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落内円は落ちている  作者: 七風


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クリスティーナ夫人とのお茶会

 エキドナの屋敷。


 午後の穏やかな時間。


 応接室では、珍しく四人だけのお茶会が開かれていた。


「今日はお時間をいただいてありがとうございますわ」


 クリスティーナが優雅にカップを持ち上げる。


「別にいいわよ」


 向かいに座るリゼットが紅茶を口にする。


「クリスティーナさんのお茶会なら、私も好き!」


 マドカはすでにテーブルの上に並べられた菓子へ手を伸ばしていた。


「ふふ。そう言っていただけると嬉しいですわ」


「ところで、叔母様がエキドナでお茶会って珍しいですね」


 エレノアもカップを手にしながら、不思議そうにクリスティーナを見る。


「ええ。今日は少し、お話しておきたいことがありまして」


「何かしら?」


 リゼットが尋ねる。


「先日のヒロバトの配信ですわ」


「ヒロバト?」


 マドカが顔を上げる。


「ええ。あの模擬戦です」


「面白かったよね!」


「……そこですの」


 クリスティーナが苦笑する。


「マドカちゃんは、あれを面白かったで済ませられるのですわね」


「だって面白かったし」


「まあ、それはそうなのですが」


 クリスティーナは一度カップを置いた。


「私は、少し心配になりましたの」


「心配?」


 エレノアが聞き返す。


「ええ」


 クリスティーナは三人を順番に見る。


「エキドナの皆さんは、もう少しだけ周囲からどう見られているかを気にした方がよろしいと思いますわ」


「……」


 リゼットは何も言わず、クリスティーナの言葉を待った。


「先日の配信で、皆さんが嘘を言っていたとは思っていません」


 クリスティーナは続ける。


「むしろ、ほとんど事実をそのまま話していましたもの」


「じゃあ問題ないんじゃない?」


 マドカが首を傾げる。


「そこですわ」


「え?」


「事実を言っているから問題ない、では済まないこともありますの」


 クリスティーナは苦笑した。


「例えば、マドカさんが以前おっしゃっていたでしょう?」


「何を?」


「『便利だと思うなら作ればいい。今まで作る人が考えなかっただけでは?』と」


「ああ」


 マドカが頷く。


「それは普通にそうじゃない?」


「マドカさんにとってはそうなのでしょうね」


 クリスティーナは微笑む。


「ですが、長年その分野で研究している方や、何代も技術を受け継いできた職人が聞いたらどう思うでしょう?」


「……」


 マドカが少し考える。


「……怒る?」


「ええ」


 クリスティーナは即答した。


「『自分達が何年も苦労してきたものを、簡単に作ればいいなどと言うのか』と思う方もいるでしょうね」


「でも、別に馬鹿にしたわけじゃないよ?」


「もちろん分かっていますわ」


 クリスティーナが頷く。


「だからこそ、厄介なのです」


「厄介?」


「皆さんには悪意がない」


 クリスティーナは紅茶を一口飲む。


「ですが、悪意がないまま相手の地雷を踏んでしまう」


「……」


「そして、踏んだ本人たちは『何か怒っているわね』で終わってしまう」


 リゼットが少し笑った。


「否定できないわね」


「お姉ちゃん?」


「あなた達、クレームを受けても『へぇ、そうなのね』くらいで終わらせるのでしょう?」


「だって、こっちに非がなかったらどうしようもないじゃん」


「そこなのですよ」


 クリスティーナがマドカを見る。


「非がないことと、敵を作らないことは別ですわ」


 エレノアも静かに頷いた。


「確かに……」


「エキドナは、戦闘能力も非常に高い」


 クリスティーナが続ける。


「研究もできる。商品を作ることもできる。企画を立てることもできる。そして、それを実際に形にする力まである」


「……」


「これだけのことを一つの集団でできるところは、そうありませんわ」


 リゼットは黙って聞いている。


「だからこそ、既存の冒険者、職人、研究者、商人からすれば――」


 クリスティーナは少し言葉を選んだ。


「怖い存在にもなり得るのです」


「怖い?」


 マドカが首を傾げる。


「ええ」


「私達、何もしてないよ?」


「それも分かっています」


 クリスティーナは微笑んだ。


「ですが、力がある人が『別に何もしていません』と言っているのと、力のない人が同じことを言うのでは、周囲の受け取り方が違いますもの」


「なるほど……」


 エレノアが考え込む。


「それで、叔母様は何を心配されているのですか?」


「エキドナが必要以上に敵を作ることですわ」


 クリスティーナははっきりと言った。


「皆さんが悪いことをしていなくても、相手が勝手に敵対してくることはあります」


「その時は倒せばいいじゃん」


 マドカが即答した。


「だからそこなのですよ!マドカちゃんは本当に……」


 クリスティーナが思わず声を上げた。


「え?」


「マドカちゃんは、何かあればご自分で解決できると思っているでしょう?」


「できるよ?」


「そうでしょうね」


 クリスティーナは額に手を当てた。


「ですが、世の中には剣で斬れば終わる問題ばかりではありませんの」


「……面倒だね」


「ええ。ですから、その面倒をマドカちゃん自身が背負わなくて済むようにしたいのですわ」


 リゼットがクリスティーナを見る。


「それで、今日のお茶会というわけね」


「はい」


 クリスティーナは頷いた。


「エキドナには、少し社会的な後ろ盾が必要だと思っていますの」


「王様がいるけど?」


 マドカが言う。


「トロイ陛下は、エキドナの商品がお好きでしょう?」


「ええ」


 クリスティーナは苦笑した。


「陛下が皆さんを気に入っていることは知っていますわ」


「それなら十分じゃない?」


「いいえ」


 クリスティーナは首を横に振る。


「陛下が皆さんを好いていることと、エキドナを公に庇護することは別ですもの」


 エレノアも少し考えた。


「確かに、父はエキドナのことを好意的に見ていますが……正式な関係があるわけではありませんね」


「そういうことですわ」


「じゃあ、どうするの?」


 マドカが菓子を食べながら尋ねる。


「そこで――」


 クリスティーナはマドカを見た。


「マドカさんに、きちんとした社会的な立場を持っていただくのはいかがでしょう?」


「立場?」


「ええ」


「Sランクじゃダメ?」


「Sランク冒険者という肩書きだけでは、十分ではありませんわ」


「じゃあ、何?」


 クリスティーナは少し微笑んだ。


「例えば――王族の養女ですわ」


「……」


 マドカの手が止まった。


「王族?」


「ええ」


「私が?」


「はい」


「王女になるの?」


「養女として迎えるなら、そういう扱いになりますわね」


「……」


 マドカはしばらく考えた。


「面倒そう」


「でしょうね」


 クリスティーナも苦笑する。


「王族になれば、自由に活動するのは難しくなりますわ」


「劇やりたい」


「でしょうね」


「アイドルもやりたい」


「ええ」


「ダンジョンも行きたい」


「もちろんでしょう」


「食べ歩きもしたい」


「……はい」


「じゃあ王女は嫌」


「そこまで即答します!?マドカ、それは私が遊んでいると?」


「え?」


 マドカがエレノアを見る。


「王女様って、ガブちゃんみたいにあっちこっちで遊ぶ人なんでしょ?」


「違います!私だって王女としての仕事をしています!」


「そうなの?」


「そうです!」


 クリスティーナは思わず笑った。


「ふふ……」


「ですから、王族の養女という案は、マドカさんには向かないでしょうね」


「うん」


 マドカは即答する。


「じゃあ、他の方法を考えましょう」


 クリスティーナはカップを置いた。


「私としては、マドカさんの自由を奪いたいわけではありませんの」


「じゃあ、どうしたいの?」


「自由にしてくださって結構です」


 クリスティーナは穏やかに笑った。


「ただし、今のスタンスであちらこちらに敵を作るというのは、少し控えてほしいですわ」


「……」


「探せば、あると思いますの」


 クリスティーナはマドカをまっすぐ見た。


「自由に活動できて、それでいて、おいそれと喧嘩を売れないような立場が」


「そんなのあるの?」


「ええ」


 クリスティーナは微笑んだ。


「それを考えるのが、今日ここへ来たもう一つの理由ですもの」


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