護衛騎士ブリジット
翌朝。
ニコラの家。
「……ふぁ」
マドカが大きく伸びをする。
「おはよー」
「おはようございます、マドカ様」
エレノアが朝食を並べていた。
「今日も早いね、エレノア」
「一応、王女ですから」
「王女って朝早いんだ」
「……そこは関係ないと思います」
そんな穏やかな朝。
――だった。
ドンッ!!
突然、玄関の扉が開いた。
「エレノア様!!」
「!?」
全員が振り返る。
そこに立っていたのは。
大きな盾を背負った女性だった。
長い髪。
鍛えられた身体。
そして。
何より目立つのが、その巨大な盾。
「お待たせしました!」
「……ブリジット」
エレノアが頭を抱える。
「もう少し静かに入ってきてください」
「申し訳ありません!」
まったく申し訳なさそうではない。
「本日より、エレノア様の専属護衛として同行いたします!」
「よろしくお願いします」
エレノアが微笑む。
「こちらがリゼット様、マドカ様、ニコラ様、カトリーヌさんです」
「おお!」
ブリジットが一人ずつ見る。
まず、リゼット。
「……」
「伝説の大賢者、リゼット様ですね!」
「ええ」
「お会いできて光栄です!」
次にニコラ。
「魔道具技師のニコラさん!」
「よろしく~」
「あなたの作った魔道具は以前、騎士団で使わせていただきました!」
「そうなんだ~」
「大変便利でした!」
「それはよかった~」
そしてカトリーヌ。
「製作担当のカトリーヌさん!」
「……どうも」
「先日の魔導装置、素晴らしかったです!」
「……ありがとう」
カトリーヌは少し疲れたように笑う。
「ニコラのせいで、あんなものになったけどね」
「いいものができたでしょう~?」
「だから褒めてないって」
「え~」
そして。
最後に。
マドカ。
「…………」
「…………」
ブリジットがマドカを見る。
マドカも見る。
「……」
「……?」
「あなたがマドカ様?」
「うん」
「……」
ブリジットの視線が。
マドカの新しい装備へ移る。
白銀の鎧。
そして。
巨大な魔剣。
「…………」
「どうしたの?」
「その剣」
「うん?」
「重くないのですか?」
「全然」
「…………」
ブリジットが眉をひそめる。
「本当に?」
「うん」
「少し持たせていただいても?」
「いいよ」
マドカが剣を渡す。
ブリジットが受け取る。
「……っ」
ズシン。
床が軋んだ。
「…………」
ブリジットの顔が引きつる。
「……重いですね」
「そう?」
「……ええ」
ブリジットが剣を返す。
マドカは軽々と受け取った。
「これ、結構お気に入りなんだ!」
「…………」
ブリジットがじっと見る。
「何?」
「……別に」
少し間を置いて。
「……一度、手合わせしませんか?」
「え?」
エレノアが即座に振り返る。
「ブリジット」
「はい!」
「会って三分です」
「はい!」
「早すぎます」
「ですが!」
「ダメです」
「…………」
ブリジットがマドカを見る。
「……後で」
「え?」
「後でお願いします」
「なんで!?」
「気になるからです」
「何が!?」
「あなたの強さが」
マドカが困った顔になる。
「私、普通だよ?」
全員が黙った。
「…………」
ニコラが小声で。
「それは無理があるね~」
「ニコラさん!?」
リゼットも頷く。
「ええ。かなり無理があるわ」
「お姉ちゃんまで!?」
◆
その後。
ブリジットも含めて、朝食。
「いただきます!」
ブリジットが元気よく食べる。
「美味しい!」
「ありがとうございます」
エレノアが笑う。
「ブリジットは昔からよく食べるんですよ」
「鍛錬には食事が必要ですから!」
「朝から何杯食べるの?」
マドカが聞く。
「五杯くらいです!」
「五!?」
「普通ですよ」
「普通じゃないと思う……」
ニコラがパンを食べながら、
「マドカも結構食べるよね~」
「私は三杯!」
「十分だよ~」
「そうかな?」
ブリジットがマドカを見る。
「……」
「何?」
「あなた」
「うん?」
「もっと食べたほうがいいです」
「なんで!?」
「その身体であの剣を振るなら、食事量が足りません!」
「そこ!?」
エレノアが笑う。
「ブリジットは、こういう人なんです」
「分かってきた……」
◆
朝食が終わる。
ニコラが立ち上がる。
「じゃあ、今日も作ろうかな~」
「何を?」
「兵器~」
「兵器って言った」
カトリーヌが遠い目をする。
「今日からもっと出力を上げるわよ」
「うん~」
「……私、昨日から何を作らされてるんだろう」
「ダンジョン攻略用~」
「そうだったわね……」
ブリジットが庭を見る。
「……あれは?」
「ダンジョン用の魔導兵器です」
エレノアが答える。
「ほう!」
ブリジットの目が輝く。
「巨大な盾に搭載できますか?」
「できるよ~」
「本当ですか!?」
「盾に魔導砲を付ければ~」
「それは盾ではありません!」
カトリーヌが叫ぶ。
「攻城兵器です!」
「でも防御しながら攻撃できますよ?」
「理屈はそうだけど!」
ニコラが設計図を広げる。
「じゃあ、ブリジット用の重装備も作ろうか~」
「ぜひ!」
「やめてください!」
カトリーヌが頭を抱える。
「これ以上兵器を増やさないで!」
「でも~」
「ダンジョン一つ攻略するだけでしょう!?」
リゼットが紅茶を飲む。
「……まあ」
「何?」
「備えあれば憂いなしよ」
「リゼットまで!?」
マドカが笑う。
「カトリーヌ、大変だね!」
「あなたも他人事じゃないのよ!」
「え?」
「あなたの装備も調整するから!」
「やった!」
「喜ばないで!」
◆
午後。
訓練場。
「では!」
ブリジットが盾を構える。
「一度だけ!」
「本当に一度?」
「はい!」
マドカが木剣を構える。
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ!」
エレノアがため息をつく。
「……始め!」
ブリジットが突っ込む。
「うおおおおお!!」
「速い!」
マドカが驚く。
巨大な盾を構えたまま。
ブリジットが一直線に迫る。
「盾って、そうやって使うものなの!?」
「これが私の戦い方です!」
ドンッ!!
盾が迫る。
マドカが横へ跳ぶ。
「危なっ!」
「逃がしません!」
ブリジットが追う。
マドカが笑う。
「なんか楽しい!」
「私もです!」
さらに一撃。
マドカが木剣で受ける。
――ガンッ!!
「うわっ!」
マドカが少し後ろへ下がる。
「……強い!」
ブリジットがニヤリと笑う。
「そうでしょう!」
「じゃあ!」
マドカも笑う。
「もうちょっとだけ本気で――」
「そこまで」
リゼットの声。
二人が止まる。
「えー」
「えー、じゃないわ」
リゼットが近づく。
「ブリジット」
「はい!」
「あなたはエレノアの護衛でしょう?」
「はい!」
「怪我をさせるつもりは?」
「ありません!」
「マドカ」
「はい!」
「あなたも」
「分かってる!」
「ならよろしい」
ブリジットがマドカを見る。
「……」
「……」
「次は勝ちます」
「うん!」
「絶対に」
「うん!」
ブリジットが少しだけ姿勢を正す。
「……マドカ様」
「ん?」
「次の勝負も、よろしくお願いします」
「うん!」
マドカは少し考える。
「あ、そうだ」
「?」
「マドカ様って呼ばなくていいよ」
「え?」
「マドカでいいよ」
「しかし……」
「私たち、もう仲間でしょ?」
「…………」
ブリジットが目を丸くする。
「……よろしいのですか?」
「うん!」
マドカが笑う。
「そのほうが嬉しい!」
「…………」
ブリジットは少しだけ照れたように。
「……分かりました」
そして。
「マドカ」
「うん!」
「これからもよろしくお願いします!」
「こちらこそ!」
エレノアが苦笑する。
「仲良くなったのかしら……?」
ニコラが答える。
「たぶん~」
カトリーヌはため息。
「どう見ても喧嘩仲間でしょう……」
リゼットは二人を見る。
「まあ、悪くないわね」
こうして。
エレノアの専属護衛――
ブリジットが。
正式に一行へ加わった。
◆
そしてその日の夕方。
ニコラの家の庭には。
昨日よりさらに巨大な魔導兵器が一つ増えていた。
「…………」
リゼットが見る。
「ニコラ」
「なに~?」
「これは?」
「ダンジョン用~」
「大きすぎない?」
「リゼットが持ってくれるから大丈夫~」
「…………」
リゼットはため息をつきながら。
巨大な兵器をインベントリへ収納した。
「便利ね~」
「あなたが言う?」
マドカが笑った。
◆
周りではせわしく動いている。
魔導兵器の調整。
装備の確認。
ダンジョン攻略の準備。
そんな中。
「暇だなぁ……」
マドカがテーブルに突っ伏していた。
「暇じゃないでしょう」
カトリーヌが答える。
「装備の調整があります」
「それ終わった」
「魔剣の調整も」
「それも終わった」
「じゃあ訓練」
「それは飽きた!」
マドカはごろんと横になる。
「一週間も準備期間あるんだよ?」
「危険なダンジョンに行くんだから当然でしょう」
エレノアが笑う。
「でも、ずっと鍛錬だけというのも疲れますね」
「でしょ?」
「何かしたいことがありますか?」
「うーん……」
マドカは少し考えて。
「お菓子作ろうかな」
「お菓子?」
「うん!」
マドカは台所へ向かった。
◆
「何を作るんです?」
エレノアが尋ねる。
「プリン!」
「ぷりん?」
「うん」
マドカが卵と牛乳を取り出す。
「甘いもの?」
「そう!」
ブリジットが反応した。
「甘いものですか!?」
「うん」
「手伝います!」
「えっ」
「ぜひ!」
ブリジットがすごい勢いで台所へ来る。
「……」
エレノアが苦笑する。
「ブリジットは甘いものが好きなんです」
「そうなんだ!」
「はい!」
「じゃあ一緒に作ろう!」
「お任せください!」
その横で。
ニコラが眠そうに見ている。
「私も食べたい~」
「ニコラは?」
「作るのは面倒~」
「じゃあダメ!」
「そんな~」
カトリーヌが笑う。
「本当に面倒くさがりね……」
「研究に体力を使ってるから~」
「それ、ただの言い訳じゃない?」
「そうとも言う~」
◆
しばらくして。
「できた!」
冷やしたプリンが並ぶ。
「…………」
ブリジットが凝視している。
「ブリジット?」
「食べていいですか?」
「どうぞ!」
「いただきます!」
ぱく。
「…………」
目が見開かれる。
「…………」
もう一口。
「…………!」
「どう?」
「……美味しい」
「よかった!」
「…………」
ブリジットの手が止まらない。
「ブリジット?」
「はい!」
「そんなに好き?」
「はい!」
即答だった。
「これは……!」
スプーンを握り締める。
「素晴らしいです!」
「そんなに?」
「こんなに美味しいものがあるとは……!」
マドカが笑う。
「まだあるよ」
「…………」
ブリジットが固まる。
「まだ……?」
「うん」
「…………」
「食べる?」
「…………お願いします」
「餌付けされてる……」
エレノアが呟いた。
◆
夕方。
マドカは暇つぶしに紙へ絵を描いていた。
「何を描いてるの?」
エレノアが覗く。
「みんなのぬいぐるみ!」
「ぬいぐるみ?」
「こういう感じ!」
そこには。
デフォルメされたリゼット。
小さな杖を持ち、無表情。
「……私?」
「うん!」
「可愛い……」
次はニコラ。
眠そうな目。
工具を持っている。
「これはニコラさんですね」
「そっくり!」
カトリーヌ。
眼鏡。
工具。
少し疲れた顔。
「……私、こんな顔してる?」
「してるよ」
「…………」
「否定できないのが嫌だわ」
そして。
「これがエレノア!」
小さな王冠。
にこにこ顔。
「ふふっ」
エレノアが笑う。
「可愛いですね」
「でしょ?」
最後に。
「これがブリジット!」
巨大な盾を抱えた小さな騎士。
「…………」
ブリジットが固まった。
「ブリジット?」
「…………かわいい」
「気に入った?」
「…………」
ブリジットは絵を両手で持つ。
「これ……」
「うん?」
「ぬいぐるみにできますか?」
「作れるよ!」
「本当ですか!?」
◆
数時間後。
完成した。
小さなブリジット。
デフォルメされた鎧。
巨大な盾。
そして。
本人そっくりの真面目な顔。
「…………」
ブリジットは両手で抱きしめる。
「可愛い……」
「気に入った?」
「はい!」
そして。
胸元へ大事にしまう。
「今日からこれをお守りにします!」
「お守り?」
「はい!」
ブリジットが胸を張る。
「エレノア様を守るときも、これがあれば頑張れます!」
「そんなに?」
「はい!」
マドカが笑う。
「じゃあ、なくさないでね」
「絶対に!」
その日の夜。
ブリジットは枕元にぬいぐるみを置いた。
「…………」
少し眺める。
「可愛い……」
そして。
「明日も頑張ろう」
幸せそうに眠った。
◆
翌朝。
「マドカ!」
「なに?」
「勝負しましょう!」
「朝から!?」
「昨日はプリンをいただきました!」
「うん」
「なので今日は、その恩に報いるため――」
「恩に報いる?」
「全力で勝ちます!」
「なんで!?」
「それが礼儀です!」
「絶対違うよ!」
リゼットは朝食を食べながら。
「仲良くなったわね」
「どこが!?」
ニコラが笑う。
「プリン効果だね~」
「プリンすごい……」
エレノアも微笑む。
「ええ」
「お菓子一つでここまで変わるとは……」
カトリーヌが呟く。
「まあ、本人が楽しそうならいいんじゃない?」
「カトリーヌ、珍しく優しい!」
「私だっていつも怒ってるわけじゃないわよ」
「そうなの?」
「そうなの」
ブリジットは胸元のぬいぐるみを確認してから。
「では、マドカ!」
「はいはい」
「食後にお願いします!」
「分かったよ」
「よし!」
今日も。
平和な一日が始まった。




