エキドナスカウト
情報塔の一室。
ビアンチは椅子に座り、目の前の端末を眺めていた。
画面には、現在EVで配信されている様々な動画が並んでいる。
「さて……情報塔の新人発掘企画も始まりましたし、今日も面白い人がいないか探していきましょう」
ビアンチがコメントを送る。
名前の横には、エキドナの紋章を模した認証印が表示されている。
『ビアンチ 【エキドナ認証・広報】:新人発掘、今日もやっていきます』
『広報さん今日もいる』
『もう普通に広報やってるじゃん』
『まだエキドナ怪しいと思ってる?』
「もちろんです」
『即答w』
「私はエキドナが怪しいと思っています!」
『もう聞き飽きたw』
『でも広報なの草』
『怪しいと思いながら宣伝する男』
ビアンチは苦笑しながら、次の配信を開いた。
画面の中では、一人の若い魔法使いが空を飛んでいる。
「おお……飛行魔法ですね」
『すげー!』
『普通に飛んでる!』
『あの高さ二十メートルくらいあるぞ』
魔法使いはさらに高度を上げる。
「おおっ、まだ上がりますね」
『25メートルくらい?』
『すげえええ!』
しかし、その直後。
「うわっ、待って! ちょっと制御が……!」
魔法使いがふらつく。
「大丈夫です! 平気です!」
『絶対平気じゃないw』
『落ちてる落ちてる!』
『頑張れ!』
ゆっくり高度が下がっていき、最後には地面から二メートルほどのところで落下した。
「へ、平気に決まってます!」
『平気じゃねえw』
『25メートルから落ちて無事なのもすげえけど』
『この世界の魔法使い怖い』
ビアンチはしばらく画面を見つめた。
「……なるほど。こういう人もいるんですね」
そのとき、別の認証済みコメントが入った。
『グレタ 【エキドナ認証】:へー、やるじゃん』
『温度差w』
『25メートル飛んで「へー」なの?』
『エキドナ基準怖い』
ビアンチはそのコメントを見て苦笑する。
「グレタさん基準では、まだ普通ということですか……」
『グレタ 【エキドナ認証】:まあな』
『怖すぎる』
『エキドナの基準どうなってんだ』
ビアンチは次の配信へ移る。
「では、もう少し探してみましょう」
いくつかの配信を見ていく。
剣術。
音楽。
大道芸。
魔法を使った曲芸。
どれも一般の視聴者からすれば十分に驚くような技術だった。
だが――。
『これすごくない?』
『すごいけど、エキドナが欲しがるレベルか?』
『基準がおかしくなってきた』
ビアンチも同じことを考えていた。
「なかなかいませんね……」
そのときだった。
画面の端に、一つの新しい配信が表示された。
『【生配信】深層の魔物を食べる』
「……食べる?」
ビアンチがタイトルを二度見する。
『何だこれw』
『魔物食ってる人いるぞ』
『また変なの見つかった』
「これは……少し気になりますね」
配信を開く。
画面に映ったのは、巨大な男だった。
分厚い肩。
太い腕。
鍛え上げられた胸板。
首も太く、顔には幾つもの傷がある。
どう見ても料理人には見えない。
『怖い』
『絶対料理人じゃないだろ』
『高ランク冒険者にしか見えん』
『これで料理配信なの?』
男は静かに魔物を前にしている。
「……始めるか」
『喋った』
『声渋い』
『この人何者だよ』
ビアンチがコメントを送る。
『ビアンチ 【エキドナ認証・広報】:何の魔物ですか?』
しばらくして、男が画面を見る。
「……深層の魔物だ」
『深層!?』
『え、普通に深層って言った?』
『食材として出てくるものなの?』
「食べられるんですか?」
ビアンチが続けて質問する。
男は当然のように答えた。
「食べられる」
『当然みたいに言うなw』
『深層魔物だぞ』
『この人、食べられるかどうかしか興味なさそう』
男は包丁を手に取った。
「では、解体する」
次の瞬間。
画面の中で、男の腕が動いた。
速い。
あまりにも速い。
魔物の身体に刃が入ったと思った瞬間には、もう次の場所へ刃が走っている。
「……え?」
ビアンチが画面に顔を近づける。
『何した!?』
『見えなかった』
『今の何?』
『一瞬だったぞ』
男の手が止まる。
まな板の上には、綺麗に切り分けられた肉が並んでいた。
「……終わった」
『いつの間に!?』
『解体終わってるw』
『何をしたのか全然分からん』
『料理配信なのに解体シーンだけ超高速』
ビアンチは呆然としている。
「……今、何をしたんですか?」
男は少し考えた。
「解体した」
『それは分かるw』
『説明になってないw』
ビアンチがコメントを打つ。
『ビアンチ 【エキドナ認証・広報】:もう少し詳しくお願いします』
男は少しだけ画面を見る。
「魔物の骨格と筋肉の位置を見て、刃を入れただけだ」
『だけw』
『それができねえんだよ』
『完全に職人の説明』
ビアンチは画面を凝視する。
切り分けられた肉には、余計な傷がほとんどない。
筋や骨も綺麗に処理されている。
「……これは、かなりの技術ですね」
すると、別の認証済みコメントが入った。
『ヒナタ 【エキドナ認証】:すごいですね』
続けて、
『グレタ 【エキドナ認証】:解体が速すぎて俺にもよく分からん』
『エキドナの人たちも見てるw』
『認証マークあるから本物なの分かるのいいな』
『グレタでも分からないのかよ』
ビアンチがコメントを返す。
『ビアンチ 【エキドナ認証・広報】:ヒナタさん、どうですか?』
少し間を置いて。
『ヒナタ 【エキドナ認証】:料理を見てみたいです』
「なるほど」
ビアンチも頷いた。
「では、料理を見せてもらいましょう」
男は肉を手に取る。
「焼く」
鍋に油を入れる。
肉を焼く。
香辛料を加える。
野菜を切る。
火加減を変える。
それらの動きは派手ではない。
しかし、一つ一つが迷いなく、無駄がない。
やがて料理が完成する。
男は皿を取り出した。
盛り付ける。
肉。
野菜。
ソース。
彩り。
一見すると高級料理店の料理のようだった。
『え?』
『急に料理店みたいになった』
『見た目すげえ』
『この人ほんとにさっきの筋肉男?』
ビアンチが息を呑む。
「……美しいですね」
男は料理をカメラの前に置く。
「食べる」
『いただきますじゃないのかw』
『料理人なのに言葉少なすぎる』
男が一口食べる。
「……うまい」
その一言だけだった。
ビアンチも思わず笑う。
「では、私も……」
配信越しに味見することはできない。
だが、コメント欄は一気に流れ始めた。
『食べた人いる!?』
『めちゃくちゃうまいらしい』
『近くにいる人が羨ましい』
そして、認証済みのコメントが表示された。
『ヒナタ 【エキドナ認証】:この人、欲しいです』
『出たw』
『エキドナのスカウト!?』
『ヒナタが料理人を欲しがってるw』
ビアンチは目を丸くする。
「……ヒナタさん、本気ですか?」
『ヒナタ 【エキドナ認証】:ええ。本気です』
さらに別のコメント。
『グレタ 【エキドナ認証】:腕は確かだな』
『リゼット 【エキドナ認証】:面白い方ですね』
ビアンチは画面を見る。
「……これは、もしかして」
『ビアンチ 【エキドナ認証・広報】:お名前をお聞きしても?』
男が初めて自分の名前を聞かれて、少しだけ画面を見る。
「……アーノルドだ」
『アーノルドっていうのか』
『名前まで渋い』
『覚えた』
ビアンチは続けた。
『ビアンチ 【エキドナ認証・広報】:アーノルドさん。エキドナで料理をしてみませんか?』
アーノルドは少し黙った。
「……ふ」
『お?』
『何だその「ふ」はw』
「俺を勧誘ですか」
『来た』
『スカウトだ!』
『エキドナから本当に声かかるんだな』
アーノルドは料理を見ながら答える。
「俺の腕、実際に見た方がいいですよ」
『もう見たんだよw』
『十分見ました』
「きっと満足できるでしょうね。ふ」
『お前が満足したいだけだろ』
『深層魔物食いたいだけじゃねえかw』
『絶対それ』
『この人、料理より魔物の話になると目が輝いてそう』
アーノルドは否定しなかった。
「……それもあります」
『認めたw』
『正直すぎる』
『食欲で加入する男』
そこへ、リゼットから認証済みのコメントが届いた。
『リゼット 【エキドナ認証】:後ほど正式に契約書を交わしましょう』
『話が早いw』
『もう採用決まったの?』
『コメント欄で契約が進んでるぞ』
『これがエキドナか』
アーノルドは少し考える。
「……深層の魔物を料理しても?」
『ヒナタ 【エキドナ認証】:もちろんです』
『グレタ 【エキドナ認証】:素材は山ほどある』
『決まったな』
『それ聞いた瞬間食いつきすぎw』
アーノルドは小さく息を吐く。
「……ふ」
そして静かに言った。
「入ります」
『きたあああああ!』
『スカウト成立!』
『本当にエキドナに入った!』
『料理人加入w』
『いやこの人、料理人っていうより冒険者だろ』
『深層魔物を食べるために加入した説』
ビアンチは画面を見ながら、しばらく黙っていた。
「……今回の企画、思った以上にすごいことになっていますね」
コメント欄がさらに加速する。
『レオのときも本当に支援したしな』
『映像結晶も作られたし、今回も本当にスカウトした』
『これ、ちゃんと見てもらえる企画なんだな』
『俺も動画投稿してみようかな』
『エキドナから声かかる可能性あるのか』
『でもこのレベルじゃないと無理そう』
『今日の料理人見たらハードル上がりすぎだろw』
ビアンチは苦笑した。
「……私としても、これは良い発見だったと思います」
少し間を置いてから、いつもの言葉を付け加える。
「ですが――」
コメント欄がざわつく。
「私はエキドナが怪しいと思っています!」
『結局それかよw』
『料理人までスカウトして怪しいって言ってるw』
『もう何が怪しいんだよ』
『ビアンチ、完全にエキドナ広報で草』
ビアンチは画面の向こうで静かに笑った。
「……それでは、次の動画を探しましょう」
情報塔の画面には、また新しい配信が映し出された。




