師と弟子 ゴールへ
深い山の中、人里から遠く離れた場所に小さな庵があった。そこでは弟子が一人、手にしたEVの画面を眺めながら、配信を見ていた。
『はい、今日はここまでです! 次の配信は四日後です! また見てくださいね!』
「ふぅ……」
配信が終わり、弟子がEVを操作していると、背後から声がかかった。
「弟子よ」
「はい?」
「それはなんだ」
振り返ると、そこには剣道着に袴を身につけた師が立っていた。普段から刀を振っているその姿は、長く山に籠もっている老人というより、今なお現役の剣士そのものだった。
「EVですよ」
「EV?」
「配信を見たり、いろいろ調べたりできる端末です」
「ほう……」
師は興味を引かれたように画面を覗き込み、先ほどまで映っていた少女について尋ねる。
「今のは何だ?」
「ナナリーの配信です。最近人気の配信者ですよ」
「ナナリー……」
師がもう一度EVを見る。その名前を覚えるように呟いてから、先ほどの配信を思い返した。
「先ほど、四日後と言っていたな」
「ええ。次の配信が四日後みたいですね」
「弟子よ」
「はい」
「四日で買いに行って戻ってこい」
「……何をです?」
師がEVを指差す。
「それだ」
「EVを?」
「うむ」
「師匠、配信を見るために?」
「そうだ」
「……分かりました」
弟子はため息をついた。どうやら師は、ナナリーの次の配信を自分で見るつもりらしい。
◆
そして四日後。
「師匠、買ってきました」
弟子が差し出したEVを、師は待っていたとばかりに受け取った。
「ほぅ……これがワシのEV」
手にした端末を表から裏まで眺めながら、師は満足そうに頷く。
「使い方は?」
「簡単ですよ。こうして配信を選べば――」
弟子が操作すると、すぐに画面へ映像が表示された。師は興味深そうにそれを眺めていたが、ふと弟子へ尋ねる。
「ナナリーの次の配信まで、まだ時間がありますよ」
「そうだな」
「何かオススメを探します?」
「弟子よ」
「はい」
「何かオススメはあるか?」
「んー……モンバト配信ですかね」
「ほぅ……」
弟子がモンバトの配信を開くと、画面の中ではモンスター同士が激しく戦っていた。動き回るモンスターと、それを操る者たちの姿を、師はじっと見つめる。
「モンバト……」
「ゲームですよ」
「……ふむ」
その目が少しだけ鋭くなる。
「これも面白そうだな」
「でしょう?」
こうして師は、ナナリーの次の配信を待ちながら、モンバトにも興味を持つことになった。
◆
それから、師と弟子はゴールを目指して山を下りた。
町を目にした師は、しばらくその景色を眺めてから、ぽつりと呟く。
「ゴール……そんな名ではなかったのだがな」
「昔とは変わりましたからね」
「ここは未開の地であった……」
かつて知っていた場所とは、まるで違っている。人の往来も増え、新しい建物が並び、見たこともない道具まで町のあちこちに置かれていた。
「ずいぶん変わったものだ」
「まずはエキドナ館へ行きましょう」
「うむ」
二人はそのまま町を歩き、やがて大きな建物の前へたどり着いた。
「ほぅ……」
師が建物を見上げる。
「弟子よ」
「はい」
「ここが何でも手に入るというエキドナ館か」
「ええ」
二人が中へ入ってしばらく進むと、師が突然足を止めた。
「ぬぁ! こ、これは……」
その視線の先にあったのは、一台の洗濯機だった。
「洗濯機……だと……」
「はい」
「これで洗濯を?」
「ええ」
「人の手を使わずに?」
「そうです」
師は洗濯機をしばらく眺め、それから感心したように呟いた。
「便利なものだな……」
「そうですね」
さらに館内を進んでいくと、師は上階へ続く階段を見上げた。
「ふむ……ナナリーの専門店は……」
案内を確認する。
「四階だと……?」
「はい」
「遠いな……」
その瞬間、ゴウン――と音が響いた。
「なにっ……?」
目の前で階段が動き始める。
「階段が動いているだと……?」
「エスカレーターですよ」
師はしばらく動く階段を見つめていたが、やがて感心したように呟いた。
「さすがに最先端の町と言ったところか……」
「乗りますよ、師匠」
「うむ」
二人はエスカレーターに乗り、そのまま上階へと運ばれていった。
◆
館内を進んでいると、やがて音楽が聞こえてきた。
師が足を止めて画面を見ると、そこには見覚えのある少女――ナナリーが映っている。
「ナナリー……?」
「ええ」
しかし、いつものソロ配信とは様子が違った。ナナリーの隣には、二人の少女が並んでいる。
「ふむ……ほう」
師が画面を眺めていると、弟子へ問いかけた。
「ナナリーは、他にも音楽活動を?」
「え? 知らなかったんですか?」
「うむ」
「トライアングルってグループですけど」
「トライアングル……」
師は初めて聞く名前を口にした。そして、ナナリーの隣にいる少女へ視線を移す。
「マドカ?」
「ええ。トライアングルのマドカちゃんですね」
師は初めて見る少女を、しばらくじっと見つめた。画面の中で楽しそうに笑う姿を見て、ふっと表情を緩める。
「めんこいな……」
そして、もう一人へ視線を移す。
「そしてアリシアか……」
こちらもしばらく眺めたあと、師は真顔で呟いた。
「女神かと思うた」
「師匠……」
弟子が呆れたように声を漏らす。
「何だ?」
「いえ……」
師は気にした様子もなく、再び画面へ視線を戻した。
ナナリーのことは知っている。
しかし、トライアングルというグループも、マドカという少女も、アリシアという少女も、今初めて知った。
◆
その後、二人は武器屋へ向かった。
店内に並ぶ武器を見渡しながら、師は一つ一つの品を興味深そうに眺めていく。
「ふむ……ほう……武器屋……」
しばらく見て回ったところで、師の視線が一つの商品に止まった。
「中々に質が……」
その先にあったのは、非売品の武器だった。
「非売品……?」
「どうしました?」
師は商品を見つめたまま、弟子へ尋ねる。
「弟子よ……ここは買い物をする場所だな?」
「ええ」
「なのに、非売品があるのか」
「値段を付けられないレア物のようですし」
「む……」
師が納得したように頷き、改めて店内の商品を眺める。
そして、その隣に置かれていた一つの商品に目が止まった。
「……む?」
札を見る。
「マドカモデル?」
師が振り返った。
「マドカとはさきほどの?」
「ええ。トライアングルのマドカちゃんですね」
師の視線が、再び商品へ戻る。
そして――。
「刀を使うのか!?」
その声が、店内に響いた。




