
「じゃあ、明日からよろしくね。セシリア!」
「うん。こちらこそ、マドカちゃん」
そのやり取りを少し離れたところから見ていたリゼットが、微笑む。
「ふふ。ようやくね」
「何が?」
「なんでもないわ」
エキドナの夜は、静かに更けていった。
そしてその日。
マドカには、もう一人――
自然に隣にいてくれる姉のような存在が増えた。




