弟子にしたい
「弟子よ」
「はい?」
「すぐにEVでチェックするぞ!」
「えっ、今ですか?」
「刀だ」
「……刀?」
「マドカが刀を使うと言ったな?」
「ええ、まあ……」
剣聖の目が鋭くなる。展示されたマドカモデルをもう一度見つめると、何かを確かめるように呟いた。
「まさか……和の者か?」
「いや、そこまでは分からないですけど」
「ならば調べる!」
「師匠、ナナリーの配信を見に来たんじゃ――」
「それも大事だ!」
「そこは否定しないんですね……」
剣聖はすでに踵を返していた。
「急げ、弟子よ!」
「はいはい……」
「刀を使う娘だぞ!」
「分かりましたから!」
こうして剣聖は、ナナリーの配信を見に来たはずのゴールで、突然マドカの情報収集を始めることになった。
◆
EVを取り出し、弟子がマドカについて調べていると、やがて冒険者ギルドからの告知が目に入った。
「師匠、これ……」
「なんだ?」
「ギルドで何かイベントをやるみたいですよ」
画面には、訓練場で行われる模擬戦の告知が表示されている。
「Sランク冒険者と……幻影?」
「ヒロバトの実演みたいですね」
「ふむ……」
剣聖は画面を覗き込み、その内容を読み進める。
そして――
「弟子よ」
「はい?」
「すぐに行くぞ」
「どこへです?」
「冒険者ギルドだ!」
「……はいはい」
こうして二人は、ゴールの冒険者ギルドへ向かった。
◆
「……あれが、マドカ」
冒険者ギルドの訓練場を映す配信画面を見ながら、剣聖が目を細める。
「めんこいのぅ……」
「師匠、さっきからそこばっかりですね」
「ふむ……」
剣聖はマドカの姿を眺めたあと、その隣へ視線を移した。
「そしてアリシアか……」
しばらく無言で画面を見つめてから、ぽつりと呟く。
「……とんでもない魅力だ」
「師匠?」
弟子が呆れたように声をかけるが、剣聖は答えなかった。
その視線が、画面の奥へ移る。
「……む?」
そこに映った女性を見た瞬間、剣聖の表情が変わった。
「……リゼット?」
「え?」
「まさか……」
先ほどまでの浮ついた様子は消えている。
「リゼットは……百年ほど前から行方不明になっていたはずだ」
剣聖は画面から目を離さない。
「死んだのではなかったのか……?」
「師匠?」
弟子が驚いたように尋ねる。
「リゼットさんを知ってるんですか?」
「大賢者リゼット様だ。知らぬわけがなかろう」
剣聖の声が低くなる。
「だが、百年ほど前から消息が途絶えたと聞いていた」
「でも、今こうして配信に出ていますよ」
「……そうだな」
剣聖は再び画面を見る。
「マドカちゃんが大賢者リゼット様の弟子ですよ?」
「……弟子だと!?」
剣聖が食いついた。
「では、マドカは……和の者とは無関係なのか?」
「そこまでは分からないですね」
「……分からぬ」
剣聖は腕を組む。
「リゼット様の弟子だからといって、和の者ではないとは限らぬ。逆もまた然りだ」
「師匠、そこまで気になるんですか」
「刀を使う者だからな」
その時、画面の様子が変わった。
「あ、どうやら新製品の発売前のイベントみたいですね」
「新製品?」
「ヒロバトですって」
「ヒロバト……?」
弟子が画面を指差す。
「ほら。あの装置から――」
「……ぬぉ!?」
訓練場に現れた幻影を見て、剣聖が身を乗り出した。
「なんと精巧な分身……!」
「分身というか、幻影ですね」
「これほどの再現……」
剣聖の目が、再び武人のものになる。
「……面白い」
幻影のマドカが動く。
その一瞬で、剣聖の口元が緩んだ。
「ふふ……」
次の瞬間、剣聖は大きく笑い出した。
「ふははははははは!」
「師匠!?」
突然笑い出した剣聖に、弟子が驚く。
「弟子よ!」
「はい!」
「あれは、お前より強いぞ?」
「……あれは無理です」
即答だった。
「即答するな!」
「いや、無理ですよ……」
弟子は画面を見ながら苦笑する。
「どこまで極めれば、あそこまでの技術を……」
剣聖は食い入るように幻影を見つめていた。
一つ一つの動き。踏み込み。刀の軌道。体重移動。そして相手との距離。
そのすべてが研ぎ澄まされている。
「……面白い」
剣聖が呟く。
「これほどの使い手が、まだあの歳とはな」
そして画面の中のマドカを指差した。
「決めたぞ!」
「何をです?」
「マドカ!」
剣聖が叫ぶ。
「お前は!」
一拍置いて、力強く言い切った。
「ワシの弟子にする!」
「……師匠」
「なんだ?」
「本人、まだ何も知らないですよ?」
「それがどうした!」
「どうするつもりなんですか……」
剣聖は胸を張る。
「直接頼みに行く!」
「また勝手に決めてる……」
「弟子が増えるぞ!」
「だから本人の許可を取ってくださいって……」
◆
「なっ……!」
画面の中で、マドカと幻影のマドカが向かい合っていた。
「マドカと……マドカ?」
剣聖が目を見開く。
「なんと……!」
二人が同時に踏み込む。刀と刀がぶつかり、互いの動きを読みながら同じ技を繰り出しては、同じように避けていく。
「見事なり……!」
剣聖が思わず身を乗り出す。
「これ、勝負つきませんね」
弟子が呟いた。
「うむ……」
しばらく攻防が続いた後、二人が同時に動きを止める。
「あ、引き分けだ」
「本人と本人ですからね」
「なるほど……」
剣聖は腕を組み、画面のマドカを見つめた。
「……あの娘、年は?」
「えーっと……十三歳ですね」
「十三……?」
「確か、リゼットさんに弟子入りして三……四年だったはずです」
「四年……」
剣聖の表情が固まる。
「四年ほどで……」
再び画面を見る。
「そこまで……」
マドカの動きを追うその目には、驚きと興奮が入り混じっていた。
「これは……参ったな……」
「師匠?」
剣聖はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「ワシの全てを……」
「え?」
「あやつに!」
「……」
「ワシが知る全ての剣を、あの娘に伝えたい!」
「師匠、弟子を増やす前に、まず本人に聞いてください」
「当然だ!」
剣聖は力強く頷く。
「まずは会いに行くぞ!」
「……ナナリーの配信は?」
「それも見る!」
「まだそこは諦めてないんですね……」
◆
それから三日が経った。
その間、剣聖は弟子とともにゴールの町を見て回り、エキドナ館をはじめとした町の様々な施設や、見慣れない品々を興味深そうに眺めていた。
そして三日後。
「弟子よ!」
「はい?」
EVの画面を見ていた剣聖が、勢いよく顔を上げる。
「次はモンバトコロシアムだな!最初にEVで見たモンバト面白そうだったではないか」
「まあ、そうですね」
「ならば、モンバトだ!」
剣聖は迷いなく立ち上がった。
「行くぞ、弟子よ!」
「はいはい……」
◆
モンバトコロシアム。
会場へ入った剣聖と弟子を見つけ、ガブリエルが声をかけた。
「あら? 珍しいですわね?」
剣聖の姿を見て、首を傾げる。
「おサムライさんですの?」
「……何者だ?」
剣聖が警戒する。
「私はスリーピア第二王女、ガブリエルと申しますわ」
「ガブリエル……」
剣聖が少し考える。
「第二だと?」
「ええ」
「父は?」
「アルバトロイですが?」
「……すまん。記憶にないな」
「師匠!」
弟子が慌てて頭を下げる。
「王女殿下、申し訳ありません! 師は数百年ぶりに山から下りて来たもので……」
「構いませんわ!」
ガブリエルは気にした様子もなく、胸を張った。
「ここはモンバトコロシアム!」
そして――
「覚悟はいいですの?!」
「モンバト……」
剣聖が呟く。
口元が上がった。
「ふ……初心者でよければな……」
「ふふっ! では参りますわ!」
モンバトが始まった。
◆
しばらくして――。
「…………」
剣聖は画面を見つめていた。
「ボロ負けだと……」
「はい」
弟子が淡々と答える。
「師匠、完全に負けましたね」
剣聖はしばらく黙っていたが、やがて小さく呟いた。
「奥が深い……」
その目は、まるで新たな武の道を見つけたかのように輝いている。
「そうなんですの!」
ガブリエルも嬉しそうに頷いた。
「モンバトは、ただ強いだけでは勝てませんのよ!」
「なるほど……」
「相手の編成、技の使い方、状況判断――すべてが重要ですわ!」
「……面白い」
剣聖はもう一度端末を手に取る。
「もう一戦だ」
「もちろんですわ!」
弟子が小さくため息をついた。
「……師匠、何日ここにいるつもりですか」
◆
「それで」
ガブリエルがモンバトを置く。
「何か目的があって、ここまで来たんですの?」
「うむ……」
剣聖が腕を組む。
「ナナリーに――」
一瞬、言葉が止まった。
「……いや」
剣聖は咳払いをする。
「マドカに会いにな……」
「……」
ガブリエルが少し目を細める。
「ナナリー?」
「いや、マドカだ」
「今、ナナリーって言いませんでした?」
「言ってない」
「言いましたわよね?」
「……」
剣聖が黙る。
弟子が横から口を挟んだ。
「師匠、最初はナナリーさんに会うために来たんですよ」
「弟子よ!」
「事実ですよね?」
「……」
ガブリエルが苦笑する。
「なるほど」
そして腕を組んだ。
「ですが――」
「?」
「アポなしは困りますわねー」
「……」
剣聖の表情が固まった。
「会えぬのか?」
「エキドナの皆さんはお忙しいですもの」
ガブリエルはにこやかに答える。
「いきなり押しかけては、さすがにマドカも困ると思いますわ」
「……」
剣聖は少し考えた。
「では、どうすればいい?」
「まずは、きちんと話を通すことですわね」
「なるほど……」
剣聖は真剣に頷いた。
「弟子よ」
「はい」
「アポを取るぞ」
「ようやく普通の手順を覚えてくれましたね……」




