家族配信
「マドカちゃん?」
「何? お母さん」
エキドナの屋敷。
クリスティーナ夫人が、いつものようにマドカの隣へ座っていた。
「配信してみましょうか」
「え!?」
マドカが目を丸くする。
「なんで!?」
「あなたがノイティス公爵家の養女となって、正式にマドカ・ノイティスになったでしょう?」
「うん」
「その報告を、皆さんにしておこうと思って」
「お母さん、それはいきなりすぎるのでは!?」
ルーデウスが慌てて口を挟んだ。
「そう?」
「そうですよ!」
「でも、隠しておくことでもないでしょう?」
「いや、それはそうですけど……」
ルーデウスが困ったように頭を抱える。
「そもそも俺まで配信に出る必要あります?」
「あら」
夫人が微笑む。
「あなたの嫁探しも兼ねているのですけど?」
「えっ!?」
「お兄ちゃんの嫁探し!?」
マドカの目が輝いた。
「おもしろそう!」
「マドカまで!?」
ルーデウスが頭を抱える。
「ちょっと待ってください!」
「何?」
「俺の嫁探しを配信でするんですか!?」
「いいじゃん!」
マドカが楽しそうに言う。
「お兄ちゃん、結婚するんでしょ?」
「いや、いつかはそうなるだろうけど……」
「じゃあ探そう!」
「そんな簡単な話じゃないから!」
「でも、お兄ちゃんが好きな人を探すんでしょ?」
「そういう話でもない!」
夫人が楽しそうに笑う。
「ルーデウスは領地経営も覚え始めていますし、そろそろ社交界でも注目される年頃ですから」
「お母さん……」
「それに、マドカちゃんの家族としても、きちんと紹介しておきたいですもの」
ルーデウスが少し黙る。
「……それなら、マドカの紹介だけにしません?」
「だめよ」
「なんで!?」
「あなたもノイティス家の大事な息子ですもの」
「いや、そういう問題じゃ……」
マドカが楽しそうにルーデウスの顔を覗き込む。
「お兄ちゃん、顔赤いよ?」
「赤くない!」
「赤いよ?」
「マドカ!」
「ふふ」
夫人が笑う。
「では、準備しましょうか」
「本当にやるんですか……」
「もちろん」
「お兄ちゃん、どんな人が好きなの?」
「今それ聞く!?」
「だって嫁探しするんでしょ?」
「配信で言えるわけないだろ!」
「じゃあ私が聞く!」
「やめてくれ!」
ルーデウスの悲鳴が屋敷に響いた。
その少し離れた場所では――。
「面白そうだね~」
ニコラが配信機材を準備していた。
「ニコラまで!?」
「だって~、新しい家族の配信でしょ~?」
「そうだけど!」
「じゃあ始めるね~」
「待って!」
「三、二、一~」
「早い!」
こうして――。
エキドナの配信に、ノイティス公爵家の新しい家族が登場することになった。
◆
「こんばんはー!」
マドカがカメラへ向かって手を振る。
「皆様、ごきげんよう」
その隣では、クリスティーナ夫人が優雅に微笑んでいる。
そして少し離れた場所には、緊張した顔のルーデウス。
いつものエキドナ配信とは、明らかに雰囲気が違っていた。
何より――。
マドカがいつものTシャツではない。
クリスティーナ夫人から贈られた、上品なドレス。
白銀の髪も整えられ、首元にはエキドナで作られたアクセサリーが輝いている。
耳元にも同じ素材を使った装飾品。
そしてクリスティーナ夫人の首元にも、よく似たアクセサリーがある。
『……え?』
『マドカ?』
『ちょっと待って』
『誰だよこの美少女』
『マドカちゃん!?』
『いつものマドカと違いすぎるw』
『ドレス!?』
『姿勢まで違うんだけど!?』
『おい、あれ誰だよ』
『マドカじゃないマドカがいるw』
コメント欄が一気に流れ始める。
「何かすごいことになってるね」
マドカがコメントを覗き込む。
「ええ」
クリスティーナ夫人が微笑む。
「皆様、今日は少し驚かれているようですわね」
『いや驚くよw』
『マドカちゃんこんな格好できたの!?』
『普通に公爵令嬢じゃん』
『いつものTシャツどこいったw』
『ドレスめちゃくちゃ似合ってる』
『アクセサリーも綺麗』
「今日は、公爵令嬢の講座をしてたからね」
マドカが説明する。
「お母さんからドレスをもらったの」
『お母さん!?』
『クリスティーナ様がお母さん!?』
「そうよ」
クリスティーナ夫人が嬉しそうに頷く。
「そして、こちらのアクセサリーもエキドナで作っていただいたものですの」
『エキドナ製!?』
『そのネックレス綺麗だな』
『クリスティーナ様も似たのつけてない?』
マドカが自分の首元へ触れる。
「お母さんとお揃いなんだよ!」
「ええ」
夫人も自分のアクセサリーに触れた。
「マドカちゃんに似合うものを作っていただくことになりまして。せっかくですから、私も同じデザインにしていただきましたの」
『お揃い!?』
『母娘でお揃い!?』
『めちゃくちゃいい……』
『養女になった記念みたいでいいな』
『エキドナとノイティス家の繋がりって感じだ』
「素材はいっぱいあるからねー」
マドカが楽しそうに笑う。
「好きなデザインで作れるんだよ」
「そうなのです」
クリスティーナ夫人も微笑む。
「ですから、これからも二人で大切に身につけていくつもりですわ」
『いいなぁ』
『マドカちゃん嬉しそう』
『クリスティーナ様も嬉しそうだな』
『本当に母娘になったんだな』
「では、改めまして」
クリスティーナ夫人がカメラへ向き直る。
「本日は皆様にご報告がございますの」
マドカも姿勢を正す。
「皆さん、ごきげんよう」
そして、普段とはまるで違う完璧な令嬢の表情で告げた。
「マドカ・ノイティスです」
『マドカ・ノイティス!?』
『ノイティス!?』
『え!?』
『あのノイティス公爵家!?』
『どういうこと!?』
「先日、マドカは正式にノイティス公爵家の養女となりましたの」
クリスティーナ夫人が優しく告げる。
「正式に、私の娘ですわ」
「えへへ」
マドカが少し照れた。
「お母さんの娘です」
『お母さん呼び!?』
『クリスティーナ様の娘になったの!?』
『公爵令嬢!?』
『いつの間に!?』
『だからドレスだったのか!』
『でもマドカ・ノイティスって、めちゃくちゃ似合うな』
コメント欄は一気に騒がしくなる。
「そして――」
マドカが隣を見る。
「お兄ちゃん!」
「俺ですか?」
ルーデウスが困ったように自分を指差した。
「うん!」
「ノイティス公爵家の嫡男、ルーデウスです」
少し緊張しながら頭を下げる。
『ルーデウス様!?』
『え、あのルーデウス様!?』
『本物!?』
『ごきげんよう、ルーデウス様!』
『ノイティス家のご嫡男様が配信に!?』
『かっこいい……』
コメント欄の雰囲気が一気に変わった。
「……」
ルーデウスが画面を見る。
「なんか、マドカの時と反応が違わないか?」
「お兄ちゃんは貴族の女性に人気なんじゃない?」
「マドカ、余計なことを言わなくていいから」
マドカが楽しそうに笑う。
「でも、お兄ちゃんかっこいいもんね」
「だから!」
ルーデウスの顔が赤くなる。
『ルーデウス様、照れていらっしゃる!?』
『かわいい』
『これは人気出ますわ』
『妹さんに褒められて照れるの素敵ですわね』
「……やめてくれ」
ルーデウスが小さく呟いた。
しかしクリスティーナ夫人は、そんな息子を見て楽しそうに微笑んでいる。
「では、ここからもう一つご報告がありますの」
「もう一つ?」
ルーデウスの表情が固まる。
「はい」
「お母さん……?」
クリスティーナ夫人はカメラを見る。
「マドカがノイティス家の養女になったことで、何かエキドナの活動が変わるのではないかと思われる方もいらっしゃるでしょう?」
『あ』
『確かに』
『公爵家がエキドナに関わるの?』
『財産とかどうなるんだ?』
「ですが、ご安心ください」
夫人は穏やかに続けた。
「エキドナの財産、土地、建物、商品、研究成果、権利、経営方針などに、ノイティス家が口を出すことはありません」
「マドカちゃんがこれまでエキドナで活動してきたことも、何も変わりませんわ」
『なるほど』
『金目当てじゃないんだな』
『エキドナは今まで通りか』
『マドカちゃんが公爵令嬢になっただけなんだ』
「私もこれまで通りだよ!」
マドカが笑う。
「エキドナで遊ぶし、仕事もするし、劇もする!」
『よかったw』
『マドカちゃんそのままなんだな』
「ノイティス家としては、マドカの家族になっただけです」
ルーデウスも続ける。
「俺達がエキドナのものをどうこうするつもりはありません」
「それに――」
少しだけマドカを見る。
「マドカが大切にしている場所なら、俺達が変える理由もないでしょう」
「お兄ちゃん……」
『ルーデウス様、いいお兄様ですわ』
『これは妹大好きお兄ちゃん』
『ノイティス家がちゃんと線引きしてるの安心する』
マドカが嬉しそうに笑った。
「じゃあ、これで安心だね!」
「ええ」
クリスティーナ夫人も頷く。
「では、次に――」
そこで、夫人が少しだけいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「もう一つ、お知らせがありますの」
「……」
ルーデウスの顔が引きつった。
「お母さん」
「あら?」
「まだあるんですか?」
「ええ」
「嫌な予感しかしないんですが」
「実はですね」
夫人が楽しそうに続ける。
「息子のルーデウス、本当に女性関係が一切なくて困っていますの」
「えっ!?」
マドカが目を丸くする。
「お兄ちゃん、こんなにかっこいいのに!?」
「マドカまで!?」
ルーデウスが頭を抱えた。
『えっ!?』
『女性関係ないんですの!?』
『ルーデウス様!?』
『本当ですの?』
『ノイティス家のご嫡男様なのに!?』
『それは意外すぎますわ』
「お見合いでもしなさいと言っても、逃げてばかりなのですよ」
「お母さん!」
「だって本当でしょう?」
「それは……」
ルーデウスが言葉に詰まる。
「まぁ、そのうちですよ」
「その『そのうち』が来ないから困っているのです」
『お母様、ぜひお見合いを!』
『ルーデウス様ならぜひお会いしたいですわ!』
『お話だけでも!』
『私、立候補してもよろしいでしょうか!?』
「……」
ルーデウスがコメント欄を見る。
「すごいことになってない?」
「なってるね!」
マドカが楽しそうに画面を覗き込む。
「お兄ちゃん、人気じゃん!」
「そういう問題じゃないんだよ!」
「でも、嫁探しするんでしょ?」
「だから配信でする話じゃないって!」
「いいじゃん!」
「よくない!」
マドカが楽しそうに笑う。
「どんな人がいいの?」
「今それ聞く!?」
「だって、探すんでしょ?」
「探さないから!」
「じゃあ、私が探す!」
「マドカ!」
ルーデウスが完全に困り果てる。
するとクリスティーナ夫人が、ふとコメント欄へ目を向けた。
「あら」
「どうしたの?」
「マドカちゃん」
「何?」
「こちらをご覧なさい」
マドカが画面を見る。
「……わぁ」
コメント欄が、ほとんどルーデウスへの言葉で埋まっていた。
『ルーデウス様、ぜひ一度お話を!』
『ご趣味は何ですの?』
『領地経営をされていると聞きましたわ』
『妹様を大切にされているところも素敵です』
『どちらの社交界にいらっしゃいますの?』
『ぜひお母様にもご挨拶したいですわ』
『ルーデウス様のお嫁さんになりたいです!』
「お兄様」
マドカが突然、背筋を伸ばした。
「……?」
ルーデウスが振り向く。
「もうすでに、視聴者の貴族令嬢のファンの皆様からのコメントが、すごいことになっていますわ」
「マドカ!?」
さっきまで「お兄ちゃん」と呼んでいた少女が、突然完璧な令嬢になっていた。
『マドカちゃん急に令嬢モード!?』
『さっきまでお兄ちゃんって言ってたよね!?』
『姿勢が綺麗すぎるw』
『これが公爵令嬢モードか』
「ええ」
マドカは優雅に微笑む。
「お兄様、とても人気ですわね」
「やめてくれ……」
「まあ」
クリスティーナ夫人も楽しそうに笑う。
「マドカちゃん、すっかり令嬢ですわね」
「講座の成果です!」
『講座!?』
『公爵令嬢講座やってたの!?』
『だから今日こんなに違うのかw』
「普段はいつも通りでいいのですよ?」
クリスティーナ夫人が優しく言う。
「公式の場では、こうしていただければ十分ですわ」
「うん!」
マドカは答え――。
「……あ、お菓子食べていい?」
「もう戻った!?」
ルーデウスが思わず叫ぶ。
『wwwww』
『令嬢モード解除早すぎるw』
『やっぱりマドカちゃんだわ』
『クリスティーナ様の教育すごいなw』
「でも、確かにお兄ちゃんのお嫁さん探しは面白そう!」
「まだ言うのか……」
「だって!」
マドカがコメント欄を見る。
「こんなに候補いるんだよ?」
『候補ですわ!』
『立候補します!』
『マドカちゃん、ぜひ紹介してください!』
『妹様から見たルーデウス様のことをもっと知りたいですわ!』
「ほら!」
「ほらじゃない!」
ルーデウスは顔を覆った。
「母さん、これ本当に終わるんですか?」
「あら」
クリスティーナ夫人はにっこり笑う。
「今日はここまでにしましょうか」
「助かった……」
「ただし」
「え?」
「今後、お話をいただいた方の中から、あなたが興味を持った方がいらっしゃれば――」
「母さん!?」
「お見合いくらいはしてみてもいいでしょう?」
「……」
ルーデウスはしばらく黙った。
「……まあ、話をするくらいなら」
『!!』
『ありがとうございます!』
『ルーデウス様がお見合いを!?』
『クリスティーナ様、ありがとうございます!』
『マドカちゃん応援しますわ!』
「決まりですわね」
クリスティーナ夫人が満足そうに笑う。
「では、本日の配信はここまで」
「ありがとうございました!」
マドカが手を振る。
「皆さん、ごきげんよう」
最後だけ、もう一度令嬢らしく微笑んだ。
「お兄様のお嫁さん、いい人が見つかるといいですわね」
「マドカ……」
「ふふ」
ルーデウスは諦めたように笑った。
「もう好きにしてくれ……」
『お疲れ様でした!』
『次回も家族配信お願いします!』
『ルーデウス様のお見合い編待ってます!』
『マドカちゃんのお兄様紹介コーナーお願いします!』
『クリスティーナ様また配信してください!』
『エキドナ×ノイティス家、面白すぎるw』
そんなコメントが流れ続ける中――。
「配信終了~」
ニコラが操作する。
画面が暗くなった。
「……終わった」
ルーデウスが大きく息を吐く。
「お疲れ様、お兄ちゃん!」
「マドカ……」
「何?」
「次から、嫁探しは配信しないからな」
「えー」
「えーじゃない!」
クリスティーナ夫人が笑う。
「でも、たくさん素敵な方がいらっしゃいましたわね」
「お母さんまで……」
その隣で、マドカは自分の胸元のアクセサリーへ触れた。
「お母さんとお揃いなの、やっぱりいいね!」
「ええ」
クリスティーナ夫人は微笑む。
「これからも大切にしましょうね」
「うん!」
こうして――。
マドカ・ノイティスの公爵令嬢としての最初の大きな発表は、エキドナらしく家族の笑い声とともに終わった。
そして同時に。
ルーデウスの「嫁探し」という、本人にとってはまったく予定になかった新しい問題まで始まることになった。




