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落内円は落ちている  作者: 七風


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マドカ・ノイティス

 エキドナの屋敷。


「こんにちは」


 玄関から声が聞こえてきた。


 マドカが顔を上げると、クリスティーナ夫人が入ってくるところだった。


「お母さん!」


「こんにちは、マドカちゃん」


 夫人は笑顔で手を振る。


 その隣には、一人の青年がいた。


「今日は息子も連れてきたのよ」


「初めまして」


 青年が穏やかに頭を下げる。


「ルーデウス・ノイティスです」


「マドカだよ!」


 マドカもぺこりと頭を下げた。


「よろしくね!」


「こちらこそ」


 ルーデウスはそう答えながら、少しだけマドカを見つめていた。


「……」


「どうしたの?」


「いや」


 ルーデウスが苦笑する。


「ヒロバトの配信で見たことがあってね」


「ああ!」


「剣聖の幻影と戦っていた時のやつ」


「見たんだ!」


「うん。すごかった」


 ルーデウスは素直に感心した様子だった。


「本当に、あんな小さな身体であれだけ動けるんだなって」


「小さいは余計じゃない?」


「あ、ごめん」


 マドカが笑う。


「でも、強いのは本当だよ!」


「そこは知ってるよ」


 ルーデウスも笑った。


 夫人がそんな二人を見て、嬉しそうに口を開く。


「ルーデウスは、マドカが妹になるのをずっと楽しみにしていたのよ」


「お母さん!」


「だって本当でしょう?」


「……まあ」


 ルーデウスは少し照れながら、マドカを見る。


「俺はノイティス公爵家の長男で、これから家を継ぐ立場なんだ」


「へー」


「だから、先に言っておくけど」


 ルーデウスは真面目な顔になる。


「マドカが後継者争いに関わることはないよ」


「うん?」


「お母さんも言ってたけど、今回の養子縁組はそういう目的じゃない」


 クリスティーナも頷く。


「ええ。ルーデウスが後継者であることは変わりません」


「マドカを政治や家の都合で利用するつもりもない」


「政略結婚とかも?」


 マドカが聞く。


「もちろんありません」


 夫人が即答する。


「あなたを誰かと結婚させて、家の利益を得るようなことはしません」


「俺も反対だよ」


 ルーデウスも頷いた。


「俺が家を継ぐ。マドカは俺の妹。それでいい」


「そっか」


 マドカは少し考えてから笑った。


「じゃあ、お兄ちゃんだね!」


「……うん」


 ルーデウスの顔が一気に緩む。


「よろしくな、マドカ」


「うん、お兄ちゃん!」


「……」


 ルーデウスが固まった。


「どうしたの?」


「いや……」


 ルーデウスは顔を覆う。


「こんなかわいい子が俺の妹でいいのか……?」


「何言ってるの?」


 マドカは不思議そうに首を傾げた。


 クリスティーナ夫人は楽しそうに笑った。


「ふふ。仲良くできそうで安心しました」


     ◆


「そういえば、ニコラに頼んでたものがあるんだった!」


 マドカが突然立ち上がる。


「ニコラー!」


「で~?」


 作業部屋から、眠そうなニコラの声が返ってくる。


「転移装置つくってー!」


「もうできてるよ~」


「えっ!?」


 マドカが走っていく。


「早っ!」


 クリスティーナとルーデウスも後を追う。


 作業台の上には、小型の装置が二台並んでいた。


「これが転移装置?」


 夫人が興味深そうに見る。


「うん~」


 ニコラが説明する。


「片方をエキドナに置いて、もう片方をノイティス家に置けば、いつでも行き来できるよ~」


「便利ね」


 クリスティーナが感心する。


「登録した人だけ使えるようにしてあるから~。勝手に知らない人が入ってくることもないよ~」


「それなら安心ね」


「私、いつでもお母さんのところに行ける!」


 マドカが嬉しそうに言う。


「ええ」


 夫人も嬉しそうに微笑んだ。


「あなたが来たい時には、いつでも来てくださいね」


「うん!」


「私もエキドナへ来られるんですか?」


 ルーデウスが尋ねる。


「登録すればね~」


 ニコラが答える。


「じゃあ俺も登録してもらおうかな」


「お兄ちゃんも来るの?」


「妹がいるんだから、遊びに来るくらいするだろ?」


「そっか!」


 マドカは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、いつでも来て!」


「うん」


 ルーデウスはすでに妹との距離感を掴み始めていた。


     ◆


「さて」


 クリスティーナ夫人がマドカを見る。


「では、今日は予定していたマナー講座も始めましょうか」


「マナー講座!」


 マドカが背筋を伸ばす。


「公爵令嬢っぽいやつ?」


「そうです」


「頑張る!」


「ただし」


 夫人は優しく付け加える。


「普段のあなたまで変える必要はありませんよ」


「え?」


「エキドナでは、今まで通りでいいのです」


「本当に?」


「ええ。その方がかわいらしいですし」


「じゃあよかった!」


 マドカが笑う。


「公式の催し物の時だけ、令嬢モードになればいいの?」


「それで十分です」


「分かった!」


「では、まず立ち方から」


 夫人が姿勢を整える。


「背筋を伸ばして、肩の力を抜いて――」


「こう?」


 マドカが一瞬で同じ姿勢になる。


「……完璧ですね」


「次は?」


「歩き方を」


 夫人が数歩歩く。


 マドカも同じように歩く。


「完璧です」


「お辞儀は?」


「完璧です」


「座り方は?」


「完璧」


「扇子の扱いは?」


「……完璧ですね」


 ルーデウスが目を丸くする。


「覚えるの早すぎない?」


「見れば分かるよ?」


「そういう問題なのかな……」


 クリスティーナは苦笑する。


「あなた、本当にこういう作法は自然にできてしまうのね」


「じゃあ簡単だね!」


「ただし――」


 夫人が少し困った顔をする。


「言葉遣いは、もう少し練習しましょうか」


「言葉遣い?」


「ええ。例えば公式の場で、相手に失礼のない言い方をすること」


「分かった!」


「では、私が例を――」


 夫人が優雅に頭を下げる。


「ごきげんよう。お会いできて光栄ですわ」


 マドカも同じように頭を下げる。


「ごきげんよう! お会いできて光栄ですわ!」


「……」


 ルーデウスが口元を押さえる。


「何?」


「いや……」


「笑ってる?」


「笑ってない」


「笑ってるじゃん!」


 夫人も小さく笑った。


「作法は完璧なのですけどね」


「言葉が変?」


「少しだけ、あなたらしさが強いのです」


「じゃあ、どうしたらいいの?」


「無理に普段のあなたまで変える必要はありません」


 夫人はマドカの頭を優しく撫でる。


「普段はいつも通りでいいのですよ」


「その方がかわいらしいですし」


「公式の時だけ頑張ればいいんだね!」


「ええ」


「それなら何とかできそう!」


「ふふ。よかった」


 ルーデウスはそんな二人を眺めていた。


「でも、作法だけなら本当に完璧なんだな」


「そうだね!」


 マドカが胸を張る。


「作法だけは完璧な公爵令嬢!」


「……自分で言うのね」


 夫人が笑う。


「似非令嬢?」


「似非じゃないよ!」


 マドカが抗議する。


「公式の時はちゃんと令嬢やるもん!」


「それなら十分です」


     ◆


 マナー講座が終わると、マドカはいつものようにソファへ寝転がった。


「疲れたー」


「作法だけで?」


 ルーデウスが笑う。


「言葉遣い難しいんだもん」


「俺も昔は苦労したよ」


「お兄ちゃんも?」


「公爵家の跡継ぎだからね」


「そっかー」


 マドカは少し考える。


「じゃあ、お兄ちゃんも大変なんだね」


「まあね」


「でも、お兄ちゃんが家を継ぐなら、私は好きにしていいんだ」


「うん」


 ルーデウスは迷いなく答えた。


「マドカはマドカの好きなことをしてればいい」


「エキドナも?」


「もちろん」


「劇も?」


「もちろん」


「食べ歩きも?」


「……それもまあ」


「やった!」


 マドカが笑う。


「じゃあ、これからもよろしくね、お兄ちゃん!」


「こちらこそ」


 ルーデウスは嬉しそうに笑った。


「これから妹として、よろしくな」


 クリスティーナ夫人も二人を見ながら微笑む。


 公爵令嬢になったマドカ。


 けれど、エキドナでは今までと何も変わらない。


 ただ一つ変わったのは――。


 いつでも行き来できる、もう一つの家ができたこと。


 そして。


 マドカを妹として全力で可愛がる、少し過保護な兄ができたことだった。


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