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落内円は落ちている  作者: 七風


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色欲聖女対決

色欲教会。


その一室で、一人の聖女が配信画面を眺めていた。


長い髪を整えた、二十代前半ほどに見える女性。


整った顔立ちで、色欲の国では知らない者のほうが少ない。


歌手としての実力も高く、聖女としての人気も高い。


かつては次代のトップ聖女候補として名前が挙がっていた人物――チェルシー。


彼女は、ナナリーの最近の配信を見終えると、静かに画面を閉じた。


「……また、ナナリーさんですか」


その声に怒りはない。


ただ、少しだけ悔しさが滲んでいた。


「私だって、歌ってきたのに」


チェルシーは幼い頃から歌を続けてきた。


歌うことが好きだった。


上手くなりたかった。


聖女になったのも、その先で歌を続けられると思ったからだ。


色欲の国で人気が出たのも、見た目だけが理由ではない。


歌えば人が集まり、歌えば名前を覚えてもらえる。


だからこそ、チェルシーは歌に時間を使い続けてきた。


それでも最近、話題になるのはナナリーだった。


色欲の聖女として。


歌って踊るアイドルとして。


そして、怠惰側でも活動する聖女として。


チェルシーはもう一度、ナナリーの動画を開いた。


画面の中で、ナナリーが歌っている。


歌いながら踊る。


笑顔を見せる。


コメントを拾う。


一曲終わると、すぐに次の曲へ移る。


その表情は楽しそうだった。


けれど、歌っている瞬間だけは、驚くほど真剣だった。


「……」


チェルシーは黙って見続けた。


「やるじゃない……」


悔しい。


悔しいけれど。


「これは……認めるしかありませんわね」


歌が上手い。


それだけではない。


人を楽しませることまで含めて、ナナリーは本気でやっている。


チェルシーは画面を閉じた。


「……なら」


少しだけ笑う。


「一度、勝負してみましょうか」


翌日。


ナナリーの配信中。


コメント欄に、見慣れない名前が表示された。


『チェルシー(色欲教会):ナナリーさん、少しよろしいでしょうか?』


「チェルシーさん?」


ナナリーが画面を見る。


『チェルシー!?』

『あのチェルシー?』

『色欲の人気歌手じゃん』

『聖女同士で何だ?』

『ナナリーとチェルシーが並ぶの珍しいな』


「はい。どうぞ」


『チェルシー(色欲教会):私と、配信の再生数で勝負していただけませんか?』


コメント欄が一気に動いた。


『え?』

『再生数勝負?』

『ガチの勝負じゃん』

『チェルシーもかなり人気あるぞ』

『色欲じゃナナリーと並ぶくらいだろ』

『これは見たい』


ナナリーは少し考えた。


「……いいですよ」


『即答!?』

『ナナリー受けるのか』

『チェルシー本気だな』


『チェルシー(色欲教会):ありがとうございます』


『チェルシー(色欲教会):では、歌で勝負しましょう』


「分かりました」


ナナリーが笑う。


「それなら、私もちゃんと歌いますね」


それから数日。


二人はそれぞれ歌の動画を投稿した。


ナナリーは歌とダンスを組み合わせた動画。


チェルシーは、椅子に座って一曲をじっくり歌い上げる動画。


方向性はまるで違った。


ナナリーはステージ全体で魅せる。


チェルシーは歌そのものを聴かせる。


色欲側ではチェルシーの動画が大きく伸びた。


『チェルシーやっぱり歌うまい』

『こういう歌い方好きだな』

『ナナリーとは方向性が違うよな』

『二人ともいい』

『チェルシーって怠惰側だとあまり知られてないのか?』


そして怠惰側でも、チェルシーの名前が少しずつ広がっていった。


『ナナリーが勝負してる人?』

『歌を聴いてみたけど、かなり上手い』

『色欲では有名らしいぞ』

『なるほど、人気なのも納得だわ』


再生数は伸び続けた。


そして、結果発表の日。


その場にはマドカもいた。


「ナナリー、結果出た?」


「うん。今から見るところ」


「チェルシーさんは?」


「かなり再生されてるよ」


二人で画面を見る。


数字が表示された。


「……」


マドカが固まる。


「これ?」


「うん」


「チェルシーさん、普通にすごいじゃん」


「そうですね」


「色欲ではこんなに人気なの?」


「そうみたい」


マドカは画面を見た。


それからチェルシーを見る。


「……でも、ナナリーのほうが人気だよ!」


「マドカちゃん」


ナナリーがすぐに止める。


「だって本当じゃん!」


「そういうこと言わないの」


「でも!」


「まぁまぁ」


ナナリーは笑っていた。


チェルシーも少し困ったように笑う。


「……ええ。今回は、ナナリーさんの勝ちですわね」


「ほら!」


「マドカちゃん」


「ごめん」


マドカが少しだけ黙る。


チェルシーはナナリーを見る。


「正直に言えば、悔しいですわ」


「はい」


「怠惰側に活動場所を広げただけで、これほど認知度に差が出るとは思っていませんでした」


ナナリーは黙って聞いている。


「でも……」


チェルシーは少し笑った。


「動画を見て、分かりました」


「何がですか?」


「ナナリーさん、本気でやっているんですね」


「もちろんですよ」


「なら、今回は認めますわ」


チェルシーは少しだけ悔しそうに笑う。


「ですが、次も私が負けるとは限りませんよ?」


「そうですね」


ナナリーも笑った。


「私も楽しみにしています」


「……それで」


チェルシーが少し迷ってから尋ねる。


「本当に、私と一緒に配信してくださるんですか?」


「もちろんです」


「それだけではありませんわ」


チェルシーが続ける。


「私に、曲まで提供してくださると?」


「はい」


ナナリーは当たり前のように答えた。


「曲なら、まだまだありますから」


「……そんなに?」


「ありますよ」


「私が歌っても?」


「チェルシーさんなら、きっと似合うと思います」


チェルシーは少し黙った。


嬉しい。


それでも悔しい。


その両方が、顔に出ていた。


「……いいのですか?」


「はい」


「私がその曲で、またナナリーさんに勝つかもしれませんよ?」


「それはそれでいいじゃないですか」


ナナリーは笑った。


「せっかく同じ聖女なんですから」


「……」


「仲良くしましょう?」


チェルシーはしばらくナナリーを見つめた。


「……本当に、変な人ですわね」


「よく言われます」


「ふふっ」


チェルシーが笑った。


そのとき。


「仕方ないなぁ」


マドカが口を開いた。


「ナナリーのお世話になってる人なんでしょ?」


「お世話……?」


チェルシーが首を傾げる。


「なら、エキドナでも支援するよ」


「マドカちゃん?」


「だって歌うまいし」


マドカはチェルシーを見る。


「怠惰側でも売ればいいじゃん」


「ですが、色欲教会で活動している私が……」


「そこは教会にお願いすればいいんじゃない?」


マドカはナナリーを見る。


「ナナリーがお願いすれば、いいでしょ?」


「そうですね」


ナナリーも頷く。


「チェルシーさんの曲、怠惰側でも販売できるようにお願いしてみましょう」


「……本当に?」


「はい」


「それなら……」


チェルシーは少し考えてから、笑った。


「よろしくお願いしますわ」


「うん!」


マドカが頷く。


「じゃあ、グッズも作ろう」


「グッズまで?」


「せっかくだし」


「エキドナで作るなら、かなりちゃんとしたものになりますよ」


ナナリーが説明する。


「……教会で作るものとは違いますの?」


「たぶん」


マドカが答える。


「かなり違うと思う」


後日。


EVには、チェルシーの名前が急速に増えていった。


『この前ナナリーと勝負してた聖女だ』

『歌、本当に上手いな』

『ナナリーとは全然違うタイプだ』

『シンガーって感じ』

『怠惰でも曲を売るらしいぞ』

『エキドナがグッズ作るって本当?』

『あのマドカが勧めてる歌い手なのか?』

『マドカが自分から推してるの珍しくない?』

『ナナリーとコラボするらしいぞ』


そして数日後。


ナナリーとチェルシーのコラボ配信が始まった。


『きた!』

『本当に一緒に配信してる!』

『二人とも歌うまいな』

『方向性が違うから面白い』

『チェルシー、怠惰側でも普通に人気出てきてるぞ』

『この前まで知らなかったのに』


配信の最後。


「では、次回はチェルシーさんに私の曲を歌ってもらいましょうか」


「ええ」


チェルシーは嬉しそうに答えた。


「楽しみにしていますわ」


「私も楽しみです」


その隣で、マドカが満足そうに頷く。


「うん。仲良くなったね」


「……マドカちゃん」


「なに?」


「私たち、まだ勝負は終わってませんよ?」


「え?」


「次は勝ちますわ」


「……ナナリー!」


「はいはい」


ナナリーが笑う。


「次も頑張りましょうね」


チェルシーも笑った。


「ええ」


こうして、色欲教会の実力派シンガー、チェルシーは――


一つの勝負をきっかけに、怠惰側にも名前を知られるようになった。


それが本人にとって、良いことなのかどうか。


それは、これからの彼女次第だった。


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