王とヒロバト
スリーピア王城。
「……剣聖ムサシ?」
王は手元の報告書を見ながら、眉を寄せた。
「はい」
側近が頷く。
「先日のエキドナの配信に、剣聖を名乗る老人が出演していたそうです」
「名乗るだけなら、いくらでもいるだろう」
「ですが――」
側近が別の資料を差し出す。
「エキドナ側が、その人物を『ムサシ』と呼んでいます」
「……ムサシ」
その名前を聞いた瞬間、王の表情が変わった。
「聞いたことがあるような……」
「私も気になりまして、古い記録を調べてみました」
「それで?」
「まだ確定ではありません。ただ、気になる記述がいくつかあります」
王は資料を受け取った。
古い。
紙そのものが黄ばんでいる。
現在の記録方式とは違い、何百年も前の王国史をまとめたものだった。
「……かなり古いな」
「三百年以上前の記録です」
「三百年前……」
王がページをめくる。
そこには、当時の騎士団について記された文章があった。
「『王国騎士団長ムサシ』……?」
「はい」
「剣聖とも書かれているな」
「その記述もあります」
王がさらにページをめくる。
「『剣聖ムサシ、北方にて発生した魔物群を討伐』」
別のページ。
「『ムサシ、王都防衛戦に参加』」
さらに別の記録。
「『大賢者リゼットとともに――』」
「……リゼット?」
王の手が止まった。
「こちらも現在のリゼット様と一致する可能性があります」
「待て」
王が顔を上げる。
「つまり――」
一つずつ資料を並べる。
「三百年以上前に、剣聖ムサシという騎士がいた」
「はい」
「そして、その男はリゼットと行動を共にしていた」
「そのようです」
「さらに現在、エキドナにいるリゼットが、その老人をムサシと呼んでいる」
「はい」
「……本人である可能性が高いな」
側近も頷いた。
「そこで、王立文書庫からさらに古い資料を取り寄せました」
「まだあるのか」
「当時の騎士団の名簿です」
一枚の古い名簿が机へ置かれる。
そこには、かつて王国に仕えた騎士たちの名前が並んでいる。
そして――。
「……あった」
王が指を止めた。
「ムサシ」
名前の横には、簡単な記録が残されている。
騎士団長。
剣聖。
王国防衛戦への参加。
そして、ある時期を境に記録から名前が消えている。
「死亡記録は?」
「ありません」
「では、その後は?」
「消息不明です」
王は黙って資料を見つめた。
「……なるほど」
しばらくして、王が小さく笑う。
「本当にいたのか」
「はい」
「伝説でも、後世の創作でもなかった」
「少なくとも、当時の公文書には実在の人物として記録されています」
王は椅子へ深く座り直した。
「それが三百年以上経った今、エキドナに現れた……」
「そういうことになります」
「信じがたい話だな」
「ですが、リゼット様も同じように長命であることを考えれば――」
「そうだな」
王は資料を閉じた。
「少なくとも、ムサシという人物が過去のスリーピアに実在したことは確定しておこう」
「はい」
「本人かどうかは――」
「本人でしょうね」
側近が苦笑した。
「エキドナの配信で、本人が当時の事件をいくつも語っています」
「それもそうか」
王は笑った。
「では、次の問題だ」
「何でしょう?」
「その剣聖本人が、今エキドナにいる」
「はい」
「……一度、会ってみたいものだな」
その時だった。
「陛下」
別の文官が慌てた様子で部屋へ入ってきた。
「どうした?」
「エキドナから荷物が届いております」
「エキドナから?」
「はい。先日の話にあった――」
文官が箱を机の上へ置く。
「ヒロバトです」
「……」
王は箱を見る。
「そういえば、発売されたのだったな」
「はい」
「中身は?」
「説明書と、それから――」
文官が箱を開ける。
「登録用のデータ端末が入っています」
「ムサシのデータもあるのか?」
「今回のものには、マドカ様、リゼット様、アリシア様のデータが登録されているようです」
「そうか」
王は箱の中を覗き込んだ。
「……では、まずこちらから確認してみよう」
側近が苦笑する。
「陛下、資料を調べていたはずでは?」
「歴史を調べるのも大事だ」
王はヒロバトを手に取る。
「だが、本人たちが今どれほどの強さなのかを知るのも、王としては重要だろう」
「……それは確かに」
王は端末を眺める。
「しかし――」
ふと、先ほどの古い名簿へ視線を戻した。
「ムサシのデータは、まだ入っていないのだな」
「はい」
「ならば――」
王は少しだけ楽しそうに笑った。
「次は、剣聖本人のデータを登録してもらえるよう頼んでみるか」
側近が苦笑する。
「まずは本人の許可が必要でしょうね」
「そうだったな」
王は頷いた。
「それも含めて、エキドナに連絡しておこう」
机の上には――
三百年以上前の王国史に記された、剣聖ムサシの名前。
そして現在のエキドナから届いたばかりの、ヒロバト。
過去と現在。
二つを繋ぐように、それらは同じ机の上に並べられていた。




