王家の悩みと、平和な一日
ダンジョン攻略まで、あと五日。
ニコラの家は。
今日も平和だった。
「……暑い」
マドカが床に寝転がっている。
「マドカ」
「んー?」
「そこは通路です」
「分かってる」
「分かっていて寝ているのですか?」
「うん」
エレノアが困ったように笑う。
「邪魔ですよ」
「じゃあ、こっち」
マドカはごろごろ転がる。
そして。
「――あっ」
コロン。
「…………」
「…………」
「…………」
段差から落ちた。
「マドカ!?」
ブリジットが飛び上がる。
「大丈夫!?」
「大丈夫ー」
マドカは床に座ったまま答える。
「また落ちた……」
「なぜです!?」
「なんでだろ?」
「普通、段差があれば避けます!」
「見えてたんだけどね」
「ではなぜ!?」
「分かんない」
リゼットが紅茶を飲みながら、
「昔からよ」
「そうなんですか……」
ブリジットがマドカを見る。
「……」
「?」
「やはり私が守らなければ」
「いや、そこまでじゃないよ!?」
「いえ!」
ブリジットが胸を張る。
「マドカが落ちる可能性は、私がすべて排除します!」
「どうやって!?」
「まず段差を全部確認します!」
「家の中で!?」
ニコラが作業台から顔を上げる。
「それなら~」
「何です?」
「マドカ用に浮遊魔道具を作ればいいんじゃない~?」
「浮くの?」
「常時三センチくらい~」
「便利!」
マドカが喜ぶ。
カトリーヌが即座に反対する。
「絶対ダメ」
「なんで!?」
「あなたの場合、浮いたまま別のところに落ちるからよ!」
「…………」
「たしかに~」
ニコラが頷いた。
「納得しないで!」
◆
その頃。
王城。
「……報告を」
国王が玉座で頭を抱えていた。
「はい」
側近が資料を読み上げる。
「リゼット様たちは、予定通り五日後のダンジョン攻略へ向けて準備中です」
「うむ」
「ニコラ殿が新型魔導兵器を製作中」
「……うむ」
「カトリーヌ殿がその調整を担当」
「うむ」
「エレノア様も同行予定」
「うむ」
「ブリジットも護衛として同行します」
「……それはいい」
国王が頷く。
「問題は?」
側近が一枚の紙を見る。
「……新たな報告があります」
「何だ?」
「マドカ様が、ブリジットを完全に餌付けした模様です」
「…………」
「プリンを食べさせたところ、大変気に入ったようで」
「…………」
「現在、ブリジットはマドカ様を見かけると、かなりの頻度で菓子を要求しているとのことです」
「それは……」
国王が遠い目をする。
「護衛として大丈夫なのか?」
「本人はいたって真面目です」
「そうか……」
側近が続ける。
「また、ブリジットはマドカ様から贈られたぬいぐるみを、お守りとして大切に所持しているとのことです」
「ぬいぐるみ?」
「はい」
「本人を模したものだそうで」
「…………」
国王はしばらく黙る。
「……可愛いな」
「陛下?」
「いや、何でもない」
国王は咳払いする。
「それで、ダンジョンの件は?」
「難易度について、騎士団からも危険性を指摘しております」
「そうだな」
国王の表情が少し真剣になる。
「今回のダンジョンは、通常の冒険者なら生還できる保証がない」
「はい」
「だからこそ、リゼット殿に頼ることになる」
「……本当に、それでよいのでしょうか?」
側近が尋ねる。
「何がだ?」
「我々は、あまりにも彼女たちに頼りすぎているのでは?」
国王は窓の外を見る。
「……私もそう思っている」
「では――」
「だが」
国王は静かに続ける。
「他に誰がいる?」
「…………」
「伝説の大賢者」
国王は指を折る。
「規格外の少女」
「……」
「魔道具の天才」
「……」
「王女」
「……」
「そして、王国最強格の盾騎士」
「……」
「しかも全員、本人たちはいたって普通のつもりだ」
国王は深くため息をついた。
「私は、彼女たちが何者なのかすら、まだ完全には理解できていない」
「ですが」
側近が微笑む。
「少なくとも、悪意がある方々ではありません」
「……それだけが救いだな」
国王も笑った。
◆
ニコラの家。
庭では、ニコラとカトリーヌが魔導兵器の調整を続けていた。
「ここ、もう少し出力を上げられる~?」
「上げられるけど……」
カトリーヌが装置を見る。
「上げたら今度は冷却が追いつかないわよ」
「じゃあ冷却装置も改良しよう~」
「簡単に言うわね……」
「できる~?」
「……やるけど」
「さすがカトリーヌ~」
「褒めても仕事は減らないからね」
「知ってる~」
カトリーヌがため息をつく。
「本当に、ダンジョン一つ攻略するだけなのよね?」
「たぶん~」
「その『たぶん』が怖いのよ……」
◆
その日の夕方。
マドカは庭で訓練していた。
ブリジットも盾を構えている。
「では!」
「うん!」
「今日こそ――」
「ちょっと待って」
「?」
マドカが空を見る。
「なんか飛んでる」
「鳥でしょうか?」
「いや……」
空の彼方。
一瞬。
奇妙な光が見えた。
「……?」
リゼットが振り返る。
「今のは……」
「お姉ちゃん?」
「…………」
リゼットは目を細める。
「空間魔法の残滓ね」
「空間魔法?」
「ええ」
光はすぐに消えた。
「……まあ、今は気にしなくていいわ」
「そう?」
「ええ」
マドカは頷く。
「じゃあ、勝負しよ!」
「望むところです!」
再び二人が構える。
ニコラは作業を続け。
カトリーヌは呆れ。
エレノアは笑い。
リゼットは空を見上げていた。
まだ誰も知らない。
この世界のどこかで。
ひとつの「穴」が。
静かに。
生まれ始めていることを。




