発売配信
そして――ヒロバト発売日。
発売を記念した配信には、いつも以上に多くの視聴者が集まっていた。
新商品の紹介。
ヒロバトの遊び方。
これから予定されているイベント。
話題はいくつもあった。
だが、発売前の十日間。
視聴者の間で、妙な話題がずっと続いていた。
エキドナから、何本かの短い動画が投稿されていたのだ。
タイトルは、どれも大したものではない。
『ヒロバト特別対戦』
ただ、それだけ。
動画の内容も単純だった。
マドカと、見知らぬ老人が戦っている。
それだけだった。
最初の動画では、老人の方が明らかに優勢だった。
マドカが攻撃を仕掛けても、老人は余裕を持って対応する。
次の動画では、少しだけマドカが動けるようになっていた。
さらに次では、老人の攻撃を避ける時間が長くなっている。
その次では――。
いつの間にか、二人の距離が縮まっていた。
動画が投稿されるたび、視聴者は困惑した。
そもそも、誰なのか説明がない。
なぜマドカと戦っているのかも分からない。
なぜエキドナが、この老人との対戦をわざわざ公開しているのかも分からない。
ただ、毎回同じように戦っている。
そして、見るたびにマドカの動きが変わっている。
最初は老人に翻弄されていたはずなのに、少しずつ対応できるようになっている。
コメント欄では、次第にその老人の正体を予想する声まで増えていった。
エキドナの新メンバーなのか。
どこかのSランク冒険者なのか。
ヒロバトのために用意された演出なのか。
それとも――本当に、ただの老人なのか。
もちろん、エキドナから説明は一切ない。
動画が投稿される。
マドカと老人が戦う。
終わる。
また数日後に投稿される。
そして、また戦っている。
そんなことが十日ほど続いた。
発売日を迎える頃には、視聴者の間ではすっかり、
**「あの謎の爺さん」**
という呼び方が定着していた。
◆
そして、発売記念配信。
配信のカメラに向かって、リゼットが口を開く。
「さて」
いつもの落ち着いた声だった。
「少し告知があるわ」
『告知?』
『新商品?』
『ヒロバト?』
コメント欄が一気に流れる。
リゼットはそれを眺め、少しだけ笑った。
「まず、皆さん」
一拍。
「ここ十日ほど、エキドナから謎の動画が何本か投稿されていたのに気づいていたかしら?」
『あー!』
『あれかw』
『ずっとマドカと爺さんが戦ってるやつ!』
『誰なんだあの爺さんw』
『詳細を一切説明しない謎動画』
『毎回マドカと戦ってるだけなの何なんだよw』
「そう」
リゼットが頷く。
「マドカと、ずっと戦い続けるだけの動画ね」
『誰なんだあれ』
『詳細は!?』
『マドカと互角なのヤバくね?』
『見るたびマドカ強くなってない?』
『Sランクのマドカと戦える時点で何者だよ』
『最初より明らかにマドカが対応できてるよな』
『あの爺さん、最初は完全にマドカより上だったじゃん』
『何日かでここまで追いつくマドカも怖いけどなw』
リゼットは流れていくコメントを眺めながら、楽しそうに笑った。
「視聴者の皆さんも、かなり気になっていたでしょうね」
『そりゃ気になるわw』
『十日間ずっと放置されたぞ』
『エキドナ説明しろw』
『むしろ今日説明するために投稿してたんだろ?』
「では、今日は紹介しましょう」
そう言って、リゼットは隣に立っていたムサシへ視線を向ける。
「彼の名は――」
一拍。
「ムサシ・ミヤモト」
『……は?』
『ミヤモト?』
『誰?』
『まさか名前まで初出し?』
「過去、スリーピア王国で私と共に様々な事件を解決してきた、剣の英雄よ」
『え?』
『リゼットさんと?』
『過去っていつの話だよ』
『何百年前の話?』
リゼットは何でもないことのように続ける。
「なんか生きてたのよね」
『なんか!?w』
『そこ重要じゃないの!?』
『どういう生きてたなのw』
『リゼットさん説明が雑すぎるw』
『300年前とかじゃねーの?』
「三百年ほど前には、剣聖として大人気だったわ」
『…………』
『え?』
『剣聖?』
『剣聖って、あの剣聖?』
『この爺さんが?』
『ネタじゃなくて?w』
『待って、マドカと戦ってたあの人?』
コメント欄の流れが、一瞬だけ止まった。
そして――一気に加速する。
『マジ?』
『剣聖って実在してたの?』
『いや、剣聖って今の時代誰なのか分からないって話じゃなかった?』
『300年前の英雄ってこと!?』
『あの爺さんが300年前から生きてるの!?』
『リゼットさんと一緒に事件解決してたって何それ』
リゼットはそんな反応を見ながら、さらりと言った。
「ええ。本物よ」
『マジかよ』
『リゼットさんが言うなら……』
『いや待って情報量多すぎる』
『じゃあ今まで何で名乗ってなかったんだ?』
『そもそも何でエキドナにいるんだよw』
『マドカと戦ってた理由は!?』
ムサシはそんな騒ぎを気にした様子もなく、堂々と胸を張った。
「うむ。ワシがムサシですな」
『本人きたw』
『急に実感出てきた』
『本物だったのかよ!!』
『あの動画の爺さん本人じゃんw』
『剣聖ムサシってマジだったのか』
そして――。
コメント欄に、一つの疑問が流れた。
『……ってことは、マドカは?』
『まさか』
『いやいや』
『ちょっと待て』
『あの二人、ずっと戦ってたよな?』
次の瞬間。
『マドカ、剣聖の弟子になったの!?』
リゼットが、そのコメントを見つけた。
そして、楽しそうに笑う。
「そういうことね」
「ふははは!マドカはワシの弟子ですな!」
『情報量が多すぎる!!』
『待って待って待ってw』
『剣聖の弟子!?』
『あのマドカが!?』
『十日間の動画、そういうことだったのかよ!!』
『じゃあマドカがどんどん強くなってたのも……』
『剣聖に鍛えられてたってこと!?』
コメント欄が、完全に追いつかなくなっていた。
リゼットはそんな様子を眺めながら、いつものように穏やかに笑っている。
「さて……ここから、少し昔の話もしておきましょうか」




